第1話 学校の日常と失恋
◇◇◇◇
身体がゆさゆさと揺らされる。
(今いいところなんだ。もう少し微睡ませてよ!)
「兄様! 起きてください!」
「……」
寝返りを打つレン。夢の中では嵐のような歓声が巻き起こっている。レンが冒険者としてまた偉業を為し凱旋している。そんなレンにとって希望そのものの夢。そしてレンを待つのは命より大切なひと――。
「もう! 兄様! また遅刻しますよ!」
(殿下!)
レンはベッドからがばっと飛び起きキャロル殿下と思しき方の身体を抱きしめる。強く。強く抱き締める。
「ひゃぁ……」
レンが抱き締めた人は完璧にショートしてしまったようでピクリとも動かない。
「あ、あれ?」
あら不思議。殿下がみるみるうちに頬を紅潮させてフリーズしているエーフィへと変わっていく。当然だ。キャロル殿下がこんな場所にいるはずもない。抱き締めたのは殿下ではなくエーフィだったわけだ。
(なんだぁ。夢か……。そりゃぁ夢だよね。しかし、いい歳して何ちゅう夢を……)
エーフィから身体を離すと、突然立ち上がり機械仕掛けの人形のようにぎこちなく部屋の外へ出て行ってしまうエーフィ。半分夢の中にあった頭が現実へと帰還を果たす。
(やっばいな~、怒らせたよね。あれ……)
エーフィは一度臍を曲げるとかなりしつこい。レンが音を上げない限り数日口を利かないなどざらだ。お姫さまにはスイーツでも買って御機嫌を治していただくしかあるまい。
レンが帰還したときエーフィも抱き付いて来ていた。怒りのボルテージはそこまで高くないと信じたい。
制服に着替えてリビングへ降りて行く。ヴァルトエック家は子爵だけあって結構でかい。家というより屋敷といった方が正確だろう。お手伝いさんも3人いるし、レンは恵まれているのだろう。
キッチンでパンを一枚拝借し、リビングルームのソファーに座りながらテレビを付ける。テレビではこの数日キャロル殿下の話題一色だった。キャロル殿下が女神様の恩恵を受けたという解釈をマスコミ各局は展開している。この件につきアジからの事前の説明はなかった。不測の事態というやつなのだろう。昨日も校長室に呼ばれ繰り返し尋ねられたが、良く覚えていないと一貫して答えた。
当初は戸惑ったが、このマスコミの解釈はレンの力がばれたときのための理由付けに使える。アジから厳命されたのはアジとキャロル殿下が同化した事を他言しない事と話しの辻褄を合わせる事のみ。レンが強大な力を振えば後者の女神に時空転移されたとの話の辻褄が合わなくなる。時空転移されただけで強くなるはずがないからだ。
しかし時空転移に加え女神の恩恵を受けていた場合には話は異なる。その力は女神が与えた恩恵だと言い張れる。
もっとも、この主張は当初の計画の埒外のことである。下手にレンが力を振るい殿下とアジの融合にまで辿り着かれてはまずい。この主張はあくまで力がばれたときの保険としよう。兎も角、レン達の作戦はひとまず成功と言えそうだ。
テレビを見ているとエーフィも隣のソファーに座る。レンも姿勢を正し、視線をテレビからエーフィに向ける。怒っているとき特有の暗いオーラがない。
(今回のお姫様は籠絡しやすそう)
「エーフィ。ごめんね。さっき僕、寝ぼけちゃって」
手を合わせて謝るレン。
「……寝ぼけてたんですね」
エーフィは肩を落としつつ大きな息を吐く。
「ごめん! 今日、カーネャシャでエーフィの好きなスイーツ買って来るよ」
『カーネャシャ』とは王都でも有名なお菓子屋さんであり女性の間で大層人気がある。
「ホントですか! だから兄様大好きです!」
相変わらず現金な妹だ。こぼれるような親しみを満面に浮かべながらレンはエーフィの頭に右手の掌を置く。エーフィは上目遣いで甘えたような表情になる。こういう仕草は妹なのにドキリッとさせられる。
「じゃあ、行って来るよ」
「お気を付けて!」
両親に挨拶をして学校へ向かう。
校舎へ入る。今日は本来なら夏休み。レンとキャロル殿下が行方不明中迷宮は使用禁止になり、その期間中に行う予定だった実習の後半戦も当然に中止となる。今日はその振替実習というわけだ。
下駄箱で下履きと上履きを取り換えていると背後に気配がしたので振り返る。
「レン……」
「おはようミャー。久しぶりだね」
「レンニャ! レンニャ!」
ミャーはレンに勢いよく飛びついて来た。肩を震わせながら顔をレンのお腹に埋める。ミャーの栗色の髪を優しく撫ながら言葉を紡ぐ。
「心配させてごめんね」
「う……うにゃああああああっ!」
大声で泣き出すミャーを必死で宥めつつ八組の教室へ向かう。
教室に入ると一斉に視線がレンに集中する。
「え~と。皆おはよう」
「「「「「「「「レン!!」」」」」」」」
「おい、お前身体あるんだよな? マジで心配したぞぉぉ!」
「当り前でしょ! 王女殿下と一緒に女神様の恩恵受けたんだし!」
「なあ、王女殿下と話したんだよな? 何話した? 趣味とか聞いたか? まさか! スリーサイズとかも?」
「「「聞きてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」
「お前らマジ、キメぇ!」
「お、王女殿下と数時間の、じ、時間旅行だなんて、う、羨ましいんだな!」
「そうでござるな。しかも恩恵も得られた様子」
「恩恵ってどんなん? 目から怪光線出したりすんの?」
「お前古ぃ~ぞ! それなら邪眼だろう! 邪眼には石化と致死性の――」
「はいはい中二病、中二病。わろす。わろす」
八組のクラスメートが殺到しレンをネタに好き勝手放題話を広げ始める。御祭り好きの彼らの事だ。収拾などつくはずもないしつかせるつもりなどミジンコほどもないだろう。例のごとく八組の教室は完璧に混沌の渦と化していた。
それにしてもよくもまあこうも濃い人達ばかり集められたものだ。普通、薄気味悪がったり、へんに嫉妬したりするものなのではなかろうか。
「お前ら! 今日は迷宮実習の後半初日だぞ! いつまでちんたらやってるつもりだ! さっさと講堂へ移動しろ!」
鋭く冷たい女性の声が教室中にビリビリと響き渡り、生徒達は次々に教室から飛び出して行く。その蜘蛛の子散らしっぷりは半端じゃない。理由はレンの鬼担任ハーフエルフのアラベラ・ヘイズにある。
アラベラ先生は世界冒険者機構からの派遣組であり一流の冒険者だ。殿下と違った意味でレンの憧れの人物でもある。だが、そのレンの憧れの先生も他の生徒達からすると恐怖の対象だ。
まだ、グズッているミャーの手を引きつつ教室を出ようとすると頭に掌が置かれる感触がする。
「レン。二ヵ月ぶりだな」
「うん。カラムも久しぶり!」
「お前がキャロル殿下と魔法陣に吸い込まれたときはマジで肝を冷やしたぞ。
ミャーなんてこの2か月間意気消沈しちまって手が付けられなかったんだ」
ミャーは普段快活な少女であり元気がないところなどレンは知り合ってからこの方一度も見たこともない。
「別にそこまで心配してないニャ!」
「何でそこでツンデレさんになるんだよ? だいたい泣きながら否定しても説得力皆無だぞ」
「う、五月蠅いニャ!」
涙を袖で拭い頬を紅潮させつつカラムに鋭い視線を向けるミャー。
「兎に角後で詳しい話、聞かせろよ!」
「うん」
「レン、カラム、ミャー! 貴様等、私が移動しろと言ったのが聞こえなかったのか?」
地獄の獄卒のような冷徹な声が背後から聞こえ思わず直立不動するレン、カラム、ミャアー。
「「「イ、イエス・マム!!」」」
その言葉と共にカラムが真っ先に教室を退出し、レンもミャーを連れて講堂へ向かう。
講堂では校長先生の有り難いお経を聞く。途中まで聞いてが、校長の盆栽の話になってからはとうとう我慢しきれず爆睡してしまう。内容は以下のような内容だ。
今年の迷宮実習は父兄からは迷宮実習は中止すべきだという発言が相次いだ。
しかし、この王立中等騎士学校は軍人と冒険者の育成場。危険だからといっておいそれと中止するのも体裁が悪い。それにこの三学年前期の迷宮実習は騎士学校設立から続いて来た伝統的な実習である。おまけに今年はこの実習の意味合いが少々異なる。
一方でこの学校に通う学生は貴族、官僚、富豪の子息がほとんどでありPTAの発言力は半端ではなくおいそれと無視もできない。そこで、その折衷として一度でも今後問題が生じた場合は即刻今年の全ての実習を中止する事で話がまとまった。
やっと校長の長い話が終り、アラベラ先生の話に移る。前期実習後半は中規模戦闘を想定した二十日間の実習。最終日は試験であり事実上19日間の実習となる。9人ごとのチームを形成し迷宮探索に挑む。全クラスからランダムで9名のチームにわけられるので組の別はない。
迷宮探索の最終到達目標は15階層への到達。迷宮は10階層を過ぎた途端極端に魔物が強くなる。生徒達の安全確保と迷宮探索の指導のために一チームに一人の冒険者機構から派遣された冒険者と中央軍から派遣された教官が付く。教官にはBランク以上の冒険者が付くらしい。この事実にレンは兎が跳ねるように飛び上がって喜ぶのを抑えるのに必死だった。
『世界冒険者機構』が認定する冒険者という資格はその実力と功績に基づき十段階に分かれている。最低ランクがGうちで最高ランクがSSSだ。このうち一流の冒険者がBランク以上からといわれている。
特にSランク以上に至るためには局所災害クラスの魔物を討伐する事が必要なので冒険者達の中でも雲の上の存在となっている。SSSにいたっては世界でも5人しかいない。
(この学校の先生以外の初めての冒険者だ。早く会ってみたいよ!)
講堂での実習説明の終了後、ガッツポーズでやる気の炎を目に灯らせていると講堂から退出する八組の皆から残念なものでも見るかのような視線を向けられる。
「なんでお前、迷宮に潜る前からそんなにやる気満々なんだよ?」
カラムが未確認生物でも見るかのような面白い表情を浮かべつつレンに尋ねて来る。
「だって、Bランク以上の冒険者だよ? Bランク以上だよ?」
「それならアラベラ先生達に毎日のように会ってるだろう? そんなに興奮するとこか?」
「先生達とは違うよ! 現場で働いている冒険者だもん」
「マジで意味わかんねぇ~。まあいいや、今日説明だけで終わりだしどこかで食って行こうぜ!」
「ごめん。今日は無理。ほら僕、二ヵ月間学校休んだでしょ? その補修があるんだ」
「うへぇ、学校側免除してくれなかったのかよ?」
「うん。でも勉強も遅れたくなかったし丁度いいよ」
「相変わらず糞まじめな奴だな。わかった、じゃあまた明日なぁ」
「また明日!」
カラムが去ると他の組の女の子と話を終えたミャーもレンの傍に来てカラムとほぼ同様の話題を振って来る。授業が終わるまでレンを待つというミャーをなんとか説き伏せ、補修授業の指定教室である八組の教室に向かう。
八組の教室へ向かう三階廊下では複数の種類の視線がレンに突き刺さり居心地が悪い事この上ない。最も多くの視線が八組の皆と同様の純然たる興味、所謂客寄せパンダ状態だ。
その他が嫉妬と敵意。これはキャロル殿下と数時間行動を共にしたことや女神から恩恵を得ている設定になっている事も勿論あるだろう。だが、最も大きな要因は殿下のテレビの発言にある。
殿下はレンの実名を伏せつつも『大変優しくしてもらって怖くなかった』と発言したのだ。それから世間は『それ誰だよ?』との声一色になる。マスコミが調べればすぐにでも判明しそうなものだがまだレンだと断定されていなところを見ると、どこからか圧力でもかかっているのだろう。
とは言え騒がれていないのはテレビの中だけでこの学校の生徒達にとっては公然の事実となっている。
キャロル殿下は音楽祭などのテレビに頻繁に出演する王族の中では変わり種だ。その可憐さと歌のうまさをも相まって王国では老若男女問わずその人気は凄まじい。その王女殿下から直々に感謝の言葉を賜れば嫉妬くらいされる。
「『最弱』!」
声のする方向に視線を向ける。この二つ名で呼ぶ時点で二、三組の貴族達だろう。一組はもっと上品に貶してくる。
「……」
案の定パット達だ。
暇な奴らだ。話につきあっても不快な思いをするだけだ。無視を決め込もう。
「待てよ! 呼んでんだろ? 耳ついてんのか?」
素通りしようとするが、肩を掴まれる。
「生憎と僕は『最弱』という名じゃないんでね。何か用?」
「迷宮実習の班分けはもう知っているよな?」
班表は校門前の掲示板に張ってあったから知っている。狙ったようにパットと同じ班だ。あまりの偶然に裏取引でもあったのではないかと勘ぐってしまったくらいだ。
「知ってるよ。話はそれだけ? なら僕は失礼するよ」
「お前は俺達と同じ班だ。お前平民なんだろ? なら貴族の俺達に挨拶くらいちゃんとしたらどうだ?」
ややぽっちゃり気味の男子がレンに詰め寄る。名前はエゴン・ベルナップ、親の爵位は子爵。
パット達は確かに以前から粗暴ではあったが貴族である事を殊更ひけらかすような人物ではなかったし、そもそもレンにこのような態度を決してとったりしなかった。
彼らが変わったのはレン達が中等部に進級してから。それ以来パット達はレンを弱いと罵るようになった。
「……一応、僕は貴族にカテゴライズされてるはずなんだけどねぇ」
「てめえ、今更(、、)俺達と同じ貴族だぁ? どの口がほざく!」
もう一人の背が小さい少年が額に太い青筋を立てながら叫ぶ。名をダン・バグショー。此奴の父親は伯爵だ。
「はあ~、じゃあ平民でいいよ。よろしく。じゃあ、そういう事で」
自分が貴族などと微塵も思っていないレンにとってこの手の侮蔑は全く効果がない。普段通りの口調で右手を上げてパット達の脇を通り過ぎようとする。
「お前、調子にのってやがんな!」
突然三人に囲まれた。調子になどのっていない。レンは通常運行だ。以前はレンの憧れの冒険者という職業まで馬鹿にされつい熱くなってしまったが、普段は適当に受け流している。
この頃パット達のレンに対する態度はエスカレート気味だ。以前は実力行使までは決して出なかった。奴らは殿下の発言になどで嫉妬するタイプの人間ではない。十中八九、女神に貰った能力のせいだろう。
殴られてもよいが、今のレンを殴ればパット達がただでは済むまい。避け続けてもレンの力が知られる。逃げるのが一番か。パット達もレンが逃げれば優越感に浸れる。追ってまでは来ないだろう。
レンがこの場を離れようとすると、レンの背後から声がする。
「止めろ!!」
パット達の顔が憎憎しげに歪むのがわかった。
「フレイザー……」
背の小さい男子――ダンが渋面を作りつつ呟く。
「失せろ! いまなら先生方には報告しないでおく」
パットはフレイザーに射殺すような視線を向け、次いでレンにメンチを切ってから野次馬をかき分け姿を消す。
「俺はフレイザー・バルフォア。君がレン・ヴァルトエック君だね? ルーカス子爵には何度か武術の手解きをしていただいた事がある。よろしく頼む」
「レン・ヴァルトエックです。こちらこそよろしくお願いします。」
フレイザーがレンに頭を深々と下げていた。
「キャロ殿下に聞いたよ。転位後殿下に色々良くして頂いたようだね。礼をいう」
「あ、頭を上げてください。僕は何もしちゃあいませんよ。確かにテレビでは殿下があんな事仰ってましたが、実際は数時間話をしただけにすぎません」
「そうかもしれない。だがその話をするという行為だけで心細かったキャロ殿下の心がどれほど楽になったかは想像するに容易い」
「わかりました。そのお言葉有り難く頂戴いたします」
竜から身を犠牲にして仲間を守ろうとしたことといい、大切な殿下のためにレンのような貴族の爪弾き者に堂々と人前で頭を下げたことといい、フレイザーは英雄譚にでてくる勇者にそっくりだ。そして勇者の役がいればお姫様役もいるのが物語の常。
普段のレンは他人のゴシップなどには微塵も興味はない。だが今回だけは妙に気になり尋ねてしまう。
「……失礼ですが、キャロル殿下とフレイザーさんはどういった御関係で?」
周囲もレンと同様の質問がしたくて仕方がなかったと見え、良くやったというジェスチャーを多方面から浴びせられる。
フレイザーは僅かに照れつつも口を開く。
「キャロ殿下と俺は許嫁同士だ」
驚愕と悲鳴の嵐が三階校舎に吹き荒れる。一瞬にしてレン達のいる廊下は阿鼻叫喚の場と化していた。
「やはりイケメン資本主義は真理であったか」と涙を流し拝む少年。
「ぼ、僕のキャロルたんが! クキィー!」と絶叫する少年。
「遂にフレイザー様も御婿にいってしまうのね――」と頬を涙ではらはらと濡らす少女。
終いには「幸せな奴は皆、世界モテない男子同盟の敵、敵ぃ! 呪・呪・呪・呪・呪・呪・呪・呪……」とブツブツと呪詛を吐きつつ、フレイザーに両手の掌を向ける者までいた。
そういうレンも冷静なのは顔だけで心の中は黒い感情でぐちゃぐちゃだ。己の身の程をわきまえず湧き出るその黒い感情にレンは身を焦がす。そもそもレンはフレイザーと同じ土台にはいない。いわば、物語の舞台外の観客の一人に過ぎないのだ。まだ木の役ならば王女様と親密になる事も零ではない。だがそもそも観客が舞台に上がるように物語は設定されていない。それを明確に理解した。
それからフレイザーとどんな話をしたのかよく覚えていない。補修の内容もその日は碌に耳に入って来ず、気が付いたら自室のベッドの上で布団をかぶっていた。エーフィが心配そうな声で何度も部屋の前まで来て扉を開けるよう求めるが、今日は誰とも会いたくはない。鍵を閉めたままずっと部屋の中にいた。
布団を被っていたレンの頭にキャロル殿下と迷宮で過ごした日々の光景が浮かび消えて行く。
一緒に朝食を食べた際、レンのほっぺに付いた料理をその細い指でとってもらった事。魔物を狩るのに用いる罠を作るのを手伝ってもらった事。晩御飯後、キャロル殿下と互いの日常の出来事を聞かせ合ったこと。漫画に影響を受けたアジが闇鍋大会を開催し殿下が入れたお菓子が噴き出すくらい不味かったこと。迷宮の移動は辛いはずなのに元気に笑いかけてくれた事。そして、最後のキャロル殿下の涙。
もう一片たりとも思い出したくはないのに思い出の欠片はそんなレンの気持ち裏切り続け何度も何度も再生する。
幼少期に数度一緒に遊んで以来キャロル殿下はレンの憧憬の女性となった。ほんの2か月前までは他の同級生達と同様、キャロル殿下に対し強い憧れ以外の感情など抱いてはいなかった。だから今殿下に対する感情もただの憧れに過ぎないと妄信していた。だが心は変わるのだ。そんな単純な事を見落としていた。
そうだ。初めからピースはレンの手の中にあったのだ。
殿下との他愛もの無い日常による言葉で表せない充実感。殿下との旅が終了する際のあの心の中をかきむしられるような激しい焦燥。夢の中で殿下を強く抱き締めたときのあの幸福感。殿下とは絶対に結ばれることはないと再認識したときの絶望感。
それは憧れであるはずはない――。
そしてレンは辿り着く。レン・ヴァルトエックはキャロル・ダイアス・ロイスターに恋をしていたという事実に!
お読みいただきありがとうございます。
2部の始まりです。
今日は2部までは投稿したいと思っております。2部はそれなりに盛り上がるので面白い小説がでるまでの時間つぶしにでも読んでいただければ幸いです。




