愛していると囁きたい(夕鶴視点)
※絵里奈×夕鶴(夕鶴視点/若干リバ有り)
「私は卑怯者だから、本当は貴方の優しさに漬け込んだだけなの……」
いつの時だったか、彼女が俺にそう言った時の事を思い出す。
そう言った時の彼女の声は、どこか不安げなか細い声で、
いつか彼女が俺の前から消えてしまうのではないかと、不安な気持ちに成った。
彼女は……絵里奈は自分を卑怯者だと言ったが、
本当の卑怯者はきっと俺自身なのかもしれない。
彼女の親友である彩が、俺に対して特別な意識を持っていた事は薄々と気付いていたし、
それを絵里奈自身が余り良く思っていなく、更にそれを切欠に彼女が俺に
気持ちを伝えて来てくれる事など始めから解っていたのだから。
彼女が俺に自ら気持ちを伝えてくるまで、俺自身が何もせずただ待っているだけだったのも。
本当は、彼女よりも俺自身の方が彼女への想いが強く執着しているのに、
俺自身の口から何も言わなかったのも。
彼女が、絵里奈が俺の事だけを意識してくれる様にそう仕向けたかったから。
俺の事だけを見て、俺の事だけを愛して欲しかった。
同時に、俺自身から彼女へ気持ちを伝えて、彼女に否定されるのが怖かったのだ。
俺が、一番恐れるものは、彼女に、絵里奈に否定される事だったから――……。
我ながら、臆病者で汚い真似をする女だと自覚はしている。
彼女が卑怯者なら、俺は臆病者なのだろう。それも重々自覚はしている。
それでも、俺の事をまっすぐ見つめ愛してくれる絵里奈を、
俺はもう手放したくはなかったし、手放す気など更々ない。
そして、彼女にはこの手をどうか手放さないで欲しい。
俺が愛しているのは絵里奈だけ。
絵里奈にも俺だけを愛し続けて欲しい。
俺が彼女だけを見つめるように、彼女には俺だけを見つめて欲しい。
だから、俺はこれからも彼女に愛を囁き続けたい。
それはきっと、彼女と俺を繋ぎとめるひとつの呪文だと信じているから。
「絵里奈……」
「なぁに?」
「愛している」
「私も夕鶴を愛しているわ」
この夜、何度目になるか解らない深い口付けを彼女と交わす。
そして、俺に伸ばして来てくれた柔らかな手をきつく握り締めた。
彼女が俺から離れて行かないように。
互いのこの手が離れてしまわないように。
そう、願いを込めて――……。
<END>