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七話 砂上の闘い

 最後の一人を言い切って、キトは深呼吸をしてから、深くため息をついた。


「キ、キト……あの、キャラ、変わった? ってか、大丈夫?」

「ん、僕はただ無意識でシャッターを切っていただけだぞ。何かあったのか?」

「あぁ、意識無くて喋っていたんだ。そこら辺のホラーより恐いんだけど……」

「君の言っている意味がわからない。む、もうデータが少ないな。予備のデータに切り替えるか」

 キトはドギャン! ドギャン! と衝撃波を発生させる速度でメモリーカードを入れ替えると、再び撮影の渦に落ちて行った。一心不乱に撮る。その威風堂々とした姿に、俺は敬意を抱きそうになった自分を蔑む。これは常軌を逸失しているよ。世界の何かが、歪んでいるような気もした。

「来たッ!」

 キトはライフルを構えるかのように身を屈めると、全身が岩のように硬直した。

「何が?」

「……元スマイル組で、最も男子の人気が高かった、彼女だ」

 それだけで、俺は眼を見開いて、キトの視線を追いかけた。

「名前、ド非導天詩、通称―アマネ。身長168センチ。スタイルはショウサに匹敵するほど素晴らしいぜ。カラフルな花柄のホルターネックパンツタイプ、そしてビキニから映える形の良い胸。セセギが毎日力説する通り、素晴らしいな、アマネさんは……」

「一言も力説したことねぇよ、勝手に俺をお前と同じにするな!」

「純粋な意味で、完成されてやがる。他の女子とはまた違う輝きを、アマネさんは放っているねぇ。もちろん、体だけではない。髪形は短めのボブカットか。ボブは、小顔に見えるから昨今の女子に人気だが、アマネさんの顔でボブなんかやったらさ、更に小顔だ。圧縮して、穴開いて、ブラックホールが出来そうだぜ。髪質も手入れが行き届き、クセやアホ毛は一切なく、凛とまとまっている。非の打ちどころのない整った顔つきで、真にレベル高いぜ」

 キトはケータイを降ろし、画面を弄って、俺に見せつけてきた。そこには、砂浜を笑顔で歩むアマネが、明るい太陽の光で輝いていた。悔しいけど、最高の写真だった。だけど、もっと見たいのに、キトは画面を俺から遠ざけ、手のひらを差し出してくる。

「五千円」

「買おう」

「……嘘だよ、セセギ。はぁ、その瞬発力、尊敬するけど、やはり恐いよ」

「人のこと言う前に、一度自分を客観的に見ようぜ」

 俺が財布を鞄の奥に戻そうとした、その時だった。

海が、揺れた。


 △△△


 キトが我先にと立ち上がる。続いてセセギがその視線を辿る。途端に、口を歪めて舌打ちを放った。唾を足元の砂に吐き捨てると、混ぜて消した。

 キトはケータイを構える。

 脱力によって得られる、究極至高の構え。

 先ほどまで、キトの奇行を理解しているセセギでもドン引きしてしまうほどの集中力を見せていたキトが、更なる深淵へと達しようとしていた。

 それは、一人の女性が原因である。だが、元スマイル組の女子は、既に全員海岸に出揃った。

 もう一人、……アマネの影から、そっと歩み出てきた人物が居たのである。

 途端に、

 元スマイル組の男子はもちろん、女子、海岸で遊んでいたカップル、サーファー、ライフセーバー、海の家の店員、大空を舞う鳶、砂浜で飛び跳ねるフナ虫までもが、一瞬動きを止めた。

 極立ぴかリ、通称――リンが、水着で登場したことで。


「でっけええええええええぇぇぇぇぇっぇぇぇぇええええええええええええ!」

 キトは肺を潰す勢いで叫んだ。「何が?」とわかっていながらも、セセギは問うた。

「おっぱい、がだよッ!」

「うん、そうだよね、なんで俺質問したんだろう……」

「リンちゃんは、あの小さな身長のクセに、で、で、デカいんだよ……」一瞬間をおいて「おっぱいがな」と強靭な笑みで繰り返して強調した。

 セセギも、確かに大きいな、と無関心に思う。

「何故大きいか、だって? そりゃ、リンちゃんがクォーターなのが、関係している」

「まるで会話したみたいに続けないで。俺なんも言ってないから……」

「いいか、これは、リンの母親だ。白人とのハーフで、見ろ、素晴らしい体をしている」キトは一枚の写真を見せつけてきた。リンの隣に白人の女性が映っている。

「リンの母は、フィンランド人の母親と日本人の父親を持ち、リンの祖母に当たる女性は、若い頃は、おっぱいが大きい」

「……何で知ってるの?」

「もちろん、僕が調べたからだ」

「プライバシーって、知ってる?」

「セセギ、そんなモノ、僕の前では儚い壁にもならない」

「そうじゃない、そういう意味じゃない」

 セセギの言葉はキトには届かない。「よって、リンのおっぱいは遺伝だな。母と祖母の遺伝が、リンで開花した。それが、あの大きなおっぱいだ」

「……せめて胸って言え」

 キトは再度ケータイのメモリーカードを入れ替えて、マシンガンを撃つかのようにリンを撮り続けている。

「あれ、お前って、巨乳が好きなんだっけ?」

「いや別に」

「だよな、ただ可愛いJKが」「セセギ、“可愛い”はいらない、重複している。僕にとってJKとは、可愛い女子高生、という意味なので」

「……すみません、で、そのJKが好きなだけだろ。だったら、胸がデカいだけで、中学生みたいに騒ぐなよ」

「それは仕方ない。何故なら男、いや、人間にとって必然だからだ」

 キトは大変悲しそうな表情で呟いた。セセギには、この後に語られる言葉が、己の人生に何一つ役立たない戯言と経験で知っているので、アマネを見守ることにした。

「昔、とある精神科医が言った」

「え、精神科医? お前、通ってたの?」と質問したところで、キトが通っていても違和感は無いな、とセセギは思った。

「いいや、中学の頃、おっぱいについて調べていたら、たまたまネットでその精神科医の話を読んだ。そこには、人間が胸に多大なる興味を抱くのは仕方ないと述べてあった」

「なんで?」

「本能だからだ。人が生まれ、生きていく上で栄養を補給するために母乳を求める。それを得る場所が、おっぱいの頭頂部に存在する。よって、人は本能的におっぱいを求めてしまうんだ」

「……貧乳が好きでも、巨乳に目が行くってこと?」

「たとえ理性が小さいおっぱいが好きと求めても、あのリンちゃんのような大きなおっぱいを見せつけられたら、本能の(さが)には逆らえない。無意識のうちに視線を送ってしまうんだ。その精神科医曰く、もしも母乳が出る場所が、例えば肩と肘の間にあったとしたら、人間は二の腕に欲情した、と断言していた」

「その精神科医がまず精神科医に通ったほうがいいな。あとお前は絶対に行け」

 セセギはツッコミで疲れ、少し項垂れてから顔を上げる。「ってか、リンも呼んだの?」

「いや、僕は元スマイル組だけに留めたよ。もちろん、他のクラスの水着を収めたが、流石に多すぎるからね。アマネさんに懐いている姿から、彼女が誘ったんじゃないのか?」

 セセギは、アマネに手を引っ張られながら歩くリンを睨みながら憎悪を抱く。先ほどから、アマネを視界に捕えるたびに、その隣にリンがいた。黄色を基調としたビキニの水着を着たリンは、一際幼い印象を放っていた。

 そして、この時になって、セセギはある異変に気付いた。海岸で遊んでいる生徒達の様子が、変化しているのだ。リンという、突然のイレギュラーの出現に、男子はまた可愛い女の子が増えたぜ! と喜んでいたが、それが収まらない。ぶーんぶーんと蠅の唸りのようにな熱気が、世界を侵食するかのように広がっているのである。


「お、おい、キト。皆、どうしたんだろ……」

 そうキトを小突くと、キトは、なんと自らの頬を全力で叩いた! バチコーンッ! と凄まじい音が響く。

「うわッ、何?」

「あ、危なかった」真っ赤に晴れ上がった頬を摩りながら、キトは震えながら呟く。「危なく、持ってかれるところだった……」

「何が?」

「精神……」

 セセギは三秒ほど固まり「はぁ?」とやっと声を出せた。

「リンちゃんだけでもヤバいのに、それが水着だなんて、……糞が、今回は一段と荒れる……。いや、セセギ、今回ばかりは蔑むな。これは本当だ、見てみろ、あの連中を!」

 キトは荒い息を零しながらも、ある一点を指さした。そこには先ほどまで、セセギが一緒にビーチバレーで遊んでいた男子の姿があった。だが、もう愉快にボールを追っている人間は、消えていた。

 真っ赤な太陽の元、繰り広げられるは極限の怒涛!

「な、なんだこれ」

 セセギは呆れた声を出していた。



「あ、あの打ち方はッ!」

 セセギのクラスのバレ―部、通称――板柿(いたがき)は顔を強張らせて叫んだ。向かいのコートで、今まさにサーブを放とうとする通称――肢澤(あしさわ)の動きを見たからである。素人がバレーボールのサーブを打つ場合、下から手首を当てるか、上に投げて叩くように打つ方法が一般的である。バレーは体育以外経験無しと語った肢澤も、先ほどまでは下から打ち上げていた。だが、現在、肢澤は、左腕でボールを天高く放ち、背を反らし、右手で何かを肩に担ぐような恰好を披露したのだ。

 なんだアレ……と思った板柿の脳裏を、ある映像が過る。

 ――テニス!

 理解した刹那、肢澤のボールは放たれた。だが中学からバレーを続ける板柿の鍛え上げられた肉体は伊達ではない。空気抵抗を受けたボールの落下地点を反射で予測すると、その下へと潜り込む。

 が、その構えた板柿の真横に、ボールは無残にも突き刺さった。

「なん、だと?」

 呆然とする面々の中、肢澤はニヤリと頬を捻じる。硬式テニス部エースを務める肢澤は、ラケットでテニスボールを打つかの如く、強烈なスピンを巻きつけたことで、ボールの軌道を無理やり操作したのであった。

 その奇妙な軌道に、板柿は予測を誤ったのだ。だが、もうその回転を板柿は把握していた。二打目、軌道を予測し、そのレシーブを追った板柿……をあざ笑うかのように、今度は逆へ落ちていく。

「スライスサーブ」

 舌をペロっと出し、肢澤は答えた。「ファーストサーブとは違う回転をかけているんだよ、はっはー!」

 ぐっと、板柿は歯を食いしばる。バレー部である己が捕球出来ないという屈辱と、二つの回転を放つ姿の判断が難しいことに対して焦りからである。このままでは、肢澤がサーブをミスしない限り、あのボールには対応出来ない。

「板柿君」

飢田(うえだ)?」板柿の背後からそっと声をかけたのは、分厚い丸メガネをかけた通称――飢田であった。

「あのサーブ、次は捕れますか?」

「回転を読み、その下へ駆けつけたら……。だが、今の俺では、あのサーブの見分けが付かない」

 悔しそうに答える板柿に、飢田は小さく頷いて語る。

「私なら、わかります」

「何? お前、運動はからっきしだと……」

「もちろん、私があのボールをレシーブ出来る確率は二十パーセントも無いでしょう。ですがね、二度ほど肢澤君のフォームを観察しました。私なら、打ち分けや、落下地点の判断が可能となります」

 飢田は、運動が大の苦手であるが、その反動か勉強に対しては並々ならぬ努力をぶつける秀才である。また、驚異的な観察眼を持ち、その眼で晒された科学部の実験レポートは、拝読した教員が涙を流して感動してしまうほどの精密な描写であったという。

「おい、何ごちゃごちゃしてんだ! 行くぞ!」

 業を煮やした肢澤は、再度サーブを叩き込む。流れる川のように変化するボールに、板柿はなんとか腕に当てたが、横へ逸れてしまった。だが、「もう完全に理解いたしました」くいっと、メガネを持ち上げて、飢田は頷いた。

「オラオラッ! もういっぱぁああつ!」

 肢澤が放った瞬間、「この回転、そして打点の低さから、二打目のスライスサーブと同じ回転です」

「よし!」

 駆けだす板柿……だったが、ボールは空気抵抗を味方につけ、グン! と加速した。

「な、ボールが伸びるッ!」

「い、威力が強くなっています。これでは板柿君の距離では間に合いません!」

「糞がッ!」

「はーっはっはっは! てめぇらが相談してることは御見通しなんだよ。これを捕れる奴が、てめぇらのチームに……」

 その時、コートの後方で構えていた濃杉(こすぎ)がぬっと駆けた。「飢田、落下地点を教えろ」

「濃杉君? ……はい、場所はコートの左奥のラインから横二十四センチ、奥のラインから縦四センチです。弾着まで残り0.24秒です。しかし、濃杉君では……」

「いや、奴で問題無い」

 板柿はそう声に出し、すっと腰を落とした。「なんたって、濃杉はボールを捕えるスペシャリストだからな」

 届かない、と誰もが思った瞬間、濃杉は片手を伸ばして勢いよくダイブした。一八〇センチを超える体に、常人よりも二回り巨大な手を持つ濃杉は、サッカー部のキャプテンである。試合終了しても怒声を轟かせ、闘将と敵よりも味方から恐れられている。

 背番号一番、ポジションは、……もちろんキーパーである。

 その指先が、ボールにちょん! と軽く触れた。瞬間、ボールは天高く持ち上がっていく。

「な、なにいぃい!」肢澤は唸った。

「あ、あの状態から回転をかけるなんて、なんという握力でしょうか!」

 くいっと持ち上げられた飢田のメガネに、強く回転しながら宙を駆け上がるボールの姿があった。濃杉は、ボールが指に当たった瞬間、片手でリンゴを圧縮するほどの握力を用いて、回転を巻き付け、再び空へと飛翔させたのだ。

 待っていたのは板柿である。砂場では踏ん張りが効かない。よって、大きくジャンプをしていた。空中で姿勢を崩さず、両手の指先で三角を作り、基本の形によって、ボールをトスした。

 完璧なトスであった。何百回、何千回、何万回と、セッターとしてボールを味方へ渡すことで養われた努力の結晶球。ボールは空気抵抗を緩く受けると、中央にあるネットのわずか手前に落下するという絶妙の滑空を披露した。

 それを、最高打点から振り下ろす巨体が、空を駆ける。

 高校二年で身長は一九〇センチを超え、バスケットボール部のセンターを任される沙藤(さとう)である。遊びでなら軽くダンクを決める沙藤の驚異的なジャンプ力によって、軽々とボールへ到達し、相手のブロックの真上から強烈なダンクシュートを叩きつけた。

 ボールが砂浜を抉り、舞い上がる強烈な砂塵! 

 両者一歩も譲らず、互いを睨みつけていた!



「……えっと、何かおかしい。さっき俺がいなくなった時は、奴らは適当にボールを打ち上げて遊んでいたはずなのに、皆凄い本気……。しかも、途中で超早口になって会話をしていた」

「リンちゃんが、存在するからだ……」

 キトは未だに荒い息を吐きながら、セセギに言った。

「アイツが居ると? え、ごめん、意味がわからない」

「コイツを、見てくれ」

 キトが差し出したケータイの画面には、メモアプリが開かれていた。

「メモがどうしたの?」

「俺は、はぁはぁ、リンちゃんの情報を集めようとして、彼女に接近したんだ。メモに、その時の心情を綴りながら、観察を続けていた。だが、途中で俺の頭に、何かが介入を果たしてきて……意識を持ってかれたはぁはぁ」

「日本語のはずなのに、意味がわからないんだけど」

「詳しくは、見たほうが早いな」


『P1 今日はリンちゃんの情報を全て手に入れちゃうぞー! うへへへへへ』


「うわッ、た、確かに気持ち悪い」

「そこはまだ正常だ」

「……そうですか」


『P2 うへへへへリンちゃんの後ろ姿も超プリティ! うへへへへ、ふむふむ、もうカーディガンは着ないんか、ざーんねん。だが、黄色いベストは素晴らしい! 鞄にある大きな羊の人形、僕もなりたい、人形に!』


『P3 うへへうへへうへへ! リンちゃんの残り香、すーうへへすーへへへ、堪らない。うへへへへっへっへっへへえぇぇ! 今日もアマネたんと仲良くランチですかい。うへへへへ僕も食べられたいよ(変な意味無しで)』


『P4 うへへ今日撮ったリンたんは三十枚を超えた! 絶好調! 誰も僕を止めることはできないうへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ』


「まだある?」

「残り六〇〇ページ」

「ごめんなさい、お前が狂ったページを教えろ。俺には最初から狂っているとしか思えない。あと、うへへへ、がゲシュタルト崩壊してきた」

「めんどくさい奴だな」

「お前がキモイからだ」

「やれやれ。……確か、ここからだ。僕の意識が無くなったのは」


 


りんちゃん可愛いりんちゃん可愛いりんちゃん可愛い。極立ぴかりん……ぴかぴか、ぴかぴか





 リンちゃんの今、りんちゃんの今、リンちゃんの今、リンちゃんの今、

 ぴか……

          

  りん……




ぴか ぴかぴか


          りん








                   雷!

                 










             ぴかぴか



  ぴかりん


                ん





















                 りん

                  かりん

                   ぴかりん

                    カぴかりん

                     ピカぴかりん

                      カピカぴかりん


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