伝説
ある夜。
トウマは1人の男性を追いつめていた。相手は40代後半の小太りの男性で、街灯に照らされた彼の頬は若干赤くなっている。酒でも飲んでいたのであろうか。トウマは怯える男性に剣先を向けている。
「ご、誤解だよ! 俺が、俺が何したって言うんだい!」
「俺が直接迷惑を被ったわけではない」
「だ、だったら」
「俺はお前達を斬るだけだ、業獣」
男は震えながら話を聞いていたが、トウマが剣を構えるのとほぼ同時に立ち上がり、その剣を足で蹴り飛ばそうとした。トウマは慌てて後ろに下がり、男を睨みつけた。
もう目の前の男からは恐怖心が消えていた。口元には笑みを浮かべている。
「やっぱり無理かぁ、騙せると思ったんだけどなぁ」
「俺もお前達と同じ存在だ。逃げられると思うな」
「へへへ、だけど、お前さんはまだ気づいてねぇようだな」
「何?」
男が両手を上げて2回叩くと、空から何かがトウマ目がけて降ってきた。斬り落としてそれを確認する。目の無いヘビ。間違いない、あの猿だ。ヘビが落下して来たすぐ後に、猿の姿をした業獣がトウマの目の前に着地した。この業獣が関わっていると言うことは、目の前にいる男も既にあの法師、水無月芭蕉と接触、協力関係にあるということだ。
こう何度も戦っていると、初めは倒すのが難しかった猿とも簡単に戦えるようになる。トウマはすかさず悪魔の姿を現し、猿に斬りかかった。猿も長い手でその攻撃を受け止める。その間、次のヘビを発射する機会を窺っている。悪魔には、猿の頭部で蠢くヘビの姿がしっかり見えていた。この至近距離で放たれれば先程のようには躱せない。猿を突き放し、相手の口目がけて衝撃波を放った。猿は怯んでいたせいで上手く躱せず、口とその周囲にダメージを喰らった。頭蓋骨に罅が入っている。
これでは殺されてしまうかもしれない。猿はジャンプしてその場から逃げ去った。当分相手もトウマの邪魔はして来ないだろう。
人間の姿に戻って辺りを見回すが、そこにはもうあの男性の姿は無かった。芭蕉があの業獣を送り込んだのも足止めが目的。敵の策略に引っかかってしまった。
今日は収穫無し。納得がいかなかったが、これ以上捜索しても見つけ出せる可能性は低い。仕方無く引き上げることにした。
昨晩業獣を取り逃がしたこともあってか、今日のトウマはご機嫌斜めだった。いつも不満げな顔をしているが、今日はいつも以上に雰囲気が悪い。いつもはトウマにつきまとっている由衣も彼に話しかけるのを躊躇う程だ。
由衣は荷物を纏めると、さっさと教室から出て行った。下を向いて廊下をスタスタと歩いていると、途中で向かい側から来た生徒とぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい!」
「大丈夫大丈夫。こっちこそ、ごめんね」
相手は爽やかな印象の若者だった。耳元まで伸びた金髪、若干青みがかった瞳、引き締まった身体。まるで外人の様だが、日本語はかなり達者らしい。白いジャケットと薄紫の帽子がよく似合っている。
しかし、こんな学生見たことが無い。由衣もこの大学に通って2年が経つ。それならこの生徒を何処かで見かけていてもおかしくないのだが。
男子生徒は由衣の顔をじっと見つめると、爽やかな笑顔を浮かべた。
「何か、色々大変そうだね。じゃあ、また」
彼はそう言って立ちさった。
まるで心の中を見透かされた様な感覚。少し考えた後、由衣は1つの仮説に辿り着いた。あの男が、業獣なのではないか、という可能性だ。ここ最近様々な業獣を見て来た。ときに襲われることもあった。トウマが言っていた通り、業獣同士の戦いに興味を持ったことが間違いだったのか。それが原因で彼等に目をつけられてしまったのか。
今まではトウマの言うことを聞いて来なかったが、ここに来て漸く彼が言っていたことを理解した。由衣は早足で、逃げるようにその場から去っていった。
トウマが教室から出て来たのはそのすぐ後だった。教室から出た直後、人間のものとは違う、やや濃い念を感じ取った。この場に業獣がいたということだ。以前大量の尖兵がこの大学に押し寄せたことがあった。敵側もトウマがどの大学に通っているのか把握している。下見にでも来たのだろうか。
すぐにその業獣を探そうと思ったが、念は途中で切れており、探すことは出来なかった。仕方無く、今日は昨晩逃した業獣を探すことに決めた。行き先は屋上。高い位置から業獣の念を感じ取る。芭蕉の息がかかった男なので、他の業獣よりも見つけるのは難しいかもしれない。
屋上に到着すると、トウマは意識を集中させて周囲を見渡した。あちこちから念を感じるが、業獣よりも遥かに弱い念ばかり。そう、人間のものだ。人間にも少なからず念は存在している。
4分程監視を続けていると、ある方向にひと際強い念を感じ取った。確認すると、確かにその位置から炎の如く念が湧き出ている。間違いない、あれは業獣のものだ。
「わかりやすい馬鹿がいたものだ」
ビルを伝ってジャンプしながらその場所へと向かう。昨日の男かどうかはわからないが、それでもあれ程の念を持った業獣ならトウマが期待する成果も出るかもしれない。
念を捉えた場所は廃校付近。思えば前回芭蕉と戦ったときも、同じように人気の無い場所におびき出されたのだった。まさか今回も敵側の罠なのではないか。前回は奈落を呼び出すことが出来たためどうにか助かったが、同じ手をあの男が喰らうとは思えない。
廃校の前で着地すると、トウマはまた神経を研ぎ澄ませて念を探知した。敵はすぐ近くにいる。やはりこの校舎に入るしか無さそうだ。
念のため剣を呼び出すと、トウマは校舎に入っていった。校庭にはまだ遊具が幾つか残っている。ここは小学校だったらしい。が、それらの表面には汚い落書きがなされていた。業獣とは別の存在のテリトリーになっているようだ。
あの念は、校舎の隣に建つ建物から発せられている。駆け足でそこまで向かい、扉を蹴破った。
そこは体育館。屋根が半壊していて、舞台のカーテンも千切られて床に放置されている。そこかしこに跳び箱やボール等の残骸が転がっている。落書きをした連中の仕業だろう。ここの壁にもスプレーで雑な文字が書かれている。
さて、業獣は何処だろう。見たところ、相手がいるような気配はない。だが間違いなく念はここから感じられた。物陰に隠れて様子を窺っているのかもしれない。まずは隠れられそうな場所を壊すことにした。トウマは剣を構えると、天井に数発、舞台に4発、そして倉庫に2発衝撃波を放った。埃と共に天井の板が舞い落ちる。真上から降ってきた板はトウマが拳で砕いた。天井はハズレ。誰も居ない。また、舞台の壁も壊してみたが何も現れなかった。
しかし、倉庫だけは違った。生きているものは何も出て来なかったが、代わりに4つの死体が転がり出て来た。どれも若者の遺体で、頭が潰されている。この様子だと何か硬いもので何度も殴打されたのかもしれない。落書きをしていた連中は彼等だろう。1つの死体は手にスプレー缶を持っている。
それらの死体の中に、1つだけ、奇妙な物体を持ったものがあった。少女の遺体で、右手に長方形の紙を握っている。無理矢理手を広げて紙を回収する。赤い紙で、筆か何かで書かれた様な文字が記されている。御札か何からしい。
その札を見て、トウマはあることを思い出した。業獣がいないのに念だけ感じることが出来た理由もそれで説明がつく。だが、まさか本当に存在していたとは。トウマ自身驚きを隠せない。
「ヤツが、こっちに来ている」
トウマは御札をポケットに仕舞って体育館から出て行った。一旦剣を使って空中に自自身の念を送ると、その足である場所に向かった。
都内の小学校。そこから続々と子供達が出てくる。部活を終わらせた学生達が家に向かう。
そんな彼等の姿を、警備員の堀川保が見つめている。今年で53歳の保。この学校に警備員としてやって来て30年になる。辛いときもあったが、それでも「こんにちは」「さようなら」と声をかけてくれる子供達の優しさに何度も心を救われた。
「さようなら〜」
「はい、さよなら〜。気をつけてな」
まだ仕事は終わらない。最後の最後まで、気を抜かずに専念しなければ。警備を疎かにしてしまえば、子供達に危険が及ぶ可能性だってあるのだ。
背伸びをしてふと校庭に目をやると、何やら奇妙な物体が視界に入った。
ジャングルジムの奥に、大きな岩が置かれている。あんなもの、昨日までは無かった。それでは校長が指示したのか、いや、それなら保にも連絡が入る筈だ。第一あの大きな物体を運んで来た者達の姿を見ていない。
気になってそれを確認しに行く保。近づくとその表面が鮮明に見えて来た。ゴツゴツした灰色の物体だが、中央に人の顔に似た突起がある。自然物ではなく、誰かが手を加えた物なのかもしれない。
「しっかし、趣味悪いなぁ」
保は物体をまじまじと見つめて呟いた。すると突然、岩の方から、
「悪イカ?」
という籠った声が。幻聴かと思い耳を澄ますと、再び、
「趣味、悪イカ?」
と、先程より大きめの声が。明らかに岩の中から聞こえて来た。保は驚いて尻餅をついてしまった。
「オ前モ、趣味、悪イ!」
そんな言葉が聞こえたかと思うと、岩がゴトゴトと音を立てて動き出した。まるで生きているかの様に、その形を変容させてゆく。保はその様を見て悲鳴を上げそうになったが、叫ぶ直前、彼の身体はその場からスッと消えて無くなってしまった。岩も元の形に戻っている。代わりに、顔に似た突起部分に赤黒い液体がこびり付いていた。
「趣味、悪イ」
岩の中から、同じ言葉が何度も何度も聞こえてくる。次の瞬間、岩は急に背面へと転がりだした。後ろは壁になっていたが、それを突き破り、岩は学校から飛び出した。
道路に出ると、岩は次の目的地を求めて転がり始めた。
午後7時。
トウマが向かったのは都内の飲み屋。その奥座敷に、赤黒いタキシードを着たスキンヘッドの男、奈落が腰掛けていた。彼はもう酒を数杯飲み終えたらしい。
「よう」
軽く手を上げてトウマに挨拶する奈落。トウマは返事もせず向かい側の席に座り、ポケットからあの紙を取り出した。奈落はそれを、口元だけに笑みを浮かべてじっと見つめた。
「この札がここにあるということは、アレがこっちに来ているということだな?」
「……へへへ、お前、目付けもんだよ」
奈落は札を手に取り、子供の様に紙をヒラヒラさせている。
「アレは、最早おとぎ話の住人ではなくなった。現にこれが実在しているのだからな。……何故アレをこっちに送った?」
「だから知らねぇよ。全くよ、何で次から次へとおかしなことが起きるのやら」
「お前は業獣界の管理者だ。移動出来るのはお前くらいしか……」
「違うって。俺でさえ知らなかったんだぞ、アレが実在するなんてことは。……ってことは、アイツか」
奈落は小声でそう呟いた。どうやら何か心当たりがあるらしい。彼の言葉をトウマは聞き逃さなかった。
「何か知っているんだな?」
「想像に過ぎねぇがな。でも、お前も何となく想像はつくだろ。管理人である俺が知らないモノが、俺の知らない内に移動されてたんだ。ってことは?」
札をトウマの方に向けて奈落が尋ねる。トウマは少し間を開けて答えた。
「お前より前の管理者、ということか」
「その通り」
奈落は初めから業獣界を統治していたわけではない。彼の前にも何人か管理者を勤めた業獣がいる。奈落の記憶では、彼等はもっと業獣界の管理に真剣に取り組んでいたそうだ。トウマもそれに同意した。態度にやる気が見られないのはこの奈落くらいだ。
だが、そんな先代管理人達の中にも、何やらとんでもないことを考えている輩がいたらしい。何しろ、業獣界でも恐れられているモノを人間界に送ってしまうのだから。管理人の役割は、業獣と人間の関わりを出来る限り減らすこと。この行為はそのルールに反する。
「でもまぁ、これを見ちまったら、俺も気になってきたぜ」
「何?」
「今日中に潰したいんだろ、ヤツを」
「ああ」
「だったら俺も行こう。探すのを手伝ってやる」
実在するか否かわからないモノ。それを直接見てみたくなったらしい。奈落はにんまりと笑みを浮かべてトウマに顔を近づけた。
「珍しいな、お前から手伝いを買って出るとは」
「安心しろ、俺は管理人だ。ただ、お前とヤツの戦いを見てるだけだ。手伝うのは探すときだけだ」
「その方が良い。お前がしゃしゃり出て来てヤツに逃げられても困るからな」
「へっ、相変わらず可愛くねぇ」
次の目的が定まった。
トウマと奈落は席を立ち、店から出て行った。奈落は伝票と札束をレジにおいて店を離れた。
午後8時30分。
仕事を終え、事務員の志摩幸恵は暗い夜道を1人歩いていた。駅前等にはまだ人が大勢いたが、住宅街や公園の近くにはあまり人がいない。それに、この道の近くには墓地がある。道を使用する者が少ないのも無理はない。幸恵も本当ならもっと明るい道を使いたい。しかし、家への近道はここしかない。毎日毎日多くの業務をこなし、上司からも嫌みを言われている。少しでも帰りの時間を短縮して休息の時間をキープしたいのだ。
1人歩いていると、今日上司に言われた嫌みを思い出した。自分はろくに仕事をしないくせに、部下にはキツく当たってくる。思い出すだけで腹が立つ。
「あのハゲ、本当に頭に来る。アイツの方が頭悪いに決まってるわ」
「悪イ」
と、背後から声が聞こえた。籠った男性の声。恐る恐る振り返ると、そこにはひと際大きな岩が。中央には人間の顔に似た突起がある。
「頭、悪イ」
「な、何?」
「悪イ、悪イ、悪イ!」
声はどんどん大きくなり、更に岩が幸恵の方へ転がって来た。怖くなった幸恵も走り出す。が、ヒールでは上手く走ることが出来ない。途中で転んでしまったが、まだ後ろから岩が迫って来ているのを見て立ち上がり、再び足を動かした。ヒールでは走れないため、途中で靴を脱ぎ捨てた。ヒールなどどうでも良い。今は自分の命だ。
岩は「悪イ、悪イ」と呟きながら幸恵を追尾する。分かれ道に差し掛かった所で幸恵が右に曲がると、岩も1度塀にぶつかってから方向転換し、右へ進んだ。岩が直撃した塀は砕けている。
「何なのよ、何なのよ、アレ!」
どれだけ逃げても、岩は幸恵を逃してはくれない。足を止めたら確実に殺されてしまう。
再び曲がり角。幸恵は今度は左に曲がって逃げた。道順は滅茶苦茶になってしまったが、家には確実に近づいている。流石に家には来られまい。
岩も逃すまいと再び方向転換しようとするが、途中である者達に止められてしまった。背後から衝撃波を打たれて動きを止めてしまったのだ。
岩の後から、2人の男達が歩いてくる。1人はタキシードを着た男、そしてもう1人は、手に大きな剣を持っている。そう、トウマと奈落だ。
「アイツか」
トウマが奈落に尋ねる。
「ああ。姿は丸っこくなっちまってるがな」
「悪イ」
岩がまた呟いた。更に、今度は2人目がけて転がって来た。が、それはトウマによって止められてしまった。
「へぇ、意志を持った石ころかぁ」
「洒落のつもりか? 笑えないぞ」
トウマが再度衝撃波を放って岩を突き放す。彼は業獣、人間の様に簡単には殺せない。岩も漸く相手の正体を知ったようで、転がるのを止めて別の作戦に出た。
「悪イ」
「あ?」
「悪イ、悪イ、悪イィッ!」
ゴロゴロと音を立てて、岩が形を変質させる。丸い形状が見る見るうちに人型の怪物の様になってゆく。あの突起がちょうど人間で言うところの頭部に移動する。更にその突起が縦に別れ、中から1つ目のおぞましい怪物の顔が飛び出して来た。
大きな単眼、顎、扇の様に大きく、更に表面が硬くなった両手、そして骨の様な鎧が食い込んだ、所々腐食した肉体。トウマ達よりも大きい背丈。これが、トウマ達が探し求めていた業獣の真の姿だ。
「間違いない、コイツが伝説の業獣サイクロプスだ」
「伝説か。くだらない」
トウマは悪魔の姿に変身すると、サイクロプスに剣を向けた。相手も天に向かって吠えると、悪魔に襲いかかって来た。相手は硬い身体を持っているが、その代わりスピードが遅い。軽々と攻撃を躱して斬りつける。初めは頑丈な鎧を砕く作戦だ。彼の剣なら多少硬くとも砕ける筈だったが、サイクロプスの装甲は想像以上に硬い。傷1つつけられなかった。逆に悪魔が敵の攻撃を受けて吹き飛ばされてしまった。
奈落は本当に、戦いを見ているだけでトウマを助けようとはしない。サイクロプスを間近で見られただけで幸せらしい。
「ほらほら、頑張れよ。伝説って言ってもどうせ雑魚なんだからよ」
「雑魚……」
奈落の言葉を聞いて、サイクロプスが彼に攻撃を仕掛けた。今回ばかりは見つめているだけでは駄目だ。奈落は相手に向けて手を広げると、そこから大量の剣を発射して相手を怯ませた。防ぎきれず、サイクロプスの皮膚は切り裂かれた。鎧は硬いが、腐食した肉は他の業獣と変わらない。ここは素直に脆い部分を狙うべきだった。
悪魔は作戦を変更、サイクロプスの真下に潜り込んだ。敵は主に大きな手を使って防御する。あの手が届かない距離まで近づき、斬りつけるしかない。
「所詮は貴様も業獣だと言うことだ!」
まずはサイクロプスの足を斬りつける。バランスを崩したところで、続けて相手の二の腕付近を狙った。この部分は両手よりもずっと脆い。簡単に切断することが出来た。これで楯も1つに減ったわけだ。
攻撃を受けて怒り狂ったサイクロプスが、片腕を振り回して悪魔を殺そうとする。だが彼は、闇雲に攻撃を当てて勝てる様な相手ではない。悪魔はサイクロプスの隙を見つけ、相手の頭目がけて飛んでいった。敵もそれに気づいたのか、顔を左右に別れた岩を閉じることで隠した。しかし、悪魔の狙いは頭ではない。
「残念だったな。その下だ!」
そう、彼が狙っていたのは首の方。攻撃は簡単に命中、サイクロプスの首ははねられ、空中で塵となって消えてしまった。頭が無くなった後も身体は少しの間動いていたが、すぐに行動停止、同じく霧のように消え去った。
狩りが終わるとトウマは人間の姿になり、剣を見つめた。伝説と呼ばれた業獣だったが、彼が思っていた様な成果は得られなかった。悔しそうに剣を見つめるトウマを見て奈落が笑った。
「残念だったなぁ、本当に」
「何が伝説だ。所詮この程度か」
「俺の出した課題はそんなに簡単じゃねぇさ。でもまぁ、今日は良いもん見せてもらったよ」
ポケットからあの札を取り出し、奈落は続ける。
「コイツももう必要無くなっちまったな。……んじゃ、またな」
奈落は指を鳴らしてその場から姿を消した。
奈落が出した課題。それがこの業獣狩りなのか。
トウマは剣を仕舞うと、サイクロプスが散った場所を一瞥し、その場から立ち去った。
CYCLoPS……伝説の業獣として、業獣からも恐れられていた存在。1つ目の巨人の様な姿で、身体は硬い鎧に覆われている。「悪い」という言葉に敏感に反応するらしい。




