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野良怪談百物語

耳残

作者: 木下秋

 暗闇の中で、ただ呼吸する音だけがしていた。


 それ以外の音は、耳鳴りを除けば、全く無い。ただ、呼吸の音だけがしていた。


 私は夜、無音でないと眠れない。それは、幼い頃からであった。


 ――苦手なモノは何か、と問われれば。


 私はよどみなく、「時計の音」、と答えるだろう。


 ――幼い頃、毎年夏と年末には、母と一緒に祖母の家に泊まった。


 祖母の家は、東北地方の山間部にある。木造の、裏手に小川の流れる、小さな日本家屋だ。


 私は、その祖母の家の居間にあった、古い壁掛け時計が苦手だった。嫌いだった、と言ってもいい。


 この時計。家と同い年なのではないかと思わせる木製の古い時計なのだが、大きな文字盤の下には、一秒間隔で揺れ続ける振り子があった。金属製の長い棒の先に、くすんだ満月のような円盤がくっついている。


 私は幼い頃、この振り子の揺れを見たり、音を集中して聞いてしまったりすると、なんだか妙な、不安な気持ちが掻き立てられるような気持ちがしたのだ。


 それは言葉では説明のしようのない、不思議な感覚だった。何故だか、『祖母が急に死んでしまうのではないだろうか』などという、嫌な想像ばかりが頭に浮かび、たまらなくなってしまう。


 それはもちろん、夜眠る時分になっても鳴り続け、私を苦しめた。深夜の山間で、虫の鳴き声や小川のせせらぎに混じり、時計は自らの存在を主張するかのように、その音を屋内に響かせた。


 暗闇の中、無視しようにもできないその音に、私は恐怖し、いつまでも寝付けなかったのを、今でもはっきりと覚えている。


 しかし、その時計が嫌いだなどとは、祖母には言えなかった。


 その時計は、戦争に行って亡くなった祖父の形見だと、祖母は大事にしていたからである。


 私は一人暮らしを始め、壁掛け時計を買う時、なにより秒針の音が鳴らない時計にこだわった。


 一緒に買い物をしていた友人には「神経質だ」などと言って私を笑ったが、私にとっては重大な問題なのだ。時計の秒針の音がすると、私は眠れなくなってしまうのだから。


 だから、今もこの真っ暗な部屋では、時計の音はしていない。


 ただ、呼吸の音がしているだけなのだ。


 それでも、私は今日も、眠ることができない。


 私しかいないはずのこの部屋で、私以外の何者かの、呼吸の音がしている限り。

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