歪む愛
中年男性の姿をとる業獣、奈落が斗真を連れて向かった先は、同じ街の中にある小さな居酒屋。そこの個室に斗真を案内した。
斗真は人間界に来てまだ間もない。故にこうした場所には足を運んだ事が無い。
「まぁ固くなるなって」
「とっとと教えろ、何が起きているのか」
「だから、俺も知らねぇんだって」
先程戦った業獣を始め、何故か人間界に多く出没している獣達。業獣が人間界に行く方法は2つ。生まれ変わりの人間が死んだときか、この奈落の許可を貰ったときのみだ。しかし生まれ変わりが思い通りに死ぬかどうかはわからない。毎日最低でも1人の人間が命を落としていると聞いているが、それが業獣のパスポートになり得る人間か否かはわからない。彼等が現世に渡るのは難しいことなのだ。
それ故に、何故自分がこうして人間界に来ることが出来たのか、斗真自身もよくわかっていない。業獣・ハゼルと戦っていた瞬間、ハゼルとほぼ同時に渡れたというのもタイミングが良すぎる。何か裏がある筈なのだ。そこで彼が立てた仮説が、この奈落の仕業ではないか、というものだ。奈落なら生まれ変わりが死んでいなくとも、業獣を自由に人間界に送ることが出来るからである。
「お前、何を企んでる?」
「企んでなんかいねぇよ、クソガキ。獣共が勝手に動き回ってんのは俺も知ってる。俺だって困ってんだよ、管理不行き届きだって苦情を受けるのは俺だからな。それにお前、俺のことよく知ってるだろ。俺は簡単に許可なんか出さねぇっての。アイツ等がすることなんてどうせ殺人だろ? それでお前、他の奴等が人間界に行くチャンスを手に入れたらだよ? また俺が文句言われるじゃねぇか」
「だったら止めれば良いだろう?」
「止める? あのなぁ、俺の仕事はあくまでお前等獣の監視だ。罰することもしねぇし褒めることもしねぇ。ただ、見てるだけ」
「とんだ統治者が居た者だな」
「……あれれぇ?」
と、奈落がわざと首を大きく傾げた。その様が、斗真を更に憤らせた。
「業獣がこっちに来るのはお前にとっても好都合だろうよ? こっちで美味い飯を食ってりゃあ、向こうの方から来てくれるんだからよ」
そう言われると、斗真は奈落から目を逸らした。
「それに、その剣を貸してやったのは誰だったっけなぁ? その辺のこともよく考えて、俺に対する態度を変えてくれねぇかなぁ?」
どうやら斗真が使用している剣は元々彼が所有していた物ではないらしい。この奈落が彼に与えた物だという。業獣が人間界へ行くのを滅多に許可しないというこの奈落が、そんなにあっさりと自身の所有物を渡すとはどういう風の吹き回しだろう。余程斗真のことを気に入っているのか、或いは何か企みがあるのか。
斗真は再び顔を奈落に向けて言った。
「俺はもっと楽な場所で狩りをしたいだけだ。人間共が邪魔でしょうがない」
「ははぁ、なるほどね」
相手の目を見つめながら、奈落は納得した様な素振りを見せた。
少しすると店員がチューハイの注がれたコップを2杯持って来た。斗真も奈落も、店員にはひと言も話しかけていない。
斗真はわかっていた。奈落が己の力を使って店員を動かしたのだと。彼も統治者と言えど業獣であることに変わりはない。人間離れした能力を持っていても何ら不思議は無い。
「飲んでみろ、美味いぞ」
奈落がチューハイを薦めてきた。斗真はこちらに来て人間が食すものを1度も口にしていない。勿論チューハイを飲むのもこれが初めてだ。
前世は確かに人間だった。だから酒の知識もちゃんとある。しかし、現代の酒に関しては知らないことが多い。三神斗真本人も酒は飲まない人間だったようで、味を思い出そうにもその記憶が無いため認識することが出来ない。
試しにひとくち啜ってみたが、あまり良い味ではなかった。眉間に皺を寄せる斗真の姿を見て奈落がまた笑っている。
「お前も斬るぞ」
彼が脅すと、奈落は笑いながら答えた。
「その剣をやったのは誰だったっけ?」
低い声だった。顔と一致していない声だった。
奈落の本性は斗真も知っている。今の彼では奈落を斬ることはおろか、傷をつけることすら出来ないだろう。
ここにいても欲しい情報は得られない。奈落は茶化すだけ。斗真は席から立ち上がって先に店を出て行ってしまった。
「あ、おい! まだ酒が……ったく、これだから最近のガキは」
愚痴を零しながら、奈落はチューハイを飲み干した。
気がつくと、草薙由衣はゆりかごの様な所に眠らされていた。立ち上がろうとしたが、手足に手錠をはめられているらしく、思うように動けない。身体に力も入らない。腹は減っているし、喉もカラカラに乾いている。
ここは何処だろう。キョロキョロと辺りを見回す。全く知らない場所だが、取り敢えず工場であることはわかった。そこかしこに大きな機材が設置されている。が、どうやら最近は使われていないようだ。鉄は錆び付いているし、掃除もされていない。由衣が少しでも動けばたちまち埃が舞う。そのせいで咳き込んでしまった。
何故こんな所にいるのだろう。由衣は記憶を頼りにここまでのいきさつを探ろうとした。大学で恵美と話をして、少し言い争いになり、その後一緒に食事に行くことになって……その先が思い出せない。大学を出た跡の記憶がごっそり抜け落ちている。
ところで、恵美はどうしたのだろう。彼女の姿はここには無い。由衣は更に不安になる。恵美が無事ならば良いが。
と、そこへある人物がやって来た。黒い服を来た同い年くらいの女性、恵美だ。
「恵美?」
「やっと起きたのね」
「無事だったんだ……ねぇ、何があったの? 何でこんな所に……」
「いいのよ、ゆっくり寝ていなさい」
恵美は優しい口調でそう言った。まるで母親のようだ。
「あなた、2日間も寝ていたのよ。さぞかし良い夢を見ていたんでしょうね」
まさかこんな所に2日も監禁されていたとは。通りで身体に力が入らないわけだ。
何か様子がおかしい。思えば大学で口論になったときも、いつもの恵美らしさを感じなかった。まるで別人の様な感じがした。
「ここにはもうあの邪魔者もいない。私と、あなただけの世界よ」
「恵美? 何言ってるの?」
「あ、お腹空いた? 待っててね。今獲って来てあげる」
そう言うと、恵美は信じられないような行動をとった。彼女が両手を広げると、背中から勢いよく羽根が生えて来たのだ。彼女はその羽根を使って飛び立ち、壁と天井の隙間から外へ出て行った。
そこで漸く気づいた。自分の身に何が起きたのか、恵美が何者なのか。友人もまた、あのおぞましい怪物の1人だったのだ。
奈落との接触から3日後。
斗真はいつものように授業に参加していた。1日だけ授業に参加出来なかったが、そんなことはどうでも良い。進級よりも業獣狩りの方が重要だからだ。
だが、いつもと違うことが1つ。あの邪魔な人間がいない。そう、由衣のことだ。
いつもは嫌という程視線を感じるのだが、今日は全くそれを感じない。これほど清々しい日々は久しぶりだった。
授業終了後、斗真は腕を伸ばしてあくびをした。それくらいリラックスしていた。業獣の念を探すため、今日も1人教室から出て行こうとする。そこでもう1つの異変に気づいた。
いつも由衣と一緒にいる人間……恵美の姿が無い。普段彼等は隣同士で座っていて、いつも話をしていた。この頃静かな理由が何となくわかった。彼等の話し声を聞くことが無く、妙な視線も感じずに済んでいるからだ。
やはり人間界での業獣狩りは簡単ではない。ストレスも溜まる。ハゼルを追って人間界などに来なければ、今頃こんなに苦労することは無かった。斗真は自分自身の行動を深く後悔した。人間界から業獣界に帰るのはそう簡単ではない。ここでもまた奈落の助けが必要になる。しかし、あの奈落がすんなり帰してくれるとは到底思えない。彼が他の業獣を呼んだことも、まだ完全に否定されたわけではない。可能性はある。業獣同士の、人間を交えた争いを彼が観たいと望んでいたとしたら。
そんなことを考えていると、誰かが斗真のことを呼び止めた。この声、聞き覚えがある。嫌々振り返ると、そこには由衣の友人、恵美の姿が。彼女は前も由衣と斗真の争いに割って入って来て喚いていた。斗真にとって由衣の次に邪魔な存在だ。
「ちょっと」
「何の用だ? こっちは邪魔がいなくて清々しい気分なのだが」
「邪魔って? 由衣のこと?」
「ああ、そうだ」
「まさかアンタ、由衣を殺したんじゃないでしょうね?」
恵美が大声で尋ねた。
突然何を言い出すのだろう。確かに殺してやりたいと思ったことは何度かあったが、斗真は己の剣を、業獣を斬るための剣だと心得ている。人間の血は付けたくない。
「俺はあの女には興味が無い」
「由衣、いないんだけど」
「それがどうした?」
「……強がっちゃって」
と、恵美がゆっくり歩み寄って来た。無視して先を急ごうとしていると、後ろから手を回して来た。つくづく恐ろしい女だと斗真は感じた。
手が絡み付いて来る。そして何とも言えない、甘ったらしい、気持ちの悪い香りが漂って来る。香水でもつけているのだろうか。これだけ強い香水をつけていて、よく周りの学生は平気でいられる。
「知ってるんだよ、アンタとあの子がイチャイチャしてること」
「お前の目は深海魚並みに悪いようだな」
「由衣は渡さない。誰にも……絶対に」
それだけ告げて恵美は立ち去った。
急に現れて、由衣を殺したんじゃないかと大声で問いつめたかと思うと、今度は意味深な発言をして立ち去っていった。人間の行動パターンは読めない。彼女もまた、由衣に次いで厄介な人間だ。斗真は恵美が立ち去った方向を睨みつけた後、スタスタと歩き出した。
何処にあるかもわからない廃工場。
由衣はゆりかごの中で震えていた。
友人が大きな槍を持って人間の死体と思しき物体を切断して食べている。
「あなたも食べなさい。美味しいわよ」
恵美が母親に似た口調で薦めて来る。ここ4、5日で彼女は何度も肉を食うように誘って来たが、由衣はひと口も食べなかった。水だけは貰っているが、それ以外のものは何も口にしていない。
彼女は偶に……時刻は多分昼過ぎに……1人でどこかへ出かける。何処に向かうかは由衣には教えてくれない。彼女が由衣に行き先を伝えるのは、食料を持って来るときだけだ。
「水だけじゃお腹が空くわ。食べなさい」
「嫌」
「食べなさい」
「絶対に食べない」
食事を頑に拒否する由衣。そんな彼女に恵美は遂に腹を立てた。恵美は鳥の様な手で由衣の頬を強く叩いた。若干血が滲んでいる。
「何故お母さんの言うことが聞けないの?」
やはり、彼女の魂は別のものとすり替わっているらしい。今恵美は間違いなく、自身を“お母さん”と呼んだ。彼女の前世の人間は母親だったらしい。ゆりかごに由衣を眠らせているのも、きっと彼女に子供の姿を重ね合わせているからだろう。
ということは、たとえ業獣であっても多少の優しさはあるということか。由衣は一か八か、業獣と対話する作戦に打って出た。
「あ、あの」
「何?」
「私は、私はあなたの子供じゃありません」
「え? 何を言っているの?」
「思い出してみてください。あなたのお子さんは、こんな顔じゃなかったでしょう? よく思い出してください!」
「子供の……顔?」
目が泳ぎ出した恵美。更に苦しそうに頭を抱え込んだ。由衣が声をかけようとすると、恵美はいきなり近くに置いておいた槍を持ち出し、由衣の目の前に勢いよく突き立てた。
「黙れ! 黙れ黙れ! お前は私の子だ、私の子供なんだぁっ!」
怒りの形相で槍を引き抜き、恵美はその場から飛び去ってしまった。また食料を探しにいったのか、それとも別の目的で抜け出したのか。いずれにせよ、はっきりとわかったことが1つ。下手に会話は出来ない。命を奪われる危険がある。
その日も、斗真は授業が終わると1人で教室から抜け出した。今日も由衣はいない。恵美に呼び止められることも無い。
彼がいつも向かう場所。それは屋上。高い位置から業獣の念を感じ取り、見つけ次第狩りに向かうのだ。
階段を上り、屋上に到着した斗真。屋上にやって来て早々彼を困惑させる出来事が。彼よりも先に客が来ていた。赤黒いタキシードを着たスキンヘッドの男性。奈落だ。姿は先日見た八百屋の親父と同じだが、身だしなみは彼の好みに合わせて変えたらしい。
「今度は何のようだ? お前にはもう用は無い。とっとと帰れ」
「お前も冷たい男だねぇ。しつこく呼びつけたり、帰れって言ったり」
「お前は俺の望む情報を持っていなかった。ならもう用は無い」
「ああ、確かになぁ。でも……」
と、奈落は何処からか1本の剣を取り出した。斗真の持つものとは形状も大きさも異なっている。
「俺も気になっちゃってな」
居酒屋で別れた後、奈落は人間界にいる業獣達のことを調べようとしたそうだ。しかし驚くべきことに、彼でもその全てを探知することは出来なかった。うっすらと感じることは出来たが途中で邪魔されてしまう。何が邪魔をしているのかは定かではない。
「お前がこの前戦ってた猿。アイツを探そうとしても見つからない。人間界に来てることはわかっているのに、だ」
「誰だ、誰が邪魔をしている?」
「わからねぇって。……でも、1体の居場所は突き止めたぜ」
言いながら、奈落は人差し指を立てて遠くの方に向けた。すると、指先から赤い線が伸びてきた。線は曲がりながら街の遠くの方へと伸びて行き、ある場所で止まった。距離があるためよく見えないが、奈落の言うことが確かならそこに業獣がいると言うことだろう。
「この前いきなり探知出来るようになったんだ、ハッキリとな。理由はわからねぇが」
「ほう」
「調べてみたら面白いことがわかったよ」
と、奈落は斗真の顔を見ながら言った。その口元には笑みを浮かべている。
「お前もまだまだってこったな」
「何?」
「何でもねぇよ。さ、とっとと行って来い!」
線はまだ空中に残存している。奈落の言葉が気になったが、業獣を1体倒すチャンスだ。逃すわけにはいかない。赤い線を頼りに、斗真は屋上から別の建物へとジャンプしながら向かって行った。
「ほら、食え」
恵美の身体をした何者かは絶えず彼女に肉を食うように要求して来る。それを否定するとまた頬を殴ったり蹴ったりして来る。この業獣、前世に何をしたのだろう。子供に関することなのは確かだ。
「何故食わない? 食え!」
「食べない。絶対に食べない」
「コイツっ!」
初めは優しい態度で接していたのに、今は人が変わったように凶暴になっている。容赦なく由衣に暴力を振るい、肉片を投げつけて来る。
きっかけは由衣が尋ねたあのひと言。子供の顔を思い出せというあの言葉。それを聞いた直後、業獣は頭を抱えて苦しみ出したのだ。
「私は、私はあなたの子供じゃない!」
「黙れぇっ! お前は私の子供だ! いい加減なことを言うなぁっ!」
槍の先を由衣の首筋に向けて脅して来る恵美。それでも由衣は屈しなかった。初めは彼女の豹変ぶりを恐れていたが、今ではその恐怖心もすっかり失せてしまった。目の前の人物はもう友人ではない。そのことをすんなり受け入れている自分の心が、由衣自身も不思議でならなかった。
「いい加減なのはあなたの方。目を覚ましなさい。私は、あなたの子供じゃない!」
「黙れぇぇっ!」
槍を1度引き、勢い良く突き刺そうとする恵美。その直前、彼女の身体は横から吹いて来た突風によって吹き飛ばされ、槍を突き刺すことは出来なかった。
何が起きたのか何となく察しがついた。由衣は風が吹いて来た方向を見た。そこには剣を持った男の姿が。間違いない、斗真だ。
「なるほどな、奈落が笑っていた理由が漸く理解出来た」
「う、うう……どうして」
「お前の言葉の意味も理解出来た」
剣を構えて歩み寄って来る斗真。それに対抗しようと、恵美も槍を手に彼に向かってゆく。が、力の差は歴然。軽くあしらわれ、また跳ね飛ばされてしまった。
恵美が怯んでいる隙に、斗真は由衣の手足を拘束している手錠を切断した。当然彼女が邪魔だからだ。
「早く行け。邪魔なだけだ」
「あっ、また邪魔って言った!」
「黙ってろ。人間の声を狩りの直前に聞きたくない。虫唾が走る」
ヨロヨロと恵美が立ち上がった。その目は真っ赤に輝いている。
戦いが始まる。由衣は急いで物陰に隠れた。
「子供は、子供は渡さないぃっ」
両手をクロスさせると、恵美の背中から羽根が生え、瞬く間に業獣へと姿を変えた。鳥と人間の女性が合体したかの様な奇怪な姿だ。斗真もこの業獣のことは知っている。存在は聞いていたが、まさか彼女もこちらに来ていたとは。彼も同じように交錯の印を切り、悪魔の姿を露わにした。
先攻は業獣。業獣は羽根で宙を舞い、空から悪魔に攻撃を仕掛ける。武器は片方は槍になっているが、もう片方は剣のようにも使用することが出来、攻撃方法を使い分けて悪魔を追いつめる。
悪魔も初めは防戦一方だったが、ずっとそうしているわけにはいかない。身体を回転させて風を生み、更にそれを竜巻の様な形に成長させた。大きくなった衝撃波が業獣を捕らえ、その羽根を切り裂いた。飛行能力を失った業獣はそれでも負けじと襲いかかってくる。
「ママゴトは終わりにして、とっとと家に帰れ!」
業獣が突撃、槍で突いて来ようとする。悪魔は前転して攻撃を躱し、更に近づいたところで相手の身体を斬りつけた。刃は深く入り込み、業獣の肉体を斬った。
もはや向かって来ることはあるまい。斗真は人間の姿に戻ると業獣に背を向けた。業獣も1度は恵美の姿に戻ったが、すぐに灰となって消えてしまった。
戦いが終わり、斗真は自身の剣を見つめた。まだ彼が理想とする状態にはなっていないらしく、ため息をついて剣を仕舞い、その場から立ち去ろうとした。
「あっ、ちょっと! ねぇ!」
当然由衣は置いていこうとした。今回ここに来た目的はあくまで業獣狩りであって、由衣を助けに来たわけではない。
無視して先を急ぐ斗真だったが、由衣は後ろから彼の手を掴んで無理矢理止めた。
「何をしている! 離せ! 1人で帰れ!」
「何よ、私も帰りたいけど、場所がわからないのよ!」
「知ったことか。あの女が業獣だったと認識出来なかったお前が悪い」
自分のことを棚に上げて斗真は言った。
恵美は1度斗真の身体に密着している。それでも斗真は彼女が業獣だとすぐに見抜くことは出来なかった。おそらくそれも、何者かが念を操作して探知しにくくしたからだろう。
しかし、奈落は今日、突然業獣の居場所を探知出来るようになったと言っていた。その原因は何だったのだろう。
「お前が監禁されている間、あの業獣に何か変化は無かったか?」
「変化?」
「そうだ」
「変化って……あっ」
由衣は業獣の態度が豹変したことを思い出した。そのいきさつを斗真に語ると、斗真は何かを理解したようで、2回深く頷いた。
「あの業獣の名はハーピー。前世に己の子供を守るために大勢の人間を殺した業を背負っていた」
「子供を守るため?」
「しかし、ヤツは実際には子供を授かっていなかった」
「え?」
「ヤツは、自分の脳が作り出した子供の幻影を守るために殺人を繰り返していたのだ」
あのとき業獣が苦しんでいた理由がわかった。
子供の顔を思い出せなかったのは、そもそも子供を身ごもっていなかったからなのだ。自身の妄想のために人を殺し、彼女は業獣になってしまったのだ。
念が突然感知出来るようになったのは、由衣に質問されて精神のバランスを崩したからだろう。
工場から出て来た2人。由衣はただ斗真の後ろについて歩いている。外に出てもやはり何処なのかわからない。斗真に着いていけば何とか家に帰れるかもしれない。だが、斗真はそれを良しとしていなかった。
「おい、着いて来るな」
「だから、どこかわからないんだってば」
「知ったことか。自分で調べろ」
「ホントに、三神君とは大違い」
「言った筈だ。俺は三神斗真では……」
「わかったわよ!」
ずっと口喧嘩を続ける人間と業獣。
そんな2人の様子を、あの猿の様な業獣と1人の男性がじっと見つめていた。
HaRPY……想像上の子供を守るために人間を殺し続けた業を背負った女性が業獣となったもの。母親の様な優しい面も見せるが、ひとたび精神が不安定になると狂った様な本性を見せる。正体は鳥人のような怪物で、槍と飛行能力を駆使して相手を追いつめる。