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業火紅蓮少女ブラフ/Hybrid Bland Blue  作者: 枕木悠
B-SIDE 龍が空華と契り(Phantasy Fade Away)
27/35

ファンタシィ・フェイダ・ウェイ/十四

 月曜日。

 学校に自分の体があるのは嫌だけど、教室にコナツの存在があったから、なんとか狂ってしまわないでいられる。傍にコナツがずっと一緒にいてくれるわけじゃないけれど、教室にコナツがいる、というだけで大丈夫だった。時折、彼女はユウリの方を見てにっと笑いかけてくれる。その度に、ユウリの心は愛する人に掬われた金魚の気分になって繚乱する。

 してしまうんだ。

 もしかしたら今までもこんな風にコナツは、ユウリに時折、笑いかけてくれていたのかもしれない。

 しかしユウリはそれに気が付かなかった。何でもないことのようにしか思わなかった。

「私はずっと、ユウリの味方だからね」

 その思いはずっとコナツの笑顔にあったんだと思う。でも気付けなかった。それに気付くことが出来たのは、声を聞いたから。コナツの思いが声になって届いたから。コナツには決心があったんだと思う。ずっとユウリの味方でいる決心があった。覚悟したんだ。だから声になった。コナツのユウリへの気持ちは大きくなっているんだ。

 確実に。

 ええ。

 コナツはユウリに近付いてくれている。

 ユウリが一つ、ドラマチックを見せてあげればコナツは彼女になってくれそうだ。

 そう考えてしまうのは都合が良過ぎ?

 でも今までになく一番、コナツとの心の距離が近いんだって思うんだもの。

 ユウリは月曜日の冴えるに冴え青々とした雲が薄く斑に散った空を見た。

 十月の最初に席替えがあってユウリは窓際の席になっていた。ユウリの机にレズ野郎と落書きして誰かのせいにしようとしていた最低最悪の男子のマサヤは廊下側の席になっていた。ユウリはマサヤから離れることが出来て心底ほっとした。それでコナツの席が近ければよかったんだけど、コナツの席はマサヤの席の前だった。つまりコナツの席に行くためにはマサヤの席に近づかなくちゃいけない。つまりユウリがコナツと話すためには必然的にコナツが来るのを待たなくちゃいけないわけだ。なかなか上手いこといかないなってユウリは思って青い空に溜息を吐く。

 六限目の理科の授業中だった。

 アオは理科が得意だったな。

 ユウリはアオのことを考えてしまう。

 一度アオのことを思い出すと次から次へアオについての様々なことを考えてしまうのが最近の傾向だ。

 ユウリは理科の教科書の横に広げた五十ページほどの天体史の薄い冊子に目を走らせ没頭し、アオを考えないようにした。

 薄い冊子といっても中身は最新の天体史研究の成果がまとめられている専門的なものだった。それらの議論にあれかこれかと考えを巡らしていたら時間は瞬く間に過ぎて六限目の終わりを告げるチャイムが鳴り放課後になった。

 解放された気分。

 今日もコナツと一緒にユウリの家で勉強する予定がある。お鍋に残ったカレーを一緒に食べなくてはいけない。学校の後の月曜日は楽しいことしかないからユウリのテンションはナチュラルにハイになる。ユウリは軽快に帰り支度をしていた。

 けれど。

「あの、國丸」

 ユウリは鞄の中を整理する手を止めて顔を上げた。

 顔も見たくないし、存在すらも認めたくないマサヤがユウリの正面に立っていた。

 マサヤの顔は引きつっていてユウリに怯えているようだった。

 すでに泣きそうだった。

 怯えているのだったらどうして前に立ってこっちを見るの?

 ユウリはマサヤを二秒間、睨み付けた。

 マサヤはユウリのことを恐れてか、一歩後退した。

 それを見てユウリはマサヤのことを無視して鞄の整理を再開する。

「く、國丸、」意を決した、という風にマサヤは口を開く。「あのさ」

 ユウリは無視を続ける。

「話があるんだ、」マサヤは声を大きくして言った。「話があるんだよ」

 放課後のクラスの注目がこちらに集まっているのが分かった。

 鞄の整理を終えて、ユウリは勢いよく鞄のファスナを締め鋭い口調で言った。「話なんてないよ」

「俺に、話があるんだって」

「ないって言ってんだよ、」ユウリは静かに言ってマサヤを睨む。「お前とは何も喋りたくないんだよ」

「國丸、お願いだから聞いてくれよ、」マサヤはユウリの机の上に手を置いて言った。「大事な話があるんだよ」

 そのときだった。

「大事な話ってなんなの、内藤君?」笑顔のコナツが間に入ってきて明るい口調で言う。「気になるなぁ、ねぇ、なんなのよ」

「……ったく、」マサヤはコナツを一瞥、額に手をやり、小さく舌打ちした。「新島、お前には関係ねぇよ」

「え、関係ないことってないでしょ、私、一応、ユウリの幼馴染だから、ユウリにする大事な話なら関係ないことってないと思うんだけどなぁ」

「新島、お願いだから、お願いします、ちょっと、どっか行ってくれません?」

「えー、何それ、」コナツは片方の頬を膨らませる。「酷くない?」

「邪魔なんだって」マサヤは蠅を払うようにコナツに向かって手を動かした。

「内藤君と喋りたくないって言ってるよ、」コナツは早口で言ってユウリを見る。「ねぇ、ユウリ?」

「うん、」ユウリは頷く。「しゃべりたくない」

「内藤君のこと大嫌いだって言ってるよ」

「うん、」ユウリは笑顔で頷き、可愛い声を作った。「大っ嫌いだ」

 マサヤは今にも泣き出しそうな顔を強めてユウリとコナツを交互に見ていた。

「と、いう訳なんで、内藤君、」コナツはユウリの手を取った。「ばいばい、じゃあね、さよなら、また明日」

 ユウリはコナツに引っ張られるようにして松葉杖を両脇に挟んで立ち上がる。

「あ、いや、待てって、待って下さいよっ」マサヤはユウリの松葉杖を掴んだ。

 ユウリは振り返りマサヤをキッと睨み付ける。

 マサヤの泣きそうな顔には必死が溢れていてユウリに伝わり張り付くようで、それがとても気持ち悪いと思った。

 マサヤを見て、まるで彼の体液が全身に付着してしまったようで気持ちが悪くてならない。

 だから払拭しなければならないと思った。

 マサヤのことを、彼に関するあらゆることの全てを終わりにしよう。

 自然に離れるのを待つだけじゃなく強制的に力を込めてそうするべきだと思った。

 そうすれば残りの中学生の時間をもっと、平穏に過ごせるんじゃないかって思った。「いいよ、話を聞こうじゃないか」

「ほ、ホント?」

「ユウリ?」コナツが心配そうに顔を覗き込む。「いいの?」

「大丈夫だよ、コナツ、」ユウリはコナツに笑顔を見せて自宅の鍵をアオが一度盗んだ合鍵を、コナツの右手に握らせた。「先に帰って待っていて」


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