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閑話 カティの想い


◇◇◇◇

迷宮探索実習9日目 

 カティ・ファーガスは本日十数回目にもなる溜息を吐く。

 今日も彼に話かけられなかった。これでは実習の教官を引き受けた意味がない。勇気を出してお節介な友達に相談した意味がない。再度深い溜息吐きつつ、カティは彼との思い出に浸る。

 彼との思い出と言っても彼はカティをしらない。そんな一方的な出会いに過ぎないが、カティにとっては大切な出来事。

 彼と会った日は丁度、一年前の真夏の駅前。燦々と頭上に輝く太陽によってでアスファルトから湯気が出ている。そんな炎天下の日。カティは久々の休日のため友達と駅前で待ち合わせをしていた。

 ポケットの携帯が自己主張し億劫な身体に鞭を打ち通話ボタンを押す。内容は今日急用で来れないと言う事だった。十中八九、彼氏から呼びされたのだろう。所詮友達より彼である。そっちから誘っておいて流石にこれはあんまりではなかろうか。そう憤慨していたが、この日の友達の選択をカティは後に心底感謝する事となる。

 このまま帰るのも癪なのでブティックにでも寄って行こうと駅前の商店街を歩いていると女の子の鳴き声がした。声の方に視線を向けると四、五歳くらいの可愛らしい女の子がわんわん大きい声で泣いている。

道行く人は女の子に視線を向けるがすぐに興味をなくし歩を進める。この王都の治安はそれなりだ。放っておいても子供の両親か警察が少女を保護するだろう。下手に子供を保護し誘拐か何かと勘違いされる事だけは勘弁なわけだ。

 とは言えそれは、普通の職業の人間だけであり、カティのような公僕には当然当てはまらない。携帯で警察と連絡をとり女の子に視線を戻すが、女の子の姿が見当たらない。慌てて辺りを見渡すと、中等部生くらいの黒髪の少年が女の子の手を引き歩いている。

 女の子は泣き止んでおり、先ほどとは一転大層御機嫌だった。あの懐きようからすると兄妹か何かだろう。もう大丈夫そうだ。警察に再度連絡し自分の勘違いだったと伝える。さて、早速やる事がなくなった。暇潰しに商店街を一望できる広場のベンチに腰をかけて少年と女の子を観察していた。

 少年は女の子と商店街内に設置された小さな公園で暫らく遊んでいたが、女の子の手を引き道行く人に聞き回り始める。

 カティは普段からどこか抜けており仕事仲間に迷惑をかける事などざらだ。今回もカティの早とちりらしい。

 先刻自分の勘違いだと話してから警察の声が電話越しにでも判断できるほど冷え込んだことを思い出し警察への電話の通話ボタンを押すの中止する。この件はカティが責任をもって処理すれば特段問題は生じまい。

 カティが少年から少女を預かり警察に送り届ける事も真っ先に考えたが今の少女の安心しきっている顔を見ると、それは野暮と言うものだろう。カティは悪役にはなりたくない。当面は見守り問題が起こり次第助けに入る事にする。

 少女の目がショボショボし始めると少年は少女をおぶさり引き続き道行く人に聞き始める。

 次第に状況に変化が見られた。買い物に来た中年の御婦人も探し始めたのだ。ついで、サラリーマン風の男性、制服を着た学生など、最後には十数人規模で少女の両親を探し始めた。

 カティは呆然と眼前の光景に目を奪われていた。それほどカティにはこの光景が信じられなかったのだ。

 ここロイスター王国の王都――ラシストは大都市であり密接な人間関係は要求されない。少々乱暴な言い方をすれば大都市特有の薄情さがあるということだ。通常はカティのように警察に連絡して終わりのはずだ。だから、これほどの数の市民が迷子の少女の両親を探す手伝いをするなど想像もつかなかった。

 凡そ、四時間後皆の必死な捜索のおかげで少女は母親の背中で寝息をたてている。母親が少年と手伝ってくれた市民に頭を何度も下げていると、突如少年はクラスメイトらしき数人に囲まれ強制連行されてしまった。

 カティにはこの一連の事象が物語の一ページのように思えて仕方なかった。だから、もう一度この街中の小さな奇跡を見たくて何度も商店街へ足を運ぶ。

少年は足を運ぶたびに目にする事ができた。大等部生らしき青年の落とし物の捜索、おばあさんの荷物持ち、商店街の荷物降ろしの手伝いなど、お節介ともいえる行為を繰り返す。それとなく果物屋の店主に少年事を聞くと少年はこの商店街の名物だと誇らしげに笑っていた。どうやらあの奇跡は精霊の起した偶然によるものではなく普段の少年の行いによる必然らしい。

 上手く説明できない感情がカティから湧き上がる。それは多分少年への嫉妬であり、羨望であり、そして強烈な興味だった。その興味の赴くままに少年を観察していた。

 観察といってもそう大層なものではなく休日に商店街のベンチで本を読みながらから少年を眺めていたり、喫茶店で少年を目で追う程度だ。それでも長い間観察していれば名前くらい知る事ができる。少年の名はレンというらしい。ルーカス中将の息子が確かそのような名前だった。中将は会うたびに息子自慢話をするので自然に名を覚えてしまっていた。とは言え、レンと言う名は珍しい名ではない。ただの偶然かもしれないが。

 少年がこの2ヵ月間姿をみせない。心配になり、勇気を出してお節介で情報通の友達に尋ねてみる。レンの容姿を教えると友達は直ぐにその少年がレン・ヴァルトエックと断定した。

 ルーカス中将に一度写真を見せられたことがあるそうだ。そしてレン少年がこの2ヵ月間姿をみせなかったのは今世間を騒がせている王女と時空転移を起したせいらしい。少年の名前も姿も伏せられていたので知りもしなかった。

 友人はカティにドヤ顔で『とうとうカティも恋をしたか。いくらエルフでも7歳年下の中等部生は反則じゃん?』と告げる。

 頬がみるみる紅潮するのがわかる。確かに言われてみれば、この1年間、頭の大部分を占拠していたのはレン少年のことだ。考えなかった日などなかった。最初は純粋な興味からだったのは間違いない。

 しかし、そのうち、レン少年と話をしてみたくなった。少年の隣を歩いてみたくなった。ただの興味でこれほど強烈な思いが生じるとも思えない。多分これは恋なのだろう。友人に指摘され始めてカティがレン少年に恋をしていた事実を自覚したのだ。

 真っ赤になって俯くカティの様子をみて『じょ、冗談で言ったんだけど、マジ?』と驚愕し勝手に世話を焼いてくれた。その結果電光石火で事態動き今この状況だ。

 仕方ない。あまり気が進まないがお節介な友達に電話でもして助力を乞うことにする。


「何よ、それ~! その子、今失恋中何でしょ? メッチャ、チャンスじゃない! 何ボサッとしてんのよ!」


「そ、そうなんだけどね。話しかけるような雰囲気じゃなくて……」


「は~、カティのチキンぶりからするとこのまま話すらできずに終わりそうね」


「それは困る!!」


「ならもっと、必死になりなさい! 実習最後の日。この日確か大層な打ち上げがあったわ

よね? 実習中に伝えられないならその時にでも伝えなさい。でないと一生後悔するわよ!」


「うん……そうするよ」


 電話を切り再び深い溜息を吐く。

その未来に訪れるであろう幾多の可能性を思い描き再び深い溜息を吐く。



 お読みいただきありがとうございます。

 

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