ファンタシィ・フェイダ・ウェイ/二
九月の最終土曜日、錦景市立春日中学校では運動会が開催されていた。炎天は相変わらずで、校庭の土は砂漠の砂のように渇ききっていた。サボテンがどこかに立っていたっておかしくないって思う。
「……暑過ぎる」
右足を引きずった松葉杖少女こと國丸ユウリは白いテントの下、パイプ椅子に座り異常な熱さにうなだれていた。機能不全の右足のせいで走れないユウリは当然ながら運動会を見学しているだけだった。これだったらまだ競技に参加している方がマシだ。
っていうか休めばよかった。
どうしてユウリはこんなところで暑さにただただうなだれているのでしょう。
理解不能意味不明。
訳が分かりません。
「おーっと! ここでアクシデント発生っ!」
一度マイクを通した新島コナツの声が校庭に響いていた。ユウリが見学している同じ白いテントの下、コナツはアナウンス席に座って言葉巧みに運動会の模様を実況していた。今は玉転がしの最中で、紅い玉がどういうわけかコースから大きく外れて物凄い速度で校庭の南側に隣接するテニスコートの方に転がってしまっていた。「紅組、戻れ! 戻れ! あっ、もう莫迦っ! 何やってんの!? あーっと! 今度は白組にアクシデント発生っ! 大丈夫かぁ!」
コナツ、うるさい。
ユウリは目を瞑り時間が早く流れるように願いました。
「優勝は紅組ですっ!」
ユウリの願い虚しく時間は早く流れることなくゆっくり流れ続けたが、運動会は紅組の勝利で幕を閉じた。ユウリは紅い鉢巻をしていたけれど嬉しくもなんともなかった。参加していないし、そもそも集団行動が嫌いだ。皆と喜びは分かち合えない。
ああ、早く家に帰りたい。
エッチなことしたい。
多分、今日も芳槻アオは家に来てくれる。
「あー、楽しかったぁ、」実況席から離れてコナツは元気溌剌笑顔でユウリに言った。「ユウリは残念だったね、百メートルに出てたらユウリが一番なのに」
ユウリは学年で一番足が速い少女だった。「別に、しょうがないよ」
「ユウリのポニーテール、やっぱり可愛いね」コナツは突然言った。
「え?」ふいを突かれてユウリは照れて少し頬を染めながら自分のポニーテールを触った。「ありがとう、コナツのポニーテールも可愛いよ」
「へへへ」コナツは舌を見せて笑っていた。
運動会の後片づけが終わって放課になった。しかし興奮冷めやらぬ、という具合にほとんどのクラスメイトは教室に留まり運動会の思い出を振り返っていた。そして莫迦みたいに笑っている。そのクラスメイトの中にコナツが混ざっているのが嫌。
「コナツの実況、ホント、サイコーだったよぉ」
「えー、やだぁ、それほどでもぉ?」
「あーいうのやらせたら一番だよねー」
「もぉ、そんなに褒めるな、にゃはははっ」
一番コナツの笑い声が目立っている。
うるさいな。
あーあ。
何がそんなにおかしいんだか。
ユウリは毎度のことながら不機嫌で冷めた溜息を吐く。「……はあ」
早く帰りたい。
そう切実に思った。
そのタイミングだった。
前の席の内藤がこちらを振り返りユウリの顔を見ていた。
目が合った。
「……何?」ユウリは内藤のことを睨みつけた。
「いや、別に」そう言いながら内藤はユウリの方に体を向けている。
「別に何? また泣かされたいの?」
「泣かされてもいい」
「は?」
「國丸、俺さ、百メートル一番だったじゃん」
「そうなの?」
「え、見てなかったの?」
「記憶にないね、そんなどーでもいいこと」
「あ、そう、そうか、あはは」内藤は頭の後ろに手をやりぎこちなく笑う。
「何がおかしいんだよ」ユウリはじっと睨み続けている。
「ごめん」
「だから何が?」
内藤は少し黙った。
二秒くらい。
「あのさ、國丸、お願い、ちょっと来てくんない?」
「え? やだ」
「お願いだから、」内藤の顔は泣きそうだった。「ちょっとだけだから来てくれよ、頼むよ」
「……ま、まあ、うん、いいけど」
ユウリは内藤から感じる必死さについつい頷いてしまった。そして体育館の裏までノコノコとついて行ってしまったのだ。これが多分、間違いだったんだと思う。
「國丸のことが好きだ」
ユウリは内藤に告白されたのです。
彼はご丁寧にも手紙を書いてユウリに渡した。
彼の下の名前がマサヤだというのを初めて知った。
やっぱり今日は休むべきだったな。




