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KaRMa  作者: 鵤牙之郷
9/16

運は来るものに非ず

 上司に付き合って居酒屋を3件も回り、伊坂行人はもうヘトヘトだった。

 泥酔していて上手く歩けない。正常な判断が出来ない。視界もぼやけている。元々、飲み会などに参加しなければ良かったのだ。彼はアルコールにあまり強くない。ただ上司に気に入られたいという一心で酒を飲んでしまったのだ。

 こんな状態で家に帰れるのだろうか。途中で倒れてしまうのではないか。不安になりながら、行人はどうにか歩を進める。

 駅までもう少し。おぼつかない足取りで歩く彼を見て、厳つい若者達が茶化している。

 暫く歩くと、途中である人物に声をかけられた。

「もし、そこの殿方」

 自分の左隣から声がする。見ると、そこには小さな占い屋が。2件の居酒屋に挟まれた店には雑な装飾がなされている。何だか文化祭の模擬店の様で可愛らしい。

「殿方、いらっしゃい」

 声は女性のものだ。

 普段は占いなどに全く興味が無い行人だったが、この日は酔っているせいか、フラフラと店の中に入ってしまった。

 店内はかなり小さく、パイプ椅子を2、3並べただけの簡素な待合室、小さなレジカウンター、そして奥には占い師がいるであろう部屋がある。そこだけは黒いカーテンで仕切られている。

「こちらへ」

 声に釣られ、カーテンを開けて中に入る。丸いテーブルの上にはカードの束。きっとタロットカードというものだろう。テーブルを挟んだ向かい側に、占い師が座っている。全身黒ずくめで、顔もフードで隠しているが、口元だけは見ることが出来る。白い素肌に、ふっくらとした赤い唇。フードから覗く髪もサラッとしている。

「何か、悩みがあるのかしら?」

「悩み……」

 現在の悩みと言えばただ1つ、職場環境だ。自分から積極的に話しかけることが出来ない行人は、他の社員から疎外されており、飲み会に参加することでどうにか首の皮1つ繫がっている状態だ。彼は、己自身を変えたいと強く願っているのだ。

 と、行人はまだ悩みを告げていないのに、占い師はカードをいじりだした。適当にシャッフルすると、その中から1枚行人に選ばせた。何か絵が描いてあるが、占いに詳しくない彼にはそれが何を意味するのか全く理解出来ない。

「大丈夫」

 カードを見た占い師が静かに言った。

「あなたはまだ幸運を握っているわ」

「え? ホントですか?」

「ええ。よく思い出して。あなた、確かに職場ではあまり他の人と接点を持っていないけど、仕事はもの凄く頑張っているでしょう?」

 何も聞いていないのに、占い師は行人が考えたことを正確に言い当てた。目の前の女性は信用に値する占い師のようだ。

「そんなあなたの姿を、皆さん陰ながら評価しているみたいよ」

「みんなが、僕を?」

「ええ」

 女性の優しい言葉を聞いているうちに、行人の心は晴れていった。重い枷が外れた様な、そんな感覚だ。

「いい運気だこと」

「え?」

「その幸運、私にも分けてくれるかしら?」

 女性がそう言うと、突然行人の頭が両手で鷲掴みにされた。目は覆われていないため、状況は理解出来る。女性の手はまだテーブルの下で組まれている。では、この腕は何処から……。

 探らなければ良かった。今行人の頭を掴んでいる腕は、女性の頭部から伸びていたのだ。女性は口元に笑みを浮かべている。あまりのおぞましさに行人は悲鳴をあげた。

 女性が身を乗り出し、行人に顔を近づけた。そして口を大きく広げると、行人の顔から何か白い霧の様なものが噴き出し、彼女の口へと吸い込まれて行った。このとき行人は、これまでにあげたことの無いくらい大きな悲鳴を上げていたのだが、誰1人として彼を助けに来るものはいなかった。

「次は悪運ね」

 と、今度は黒い霧が放出され、同じように女性に吸い込まれていった。

 ひと通りの作業が終わると、行人は漸く手から開放された。先程の明るい感情はすっかり消え失せ、虚無感が彼の心を支配している。

「ごちそうさま。あとはあなたの好きにして良いわ」

 行人はすっと立ち上がり、店からフラフラと出て行った。酔いは冷めたが、まだ足取りは覚束ない。道行く人が彼を見て何か言っているが、そんなことも気にも留めない。

 無感情のままぼーっと歩き続ける行人。真横から来る車の、クラクションの音にも気づかずに……。





 この日、斗真は珍しく新聞を読んでいた。

 ベンチの上には複数の新聞や雑誌。そのどれにもポストイットが貼られている。政治や経済等の記事には全く興味を示さず、彼はただ1つのニュースのみに着目している。

 ここ最近、大学の近くにある商店街周辺で事件や事故が多発している。ある者は発狂しながら通行人を襲い、またある者はビルの屋上から飛び立ち、自ら命を絶った。

 昨夜もまた事故が発生した。被害者の名は伊坂行人。目撃者の話では、彼はぼーっと歩いていて、吸い寄せられるように車に突っ込んで行ったという。これで8件目。ここまでトラブルが続くと何らかの力が作用していると疑わざるを得ない。

「ふーん、新聞読むんだ」

 後ろから由衣が話しかけて来た。この頃、彼女は業獣の存在を嘗めているような気がしてならない。特に斗真のことを。どういうわけか、彼は由衣を斬ることが出来ない。いや、おそらく他の人間も斬ることが出来ない。それを良いことに彼女は調子に乗って来ている。

「また怪物?」

「お前には関係の無いことだ」

「関係無くはないでしょ、私は何度も怪物に襲われてるんだから」

「お前の不注意が原因だ」

「つくづく頭に来るヤツ」

「お前程ではない」

 口論しつつ、斗真は複数の新聞や雑誌から情報を集めている。事件発生現場は殆ど同じポイント。つまりその近辺を洗えば彼が望んだ結果が得られるに違いない。

 新聞と雑誌を全て近くのゴミ箱に突っ込むと、斗真は早速その現場に向かうことにした。するといつもの様に由衣が跡をつけて来た。

「お前程気の狂った人間は初めて見た」

「どういう意味よ?」

「自ら進んで業獣に会いたがる人間などそういない。……ヤツはそうだったがな」

 水無月芭蕉のことだ。彼は進んで業獣とコンタクトを取り、業獣と同等の力を身につけた。更には業獣達を人間界に導き、あるときは自ら業獣を作り出して斗真の元に差し向ける。彼もまた、斗真からすれば気の狂った存在だ。

 いったい何が彼にあれほどまでの力を与えたのだろう。いくら業獣に興味があったとは言え、たかが人間がすんなりと力を身につけられる筈が無い。あの姿になる前に出会った業獣が何かをしたか、それとも……。

「ヤツって?」

 由衣が尋ねた。彼女はまだ芭蕉のことを知らない。敵の部下は変装のために彼女を調べたようだが。

「何でも無い。兎に角来るな。邪魔だ」

 足早に由衣の元から去って行く斗真。

 置いて行かれたことが、由衣は何故か悲しく感じた。

 そんな彼女のことなどつゆ知らず、斗真は探索に出かけた。

 現場はキャンパスからそう遠くない所にある。人がいる場所を歩くのは避けたかったので、斗真はビルを伝ってジャンプしながら目的地へ向かった。

 風が心地よい。業獣である彼にも、自然の現象を慈しむ心はあるらしい。単に人間がいないから、という理由からかもしれないが。

 商店街まで来ると、斗真は人のいない所を探してビルから地上に飛び降りた。時刻は午後5時。まだ若干明るいが、もうじき日が暮れる。

 事故現場付近には花が添えられている。地面にはまだ僅かに血痕が残っている。間違いなくこの場所で人が死んだのだ。

 だが、人間の死などどうでも良い。問題は、今までの事件が何によって引き起こされたか、だ。精神を研ぎ澄まして辺りを見渡す。何処もかしこも奈落が好きそうな居酒屋ばかり。殆どの店が閉まっている。中には八百屋や文具店等も存在するが、客は少ない。

 そんな店の中に、1件だけ気になるものが。

 居酒屋と居酒屋の間に造られた小さな占い屋。装飾品や文字等が幼稚で子供らしい。周囲を見回すと、別の場所にも占い師がいて、各々の店を構えている。しかしその殆どがテーブルと椅子だけの簡素な造りで、物件を持っているのはこの店だけだ。

 占いもまた、人間が陥りやすいものの1つ。自殺、放心状態、暴走。彼等は占いのために正常な判断が出来なくなってしまったのではないか。

 斗真は目の前の店に歩み寄った。この店が怪しい。何より強い念がひしひしと伝わって来る。この業獣は芭蕉とは関係無さそうだ。

 店の扉に手をかけた瞬間、電流が流れたような痛みが彼の腕を襲った。突然の出来事に思わず手を離す。改めて扉を見ると、紅色の霧が店を覆っているのがわかった。その霧の中を電流が流れている。芭蕉とは無関係だが、斗真のことは知っているらしい。さしずめ他の業獣から聞いたのだろう、同族を狩っている業獣がいるということを。

 どうやって店内に入ろうか悩んでいると、1人の女性がフラッと店内に入って行った。おそらく客だろう。斗真ももう1度試してみるが、扉は開かず、また電流が彼を襲うだけだった。しかし所詮は普通の業獣が張った罠、力づくで引っ張れば開くかもしれない。何度も試してみたがそれでも開かず、結局4度目で諦めてしまった。

 扉を睨みつける斗真。すると、ほんの一瞬だが、店を覆っていた霧がスッと晴れた。何事かと見つめていると、霧が再び蔓延し、店の中から先程の女性が出て来た。その目は虚ろで、足取りも覚束ない。昨夜事故死した男と同じ状態だ。

 が、今日はそれで終わりではなかった。何と女性は、斗真の姿を見るなり彼に殴り掛かって来たのだ。攻撃を防いで殴り返そうとしたが、ここにはまだ大勢の人がいる。いつもの調子で戦ったら、業獣狩りがまた困難になってしまう。

 攻撃を防ぐ斗真を見て、近くを通りかかった男達が女性を止めに入った。男達に押さえられると、女性は意識を失い、眠りについてしまった。

「ひゃあ、本当なんだな、この辺で事件が起きるって噂」

「ああ。……あなた、大丈夫でした?」

 斗真は首を縦に振って問いかけに答えた。

 この後救急車が到着、女性が運ばれて行った。怪我を負ったわけではないので直に目が覚めるだろう。

 しかし今の1件で、あの店に侵入する方法を思いついた。が、この作戦は斗真1人では実行出来ない。最低でももう1人、人間の相方がいなければならない。

「馬鹿と鋏は使いよう、ということか」

 今日はひとまず引き上げ、明日もう1度ここに来ることにした。囮を連れて。





 授業終了後、斗真は1人の人物に話をした。場所は屋上。誰もいないし、高い場所での交渉は成功する確率が高い。これは三神斗真本人の記憶から学んだことだ。

 相手も屋上に来いと誘ったらすぐについて来た。何か良いことを期待していたのかもしれない。そう思うとその人間のことが滑稽に見えて仕方がなかった。

 その人間というのが、

「は? 何で私が占い師に会わなきゃならないのよ?」

 草薙由衣だった。彼女以外に最も接点のある人間がいなかった、というのが大きな理由の1つだ。あまり信用ならない人間なので不安ではあるが、取り敢えずあの霧を晴らすためには人間が1人必要だ。

「業獣について知る良い機会だ。知りたいのだろう、業獣について?」

「はぁ? そんなこと言ってないでしょ? 耳おかしいんじゃないの?」

「黙れ。時間が無い。こうしている間にも、ヤツは人間を死に追いやっている」

 それを聞くと由衣は何も返せなかった。斗真がいなければ業獣は倒せない。即ち、ますます多くの人間が苦しむことになる。

 これは斗真の巧みな罠だった。由衣は一応他人を思いやったりする心は持っているらしい。そこを突けば嫌でも頷く。そう睨んだのだ。彼自身は人間がどうなろうと知ったことではない。

「早くしろ」

「でも……」

「……遅い」

 仕方無く、斗真は強硬手段に打って出た。彼はいきなり由衣を背負うと、近くのビルへとジャンプした。由衣の悲鳴が五月蝿い。背負っているから耳を塞ぎたくても塞げない。

「ちょっと、何やってんの!?」

「お前がさっさとついて来ないからだ。このままあの店に向かう」

 更に連続でジャンプをする斗真。初めは悲鳴を上げていた由衣も徐々に平静を取り戻していった。斗真の体温が伝わって来る。業獣はもっと冷たいものだと勝手に解釈していたが、彼等にも血が流れているようだ。

 斗真は由衣を落とさないようにしっかりと掴んで移動している。業獣狩りに必要だからかもしれないが、由衣にはそのことが嬉しく感じられた。

 少しすると問題の商店街に到着。人気の無い場所で由衣は降ろされた。少し残念そうな顔をしていると、

「何だその面は」

 と、斗真が冷たく言い放った。

「別に」

「まぁ良い。お前にはこれから、あの店に入ってもらう」

 彼が指差した先には例の占い屋が。由衣には見えていないが、今日もあの霧がしっかり張られている。

「わかったか」

「でも、今日あまりお金が……」

「何を言っている? あそこの店主は俺が斬る。金など必要無い。さぁ、とっとと行け」

「……わかったわよ」

 ここまで来たら無理とも言えない。先程斗真が言ったことも気にかかる。これ以上犠牲者が出ないようにするには、自分が動かねばならない。

 由衣はゆっくりと店に近づく。店主が業獣だと知らなければもっと楽に入れたかもしれない。下手すれば殺される危険だってある。その不安が彼女の足取りを更に重くしていた。

 扉の前に立ち、取手に触れる。冷たく乾いた取手。1度後ろを振り返ると、斗真が指をくるくる回して催促して来た。斗真を睨んでから再び前を向き、扉をゆっくりと開けて中に入った。

 中は小さく、パイプ椅子が2、3脚、簡素なレジカウンターが1つある。奥には黒いカーテンで仕切られた部屋がある。

「あの」

 たとえ相手が業獣でも、いきなり奥に入るのも失礼だろう。一応声をかけてみる。すると部屋から、

「お入りなさい」

 という、物腰の柔らかな女性の声が聞こえて来た。それを合図に由衣は中へ入った。

 部屋は小さく、円形のテーブルの上にタロットカードの束が置かれている。その奥に黒ずくめの人物が腰掛けている。

「あの、予約してないんですけど」

「この店に入って来たのも何かの縁。今日は予約無しで宜しくてよ」

「あ、ありがとうございます」

「悩み事は……恋、かしら」

 何も言っていないのにいきなり言い当てられた。流石は業獣、占いの腕は本物だ。そこいらの占い師よりも信用出来る。

 驚いて言葉が出ない由衣。すると店主がまた声をかけた。

「恋なのね? 大丈夫よ、隠さなくても」

 由衣は渋々、はいと答えた。理由も経緯も言わなくてもわかるだろう。相手が獣なら尚更だ。

「……可哀想に。片思いの相手と離れ離れになってしまったの」

「はい」

「それも、彼は今遠い所にいる」

 言いながら、店主はカードをかき混ぜ、その中から1枚由衣に選ばせた。

「この中から、選ぶんですか?」

「ええ。種も仕掛けも無い。引いたカードがあなたの運命を握っているの」

「私の、運命……」

 深呼吸をして1枚捲った。そのカードには、目の前の女性と同じように黒いフードを纏った骸骨の姿が描かれていた。言われなくてもわかる。死神のカードだ。確かタロットには正位置と逆位置があった筈。今由衣が引いたのは、正位置の死神だった。

「カードが示しているわ。辛いかもしれないけど、その恋を諦めるべきね」

「諦める?」

「ええ。今、彼の心はあなたに向いていない。努力するだけ無駄よ」

 数秒の沈黙。それを最初に破ったのは由衣だった。

「諦めはもう、ついてます」

「はい?」

「さっき、彼は今遠い所にいるって言いましたよね?」

「ええ、そうね」

「彼はもう、この世にいないんです」

 返事が返って来ない。が、由衣は更に続ける。

「だからもう、諦めはついてるんです」

 あの日。三神斗真が怪物と入れ替わったあの日から、もう彼女の恋は終わっていたのだ。遠い所にいるのならまだ救いがある。会うチャンスが巡って来るかもしれない。だが真実は違う。今斗真として現世に生きているのは全く別の存在だ。もう本物の三神斗真には、2度と会えないのだ。

 由衣の話を聞き終わると、店主は肩を小刻みに揺らし始めた。泣いているのか、いや、違う。店主は笑っている。ケタケタと、気味の悪い笑い声を上げている。

「占いなんてね、曖昧で良いのよ」

「え?」

「私が欲しいのは、客の喜ぶ姿を見ることじゃない。お金でもない」

 突然、由衣の頭が両側から白い腕に掴まれた。前方を見ると、まだ店主の腕はテーブルの下で組まれている。由衣の頭を掴む手は、相手の頭部から伸びている。

「人間の、運が欲しいの」

 顔を近づけ、口を大きく開ける店主。それとほぼ同時に、店の入り口辺りで大きな物音がした。これには店主も驚き両手を由衣の手から離した。

 音が止むと、今度は部屋を仕切っていたカーテンが勢い良く切り裂かれた。その向こう側に立っていたのは、外で待ち伏せしていた斗真だった。

「自分の運命も見られない占い師か。滑稽だな」

「どうやって……」

 どうして斗真がここに入って来られたのか。聞くまでもなく、店主自身がその答えを知っているようだった。

 店主が張った霧は、あるときだけ解除されてしまう。それは、食事の瞬間。彼女が人間から幸運と不運を吸い取るときだけ、霧に力を送ることが出来ず解除されてしまうのだ。

 由衣が入って行った後、斗真は店の入り口まで近づいて霧が晴れる瞬間を待っていた。霧が解除されてから再び張られるまでの時間はそう長くはない。解除された瞬間を狙うしかなかった。

 慌てて由衣が立ち上がり、斗真の後ろに隠れる。店主は立ち上がって2人を睨んでいる。

「ご苦労だった。何処かへ行ってろ」

「何よその言い方?」

「五月蝿い! 早く行け!」

 斗真に怒鳴られ、由衣は黙って店の外に出た。

 彼女が出て行ったのを合図に斗真と占い師が店内で激突した。フードから伸びている腕の攻撃を躱し、剣で首を狙う。剣を躱した途端、相手のフードが外れてしまった。

 長く艶のある髪に白い肌、綺麗な顔質。両側のこめかみ辺りから生える腕さえ無かったらもっと美しかっただろう。

「お前だったか」

「あら、こんな所で会うなんて」

「ああ。あのときは逃がしたからな」

 戦闘を再開する両者。女性はタロットカードを手裏剣のように使用して斗真を攻撃する。この狭い空間でも、彼は上手く攻撃を除け、相手に斬りかかる。

「まだあんな物を食べてるのか?」

「最高の食事よ、“運”は」

 タロットカードが飛び交い斗真の邪魔をする。カードを1枚切り落とすと、更に数枚のカードが飛んで来る。女性の周囲も何枚ものカードが飛び回っている。

「ただ食べるだけじゃない。運を吸われた人間は死ぬ。その様を間近で見られるのよ?」

「とんだ趣味だな」

「運は来るものじゃない。自分で生み出す物。その根源となる幸運と不運を吸われれば、残るのはただの肉体だけ。面白いわよ、気の抜けた人間が自ら命を立つ様は」

「お前とは友達になれそうにないな」

 カードを衝撃波で叩き落とすと、斗真は一気に相手に詰め寄り、左側の壁へ押し出した。女性は壁を突き破り、外へ出てしまった。いくら業獣とは言え、コンクリートを突き破れば痛みも伴う。女性が抜け出た先は路地裏。店よりも狭い場所に出てしまった。

 トドメを刺そうと斗真も外に出る。が、穴の空いた壁の真横に立っていた由衣の姿を見て気が抜けてしまった。彼女、ここに隠れていたらしい。

「何処までも俺の邪魔を……」

「だ、だって……あっ」

 由衣が上空を指差す。

 女性が壁を這い上がって屋上に逃げて行く。斗真も両側の壁を蹴りながら上へと向かう。彼が屋上に到着したのとほぼ同時に、1枚のタロットカードが斗真目がけて飛んで来た。慌てて攻撃を回避し、前を見る。

 そこに立っていたのは、頭にもう2本の腕を生やした、左右比対称の怪人だった。片面は骨を模した装飾を纏っているが、もう片方は筋肉が剥き出しになった様な姿になっている。顔も左側だけは人間の様だが、右側は髑髏になっている。

 業獣の姿を捉えると、悠真は交錯の印を切って悪魔の姿に変身、業獣の方へと突き進んだ。業獣は手に持っているタロットカードを放って悪魔を妨害する。が、それら全てが彼の放つ衝撃波によって蹴散らされてしまう。手持ちのカードが切れるといよいよ業獣自ら攻撃を仕掛けた。4本の腕を使って防御と攻撃を同時に行うが、力の差は歴然。まず頭部の2本を簡単に切断された。腕が切り落とされると業獣はおぞましい悲鳴を上げた。

「他人の運を見る前に、まずは自分の身を守れるようにするんだな」

 最後にそう言い捨てて、悪魔が業獣の腹部に剣を突き刺した。もがく業獣だったが、勢い良く剣を引き抜かれるとピタリと動きを止め、その後灰のようになって消えてしまった。

 業獣を仕留めると斗真も人間の姿に戻り、地上に飛び降りた。路地裏にはまだ由衣がいた。斗真を待っていたらしい。

「何故まだここにいる?」

「良いでしょ別に。それより、何か言うことがあるんじゃないの?」

「何?」

「“ありがとう”のひと言も無いわけ?」

「この程度の仕事に感謝する価値も無い」

 そう言うと、斗真はまた1人で先に歩き出した。慌てて由衣もその後についていった。

「はぁ? ちょっと、何よそれ!」

「あの程度の仕事なら他の人間でも出来る」

「……でも」

 由衣が駆け足で斗真を追い抜き、彼の前に立った。その顔には子供の様な笑みを浮かべている。

「私以外に頼める人間がいないんでしょ?」

 勝ち誇った様な笑顔。その顔を見ていると、不思議と心が和んだ。由衣に対してこのような感情を抱くことなど滅多に無い。そんな感情を抱いてしまった自分も恥ずかしい。

 これもまた前世の記憶と関係があるのだろうか。だとすると、自分の前世とはいったいどんなものだったのだろう。そんなことを考えながら、斗真は由衣を追い抜いて再び歩き出した。

「ちょっと、無視しないでよ!」

「勘違いするな。俺は人間の友人はいらない。俺の手伝いが出来ただけでも良かったと思え」

「ホント最悪。そういうの嫌われるからね!」

「結構だ」

 また言い争いをする2人。だが斗真も由衣も、心の何処かでこの状況を楽しんでいた。

aLTeRNaTiVeオルタナティブ……占い師として現世に潜み、人間の“運”を主食としていた業獣。運を根こそぎ奪われ虚無感に支配された人間が自ら命を絶つのを見るのも趣味だった。嘗て貴族等に仕え、嘘の未来を告げて彼等を死に追いやっていた業が関係しているのかもしれない。正体は左右比対称の怪人で、頭部からも腕が2本生えている。

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