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業火紅蓮少女ブラフ/Hybrid Bland Blue  作者: 枕木悠
A-SIDE 藍青蒼碧(Hybrid Bland Blue)
5/35

ハイブリッド・ブラン・ブルー/四

 病院の屋上に昇ってオレンジ色に染まり始めた錦景市を、ユウリとコナツは見た。

 錦景市は黄昏ている。

「うわぁー、綺麗っ、」車椅子に座るユウリの後ろでコナツは声を破裂させた。「いい眺めっ」

「……暑いなぁ、」ユウリは目を細めていつもよりも少し近い空を見た。夏の太陽はこの時間になってもまだ元気。コナツみたいに見慣れた錦景市の景色に感動出来るほど心は素直じゃないから、嫌な暑さだけ、ユウリは際立って感じてる。すぐに冷房が効いた部屋に戻りたいって思った。「ねぇ、もう戻ろう、気分転換はもういいから」

「もうちょっといようよ」

「えー、暑いよぉ」

 ユウリの不満の声を無視してコナツは車椅子を押してフェンスに近いところにあるベンチの前に移動した。コナツはベンチに座った。ベンチに対して車椅子は平行に並んでいるから、コナツの目はユウリの横顔を見る位置にある。

「ねぇ、どうして急に夕日が見たいなんて思ったの?」

「どうしてって、」コナツは自分の太股の上に肘を付いて両手に自分の顎を乗せた。そのチャーミングなポーズが傍にあって、ユウリはドキリとしてしまう。「ただ見たいと思っただけ、それにユウリが病室にばっかりいたら気持ち悪くなっちゃうんじゃないかなって思って」

「ふうん」ユウリは曖昧に頷いた。

 屋上は静かだった。二人以外に誰もいないし、街の騒音も高いところにいるから遠くに聞こえる。さっきまでいた病室は賑やかだったから、寂しさのようなものが心に小さく灯った。

 ユウリに内緒でお見舞いにやって来たのはG大の女たちだった。武村研究室に所属する院生の伊達リサコ。彼女の同級生で今は大学の事務室で働く水戸レイカ。それからG大が運営する世界望遠機関ミュージアムで学生アルバイトをしている小泉チイ。そしてコウヘイの片想いの相手、森村ハルカ。G大の四人の女が来たんだ。まさか四人が勢揃いするとは思っていなかったからユウリは本当に驚いた。

 ハルカがお見舞いに来るのは二度目。もしかしたら彼女はユウリのことを気に入ってくれてるんじゃないか、なんてあり得ないことを期待してしまうのはしょうがないことですよね。

 とにかく女が個室に七人も集まれば姦しくなってしまうのはしょうがないことで、病室とは思えないほど騒がしくなった。ドーナツ・パーティが始まった。最初、話題はユウリの右足だったものの徐々に話題は別の方向にシフト、四方八方に華開いた。とにかく盛り上がって、時間を忘れるくらいユウリは楽しくなった。女たちの声のボリュームは次第に大きくなって騒ぎは部屋に収まらずに外にこぼれ出て「全く、何の騒ぎ?」と桜井さんが注意しに来た。でも桜井さんにドーナツを振る舞えば、いつの間にかパーティにしっかり馴染んで彼女の子育ての経験が話の中心になっていた。「ホントにね、もぉ腰がヤバくってぇ」

 そんな夜まで続きそうなパーティが終わったのは、桜井さんの上司の佐藤主任が怒鳴りながら面会時間の終了を告げに来たからだった。桜井さんは可哀想に佐藤主任にこっぴどく怒られていた。桜井さんはしょんぼりしてしまったから後でちゃんと謝らなくっちゃいけないな、とユウリは思った。

 とにかく佐藤主任の登場によってパーティは終わった。強制終了。G大の綺麗な女たちと別れるのは寂しかったけれど、もっとおしゃべりしたかった、また会いに来るって言ってくれたからユウリは笑顔で四人に手を振った。

「今度は武村先生も連れてくるから、なんか忙しいみたいで、でもちょっと薄情だよね、ちょっとぐらい来てくれればいいのにね」

 そうリサコは言ったけれど、ユウリは別にコウヘイのことなんて今となってはどうでもよかったし、リサコに来てもらう方が嬉しいから「そんな、いいですよ、忙しいのに無理して来られなくても、それよりリサコさん、また来てくださいよ、」と可愛い顔を作って言った。「リサコさんに、また天体史の講義してもらいたいな」

 リサコのために作った可愛い顔を、横からユキコはじっと見ていた。ユキコはユウリの下心を見抜いているんだろうな。少し邪魔。でも別にいい。分かりやすく、可愛いを作ったんだから。

 さて、G大の四人の女が帰りユキコが部屋の後片付けをして帰った後でも、なぜかコナツは帰ろうとしなかった。

「帰らないの?」

 ユウリが不思議に思って聞くと「まだ面会時間の終わりまで時間あるでしょ? 屋上に行こう、夕日を見ようよ、気分転換って大事だと思うよぉ」と言ってユウリを屋上に連れ出したんだ。

 ちょっと強引かもってユウリは思った。

「ねぇ、ユウリ、宿題は終わってる?」ぼうっと夕日を眺めていたコナツは、いつもよりもなんだかロウテンション。

「うん、一応、コナツは?」

「まだちょっとある、でも明日で終わりそう」

「そっか」

「受験勉強の方はどう?」

「うん、問題ないよ、でも最近サボり気味かも、天体史に夢中で、脳ミソがそっちを欲しがっている感じ、ああ、早く大学生になりたいな、って感じかも」

「早いでしょ、」コナツは笑った。「まだ私たち中学生なんだから、高校生にもなってないし、大学生って凄く未来だよぉ」

「でもなんだかもどかしいの」

「焦ってもしょうがないって」

「そうね、うん、分かってるの、それに時間が足りない気もしてるんだよね、大学生になるまでにどれだけの研究に目を通せるかって考えたら、後三年じゃ足りないもん、でも大学生っていう状況に憧れるんだよね、ジレンマっていうのかな、こういうの」

「よく分かんない、ユウリが言ってること」コナツは首を横に振る。

「私だって分かんない」ユウリは小さく笑う。

「なんだか、ユウリ、変わったね」

「え、そうかな?」

「うん、凄く変わったよ、私と喧嘩して会ってない間に凄く変わった」

「別に変わってないよ、天体史に夢中になってるだけ、確かに色々、影響されていると思うけど、根本はそんなに変わってないと思う」

「私の目には凄く変わったように見えるけど」

「じゃあ、変わったのかな」

「そうだよ、うん、それに、それにさ」そこでコナツは何やら言い淀む。

「……ん、どうしたの?」

「ユウリってば、いつの間にか、あんな風に大人の人たちと仲良くなっちゃってて、本当に吃驚した、吃驚しちゃってドーナツ食べ過ぎちゃったよ、まだ苦しいし、」コナツはお腹をさすっている。「普通に友達みたいにしゃべってたし、凄いよ、なんか、大人?」

「凄くないよ」

「モテモテだったじゃん」

「そうかな?」ユウリは首を傾げた。モテてる気は一切しなかった。可愛がってくれている気はするけれど、ユウリが望むようなラブは彼女たちからは一切感じない。だからコナツがそんな風に言うのにちょっと驚いた。「モテてるって思う?」

「知らない」コナツはなぜか、ぷいっと顔を横に背けた。なんだかよく分からないけれど、急に不機嫌そう。

「え、知らないって、モテモテだったじゃん、って言ったの、コナツだよ」

「そんなことより、ユウリ、」コナツは不機嫌を一瞬で消してこちらを笑顔で見る。「華火、二人きりの方がいい?」

 コナツが言う、華火、っていうのは夏休みの終わり、八月三十一日、利根川の河川敷で毎年開催される華火大会のことだった。小さな頃からユウリはコナツと一緒にその華火大会を見に行っていて、今年も一緒に行くことを約束していたのだが、今回はコナツが通っている塾での友人も一緒に三人で、という話になっていた。

「え、でもアオちゃんとは約束しているんでしょう?」友達の名前はアオ、というのはコナツから聞いていた。「今更一緒に行けないって言ったら可哀想じゃないかな」

「そうだけど、」コナツは視線を逸らす。「ユウリが二人きりの方がいいなら、そうしようかな、と思いまして、二人きりの方が嬉しいでしょ? ユウリ、私のこと好きなんだから」

 コナツはユウリが彼女に抱いている気持ちのほとんどを知っている。でもユウリとコナツが恋人同士じゃないのは、コナツが彼女になる認可をくれないからだ。コナツ曰く、もっとロマンチックにさせてくれたら未来は変わるかもしれない。つまりユウリがコナツのことをロマンチックにすれば彼女になってくれるみたい。つまり、コナツの気持ちはよく分からない。もちろんユウリはロマンチックなことについて考えを巡らすけれど、よく分からなくて漠然としていて曖昧だから今のところ、天体史ほどは夢中になれていない。コナツとの関係を急に進めようとはあまり考えていないユウリだった。

「確かにコナツと二人きりは嬉しいけど、やっぱりアオちゃんが可哀想だよ」それにユウリはアオに会って見たいと思っていた。コナツによればアオは可愛い女の子。新しい出会いに、ユウリはちょっと期待しているんだ。その期待を顔に出さないようにユウリは注意していた。コナツはその辺りを疑っている節がある。

「うん、そうだね、ユウリがそう言うなら」

 コナツはあっさりと引き下がった。最初からその気はなかったのかもしれない。だったら何でそんなことを急に言い出したのか気になるユウリだった。しかし炎天の黄昏は、すぐにそんな気がかりをユウリの頭から消去した。レディーボーデンのバニラアイスが食べたくなった。「アイス食べたいな」

 時間を確認すれば病院の売店が閉まる時間まであと五分というところだった。コナツはダッシュしてレディーボーデンじゃないけど、バニラアイスを売店で買って来てくれた。ユウリは病室のベッドの上で一人、バニラアイスの冷たい甘さを味わいながらコナツのことを考えて幸せだって思った。そして昼間のドーナツ・パーティのことを考えてもっともーっと幸せだって思った。こんな風に幸せなのは右足が骨折したせいなら、コウヘイにあらゆることを感謝しなくっちゃいけないなって思った。

 少女ユウリの心の色の変化って。

 疾風怒濤。

 まさにそれ?


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