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九話 続・砂上の闘い


「糞がッ!」

 そう声を吐き捨てたのは板柿である。バレー部セッターである板柿、サッカー部ゴールキーパーの濃杉、それとバスケ部の沙藤、とこれほど強力なメンバ―が揃い、全員ゾーンに入りながらも、板柿のチームは一方的に負けていたのである。

 何故なら、相手のチームに、先ほど、大須賀武(おおすかたけし)、通称――タケシが参戦したからである。タケシは、世界に名を知らしめる大企業、OーSUKAの御曹司である。人並み外れた資産と、巨大な豪邸、桁外れの数の執事を備えている。だが、タケシは、普段の生活において、背後に聳える力を誇示した回数は零である。それは、両親が、将来自らの力で世界を切り開ける人間に成長するように、とあえて辛く接していたこともあるが、タケシ自身が、人の上に立つ人間に成り得るように、と強い意志を持っていたことに起因する。

 だが、今回だけは、その道理は通らなかった。


「ふむ、沙藤君、貴方の父親は、小生の子会社に務めているようだったね」

 タケシがサーブを打とうとする瞬間、沙藤に向かって問うた。

「そ、そうだけど? だからなんだよ」

「聞くところによると、毎日真面目に仕事に勤しみ、上司、部下共に高い評価を得る、素晴らしい人物のようだ。近いうちに、希望していた部署で、新しいプロジェクトにかかわるそうではないか」

「それが?」

「もしも……これは仮定のお話だがね、何かしらの人事異動が突然起きてしまい、貴方の父親がそのプロジェクトから外されたら、貴方の未来はどう映る?」

 その途端、沙藤の脳裏に、先日、父が自らの仕事について楽しそうに語っていた記憶が蘇ってきた。

「嫌ぁな上司の元へ行き、つまらない仕事に携わるのは、可哀想だとは思わないか?」

「タケシ、貴様!」

 板柿が吠え、思わず掴みかかろうとしたが、タケシは右手をすっと伸ばし、手のひらを開いて、妙な威圧感を板柿へぶつけた。

「ふむ、今のは、ただの仮定のお話と言ったつもりだ、そうかっかしないでくれたまえ。沙藤君と、板柿君では、何も関係が無いだろう」

 と、そこでタケシは唇を曲げて笑みを作る。「ほほう、そうだな、小生の記憶では、貴方の両親は共働きだったな。母親が証券会社に勤めていたね。うちのグループと仲が良いはず……だったが、もしかしたら、今後はそう上手く行かなくなるかもしれないなぁ」

「ど、どういうことだ?」

「言葉通りだよ。古い付き合いだから、今日まで繋がりを保っているが、今はね、探そうと思えば、もっと優良な企業は無数に存在している。そちらと、契約を結んでしまう可能性は、否定出来ない」

 その言葉で、板柿はぐっと歯を食いしばり、動けなくなった。まだ何も言われていない飢田、濃杉も、額に汗を浮かばせて、微動すら出来なくなっていたのである。


 番外戦術。


 タケシが己の力を誇示することで、理性的な人間なら、財力、権力、コネ、その他色々な圧力を押し付けて、硬直させてしまうことが可能であった。

 目的のためなら、手段を選ばない外道となること。

 それが、大須賀家の水面下でひっそりと伝わる裏家訓である。タケシはまだその言葉を聞かされたことは無いが、既にそれを許容し、自らの力として伴う覚悟を秘めていたのだ。

「ひ、卑怯者が!」

「敗者の言い訳だね。勝負に負けたら、意味が無い。小生の野望は、最良の結果なんだ。そこに辿りつかなくては、生きる価値無し。……では、打つとしよう」

 ポーン! と緩やかに弧を描いてネットを超えるボールの軌道。飢田でも簡単に返せるボールに、誰一人として、立ち向かえない――いや、一人、疾走する影があった。

「おんどりゃあああああ!」

 怒声と共にボールに突っ込んだ男がいた。低身長に逆立てた髪が印象的な、通称――他中(たなか)であった。だが、あと一歩のところで、ボールは落ちてしまう。

「他中君、貴方は……」

「おぉっと! 俺んちを脅そうとしたって意味ねぇーぞ。なんたって、うちは自営業だからな!」

「ふむ、自営業」

「あぁ、そうよ、シャッターの増えた商店街でしぶとく店を続ける酒屋だぜ。へ! これならお前の脅しなんか」

「そうだな、近いうちに、この付近に近代的なデパートを建設する予定なのだが、それは平気なのかな? 一階に、日本はもちろん世界の酒を集めた専門店を設けるのだが」

「よっしゃ、今から俺はタケシさんの味方です。よろしくお願いいたします」

 刹那で他中は仲間を裏切った。その速度に、残された者達は、「うん、どうぞ」と頷いてしまうほどである。

 強い者の足をペロペロしてでも仲間になれ、それが他中家に代々伝わる家訓の他中に、逆らえるはずがなかった。

 だが、このままでは、タケシのサーブが一方的に決まり、反撃しようが無い。無残にも負けてしまう……そう誰もが諦めた時である。


「僕が、抜けた他中の代わりに、こっちのチームに入ろう」

 キトが参戦した。

「キト……。くッ、だが、タケシの卑怯で下劣な非道の前に、俺達は反撃のしようがない。お前だって、手も足も出ないはずだ」

「あぁ、そうだな」

「だったら――」

「だが、僕には、タケシの攻撃を無効にすることが可能、かもしれない」

「なん、だと?」

 キトはゆっくりとタケシと向き合った。タケシはキトを値踏みするかのように見つめ、ボールを放った。自身の権力を纏わせたサーブである。キトがボールに触れようものなら、即座に家族を路頭へと迷わせると言わんばかりの。

 だが、次の瞬間、次元がぐにゃりと歪んだ。キトを中心として、コートを覆うかのように、世界がうねりを上げて、螺子曲がっていく。

「こ、これは?」

「先ほど覚醒したばかりだから、まだ詳しくはわからない。だが、これで、全てが元通りになる」

 そのうねりが収まった。先ほどと、何も変わっていないように、映る。

 その中で、「小生が、ボールを持っている?」とタケシは冷静に自らの手に収まっているボールを眺めて声を出した。そう、タケシは確かにボールを宙へ打ち上げ、ネットを超えたはずであるが、それをタケシがいつの間にか掴んでいた。

「小生に、一体何が?」

「戻したんだ」キトは答えた。

「戻した、何を?」タケシはキトを睨みつける。

「……時間さ」

「時間?」

「あぁ、そうさ、僕が時を戻したんだ」

 ……。

 ……。

 ……。

 ……三秒ほど、空気が凍った。次の瞬間、普段なら、この後キトは病院へ行けと全力で進められる展開が広がっているだろう。だが、現在、リンによって色々と間違った方向へ突き進んでいる世界である。キトの力も、何だか知らないけどとにかく良し! と認められてしまう雰囲気があった。実際に力を目の当たりにした彼らも、まぁそれはそれでギリ有りなんじゃないかな、と納得し、そして肯定されててしまった。

「なるほど、これでは小生の番外戦術以前に、全てが無意味だな。時間を巻き戻されたら手も足も出ない。そちらの勝利も決まったも同然なのか?」

「いや、僕はもうこの力を使わない。僕はただ、正々堂々と勝負するために、ここへ来たからな」

「へぇ、何故だ?」

「もちろん、勝利するためだ」

「……なるほど。だったら……やれやれ、正々堂々と、叩き潰してやろう」

 ゆらり、とタケシはキレのある構えを成した。番外戦術は、タケシの全てではない。タケシが本気ならば、板柿ですら敵わないほどのテクニックを持ち合わせている。頂点へ迫る者には、無数の才が与えられているのである。

 それを知っていながら、キトは挑んだのであった。


 キトが明らかに世界観を無視した力を手に入れたのをセセギは観なかったことにして、ケータイをキトの鞄に投げ入れた。

 セセギは、無心で肉を齧る。その隣で、リンは惚けた表情で海を眺めていた。水を含んだ髪が、重たそうに肩に寄りかかっていた。いつの間にか生地の薄い水色のパーカーを羽織っていた。黄色い髪が、水色の上で栄える。セセギは、その様子を、目を光らせて観察していた。

 ――アマネとコイツは、もう友達ではなく、親友という関係になっている。もし、アマネが強引にリンを自分の方向へ引き入れようとしたら、リンは……そのまま倒れ込んでしまうかもしれない。

 リンから一度視線を外し、海岸を眺めていると、セセギはあることに気づく。現在、誰もリンに注目していないのだ。キトは野球部のピッチャー、(たけ)()の放つ分裂して消える魔球を打ち返すのに忙しく、バーベキューは海で捕えたカジキマグロを火炙りにすることに夢中で、これまたリンなど眼中に無いのであった。

 アマネの居なくなった今、セセギ以外にまともな思考を保った人間は、この海岸には存在しないのである。

 ――理由はわからないけど、俺とアマネだけが意識を保っている。で、今は、その最強のガーディアンのアマネが消えたことで、……最高のチャンスだ。

 セセギは、思わず笑いそうにり、ぎゅっと頬を抑えた。

 何故なら、リンがセセギを見つめていたからだ。



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