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第3話 班内の確執

 ◇◇◇◇



 迷宮探索実習13日目 

 迷宮探索が佳境に入る頃にはキャロル殿下の事を思い出す回数は徐々にそして確実に減少していく。それはレンにとって痛みからの解放を意味するとともに、殿下がただの憧れの存在に戻る事を意味した。その事実がレンにはどうしょうもなく辛く悲しかった。

このレンの変化は無情ともいえる時の流れも一因としてあったことは間違いない。だがそれ以上に実習期間中、ある問題により常に頭を占拠されていた事が最も大きな要因だろう。即ち、その問題とは班内の分裂である。

 勿論AチームとBチームの仲は最悪で、端から分裂していたと言っても過言ではない。だがお互い干渉しないと言う最低限のルールが当初AチームとBチームの間にはあったのだ。

 そのルールが破られた主な理由はハミルトンの命令により今までの戦闘スタイルを一新させたBチームの実力の飛躍にある。

 つまり、簡単に言うと次のような事だ。

Bチームの力が大した事がない内は迷宮内の上層における魔物の討伐比率はAチームとBチームとで8対1程であった.Bチームが徐々に力を付けるにつれてこの比率が限りなく1対1へと近づいていく。そして、迷宮の下層はさておき上層はLVの低い者も率先して倒すことから魔物の数は限られてくる。当然のようにAチームとBチームで魔物の奪い合いが起きた。

この実習はチーム同士の連携も一つの目的となっている。それなのに連携どころか起きたのは魔物の奪い合いだ。笑い話にもならない。

言うまでもなく、Bチームの実質リーダのバリーとAチームのエースのカリーナとの間で数度話し合いがなされた。その結果、まだ全員LV1のB班が中心に5階層より上層の魔物を狩り、6階層よりも下層はAチームが中心で狩ることで話がまとまった。

だが自身の修行を優先するパット達がこの約束を破り、バリーとダンが取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまったのである。

確かに約束を破ったパット達は悪い。だがいくら上層といえども迷宮は迷宮。極めて危険なのだ。そこで殴り合った以上同じ穴の狢だ。

ハミルトンとカティもこれには頭を抱えてしまい、学校長の判断を仰ぐことになる。

上層ならまだいいが、下層で同様の事が起きればハミルトン達がいても学生の身に危険が及ぶ。教官の立場として妥当な判断だろう。

だが、その妥当な判断はレンにとって最悪の方向へ向かう事になる。


「お願いします。校長先生。俺達にチャンスをください!」


 バリーが代表して校長に頭を下げる。

 今の班の状態で迷宮下層へ行くのは教官がいても危険と主張するハミルトンが一つの提案をした。

その提案とは残りの実習期間AチームとBチームで個別に鍛練をし、最後に2チーム間を戦わせ、その結果を実習の評価点とするものだ。

その提案に、白黒をはっきりさせたいバリー達とパット達が乗っかって今のような摩訶不思議な現状となっている。


「ハミルトン、ディアナ、本当に生徒に危険はないんじゃろうな?」


校長は長い白色の髭をシゴキながら難しい顔で尋ねる。


「そりゃあもう。俺が保障しますよ」


(保障すんなよ! ハミルトン先生、貴方絶対楽しんでるよね? そうだよね?)


「お任せを! このディアナ・イーストンの名に賭けて生徒達に危険はないとお約束いたします」


(……一言言わせてくれ、ディアナさん! 大体なぜ貴女がここにいる!?)


 ディアナ・イーストンが営業用の外面のよい感じいい笑顔を浮かべている。

後ろでカティ少尉が済まなそうな視線をレンに向けて来る。そんな顔しないでほしい。寧ろレンの方が謝りたいくらいなのだ。


「では、最後の確認じゃ。お主達もそれでいいんじゃな?」


 校長はパット達に最終確認を行う。

唯一反対意見が期待できそうなカリーナもパット達を止められなかった事に少なからず責任を感じてしまったらしく口を挟まなくなってしまった。

結果反対するのはレンだけという状況が成立する。


「はい! 学年最弱の『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』ごときが俺達に楯突いたらどうなるか骨の髄まで思い知らせてやりますよ!」


 このエゴンの言葉にバリー達が殺気立つ。


「いいじゃろ。儂は学校長としてその試合の開催を認める!

 ただし、特例を認めた以上迷宮の使用は禁止じゃ」


「な、なぜですか?」


 パットの問に心底鬱陶しそうに校長は答える。


「お主ら迷宮で取っ組み合いになったらしいのぉ? そんな阿呆なことをしておいて評価が零にならなかっただけ有り難く思え! 口をきいたハミルトンとディアナに礼でも言うんじゃな」


 全員の顔から血の気が引く。勿論レンも例に漏れずだ。


「では試合の具体的内容じゃ。試合日は今日から6日後8月24日の正午。対戦形式は4対4の団体戦。その対戦の成績をもって19日間の実習の評価とする。これでよいか?」


 冗談ではない。仮に敗北すれば事実上後半実習を受けていないに等しい。

迷宮実習は前半が100点、後半が100点。後半は19日間の実習に60点、試験に40点だ。19日間の実習が0点となれば、試験で満点をとっても40点。

レンは前期、19日間の実習に35点、途中棄権となった前半試験は25点。これはレンの途中棄権は不慮の事故であったため特別考慮されたものだ。

冒険者育成学校への推薦入試受験資格の獲得には前半、後半合わせて120点が必要。前半が60点のため後期に60点以上が必要となる。40点ではどうあっても届かない。これでは冒険者育成学校への推薦入試受験資格の獲得は絶望的となる。


「次はBチームの試合メンバーの決定じゃ。公平の観点から変更は不可。仮に負傷しても変更はできん。メンバーの決定方法もクジで決めさせてもらう」


 パット達は4人しかいない。4対4となるのも、出場選手を事前に決定することも明確に予想できた。クジというのもパット達にはメンバーの決定の選択肢がないということなのだろうが、そもそも第3学年個別試合総合1位がいるチームを過度に保護する必要などないと思う。

予定調和のごとく運までもレンを裏切り、レン以外が出場選手となった。



 打ちひしがれてトボトボと歩いていると背後から肩を叩かれる。気配から今一番フルボッコにしたい相手だ。

額に青筋を張らせて据わりに据わった目を向ける。ハミルトンは顔をひきつらせる。


「レン君~、そんなに怒るなよ」


「怒るに決まってます! 貴方が校長先生にあんな事言わなければ僕の評価は平均以上を維持できてたのに!」


 実習期間中、ハミルトンはレンに様々な課題を与えた。その課題を全てクリアしたのだ。確実に平均点以上は獲得できた感触はあるし、ハミルトン自身そう言っていた。


「気にしない。気にしない。怒ってばかりいると将来禿げるぞ」


「あははははは! 怒りで毛がばさばさ抜けそうですよ」


「悪かったって! いや~、俺も先輩の命令に逆らえないんだわ。マジすまん」


手を合わせるハミルトン。ディアナがいる時点で予想はしていた。先輩とはあの人だろう。それならハミルトンに怒りの矛先を向けるのは筋違いというものだ。

何度か深呼吸をして無理やり心を落ち着ける。


「父に頼まれたんですね?」


「その通り。先輩、レン君が冒険者になることを阻止するためなら何でもするぞ」


 知られれば反対されることは分かっていた。だがここまでするとも考えなかった。今ハミルトンを介して反対する理由を聞くのは違う気がする。後でルーカスに直接聞くべきだろう。


「もういいです。今更足掻いても僕にはどうしょうもないですし」


「そうでもない」


「何か策があるんですか?」


 ニヤリと片側の口角を吊り上げるハミルトン。

突如、ハミルトンの右手の二本の指がレンの眼球を抉らんと高速で繰り出される。

ガチンッとレンの中でスイッチが入る感触がする。それは1ヵ月にも及ぶ迷宮150階層の怪物達との戦闘で身に着いた精神と肉体を臨戦状態にするためのスイッチ。

150階層は気を抜くと蛙に齧られ、巨人の棍棒でぐちゃぐちゃに潰される。その常時命の危機にさらされた状態での迷宮探索により、どれほど気を抜いていても自らの身に危険が迫ると肉体と精神が戦闘に特化した状態に移行するスイッチが入るようになってしまっていた。

ハミルトンの指の速度は学生レベルでは残像すら見ることが叶わない。だが臨戦状態になった今のレンにとってはビデオのコマ送りに等しい。だから、ハミルトンの指がレンの眼球数ミリ前で停止するのを冷静に黙視していた。


「やはりな……レン君、今俺の動き見えていたな?」


「単に早くて反応できなかっただけです」


「とぼけてもバレバレだぜ。今の君普段と全く違う生物だ。君の能力値(ステータス)の委細は先輩に聞いている。数値と実力が明らかに釣り合っていない。この事から導かれることは一つだけ。君『覚醒者』だろう?」


「覚醒者?」


「LV20を超えた先にいる人外の力を持つ超人達の事さ」


覚醒とはクラス制の事だろう。クラスチェンジをしている学生など異常すぎる。白を切りたいところだが今のハミルトンの様子では難しいだろう。

困ったときの女神だ。キャロルとアジの同化に繋がりそうな不自然な事態は全て女神に押し付ける事にする。


「そうです。女神様の恩恵で僕はLV20を超えました」


「……それは嘘だな。君の立ち振る舞いは日常的に命のやり取りをして来たものの動きだ。正直レン君を見たとき驚いたぜ。あそこまで見事に気配を消せる奴を俺は知らない。そして、それは覚醒者になったからといって身に着くものではない」


「カマかけられたという事ですか?」


「これも冒険者の処世術だと理解してほしい。それと、そこまで身構えなくてもいいぜ。俺はレン君の事を他言するつもりは毛頭ない。勿論先輩にもな。それは信じてくれていい。

それにね。悪いが覚醒者は君以外にも世界にはゴロゴロいる。別にそこまで物珍しいわけではないさ」


「例えばSSSランクの冒険者ですか?」


「ピンポーン。さらに言えば……いや、止めておこう。

兎も角、今回の事態の収取についてだ。君、彼らの教官になるつもりはないか?」


「Bチームの教官に僕が? 冗談でしょう? 人に教える技術など僕にはありませんよ」


「覚醒はまぐれで至れる性質のものではない。その歳で至っている時点で十分にその資格がある。それに俺は先輩の手前Bチームの生徒に基礎以上の事を教える事は出来ない」


「父はBチームの皆の人生を棒に振ってまで僕が冒険者になる事を潰そうと言うのですか?」


レン達親子の事情に他者を巻き込むことはいくら父ルーカスでも絶対に許せない。ましてや人生の選択を狂わせるような巻き込み方など言語道断だ。


「う~ん。誤解があるようだから順を追って説明するよ。

まず今年度後半実習5班自体、保護者の強い要望により構成されている。

レン君、バリー君、コーマック君、ベラちゃん、フェイちゃんの御両親は冒険者の道を諦めさせるため。

 騎士校は一昔前までは軍隊と冒険者志望者しか入学しなかったけど、今は警察関係者や高級官僚の子息達も多数入学するようになっている。何せ王族が通う伝統ある学校だしね。卒業するだけで大抵の企業や公的機関の採用試験など顔パスだろうし。

 バリー君達の御両親も同じ理由で入学させたわけだけど、本人達はよりによって冒険者なりたいなどと言い出した。慌てに慌てた御両親達は学校に泣きついたわけさ。無論学校もいくら親御さんが納得しているとはいえ成績を下方修正するなどといった不正はできない。一方バリー君達は学校に多額の寄付をしていて無碍にもできない。

そこで彼らを一つの班に集める事にした。彼らは『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』と呼ばれる実習成績下位者。今までの経験則上、個人試合総合得点が低い者が多い班ほど実習評価点の平均も低いとの統計がでていたからね。これでご両親達を納得させたわけ」


「バリー達の事はわかりしました。ではパット達とカリーナさんは? 僕らと同じ班になる理由が思い浮かばないんですが……」


「カリーナちゃんは彼女ならメンバーが誰でも成績に影響しそうもないから。それに彼女の御爺様も本心ではカリーナちゃんを冒険者にしたくないようなのさ。だから反対はしなかった。

パット君達はレン君との確執を失くすため。レン君とパット君達がこのままの状態で軍に入隊すれば将来支障をきたすと考えたようだね」


「ぼ、僕は軍隊には入りませんよ!」


「そう考えているのは君とルーカス先輩夫婦くらいかな。

君はロイスター王国の大英雄――アイザック・ヴァルトエックの孫であり、戦略シミュレーション試験で前人未踏の満点のスコアを出した戦略の天才だ。これほどの逸材は他にはいない」


「お爺ちゃんの孫といっても僕はあくまで養子です。

戦略シミュレーション試験の件もあんなの偶々ですよ」


 レンは中等部2学年の頃、戦略シミュレーション実習を受講した。この実習は全てコンピュータであり、ゲーム感覚で受けていた。その最終試験で偶然にも満点を取ってしまったのだ。

そもそもこの手のゲームで本物の戦争を再現できるはずもない。御飯事で満点取ったくらいで天才扱いする方がどうかしている。


「偶然で満点は取れないよ。それに君、普段から9割近く点数とっていただろう。その時点ですでに軍の報告には上がっていたはずさ。ルーカス先輩もその件で頭を抱えているようだしね。

 話を戻すよ。そんな状況の中、今回の事件が起こりAチームとBチームの父兄が校長室に呼び出された。ルーカス先輩がA、B両チームの試合を提案すると全員が納得した。

 バリー君達の両親は敗北することで冒険者の道を諦めさせる為。パット君とカリーナちゃんの御爺様は完璧に面白がっていたな。

騎士校高等部への入学が決定しているパット君達にとってこの実習は名誉以外に意味はない。そう考えると妥当な結論だと思うよ」


「今回の僕らの実習、大人達が好き勝手に掻きまわしていた事が良く分かりしましたよ。

 ハミルトン先生もカティ先生も父さん達に端から頼まれていたというわけですか?」


「いや、俺が聞いていたのは『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』という最弱の5人組が班にいることと、その中にルーカス先輩夫婦の御子息がいることだけさ。

カティ少尉も驚いていたようだし、この事件で初めて事情をしったんじゃないかな」


 確かに最初からハミルトンがグルならバリー達に本来の戦闘スタイルを教えたりはしない。ハミルトンの言に嘘はないと思われる。話を進めよう。


「事情把握しました。それで結局僕はどうすればいいんですか?」


「前述したように俺はB班に実戦のイロハは教えられない。そこで、君が変装し俺が連れてきた凄腕の冒険者として彼らを教え導く。どうだい? 完璧だろう?」


「完璧どころか、穴だらけですよ。大体、僕の声でバレバレでしょ?」


「それは変声の魔法(マジック)道具(アイテム)によってクリア可能! 抜かりなし!」


 レンの両親達の意図を知ってしまった以上ハミルトンとの話に乗る以外に道はないのだ。


「やりますよ。やればいいんでしょ!」


 こうしてレンの迷宮後半実習は幾つもの思惑が絡み合いながらも予想の遥か斜め上を爆走し始めた。


 お読みいただきありがとうございます。

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