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KaRMa  作者: 鵤牙之郷
7/16

芭蕉

 あの日。

 初めて“業獣”と呼ばれる存在を見たとき、私の中で何かが弾けた。業を背負うことで大いなる力を得た存在。どんな人間よりも素晴らしい、至高の存在。

 あの力が欲しい。如何なる力をも越える、あの力が。

 人の欲とは恐ろしいものだ。どんなことでも可能にしてしまう。私自身驚いている。まさかこんなに早く、彼等に近づけるとは思っても見なかった。今や私は、彼等を統べる存在となり得たのだ。

 ……しかし、何もかもが上手くいっているわけではない。私にとって邪魔な業獣も存在する。

 私が望んでいるのは業獣の繁栄。それに抗う者がいるのなら、たとえ業獣であっても殺すしかない。

「……行こうか」

 私は決意した。あの業獣を、同族を次々に殺しているあの業獣を殺すと。





 いくら正体が業獣だったとは言え、やはり恵美がいないとどうもしっくり来ない。

 由衣はまた授業に集中出来なくなっていた。これまで彼女は恵美と一緒に授業を受けて来た。勿論他にも友人はいるが、恵美はその中でも特別な存在だった。初めての“親友”と呼べる存在だった。

 ときに由衣は斗真のことを羨ましく思う。彼の心にあるのは業獣狩りへの飽くなき欲求のみ。彼等を倒したとしても、悲しみや怒りを感じることは無い。

 ぼーっと斗真の背中を見つめる由衣。そんな彼女の視線に気づいたのか、斗真は顔を少しだけ後ろに向けて由衣を睨みつけた。彼は彼で、今考え事をしているところだ。それを邪魔されたくないのである。

 考え事の内容は勿論、影で業獣をサポートしている者の存在。奈落ではないとすると、いったいどの業獣だろう。彼も長い間業獣界に住んでいたため、ある程度の業獣のことは知っている。しかしその中には他者をサポート出来る程の力を持った業獣は存在しない。言っては難だが、彼等はそれほど力の無い存在だ。

 相手の正体については置いておくとして、業獣をサポートすることにどんなメリットがあるだろうか。簡単に思いつくのは人間界の支配。業獣達も元は人間だ。自分達の故郷に住みたいと思う者も少なくないだろう。人間なら下級の業獣でも簡単に殺すことが出来る。手当たり次第に業獣を人間界に送り続ければ、自ずとその野望も達成される。

「くだらない」

 小さな声で斗真が呟いた。この世界を支配したところで業が消えるわけではない。それに彼等のことだ。人間界も瞬く間に業獣界同様住みにくい世界に変えてしまうだろう。輝かしい未来など彼等には無い。それをわかっていない業獣が多すぎる。

 授業が終わると、斗真はまたいつものように外へ出た。だが今日は新しい業獣を探すことはしない。奈落の話によれば、殆どの業獣が念を操作されているという。奈落でも探すのが困難な業獣達を、それよりも階級の低い斗真が探すのは至難の業。見つければ奈落が連絡をくれるだろうし、今はそれを待つ他無い。

 しかし、探さないとなると暇になって来る。人間界の物には殆ど興味が無いし、食欲も湧かない。人間を見ているのも虫唾が走る。

 やはり自分にはあの場所しか無い。この日も斗真は屋上へ行くことに決めた。誰にも邪魔されず、精神を落ち着かせることが出来る。少しは念を探知する感度も上がるかもしれない。が、

「ねぇ」

 何となく予想はしていたが、出来れば当たって欲しくなかった。

 振り返るとそこには由衣の姿が。ため息すら出なかった。何故この人間は自分を追い回すのだろう。いい加減彼女の存在が鬱陶しくなって来た。

「消えろ。俺は忙しい」

「偶には食事でもしたら? 人間に化けてるんでしょ? だったら人間らしくしないと」

「お前に心配される筋合いは無い。俺には俺のやり方がある」

「うわっ、嫌われるよ?」

「人間に好かれたいとは思わない。無論業獣にもな」

 関わっていると貴重な時間が喰われてしまう。由衣を置いて屋上に行こうとするも、背後からまた気配を感じる。由衣はまだ斗真から離れようとしていないようだ。

「おい」

 振り返って由衣を止める。由衣は目を丸くして斗真の顔を見た。

「俺は見せ物じゃない。とっとと帰ったらどうだ」

「良いでしょ別に。私は化け物じゃないんだから」

「業獣だった方が好都合だ。斬り殺せるからな」

「いつもそんなこと言ってるけど、何だかんだ言って殺せないんでしょ?」

 今の由衣の言葉に斗真は強く反応した。眉間に皺を寄せ、左手を横に広げる。すると、何も無い場所からあの剣が現れた。

 彼も業獣であることに変わりはない。殺そうと思えば、いつでも人間を殺すことが出来る。由衣もマズいことを言ってしまったと感じた。彼女の顔からスッと笑みが消える。

「だったら今ここでお前を殺してやろうか」

 殆どの学生達は帰ってしまった。周りには誰も居ない。今の状況なら本当に殺しかねない。今回ばかりは命の危険を感じ、由衣は目を瞑った。

 斗真も剣を構えて由衣の首筋を狙う。しかし、剣を振る前に激しい頭痛が彼を襲った。視界が大きく揺らぎ、剣も廊下に落としてしまった。斗真の手から離れた剣は床に吸い込まれるかの様に消え去った。

 この様子。由衣はつい最近似た様な光景を見たばかりだ。恵美に化けていた業獣が前世の記憶を呼び起こそうとしたとき、同じように頭を抱えて苦しみ出したのだ。ということは今の斗真も前世の記憶を呼び覚まして苦しんでいるということか。彼の前世とは、そして彼の業とはいったい何なのだろう。

「ちょっと、だ、大丈夫?」

 暫くすると頭痛も止まり、視界も正常に戻った。今の様な現象は斗真自身初めて経験するものだった。

「……命拾いしたな」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? ほら、えーっと……あれ、化け物って人間の治療法で大丈夫なんだっけ?」

「黙ってろ! 治療など必要無い」

 今日は調子が大きく狂っている。苛々した斗真は拳で壁を殴って由衣を牽制した。

「前世のこと、思い出したの?」

 由衣が尋ねた。

 わからない。斗真自身、何が起きたのか正確に説明することが出来ない。記憶が蘇ったわけではなく、ただ単に頭痛が襲って来ただけだ。前世が絡んでいるということは、有り得なくもない話ではあるが。

「……どうだろうな」

「あなたの前世って、何だったの? 何であなたは化け物になっちゃったの?」

 次々に質問をぶつけて来る由衣。斗真は怒鳴るでも無く、ただひと言こう答えた。

「わからない」

「え?」

「俺は、自分の前世の記憶も、どんな業を背負ったのかもわからない」

 このとき、由衣は漸く、以前斗真が言っていたことを理解した。

 彼に何故業獣と戦っているのかを尋ねたとき、斗真は「わからないから戦っている」と答えた。あのときは何を言っているのかよくわからなかったが、今ならわかる。彼は前世の記憶と自身の業を知るために戦っているのだ。彼の求めるものが業獣狩りとどう関わっているのかはわからないが、概ねそんなところだろう。

「これで良いか人間」

 今度は逆に斗真が尋ねた。

「俺に興味を持ったところで、話の種になる様なものは何も無い。俺は三神斗真とは全く違う人間だ。幾ら俺にその男の姿を重ねても、お前の心は満たされない」

「違う」

「何が違う? お前は心を満たしたいのだろう? 俺を三神斗真の代用品にして、どうにか己の心を騙そうとしているのだろう?」

「そうじゃない!」

 由衣の声が廊下に木霊した。

 人間が業獣と討論している。これもまた不思議な光景である。

「では何故だ? 何故俺に付きまとう?」

「それは……」

 わからない。

 彼女もまた、自分の行動の理由がわからない。何故自分がこの業獣に興味を抱いたのかがわからない。わからないから、こうして彼について行っている。そうすれば、理由がわかる様な気がするから。

 考え込む彼女の姿を見て、斗真は由衣の感情を大体理解した。自分と同じように、わからないことがあるからなのだろうと。

「お前もつくづくツイていない人間だな」

 帰りがけ、斗真は由衣にこう言い残した。

「俺達に興味など持たなければ良かったものを」

 斗真は1人廊下を突き進む。

 その背中は何処と無く寂しげに見えた。





 由衣と別れた斗真は次に屋上に向かった。

 夕日が見える。業獣でも日の光が齎す暖かさは感じられる。美しいとは感じられないが。

 良い具合に暖まった床に寝そべり、斗真は目を瞑った。これまでの戦いで、彼は多くの業獣を斬って来た。その際は特に目立った変化は見られなかったが、それでも少しずつ彼の記憶に作用し始めているようだ。このまま業獣を斬り続ければ、いずれは失った記憶も取り戻せるだろう。

 だが、あと何体斬れば良いのだろう。具体的な数もわからないまま戦いを続ける日々。ゴールが見えず、闇雲に剣を振り続ける。そんな日が後何日続くのだろう。

 静かに考えを巡らせていると、近くで彼を呼ぶ声が聞こえた。

「三神君」

 由衣の声だ。本当にしつこい。斗真は彼女を無視した。すると、気づいてもらおうと、由衣は再度彼の名を呼んだ。

「三神君」

「俺が三神斗真ではないと何度言ったら……」

 ここではたと気づいた。慌てて飛び起きて剣を呼び出し、声のした方に向ける。

 そこには確かに由衣が立っている。だが、きっとあれは本人ではない。剣を向けたままゆっくり近づくと、由衣はいきなり斗真に襲いかかって来た。華麗な身のこなしで斗真の剣を払い落とそうとする。斗真も負けじと剣で相手を切り裂こうとする。

「またお前か」

 斗真が尋ねると、由衣は両腕をクロスさせ、骸骨の様な化け物に姿を変えた。猿にも似た姿に、ガラガラヘビの様な尻尾。間違いない、先日斗真が戦った業獣だ。奈落もこの業獣を探知していたと言っていたが、探す手間が省けた。相手の方から来てくれるとは。

 業獣は尻尾を振ってカラカラと音を立てると、大学の隣に立つビルへ軽々とジャンプした。そしてそこの屋上から斗真を挑発して来た。ここまで来い、ということだろう。斗真は交錯の印を切ること無く、同じようにジャンプして隣のビルに飛び移った。彼が向かって来ると業獣も次のビルへ移動。また斗真が移動すると業獣も移動する。この繰り返しだ。相手は戦いやすい場所へ斗真を誘導しているのかもしれない。

「お前はこの場で斬る!」

 ここまで業獣の後について行く形だった斗真。ここで先を読んで相手とは別の方向に移動、先回りして業獣の方へ向かっていった。ここまで両者はジャンプしながら移動している。が、地上の人間達は誰もそのことに気づいていない。不気味なくらいに。

 空中でぶつかり合った斗真と業獣は、そのまま地上へと落下した。落ちた先は大学から離れた場所に立つ工事現場。現在作業は行われておらず、工具も何も全て放置されたままになっている。

 落下した衝撃でどちらも蹌踉めいている。が、人間の姿のまま追跡していた斗真の方が若干ダメージが大きい。

「逃げるな。大人しく俺に斬られろ」

 刃先を向ける斗真に、業獣は尻尾を振りながら威嚇して来た。いよいよ戦闘が始まる……かと思われたが、ここで思わぬ展開が起きた。

「待っていましたよ」

 聞き覚えの無い声だ。男性の声が工事現場に響き渡った。

「君のことはずっと見ていました」

「誰だ? 何処にいる?」

 剣を構えて姿の見えない相手に呼びかける。するとその直後、背後から首に何かを当てられたような感触を覚えた。

「君の、後ろですよ」

 男性の声がひと際大きく聞こえた。

 ひと呼吸置いて勢い良く振り返り、背後にいる相手に斬りかかった。が、相手も自身の持つ武器で剣を受け止めた。

 白い袈裟の様な服を纏った中年男性。手に持っているのは不思議な装飾がなされた杖。まるで人骨の様なデザインで、先端には赤と青の炎を模した飾りが、途中でクロスする形につけられている。

 どうやらここに落下したのは偶然では無かったらしい。自分達の行動は操られていたようだ。ここで漸く、斗真はこれが策略であることに気づいた。

 業獣だろうか、いや、こんな業獣は知らない。業獣独特の念も感じられない。困惑する斗真を見て、袈裟の男はニッと笑った。

「はじめまして、三神斗真君。いや……正確には彼の前世の魂ですか」

「何者だ」

「おやおや、申し遅れました」

 杖で斗真のことを突き飛ばすと、男は姿勢を正して軽くお辞儀した。

「この世界の神社で神主を勤めている、水無月芭蕉という者です」

「水無月芭蕉……知らんな」

「当然です。我々が会うのは今日が初めてですから」

 袈裟の男……芭蕉は杖を弄びながら斗真の周りを、円を描くように歩き出した。

「嬉しいですよ、こうして面と向かって君と話が出来るのですから」

「他の業獣を放し飼いにしているのはお前か?」

「放し飼い……面白い比喩表現を使いますね。まぁ、そんなところでしょう」

 芭蕉はあっさりと自身の犯行を認めた。これまで猿型の業獣を操ったり、他の業獣達を人間界に呼び出しサポートしていたのはこの男だったのだ。

 これまでの経験から鑑みるに、この男は業獣の念を操作する術を知っている。その方法を知る業獣は極めて少ない。奈落の元で働いていたか、或いは何らかの方法で彼からその方法を盗み聞きしたか、だ。

「とんだ業獣がいたものだな。人間界に目をつけるとは」

「業獣?」

 芭蕉が足を止めた。更にいきなり杖の先を斗真に向けた。次の瞬間、杖から眩い光が発せられ、斗真を現場の奥へ吹き飛ばした。放置されていた木材に身体を強く打ちつけ悲痛な表情を浮かべる。それに対し、芭蕉は自身の杖を見てほくそ笑んでいる。

「残念ながら、あなたの考えは間違っているのですよ、三神斗真君」

「何?」

「私はまだ、業獣ではありません」

 何ということだ。

 芭蕉は業獣界の住人ではなかった。元々この人間界に住んでいた存在だったのだ。ではただの人間が業獣を裏で操っていたということか。斗真の思い描いていた人間像は、今ではもう原型を留めていない。由衣との出会いでひびが入り、この芭蕉との遭遇で見事に砕け散った。

「ですが、もうじき私も業獣になれるでしょう。生きながらにしてね」

「何だと?」

「1度業獣に出会った時から、私はずっと業獣の力を手にすることを夢見て来た。そして悔しがった。元は同じ人間なのに、何故私は彼等の様な力を持っていないのかと!」

「業獣に会った? その業獣から術を聞き出したのか」

「私が介抱したら、彼は色々なことを教えてくれました。私は彼から得た知識を利用し業獣の力を生きながらにして呼び出すことに成功したのです」

 その産物がこの杖だろう。ただの人間でありながら、業獣である斗真をいとも簡単に吹き飛ばすその威力。業獣と対等に渡り合える武器など人間界には無い。業獣に対抗出来るのは業獣、或いはそれと同等の力を持った存在のみだ。

「その業獣はどうした? ソイツは禁忌を犯した。殺す必要がある」

「ご安心を。彼は今、私が用意した空間で眠っています。初めてであったとき、彼はボロボロでしたからね。いずれは元気になるでしょう。もっとも……その前に死ななければ、の話ですが」

「どういうことだ」

「この杖は、彼の脊椎から造った物なのですよ」

 なるほど、芭蕉は業獣を使って武器を製造、業獣とまともに渡り合える人間になったということだ。力を手に入れるために業獣すら材料として扱う。この男は他の人間以上の底知れぬ闇を内包している。どんな人間よりも深く黒い闇を。

「彼の場合、力の核となっていたのはこの脊椎だったようです。なのでそこから戴きました。素晴らしい武器になりました」

「何て男だ」

「全ては、人間という薄汚い枠組みから脱するためです」

 芭蕉は己が人間であることを酷く嫌悪しているらしい。人間をやめたい。そんな思いが彼をその業獣と引き合わせたのかもしれない。

「人間とは愚かで薄汚く、ろくに成長出来ないくだらない生き物です。そんな生き物と同類……考えただけで鳥肌が立ちますよ。君もわかるでしょう、人間が如何に愚かな生き物であるか」

「ああ、わかる」

 斗真は剣を持ってゆっくりと立ち上がった。その目はしっかり芭蕉の姿を捉えている。

「お前を見ていればなぁ!」

 遂に交錯の印を切り、悪魔の姿を露わにした。変身した悪魔は素早く芭蕉に近づいて斬りかかった。途中であの猿が割って入った。彼は1度刃を撫でると、衝撃波を放って猿を吹き飛ばした。攻撃を受けた直後、敵は以前の様にヘビを飛ばして来たが、それも剣で素早く切り落とした。

 今倒すべきは芭蕉。猿は後だ。激しい連続攻撃で芭蕉を攻める悪魔。芭蕉もまた杖でそれらの攻撃を受け止める。

「それが交錯の印ですか。現世と前世の交錯を表す、業獣の印!」

「それがどうしたぁっ!」

 悪魔の攻撃をジャンプして躱すと、芭蕉も同じように両手をクロスさせた。まさかこの男、交錯の印まで使えるようになったというのか。

「愚かな人間と一緒にされては困りますね。見せてあげましょう、私が人間とは違うということを!」

 両手を交差させた芭蕉の身体を、まばゆい光が包み込む。そして彼の姿を、神々しい戦士へと変えてしまった。袈裟もより戦いやすい服装に変化し、顔や身体もやや業獣に近づいている。そして手足には、交錯の印を表しているのか、線が交差したような装飾が幾つも施されている。

 変身した芭蕉は瞬時に悪魔の目の前に移動し、杖で彼の腹を突いた。続けて杖を使って彼から剣を叩き落とし、武器を失った彼に光線を放った。これほどまで追いつめられたのは初めてかもしれない。

「わかっていただけましたか、私が人間とは違うということを」

「くっ、わかりたくもないな」

 立ち上がろうとする悪魔に猿が襲いかかろうとする。だがそれを芭蕉が制止した。

「止しなさい。彼を殺すのはこの私です」

 芭蕉がゆっくりと近づいて来る。剣は手の届かないところに落ちている。拾いに行きたいが身体が痛んで動けない。普段の戦いでは幾らダメージを受けてもこうはならない。これも芭蕉の操る力によるものなのかもしれない。

「せっかく呼んであげたのに。君は私にとって邪魔者以外の何者でもありません。ここで死に、また業獣として生まれ変わることです」

「お前が、俺を呼んだだと?」

「ええ、あの業獣と一緒にね」

 彼が人間界に来るきっかけとなったトラック事故。あれも芭蕉が引き起こしたものだったらしい。芭蕉が業獣を呼び出す手順は、ただ他人を死に誘うことのようだ。それ以外に妙な術は使っていない。

「さぁ、生まれ変わって、私の元に来なさい」

 杖の先端が悪魔に向けられる。炎の飾りに光が集まる。

 今まで斬って来た業獣達も、同じ様な思いを抱いていたのだろうか。不思議と今の悪魔は恐れを感じていなかった。清々しい気分だった。

「それでは一旦、さようなら」

 光線が放たれる、まさにそのとき、工事現場の入り口から無数の短剣が芭蕉目がけて飛んで来た。その攻撃で芭蕉はバランスを崩し、光線を放つことも出来なかった。異変を察した猿が様子を見に来たが、猿もまた短剣の餌食となった。

 入り口の方を見ると、そこには赤黒いタキシードを着た男性の姿が。そう、奈落だ。

「遅かったな」

 先程猿の攻撃を跳ね返した際、悪魔はわざと刃を撫でて衝撃波を放った。猿に自身の念をつけるためだ。策略なら狙いは自分自身。きっと悪魔を殺すのが目的。多分1人では太刀打ち出来ないと考え、彼は援軍を要請したのだ。その援軍が奈落だ。

「来てやったんだぞ? ありがとうございますとか言えねぇのかい」

「黙れ。俺も奴等を見つけてやったんだ。それでおあいこだ」

「ほう……あなたが奈落、業獣を統べるもの……」

 芭蕉が起き上がって言った。

「何だ、俺のことを知ってるのか」

「ええ。私は業獣のファンですから」

「ほぉう。面白いなぁ。だが、申し訳ねぇがてめぇ等には消えてもらう」

 短剣が芭蕉と猿の方を向く。

 攻撃が向かう前に、芭蕉は特殊な術を使用して猿もろともその場から姿を消した。敵が去ったところで斗真も人間の姿に戻った。

「逃がしたか」

「ヤツは人間だと言っていた」

「人間? ああ、それでファンか」

「何だと思ってたんだ?」

「いや、アイツなりのギャグかな、と」

 言いながら、奈落は斗真に手を差し出した。斗真もその手を掴んでゆっくり起き上がった。

 今日はとことん調子が狂っていた。これで敵には大きく近づけたが、果たして今の力で彼等に勝てるのだろうか。人間の姿のままでも容易に斗真と渡り合える相手だ。斗真も更に力をつける必要がある。

「奈落」

「ぁあ?」

「前の件だが」

「あっ、馬鹿野郎。それはナシだ。武器を2つ所有するってことはだ、お前は更にもう1つ業を背負うってことだ。お前にゃ無理だよ」

 斗真が頼んだのは、奈落からもう1つ武器を貰うこと。今の武器では芭蕉に勝てないことがわかった。相手に勝つにはもっと大きな力が必要だ。

 しかし奈落が言うには、武器を増やせば増やす程、その業獣が背負う業は増えていうそうだ。そうなれば斗真は身体を維持出来るかどうかもわからない。奈落も適当に見えて案外彼のことを気にかけているのだ。

「まぁそうだな、他の方法を試すしか無いだろうなぁ」

「他の? どんな方法だ?」

 奈落の姿は消えていた。

 彼は傍観者。1人が有利になる様なアドバイスはしない。あくまでヒントだけだ。

 武器を増やす意外に方法があるのなら……。斗真は心に決めた。次に芭蕉と戦うときまでに、その術を見つけ出すと。

Bashō(バショウ)……本名水無月芭蕉。業獣に魅せられた人間。とある業獣から様々な術を聞き出して力を手に入れた。業獣を人間界に招くだけでなく、業獣を利用して武器を造り、自身も交錯の印を使用できるようになった。一連の事件の首謀者。

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