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業火紅蓮少女ブラフ/Hybrid Bland Blue  作者: 枕木悠
A-SIDE 藍青蒼碧(Hybrid Bland Blue)
4/35

ハイブリッド・ブラン・ブルー/三

 別にドーナツが食べたいわけじゃなかったけれど、ドーナツっていう単語をユキコの口から聞いたら食べたくなった。脳ミソにドーナツのイメージが挿入されて、チョコレートに包まれた輪っかの強い甘さを思い出せば、普通の少女ならば食欲が喚起されてしまうもの。だからユウリの頭の中をユキコが盗み見たわけではない。そういう素振りを見せただけ。そういうシーンになっただけ。まるでユウリの心をユキコは全て知っている、という病室の白いシーンになっただけなのだが、それがなんだか、とても悔しいユウリだった。

 なんかムカつくんだよね。

 ユキコのそういう態度。

 ユウリがそういうのが嫌いだって知ってるはずなのに、ユキコは続けるんだ。

 きっと永遠なんかを考えていんだろう。

 ユウリとユキコの人間関係について。

 だからユキコには余裕がある。

 しかしユウリにはほとんどない。

 別に、ユキコとの関係をどうにかしたい、なんて思わないけど、二人の関係の構造を変化させるにはきっと、大人になる、という以上のさらなる革新が必要なのだろう。

 例えば。

 ユキコを襲うとか……。

 しかしユウリはユキコを襲う自分を少し考えて嫌な気持ちになった。

 嫌悪感。

 道徳的、というよりも、もっと野性的な、嫌悪感が体にざわめいて、ユウリは思考を遮断した。

 気持ち悪い。

「どうした?」ユキコはやはり心を盗み見たようなタイミングでユウリのことを見る。ユキコは静かに週刊誌のドギツいゴシップに目を通していた。

「別になんでもない」ユウリは首を竦めて視線を天体史の概説書に戻した。

 読んでいたページには戦後五十年代の天体史家たちの興亡が描かれていて、とても興味深いものがある。このあたりは武村研究室に所属する、院生の伊達リサコの研究テーマとリンクする部分があるだろう。以前彼女はユウリのために講義を開いてくれたから、それが分かった。

 そのタイミングで病室の扉が、コンコンコンと強くノックされた。こんな風に必要以上に強く扉をノックする人は新島コナツしかいない。コナツはユウリの幼なじみで、今のところ多分、親友以上恋人未満の存在。キスは幼稚園の時に何度かじゃれ合ってして、この前ユウリが無理矢理した。そのことで喧嘩しちゃったんだけど、今のところ仲直りしている。だからコナツはユウリの病室の番号を覚えて、会いに来てくれる。

 それは凄く、嬉しいことである。ユウリはコナツの彼女になりたいって思ってるから。

「はぁい、」ユキコは週刊誌を閉じて立ち上がって扉の方に向かって横にスライドさせる。「いらっしゃい、こなっちゃん」

「こんにちは、ユキコさん、ユウリも」

 コナツは夏の太陽の笑顔を見せる。外は炎天だからコナツは汗を掻いていて、彼女の唇は塗れていて、それがいやらしいってユウリは思って唾を飲み込んだ。大きな瞳はいつも以上に輝いているように見えた。いつもそう思うんだけど、そう思うんだから絶対に真実だ。

「うん、コナツ」ユウリは彼女に向かって頷き、控えめにコナツに今日も会えて嬉しいよ、っていうサインを出した。

 コナツも目でそういう種類のサインをユウリに送ってからこちらに歩き出す。

「ドーナツ、買ってきましたよ」

 コナツは両手にミスタ・ドーナツのビニル袋を下げていた。ユキコがコナツに電話して買ってくるように頼んだのだ。

「ありがとね、こなっちゃん、急にユウリがドーナツ食べたいだなんて言うから」

「ユキコが食べたかったんでしょ」ユウリは口を尖らせて言う。

「あらじゃあ、ユウリは食べたくないの?」

「食べたいけど、食べるけど」

 ユキコは財布から一万円札を取り出して彼女のスカートのポケットに捻じ込んだ。「差額はお小遣いにしてね」

「え、ありがとうございます、」コナツはにっと現金な笑顔を見せる。「でもいいのかなぁ」

「いいのよ、こなっちゃんはユウリの大事なお友達だもの」

「えへへっ、」コナツは舌を見せて笑って、そしてミスタ・ドーナツのビニル袋をベッドの上、ユウリの足下に置いた。かなりの量だ。「でもこんなに沢山、三人で食べきれるかなぁ、私はともかく、ユキコさんも、ユウリも小食だし」

「コナツなら全部食べれるんじゃない?」

「むっ、」コナツは丸い目でユウリを睨んだ。「失礼しちゃうわ、さすがにこんなに沢山食べきれる自信ない」

「三人だけじゃないのよ」ユキコは言った。

「え?」

「もうそろそろ来るんじゃないかな」

「え、誰ですか?」コナツは首を傾ける。「ユウリ、私の他に友達いないんですよ」

 それは真実だけどユキコの前でそれは言わないでってユウリは強く思った。

「知ってるわよ、」ユキコはさらりと言った。「ユウリの友達はこなっちゃんだけって知ってるわ」

「ですよねぇ」コナツは凄く笑顔で頷く。

 それは真実だけどでも凄く笑顔で頷かないでってユウリは強く思った。頬が熱くなる。「……っていうかさ、誰か来るの?」

 そのタイミングで再び病室の扉がノックされた。

「来たわね」ユキコは妖しげに笑って扉に向かった。


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