表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KaRMa  作者: 鵤牙之郷
5/16

心猿

 あくる日、斗真は1人町中にいた。大学付近と違ってここは騒がしい。業獣である彼は人間の五月蝿い声が嫌いだ。

 彼は人気の無い場所を見つけてそこへ避難した。薄暗い路地裏。散らばるゴミを見て彼はまた辟易した。

 さて、何故彼がこんな所にいるのか。それは、ある業獣とコンタクトをとるためだ。

 近頃斗真の狩りを邪魔する者がいる。相手もきっと業獣だろう。先日の事件でもおかしな点は山ほどあった。まず、業獣がターゲットにしていた人物だ。有名人ばかりを狙って襲っていた。そう簡単に有名人の居場所を突き止められるわけがない。何者かが影でサポートしていたと考えられる。それにトドメを刺そうとした時には背後から斗真を攻撃、業獣を逃がした。極めつけはヘビ。突然空から飛んで来た目玉の無いヘビだ。あれは人間界のものではない。業獣に近い生物だった。

 業獣のことは業獣に聞くのが1番早い。だが、現世で暴れている様な比較的地位の低い業獣が詳しいことを知っているとは考えにくい。裏に何者かがいるのなら、知っていても秘密を守ろうとするだろう。

 斗真は剣を呼び出すと、以前の様に刃を撫で、宙に向けて衝撃波を放った。波は空中で霧のように消え去った。その後彼は剣を閉まって暫く待っていたが、5分待っても何も起こらず、舌打ちをしてその場から立ち去った。路地裏から出て来ると、八百屋の主人が声をかけて来た。

「おっ、兄ちゃん、これどうだい?」

 斗真は主人の言葉を無視して先を急いだ。

 彼がコンタクトをとろうとしている業獣とはいったい……。





 斗真がそんなことをしていることなどつゆ知らず、由衣はいつもの様に授業を受けていた。いつもと同じ席で、いつもと同じ教授の授業を聴く。だが、1つだけいつもと違うことが。

 斗真の席が空いている。欠席すること無くいつも授業に参加していた三神斗真の姿がそこには無かった。もしや、あの怪物達に足止めされているのか? いや、酷い怪我を負わされたのかもしれない。斗真が座っていないことを、由衣は少し不安に感じているようだ。

 彼は由衣を認めてはいない。未だに邪魔者として認識している。だから彼がこれから何をするのか、具体的に彼女に教える筈が無いのだ。

「今日はいないね、アイツ」

 と恵美。彼女は由衣のことを心から心配している。由衣はただ「うん」と答えるだけで、後はずっと空いた席を見つめているだけだった。

「由衣? ねぇ、由衣?」

「えっ?」

「まさか、アイツのこと気になってるんじゃないよね?」

「え? いや、そんな……」

「やめた方が良いって。何されるかわかんないよ?」

 確かに1度は斗真に殺されかけたこともあった。だが由衣には何故か、彼が根っからの悪人の様には思えないのだ。それはもしかしたら彼が言うように、業獣に三神斗真の面影を重ね合わせているだけなのかもしれないが、三神斗真のことは関係無く、由衣にはあの業獣が人間を陥れようとしているようには見えないのである。理由ははっきりとはわからないが。

「私心配だもん、由衣が殺されちゃうんじゃないかって」

「大丈夫だよ、もしかしたら、私が三神君の嫌がる様なことを言っちゃっただけかもしれないし」

「それにしてもやり過ぎだよ、アイツ。待ってて。私がどうにかしてアイツを止める」

「ちょっと、恵美」

「友達を殺されたら嫌だもん」

 と、ここで、教室が静かになったことに気がついた。どうやら教授が、2人が喋っていることに気づいて口を止めたらしい。教授だけでなく、他の生徒達も皆2人の方を向いている。

 2人が恥ずかしそうに頭を下げて姿勢を正すと、教授は授業を再開した。

 少し遅れをとってしまった。遅れを取り戻そうと必死にノートをとる由衣。隣の恵美も同じようにページに文字を書き込んでいる。だが彼女は、今もなお眉間に皺を寄せていた。大きな目が怒りで歪んでいる。

 授業終了後、由衣は何処かに移動するでもなく、ただぼーっと席に着いていた。いつもならここで斗真が立ち上がって、1人で外に出て行き、その跡を由衣が追う。しかし今日はその斗真が居ない。別に追いかける必要など無いのだが、彼女の身体にはそれが習慣として染み付いてしまったらしい。普段とは少し違うこの状況、由衣はすぐに適応することが出来ないようだ。

「由衣」

 彼女にまた恵美が話しかけた。

「どうしたの?」

「ううん、何でも無い」

「また、食事に行かない? 近くに美味しい焼き肉屋があるんだけどさ……」

「ごめん、また、今度」

 元気が無い。

 恵美は感づいた。やはり由衣はまだ、三神斗真に好意を持っていると。それを悟ると彼女はまた眉間に皺を寄せた。筋肉も小刻みに震えている。恵美は自身を落ち着かせようと必死になった。右手で左腕を強く押さえている。由衣はそのことに気づいていない。ずっと下を向いている。

「そ、そう……じゃっ、じゃあ、また、今度ね……?」

 震えを押さえているためか、恵美の声もまたプルプルと震えている。これには流石の由衣も気づいて顔を上げた。

「ちょっ、大丈夫?」

「う、うん……何だか、あ、頭が、痛くて」

「風邪? 待ってて、確か薬を……」

「大丈夫だから!」

 声を張り上げて由衣を静止した。恵美の精神状態は良くないらしい。酷く興奮している。普段はもっと明るく元気に振る舞っている恵美。怒鳴った彼女の姿を見て、由衣は恐怖を抱いた。

 声を上げたことで落ち着きを取り戻したのか、恵美の震えは次第に治まっていった。そして頭痛も癒え、今まで通りの笑顔を作れるようになった。

「あはは、ごめんね! やっぱり病院行った方が良いのかもね」

「う、うん。そう思う」

「はははは。やだなぁ、怖がらないでよ〜! 怒ってないってば〜」

 明るく振る舞ってみせる恵美。しかし由衣の目には、彼女が心の底から笑っていないように見えた。口角は確かに上を向いているが、何処か無理矢理で、何だか作られた様な印象を受ける。

「よしっ、じゃあ今日は一緒に帰ろっか!」

 と、恵美はいきなり由衣の手を掴んで来た。しかも若干強く。ふと彼女の方を見ると、恵美は大きな目で由衣の眼をじっと見つめていた。その目を見ていると逃げることが出来ない。由衣はただ「うん」としか言えなかった。

 2人は立ち上がって教室から出て行った。友人と歩いている筈なのに何故か怖い。誰かに助けを求めたいけれど、それが出来ない。由衣はただ恵美についていくしかなった。





 次に斗真が向かったのは、先程よりも更に大きな町。当然人の数も増える。兎に角若者達の話す声が五月蝿くて仕方がない。しかも今日は路上ライブがあるらしく観客が大勢集まっている。もしこの場に業獣が現れたら邪魔者以外の何者でもない。

 ここでも先程と同じように人気の無い場所を探してそこに隠れた。見つけたのはまたしても路地裏。先程よりはましだがここも若干汚い。

 同様に剣の刃を撫でて自身の念を塗り籠み、剣を振って衝撃波を放った。しかしここでもまた望んだ反応は返って来ず、深いため息をついて場所を変えた。

 斗真は早朝からこの作業を続けている。朝は人が少ないため楽に出来たが、時間が進むに連れて人間の数も多くなり、剣を出せる場所が限られて来てしまった。念を塗って剣を振り、衝撃波ごと念を宙に撒く。ずっとそれの繰り返し。この町で7件目。それでも一向に望んだ結果は得られない。一刻も早く今の状況を知りたいというのに。

「使えない。いずれヤツも斬った方が良いということか」

 ぶつぶつ独り言を言いながら先へと進む斗真。そんな彼にまたしても誰かが声をかけて来た。相手は眼鏡をかけた30代後半の男性で、グレーのスーツを着ている。髪も短くカットされており、真面目なのだろうという印象を受ける。

「あの、ちょっと宜しいですか? 私、こういう者なのですが」

 言いながら、男は自身の名刺を斗真に手渡した。彼は無視すること無くそれを受け取った。どうやら彼は芸能プロダクションの人間らしい。名前は、根津雄介。

「あなた、格好良いですね。どうです、ウチで写真撮ってみません? 多分人気出ますよ?」

「人気、か」

 斗真は名刺を根津の目の前でビリビリに破いて捨ててしまった。それをただ真顔で見つめる根津。文句を言うでも無く、ただ真顔で立ち尽くしている。

 そんな彼に、斗真は剣を取り出して刃先を向けた。ここは町中。気づかれたら騒ぎが起こる。だが、誰も反応しない。彼等は自分達の携帯電話に夢中で周りを見ていないのだ。

「人間界での人気なんてゴミ屑みたいなもの。お前も業獣ならわかってるだろ?」

 業獣。今斗真は確かに根津のことを業獣と呼んだ。斗真は人間に対して嫌悪感は抱いているが、殺したことは1度も無い。彼が刃を向ける相手は業獣だけだ。

 既に感づかれていた。根津は1度ニッと口角をあげると、すぐに真顔に戻って斗真の腹に強い蹴りを入れた。その反動で彼の身体は宙に飛び、近くのビルの屋上に着地した。斗真も同じように高くジャンプして彼の跡を追う。これには流石に数人の通行客が気づいたが、写真を撮る間もなく2人は消えてしまった。

 斗真と根津は屋上で肉弾戦を繰り広げている。剣は地面に突き刺し、拳で戦っている。

「お前、朝から俺をつけていたみたいだな。何が目的だ?」

 そう、斗真は自身を監視する存在に気がついていた。業獣の念がひしひしと伝わって来たのだ。だが何処から見張っているのかがわからなかった。そこで、相手の方から誘って来るのを待っていたのだ。

 根津は斗真の問いに真面目に答えようとはしない。獣の様な気味の悪い雄叫びをあげて相手に攻撃を浴びせる。それに頭に来た斗真はいよいよ剣を引き抜き斬りかかった。だがその瞬間、

「三神君!」

 いつの間にか、目の前から根津が消え、代わりに草薙由衣が涙目でその場に立っていた。

 いや、彼女は本物ではない。問答無用で彼女を斬りつける。由衣は猿に似た悲鳴を上げて後ずさり、斗真をキッと睨みつけた。更に両腕を目の前でクロスさせると、今度は中年女性に姿を変えた。どうやらこの業獣、様々な人間に姿を変えられるらしい。なるほど、これではどれだけ探してもすぐに見つかるまい。相手は毎回別の人間になりきって斗真を監視していたのだから。

 だが、由衣のことを知っているとなると、この業獣は今日より前にも斗真のことを監視していたということになる。となると見えて来る答えはただ1つ。目の前の獣こそ、影で他の業獣をサポートしていた張本人だ。

 女性は素早い身のこなしで斗真を翻弄し、顔面に蹴りを入れた。斗真も負けじと彼女を斬ろうとするが、女性はジャンプしてそれらの攻撃を軽々と躱してしまった。と同時に姿をピエロに変化させた。このピエロはトラック事故の際に業獣化してしまった男性だ。あの頃から既に現世で活動していたということか。

「仕事熱心なんだなぁ。そうまでして俺の邪魔をしたいのか!」

 斬るのではすぐに避けられる。斗真は衝撃波でダメージを喰らわせることにした。相手が突然パターンを変えて来たためにピエロは対処することが出来ず、まともに衝撃波を受けてしまった。その影響で見る見るうちに別の人間の姿に変わってしまった。その姿は小学校低学年くらいの男児だった。

 男児はしゃがみ込んだまま足で自分の頭を掻くと、先程と同じように猿の様な雄叫びをあげて迫って来た。身体が小さいために簡単にダメージを与えることが出来ない。それに対して、少年は宙を華麗に舞いながら斗真にダメージを与え続ける。

「ちっ、面倒な相手だ!」

 普段は相手が正体を晒すまで人間体のままで戦うのだが、今日は相手が普段以上に手強い。先に悪魔の姿へ変身し、1回転しながら剣を振った。衝撃波が輪を描いて広がってゆく。少年はしゃがみ込んでこれを躱そうとしたが、悪魔はそれも読んでいた。今度は刃を若干下げて衝撃波を放った。1発目は上手く避けられたが、2発目は不可能だった。少年は吹き飛ばされ、屋上のフェンスに身体を強くぶつけた。

「少しは諦める気になったか?」

 と悪魔が聞くと、少年は怒りの形相になり、再び手をクロスさせた。今度はどんな人間に変身するのかと見つめていると、少年の身体が見る見るうちに急成長し、人の姿から、骸骨の様な姿の獣へと変貌を遂げた。見た目は骸骨だが、ヘビの様な長い尾が生えている。尾の先には奇妙な形の物体がついている。

 この業獣、悪魔は以前見たことがあった。あのときは業獣界で出くわしたため変身能力のことは全く知らなかった。

「まさか、こっちに来ていたとはな」

 悪魔の記憶が正しければ、この業獣の前世は人ではない。以前は獣だった。その業は、処刑のために大勢の罪人を食い殺したこと。業獣になれるのは何も人間だけではない。生きとし生けるもの全てにその可能性がある。ただ人間の方が他の生物よりも欲深いというだけのことだ。

 業獣は尾を揺らした。揺れる度に先端の物体からカタカタという音が聞こえて来る。これは興奮している証拠だ。剣を構えて様子を窺っていると、怒り狂った業獣が高くジャンプし、悪魔の頭上に急降下しようとしてきた。相手が落下して来る前に悪魔もジャンプ、空中で切り裂こうとする。

 落下しながら激しくぶつかり合う両者。相手の業獣の方が若干大きいため、パワーは悪魔の方がやや劣っている。実は業獣界で出くわしたときも致命傷を与えることが出来なかったのだ。

 着地した2人。衝撃で足が少し痛む。だがそれは相手も同じこと。僅かな隙をついて悪魔が剣を強く横に引いた。その刃が相手の腹を斬りつける。至近距離でダメージを喰らったことで、獣は苦しそうに悶えている。

「今度こそ、お前を倒す」

 悶える相手にトドメの一撃を喰らわせようとする悪魔。しかしそこで、獣が反撃に出た。相手は悪魔の方に向けて口を大きく開けると、中から何かを飛ばして来た。慌ててそれを切り落とす。飛んで来たのはまたしても目の無いヘビだった。先日彼に攻撃を仕掛けて来たのは間違いなくこの業獣だ。

 視線をヘビから前に移したが、時既に遅し、業獣は何処かへ逃げ去ってしまった。

「逃がしたか」

 斗真は元の姿に戻った。

 敵の正体はわかったが、まだ詳しいことがわからない。確かにあの業獣は頭が良い。人間を真似ることも出来る。だがあの1体だけで活動しているとは思えない。まだこの裏には別の誰かが関わっているように感じる。

 最後にもう1発衝撃波を天に放って帰ろうとすると、

「待ちな」

 背後から誰かが声をかけて来た。振り返ると、そこには1人の男性の姿が。頭にはちまきを巻き、腕を組んで立っている。

 この男と会うのは今が初めてではない。斗真は既にこの男と会っている。この町に来る前、八百屋の辺りで声をかけられている。

「へへへ、流石のお前も、俺様の念は見抜けなかったようだなぁ」

「ちっ、面倒なことを」

「何度も何度も念を寄越すんじゃねぇよ、馬鹿。1回でわかるよ、俺様も馬鹿じゃねぇんだからよ」

「それが、業獣界を統べる男の態度か? 奈落」

 奈落。それがこの男の名。

 彼こそ、斗真がコンタクトをとりたがっていた相手。業獣界を統べる大いなる業獣、奈落である。

「お前が知りたいことは大体わかった。だが、俺も助けにはなれないと思うぜ」

「少しでも良い、知っていることを全部話せ」

「へへ、それが、業獣を統べる者に対する態度か?」

 笑いながら奈落が言う。彼は手招きしてビルの階段を先に下りてゆく。斗真も剣を閉まってその跡を追って行った。

RaKSHaSaラクシャーサ……影で他の同族をサポートしていたと思われる業獣。前世が獣だったため自らの思いを喋ることは出来ないが、知能が高く、1度記憶した人間の姿や言葉を真似ることは出来る。例え喋っていても、ラクシャーサ本体はその意味を理解していない。本性はガラガラヘビの様な尾を生やした髑髏の怪物で、口からは目の無いヘビを放つことが出来る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ