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第2話 迷宮実習


               ◇◇◇◇


 迷宮探索実習一日目


 結局一睡もできなかった。初めての失恋は心をペンチで引きちぎられるほど痛く、辛く、苦しかった。

 教室に入る。レンの顔に暗鬱な陰影がかすめるのを見て八組の皆は慌てふためき、大層世話を焼いてくれた。このままだと保健室送りになりそうだったので大丈夫だと無理やり顔を通常の状態に戻す。


「レン。ホント大丈夫かニャ? 顔真っ青ニャ」



 ミャーだけはレンの大丈夫という言葉に最後まで納得せずに保健室を勧めて来た。ミャーの頭をグリグリと乱暴に撫でて誤魔化すレン。 


「ミャー、ありがとう。僕は大丈夫。知ってるだろ? 今、冒険者育成学校への切符を得られるか否かの瀬戸際なんだ」


 撫でながら精一杯の笑顔を作るレン。ミャーは頬がぽっと桜色になり、両耳がピンと立つ。尻尾が床をバンバン叩いているところなど、ネコみたいだ。


「断崖絶壁に片足立ちの状態ニャ」


「はは! 断崖絶壁に片足立ちは酷いなぁ。でもまあ、そんなところだよね」


 ミャーに気分が悪くなったら直ちに保健室へ行くことを約束させられ班の集合場所へ行く。


 校庭で班ごとに集められ簡単な自己紹介と実習についての説明が始まる。

レン達の5班はまさにカオスだった。

 二組からは透き通るようなサラサラの青色の髪を腰まで垂らし、前髪を綺麗にそろえた美女。彼女はカリーナ・キーブル。SSSクラスの冒険者――『迅雷』のプルートの一人娘。冒険者を志す学生達の憧れの少女。

 知らない仲でもないので挨拶をするが呪殺するような視線を向けられる。カリーナとは冒険者育成学校の入学説明会で一度話たときがあるがその時は寧ろレンに好意的だった。

 この手の態度の急変はレンとっては別段珍しいものではない。仲良くなったと思ったら次の日にレンの過去を知り、口を聞いてもらえなくなる事などざらだ。

しかしカリーナは気さくで社交的、曲がった事が嫌いな少女だったと記憶している。今更他者から噂を聞いたくらいで自身の評価を変える人物にも思えない。他に原因があるのかもしれない。

 他は3組からパット、エゴン、ダンという三馬鹿トリオ。

 4組~8組の4人はカリーナとは真逆の意味で有名だ。9回行われる個人試合での成績最下位の4名。個人試合は1回につき勝者には10点、引き分けには5点、敗者には0点が与えられる。その中でこの4人は前代未聞の総合得点0点を叩きだしたのだ。これにレンの0点が合わさり『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』と揶揄されている。

 この『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』の内、4組からはいつも空回りする熱血漢な黒髪の少年――バリー・ラック。彼は重そうなプレートアーマーと盾を持つ典型的な前衛だ。

 6組からはコーマック・ホスキンス。小柄で緑色の筑紫のような髪型の眼鏡をかけた少年だ。黒色のマントを着用していることからも攻撃魔法を専門に扱う後衛。

 7組からは栗色ショートカットの快活な少女はベラ・ハバード。赤いライトアーマーを装着し、腰にはレイピアを装備している。見ての通りスピード重視の前衛タイプだ。

 最後が8組の仲間――フェイ・オルホフ。グルグルメガネに赤色の髪を三つ編みにした背の小さい女の子だ。彼女は見ての通り気が弱い優しい女の子。だから、攻撃魔法よりも補助魔法を好んで取得している。もっともレンと同様才能がないようで基本的な防御魔法である火壁(ファイアーウオール)を使えるに過ぎない。

パット達3馬鹿トリオ、3学年最強の一角カリーナに、『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』全員が同じ班。これは偶然にしてはやや出来過ぎているような気がする。

 教官達がレン達の班にやって来る。どうやら自己紹介が始まるようだ。

短い黒髪の優男が一歩進み出てレン達に挨拶をする。彼は黒いズボンに緑の上着、さらにこの暑いのに白いジャケットを羽織っている。


「俺はハミルトン・ランバート。冒険者ランクはAだ。よろしく~」


 ランクA。その事実にレンは雷に打たれたような感覚に襲われる。Aランクの冒険者は全冒険者の数%以下。まさにレンが初めて会う超一流の現場の冒険者だ。

 次に進み出たのは中央軍の青い軍服を来た長い金髪を腰まで垂らした神秘的で美しい女性だった。アラベラ先生同様、耳が長くハーフエルフだ。


「中央軍少尉。カティ・ファーガスです。どうぞよろしく」


 他の班からも羨望の眼差しを一身に受けるレン達。それもそのはず、他の班の中央軍の軍属は白い歯がキラリッと光るムッキムキの男性。対して天使のようなエルフ――カティ少尉だ。まさに美女と野獣。月と鼈。この一目見ただけで異常とわかる現象に鳥肌が立つレン。

 偶然にしては出来過ぎている。陰謀論は好きではないが、態々レン達の班に少尉を入れたとしか思えない。そして、こんな事が出来る人物をレンは一人しかしらない。


(あ、阿保かい! 無茶をする人だとは思ってたけど、ものには限度があるよ!)


 後でカティ少尉には平謝りするしかあるまい。許してくれればよいのだが。



 レン達の班は五班であり、一時間後の出発となる。今日は五階層まで到達し地上へ戻るという前半の基本的迷宮探索のお浚いだ。

 実習後半は班を2チームに分ける。これは中規模以上の戦闘は通常全体を複数のチームに分け、そのチームで連携を取りクエストに挑むことになるからだ。

 レン達5班のチーム分けは実に簡単だった。というか揉めるはずもない。レンを嫌っているパット達にカリーナを加えたAチーム。レンと比較的中の良い『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』のB班だ。

 冒険者志望が多いB班はハミルトンが、軍隊志望のパット達にはカティ少尉が指導することになった。Aランクの冒険者に習うことはレンが前半実習からずっと楽しみにしていた事だ。不満などあり様もない。



 迷宮に入って数時間がたつ。A班とB班では想像以上に差があった。

 パット3人は高度な連携で魔物を狩っている。元々、エゴン、ダンがLV2、パットがLV3であり、能力値(ステータス)的にも中等部最強の一角だ。パット達の弱点は個別の戦闘技術が低い事。だから、個人試合ではカリーナ、フレイザー、カラム、ミャーといった学年最強クラスにいつも敗北する。

 もっとも連携になると話は変わって来る。3学年個人試合総合第3位のカラムでさえも3対3なら敗北する可能性が高いと言っていたくらいだ。

このパット達に加えて、3学年個人試合総合第1位のカリーナだ。反則に近い。1~2階層での主な出現魔物であるゴブリン、ビックウルフをエンカウント次第倒している。

 一方レン達B班と言えばしっちゃかめっちゃかだった。

前衛のバリーは防御技術が著しく低く直ぐ魔物に突破される。本来スピードで攪乱すべき役目のベラは俊敏性が足りなく素早いビッグウルフには手も足も出ない。

 さらに後衛のコーマックの魔法攻撃は威力が弱く、ゴブリンにすら当たってもその突進を止められない。ビックウルフにはそもそも当たらない。フェイにおいては目を瞑ってしまい戦闘に参加していない。

 突破してきたゴブリンやビックウルフをレンが切り伏せると言った事を繰り返している。この手加減が一番苦労した。レンは命の危険が迫らない限り能力値を抑えるコツを身につけており、一定レベルの手加減はできる。だがそれでも切るだけでゴブリンやビックウルフを一刀両断してしまう。カリーナやカラムなら別段珍しくもないが最弱のレンが同じことをやると違和感ありまくりだ。

 当然のごとく教官のハミルトンもバリー達の指導につきっきりとなる。



 5階層の儀式の間に着くと少し遅い昼食になる。パット達Aチームはカティ少尉と共に、レン達Bチームはハミルトンと一緒に昼食をとっていた。

 レンも石床に腰を下ろしお弁当のサンドイッチを口に運んでいる。このサンドイッチはエーフィの手作り。母――アニータ曰く最近エーフィに好きな人が出来たらしく頻繁に料理の教えを乞うらしい。今日のサンドイッチもその練習だそうだ。

 妹に彼氏ができるかもしれないのは兄として複雑な気分だがエーフィの選ぶ人だ。悪い人ではないだろう。精一杯応援してやろう。

それに今朝はお弁当の御礼の一つも言っていない。無言で受け取ったレンにエーフィはショックを受けたようだった。今日こそはスイーツでも買って帰ろう。


「レンって強かったんだなぁ。でもあんだけ強いのになんで個人試合の総合得点0点なんだ?」


 バリーがパンを口に放り込みながらボソリと呟く。


「それは僕も疑問に思いました」


 筑紫頭少年コーマックがメガネをクイッとあげながらバリーにすかさず同意する。


「あたしも~。レン、前半実習と明らかに動きが違うもん。ねぇ、ねぇ、何か特殊な修業でもしたの? それとも女神様の力のおかげ?」


 好奇心でいっぱいになった幼児のような表情で質問するベラ。

 アジの話の筋書ではレンとキャロルは女神により2か月後の未来に転移されたことになっている。そのレンが数日で強くなったら明らかに不自然だ。手加減してもこうなのだ。いつかは気付かれる。女神に授かった力にするのがベストだろう。要は力の内容を特定されなければよいのだ。


「まあそんなところ」


 言葉を濁したレンの様子から言いたくない旨を察したバリー達はそれ以上つっこんで聞いては来なかった。


「レン君元気出て……よかった」


 消え入りそうな声でレンの左隣に座っているフェイが僅かに表情を崩しつつもレンに話かけて来た。

 言われてみれば迷宮に入ってから今まで壊れたビデオのように断続的に再生されていたキャロル殿下との思い出が脳裏に浮かぶことは殆どなかった。

 これは今まで散々かじられたり潰されたりした結果、迷宮内では常に気を張る体質になっていたからだ。迷宮実習の初日から失恋など運が悪いと思っていたが存外逆かもしれない。


「心配してくれてありがとう、フェイ」


「う、うん……」


 フェイは顔を紅葉色に染めつつ弁当箱に視線を落とす。


「え? 何そのリアクション? レン君とフェイちゃん、もしかして付き合ってたりする?」


 右隣に座っていたハミルトンがドヤ顔でレンの肩に腕を回してきた。

 ハミルトンの言葉にベラが目をキラキラさせながら身を乗り出し、バリーとコーマックも興味深そうに視線を向けて来る。

 これに対し元々赤かった顔がさらに赤くなり熟れすぎたトマトみたいな色になるフェイ。

 彼女にこの手の話題は御法度だ。以前8組でも似たようなことがあり泣き出した事がある。


「どうしたらそんな発想になるんです? もしかしてハミルトン先生、女子脳をお持ちで?」


 アジの妄想力を殊更強化したようなハミルトンに溜息をつきつつも適切な応対を開始する。アジとの二ヵ月の生活でこの手の(やから)のあしらい方は慣れている。


「き、気持ち悪いことをいうなよ! 俺はノーマルだ。女性が大好きだ。好物と言っていい。好きすぎて行動を起こすわけだが……決まってふられるんだよなぁ……」


「そ、そ、それは申し訳ない事を聞いてしまいました」


 御叮嚀にドモリ口調まで棒読みするレン。


「あ~、それモテるやつのよくやるやつ。余裕を感じるぜ。今畜生!」


 レンがモテる? 生まれてこの方そんなためしは一度もない。今も目下失恋中だ。


「僕はモテませんよ。ていうか今失恋中ですし……」


 レンの声のトーンが急に下がり冗談でない事がわかったのかハミルトンがわざとらしい涙を器用にも流しながらレンの両肩をガシッ掴んで来る。


「心の友よぉ~。そうか少年も不遇の身の上なんだな。それは良かった。もとい、気持はわかるぞぉぉ~」


 ベラがもっと詳しく話を聞かせろと詰め寄って来るが、戦闘の連携につき話があると言う理由でバリーとコーマックに引きずれて行く。気を使ってくれた2人に心の中で何度も感謝するレン。正直この話題には興味本位で触れてほしくはない。


「あ、あの……レン君が元気ないのって……?」


 出来れば話したくないがキャロル殿下の名前を出さなければ隠さなければならない話題でもない。それに8組の皆には元気がない事で多大な心配をかけてしまっている。話すべきだろう。


「うん。恥ずかしながらその通りさ。でも大丈夫だよ。迷宮に出てそんな事考えている暇なんてないから、かえって楽になったし」


「レ、レン君なら直ぐに新しい彼女さん見つかります。レン君、優しいし……」


「ノンノンノン! フェイちゃん。それは違う。優しい草食系男子が肉食系男子に獲物を奪われるのは世の理というものさ。現に――」


「ハミルトン先生は少し黙っていてください!」 


 普段大人しいフェイがスクッと立ち上がり瞳に怒りに燃やしハミルトンを怒鳴りつける。


「はい……」


ハミルトンはシュンとして項垂れてしまった。いい大人が少女の前で正座している姿はシュールすぎる。

 その後何度もフェイに慰められながらも午後の実習が始まる。



 パット達A班は引き続き瞬殺劇を続けている。5階層までではA班の敵はいない。それでも気を抜かないところなど実にパット達らしい。

 パット達は粗暴だが強さに対して極めて純粋だ。正直迷宮で威張り散らすだけで何もしない貴族達よりはずっと好感が持てる。もっともまだましというだけで好きか嫌いか問われれば嫌いと答えるだろうが……。

 B班は現在、前衛がバリーとベラ、後衛がフェイとコーマックだ。

レンが全て倒しては実習にならない。このハミルトンの指摘でレンは後方の離れた場所から現在バリー達の戦闘をボーと眺めている。

 ハミルトンはバリー達に新たな指示があるまで今までの戦闘スタイルを全て忘れて好きなように行動しろとのみ指示する。バリー達は若干面食らったようであるが戦闘に入る。

 この指示の意味にレンは直ぐに気付いた。そしてレンを後方に下がらせた意味も理解した。おそらくハミルトンはバリー達の適切な戦闘スタイルをレンに探させようとしているのだろう。それはフェイとコーマックに様々な種類の第一階梯魔法を覚えさせてから万遍なく魔法を使うように指示していることからも明らかだ。

 バリー達の適切な戦闘スタイルはほどなく判明する。別にレンが特別戦術眼に優れているわけではない。あまりにもわかりやすすぎるだけだ。

 バリーははっきり言って前衛の壁役(ウォール)には向いていない。確かにバリーは背も高く、通常人よりも筋力や防御力がありそうであり、一見して壁役(ウォール)に最適のようにも思える。

 しかし、ビデオで壁役(ウォール)のシーンを数度見たが、彼らは少し敵に体当たりされてもびくともしない。何より、彼らが敵の前に立つと大きな壁が突如として聳え立ったかのような錯覚を受ける。この者を倒さなければここから先に進めない。この錯覚を覚えさせる力は壁役(ウォール)において最も大事なものだ。それがバリーには皆無なのだ。

 バリ―は無茶苦茶身が軽い。これはハミルトンが鎧と盾の装備を外させてから戦闘させて気付いたことだ。多分、素早さだけなら学年ではトップクラスだ。体格が良いことから単純に壁役(ウォール)が向いていると勘違いしたのろうが重い鎧と盾はバリーからこの長所を奪っている。

 対してベラには身の軽さはない。はっきり言って鈍重だ。致命的な事にベラにはスピード中心の攻撃(アタッカー)役に一番必要な反射神経がないのだ。そのベラが今更ライトアーマーやレイピアを装備しても賄えない。

 ベラは引くくらい筋力がある。細いレイピアでゴブリンを縦断にしたくらいだ。ベラが個人試合で今まですべて負け続けたのも身体の一部に木刀が触れたら負けというのルール故だろう。気を失うまでというルールならベラは学年でも最強クラスだ。

 兎も角ベラにはモーニングスターのように力がストレートに伝わる武器が一番良いのではないかと思われる。

 コーマックとフェイはバリーとベラ以上にわかり易かった。

 コーマックには攻撃魔法に対する才能は皆無だが、補助魔法に対する才能はあった。対してフェイは攻撃魔法に対する才能があったが補助魔法に対する才能は零に等しかった。

 今まで個人的な趣味で魔法を取得していなかったから気付かなかったのだろう。

 要するに『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』はボタンの掛け違いのような状態で奇跡的に成立していたわけだ。

 バリー達の分析が終了したところでハミルトンが芝居がかった笑みを浮かべつつ近づいて来る。ハミルトンは休憩中と戦闘中で様相が一変する。手戦闘中は笑顔を形作っていても目は決して笑っていない。これこそが真の冒険者というやつなのだろう。


「レン君。彼らの適正な職業(ジョブ)わかったかな?」


「バリーはスピード中心の攻撃(アタッカー)役。ベラは攻撃力中心の攻撃(アタッカー)役。コーマックは補助魔法中心の魔法使い。フェイは攻撃魔法中心の魔法使い。こんな所でどうですか?」


 ハミルトンはニヤリと片側の口角を吊り上げる。


「プラボ~! 流石レン君! 君ならわかると思ってたよ」


「まあ一目瞭然ですし」


「う~ん。君はそういうけどね、それはある程度の戦闘能力を有する者だけだよ。現にまだ本人達気付いていないみたいだし」


「こういう類の事って本人が一番分かりにくいものだと思いますよ」


「……君って本当に変わってるね。『最弱(ウィーケスト)の5(ファイブ)』の一人と聞いて来たからてっきりバリー君達のように進むべき方向性を誤まっているだけかと思ったんだけどさ。

 そもそも弱くないし。それに……」


 不味い流れだ。バリー達は兎も角、ハミルトンにこれ以上勘ぐられるのはマズイ。

ここでコーマックから助けが入る。


「ハミルトン先生、魔法の発動の仕方について教えていただきたいんですが」


 一度コーマックに視線を向け、大きく頷いてからレンに視線を戻すハミルトン。


「そう警戒しなくてもいいよ。自身の力を隠す者など冒険者には腐るほどいるし別に珍しいことじゃない。

でもさ、隠すならもっと徹底した方いい。そんなんじゃあ、一定の力を有する冒険者なら大抵の場合見抜かれる」


 これはカマかけだろうか。それとも真実だろうか。真実なら今後の事もある。是非聞いておきたい。


「…………」


 レンが思案していると気色悪い笑みを浮かべつつレンの肩に手を乗せる。


「君は僕と話している間も常に周囲に気を配っているね。なぜだい?」


「……そりゃまあ迷宮内ですし警戒くらい僕でもしますよ」


 ハミルトンの言っている意味が分からず鸚鵡返しで聞き返すレン。


「くく……そうだよ。ここは迷宮内。気を抜くことは許されない僕ら冒険者の戦場だ。

 でもね。ここは地下1階。生息する主要魔物はゴブリン。しかもここは見晴らしのよい一方通行の通路。そこまでの警戒は普通しないよ」


 言われてみればそうかもしれない。迷宮の下層は姿を透明化する魔物など腐るほどいたから自然に身についてしまっていた。だがそれなら言い訳もしやすい。


「僕は人よりもただ心配症で臆病なだけです」


 レンの言葉にハミルトンは心底愉快そうな顔つきをする。


「だろうね。君は確かに心配性で臆病だ」


 その言葉を最後にハミルトンはこの話題に触れては来なくなった。



 今日の迷宮実習は無事終了する。カティ少尉に父ルーカスの仕出かした事につき謝罪したかったが、実習終了後はA班、B班に分かれてのミーティングがあり叶わない。この調子では最終日まで無理かもしれない。

 B班のミーティングでは各々ハミルトンから適正な職業(ジョブ)について教えられる。今までの慣れ浸しんだ職業(ジョブ)を捨てるのだ。かなりの抵抗と葛藤があったようだがハミルトンに明日から指定された職業(ジョブ)での戦闘を命じられ渋々頷いていた。

 


 ミーティングの後、王都一のスイーツ店――カーネャシャでスイーツを多めに買い込む。昨日、エーフィとの約束を破ってしまったお詫びだ。あまり沢山買っていくとそれはそれでエーフィが体重計に上がったときに恨まれる。その加減が殊の外難しい。


「ただいま!」


 靴を下駄箱に入れリビングへ足を運ぶと部屋からエーフィが転がるように飛び出しレンにジャンピング抱き付をかます。思わず買ったスイーツの箱を落としそうになるレン。


「ど、どうしたの? エーフィ?」


「兄様、昨日から様子おかしいし、今日も帰り遅いし」


 確かに昨日は部屋に鍵をかけて一歩も出なかったし、今朝はエーフィからもらったお弁当の御礼も言わなかった。何時ものレンにしては不自然すぎる。

さらにミーティングやカーネャシャに立ち寄ったことでいつもの実習よりもかなり遅い。エーフィでなくても心配もする。


「心配させちゃった。ごめんね」


(この頃、僕謝ってばかり。こんなんじゃ駄目だ。もっとしっかりしないと! 僕はお兄ちゃんなんだから!)

「兄様ぁ~!!」


 涙ぐむエーフィの身体を優しく抱き締め背中をポンポン叩く。こうすると昔からどんなに泣いていても落ち着くのだ。エーフィの目の前にスイーツの箱をだす。


「約束のおみあげ。一緒に食べよう」


「はい!」


 元気よく頷くエーフィ。エーフィはショートケーキを食べ終えると、レンの肩を枕にして眠ってしまう。迷宮に捕らわれてから以前にもましてエーフィはレンに甘えるようになってしまった。レンが過度に心配させたからだろう。エーフィをソファーに寝かせて毛布を掛けてやる。

 こんなんじゃ駄目だ。全然駄目だ。このまま見込みのない恋にしがみ付き大切な妹や友達を心配させるなど笑い話にもならない。もう殿下の事は綺麗さっぱり忘れよう。あの楽しかった二ヵ月間も時間の経過と共に過去の懐かしき思いでとなる。この強烈な熱も徐々に引いて行くはずだ。この狂わしいほどの恋慕も甘酸っぱい思い出になるはずだ。



 父ルーカス帰宅するやいなやカティ少尉についての説明を求めるが、新聞で顔を隠すだけで知らぬ存ぜぬを貫かれた。母アニータが顔色を変えないところを見ると二人が共謀しているのは間違いない。こうなっては我が両親は手が付けられない。まったく頭が痛い。



 お読みいただきありがとうございます。

 ようやく主人公の生徒の登場です。次話から修行が開始されます。

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