二話 親友と片思いの女の子が仲良い。凄く仲良い……。
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翌日、セセギは一人で通学路を歩いていた。昨夜、二度ほどアマネに好きな人が出来ました! と告白を受ける夢で跳ね起き、体調は最悪である。溜息を零しながら進む。
遅刻寸前のところで校舎に入り、重い脚を引きずるようにして階段を上がる。と、上から声が響いてきた。瞬間、アマネの声色だとセセギは判断した。弾けるような笑い声である。声すら美人、とセセギは強く頷いたと同時に、その可愛い笑顔を向けられている人物に対し、深い憎悪を抱く。その相手が男はもちろん、女性だろうが、エイリアンだろうが、聖人だろうが何だろうが、セセギは強い悔しさを抱いていた。アマネの笑顔を、自分だけに向けて欲しいからである。
――笑い過ぎ、だよね?
メラメラと烈火の怒りに塗れていたセセギは、その違和感を覚える。嫌な予感がセセギの脳を叩く。途端に足が軽くなり、駆け足となって階段を上っていく。
アマネの笑い声から引き起こされるのは、昨日セセギが目の当たりにした、セセギの知らないアマネの姿。その光景が再度繰り返されたかのように、廊下の中心に、アマネは笑顔で立っていた。アマネの前に居る、一人の男性を見据えながら――。
セセギは足を宙に投げ出すと、盛大に転んだ。
「うん、ありがとう!」
アマネは恥ずかしそうに頭を下げると、その相手に手を振り、颯爽と消えた。
「き……きぃとぉおおおッ!」
セセギは息も絶え絶えに吼える。何故なら、アマネが会話をしていた男性は、セセギがこの学校で最も人としての中身を理解している人物で、かつ、人として駄目な方向へ全力で突っ走る駄目人間だからである。
セセギよりも頭半分高い長身に、楕円形のフレームの細いメガネをかけ、それが光を反射している。髪は流行りの形を模ろうとした努力が垣間見れた。頬が、ナイフでそぎ落とされたかのように痩せているが、不恰好ではない。それらのパーツが、この男を良い意味で際立たせているからである。
鬼ノ到絶対、通称――キトは、セセギに近づくと、手を差し伸ばしてきた。
「どうしたんだ、セセギ。寝ぼけているのか?」
セセギはキトの手を無視して自力で立ち上がる。
「おは……はぁはぁ、よう……」
「おはよう。おい、本当に大丈夫か? 非道い顔だぞ」
「遅刻しそうだったから……はぁ、急いでいた……。それよりも……い、今」
セセギが声を繋ぐ前に、キトは頬を捻る――笑顔になった。強烈な笑みである。
「アマネさんと、会話していたよ」「どうして?」「どうして、とは……逆に問うが、何故セセギに教える必要があるんだ」
キトはやれやれと首を振ると、小さく息を吐き、顔を斜め構え、セセギの瞳を覗き込む。睨み、ではなく、面白みを含んだ笑みであった。
「いや、ただ何話しているのかなー、って気になったから」
「……まぁ、セセギの言いたいことは、わかるつもりだ」
その言い方に、セセギの胸がぞくりと揺れた。キトはセセギから視線を外すと、セセギが口を開くよりも早く、「先ほどの会話、その意味は、君が一番知っているんじゃないのか?」と語りかけるように言った。
そして、すっと踵を返し、セセギの前から去っていく。
「アマネとは、何を!」
「もう始まる、HRが!」
▲大正儀セセラギ▲
鬼ノ到絶対、通称――キト。
俺がキトと出会ったのは、一年生の頃、たまたま同じクラスで、席が隣だったからだ。放課後、帰ろうと思ってふと隣に座る席を眺めた瞬間、俺は声を上げそうになった。何故なら、キトは、アマネの写真を眺めていたから……。
「お、お前ッ! それは!」
その声に反応したキトは、一瞬でケータイをポケットに隠すと、何食わぬ顔で俺を見つめた。
「……えぇと、君は」「セセギだ」「あぁ、大正儀セセラギ、君か。僕は鬼ノ到絶対、通称――キトだ。今後ともヨロシク」
「よろしく……じゃねぇ! おい、ケータイ見せろ!」
「何故だ?」
キトの視線を浴びて、俺は言葉に詰まる。「み、見たんだよ、俺は!」
「そうか。だが、君の見間違いだろうな。……ではさようなら」
「待てって!」
俺は逃げようとするキトの腕を反射的に掴んだ。キトはそれを振り払うと、ゆっくと俺を睨んできた。瞳の奥に、黒い炎が不気味に渦巻いているようで、圧倒された。
「君が、僕を立ち止まらせる理由は無いはずだが?」
「ケータイに映っていただろ」
「意味がわからないなぁ」
「アマネの写真、何でお前が持ってんの?」
俺がキトのポケットに腕を突っ込むよりも早く、キトはケータイを取り出すと、差し出してきた。そこには、笑顔のアマネが映っている。……しかも、私服、だ。
「アマネさんか、くひひ、極めて可愛い」
「これ……え、いつ撮ったの?」
アマネの写真を見た時、俺はコイツがアマネを盗撮したのかと思ったけど、この写真はそうは見えない。距離が近く、何よりカメラ目線だ。そんな、まだ一週間しか経っていないのに、コイツはもうアマネを写真に収めるまで仲良くなったのかよ……。
と、絶句していると、「これは盗撮だよ」とキトは返してきた。
「へ?」
「正確には、僕がたまたまシャッターを切った瞬間、アマネさんが映りこんだ」
自信満々に答えるキトに、俺は混乱した。
「これは、どう見てもアマネを正面から近距離で撮っているよな?」
「それは間違いない。……偶然に」
「偶然?」
「ちなみに、昨日」
「え、ちょっと待てよ」
「これは」キトは小さな写真ケースを取り出すと、一枚の写真を晒す。「これは、一昨日撮ったアマネさんだ」
そこには、夕焼けをバックに制服姿のアマネが映っている。
「綺麗だ……」「欲しいか?」「え?」「あげよう。では、この件は、内密に頼むよ」
キトは俺のポケットに写真をねじ込み、そのまま逃げようとする。
「と、盗撮は……」俺の口が咄嗟に動いていた。
「悪、とでも言うのか?」キトはめんどくさそうに呟いた。
「そりゃ、そうだろ、犯罪だよ」
「へぇ、だったら、この事実をアマネさんに伝えてみたらどうなる? 同じクラスのキトって紳士が、お前を盗撮しているぞ、とね。それを伝えられた彼女は、どういった反応を示すかな?」
キトは頬を曲げながら――笑顔で言った。俺はその光景を想像する。アマネは、ショックを受けて、傷ついてしまい、トラウマを抱え込んでしまう。高校生活が始まったところで、そんな悲しい想いを俺は味あわせたくなかった。
「……だから、黙っていろ、ってこと?」
「あぁ。君がバラすと全てが狂う。僕はJKの写真を手に入れ、JKは自身が盗撮されたことに気づかずに平穏は変わらないんだ。それに、君も彼女のベストショットを手に入れたんだ。この世界に、不幸はどこにも存在しない、だろ?」
「か、彼女?」
不意を衝かれ、声が裏返ってしまった。キトは不思議そうな顔で見つめてくる。「なんだ、違うのか?」
「べ、別に、付き合ったわけじゃない」
「そうなのか? 君達二人はやけに親密で、周りの者も皆口を揃えて言っていたのだが、当の本人は違う、か。だから、君は僕に対して怒りを抱いたのかと思っていたのだが……」
キトは意味深に頷いている。えぇ、そうなんですよ、俺とアマネはただ仲の良い友達なんですよ。
「ってか、お前はどうして盗撮なんかしてんだよ」さっきの写真ケースには、多くの写真が収まっていた。俺はキトを威嚇するかのように睨んだが、キトは小さく笑ってから口を開いた。
「僕は、僕の中で認めた女子高生をカメラに収めている。いいか、JKという時代は、わずかな時間に限られている。芋虫が蛹へと変わり、煌びやかな蝶へと羽化する刹那――それが、JKなんだよ。そう僕は信じている。その刹那を、疑似的にだが永遠に残してあげたい。……だから、僕は写真を撮っているんだッ」
「そ、そうですか……」 あぁ、この人、ヤバい人だ……。と、この時点で判断したけど、コイツの正体は、ヤバいに収まる程度の人間じゃなかった。
「嘘偽りの無い、真実だよ。ただ、写真に収めているだけなんだ。別にネットに載せたり、それを使って疚しいことしたりはしない」
と、キトは俺の眼を見、ずに宣言した。キトの視線は自分のケータイに注がれている。しかも笑顔だ。そこには画像フォルダが開かれ、様々なJKの姿が羅列してあった。そのどれもが、驚くほど綺麗に映っている……。
「……これ、本当に盗撮したの?」
「そうだが?」
「だって、ほらこの写真なんかどう見てもお前にピースしているよな? しかも、超至近距離で。気づかれたことは?」「無いよ」「マジで?」
すると、キトは不適に笑った。画像フォルダを閉じ、一つのアプリを立ち上げると、それを俺に見せつけてきた。
「何故なら、僕は超能力者なんだよ」キトは当たり前のように口にした。
俺は途端に逃げ出したくなったけど、キトは俺の様子など目もくれず、淡々と語り始める。「この世で、最も可愛い生物は、何だ?」
「は?何、突然そんなの……」「あぁ、そうだな、JKだ」俺が答える前に、キトは宣言した。メガネをくいっ、と意味深に持ち上げて。
「え、待てよ、JKと言っても、……まぁアレだ、ピンからキリまで、様々いるよ」
「JKとは、女子高生の略ではない。可愛い女子高生、の意味として考えてくれ」
「……何それ」
「僕は物心ついた頃から、街をミニスカートで練り歩くJKを追っていた。ずっとだ。この学校に入ったのも、女子の制服が他校と違い可愛らしいからだ。いいか、ミニスカートとちょっと大きめのカーディガンを羽織るJKほど、素晴らしい生物は存在しない」
「ま、まぁ、それはわかった。お前がJK大好きって話は。で、その超能力は……」
「まだ話は終わっていないッ!」
キトは力強く言った。無駄に恐くて、俺は喋れなくなる。
「いいか、JKの素晴らしいところは、素体の可愛さもある。だが、その一番の特異点は、自らを可愛いと信じることによって発生するパワーを元にした、ファッションにあると、僕は思っている」
「ファッション? いや、私服はともかく、制服はどれも同じだろ」
「違う。……見てみろ」キトは顎で俺の後方を刺す。振り返ると、ちょうど扉の先に二人のJKがいた。別のクラスの女子だ。
――一人は長身で垢抜けていない制服の着こなしをしている。長いスカートに、藍色のブレザーを羽織り、髪はポニーテールにひとまとめにしている。見るからに、虐められそうだ。
――対して、もう一人は、小柄ながら紺色のカーディガンを羽織り、短いスカートから映えるほっそりとした両腿は素晴らしい。軽くパーマを当てた髪に、化粧をしているが眼をやや大きく見せる程度で気になるほどでもない。鞄には可愛らしい人形がぶら下がり、その色がアクセントとしてバランスを保っている。スクールカーストでも、上位に位置するJKだな。
と、キトは小声で俺に実況してきた。
「このように、一人一人、流行はあるが千差万別に分かれている。差異はわずかに感じられることもあるが、隈なく観察すると、その差に僕はいつも驚かされ、感動している」
「でもファッションだって、男子も弄ったりするだろ。女子ばかり凄いわけじゃないだろ」
「経験の差で、レベルが違うよ」
「経験、なんの?」
「情報のだ。いいか……では君に質問しよう。君は小学生の頃、雑誌は何を買っていた?」
突然の質問で、ちょっと迷う。「雑誌って、えっと、少年漫画の」「そうだ、普通の小学生男子だったら、少年漫画を中心に夢中になり、オモチャやゲームに明け暮れていた。今度は中学生になり、雑誌を買ったか? ここまで言えば、僕の言いたいこともわかるだろう。……ファッション雑誌を買ったか?」
「……ほら、中三になって……一応買ったよ」
すると、キトはニヤリと笑った。まるで俺の心を見透かすかのように。
「華奢な僕達には似合わない、ダボダボな服を、さもカッコイイと信じていた」
「や、やめろ」顔が赤くなるのがわかる。
「別に馬鹿にしてはいない。その年代の男子にとって、乱れた格好や悪い奴=カッコイイ、と信じるようにと遺伝子に書き込まれているんだ。僕だってタバコを吸いたいと思ったし、ジャラジャラしたチェーンをズボンに巻き付け、天使よりも漆黒の堕天使のほうがカッコイイと思っていた」
まさか突然の黒歴史告白会が始まり、俺の胸が痛んだ。タンスの奥で眠っているサイズのやけに大きな服や、奇抜な帽子を喜々として被っていた俺が、蘇ってくる。
「で、高校生になり、やっと垢抜けてくる奴が、男子には現れ始める」
「まだ抜けないんだ」
「中二病の怖さを舐めるな。下手すれば一生を共にする可能性だってある。女子の場合、男子よりも強固なグループを結成することで、それらの呪縛から逃れやすいが、まぁ、それを乗り越えてより凶悪になる奴もいるが、稀だな」
人のこと馬鹿にして、自分を超能力者と宣言したお前が一番非道いだろ、というツッコミは内に秘めておく。これ以上、何言われるかわからないので。
「それで、女子は、なんだ、情報の経験が、関係あるの?」
「女子の場合、ファッション誌を購入するのは、早くて小学生の高学年だ。僕達が漫画のヒーローに憧れ、モンスターのレベル上げに夢中になっている最中、彼女達は必死にファッションを吸収していた」
「いや、全員がそうじゃないだろ。女子でも漫画読んだりゲームをしたりする奴はいるよ」
「少女マンガはその時代の流行をつねに視野に入れ、服装や髪形の組み合わせに隙は無い。ゲームも、幼い女の子向けのゲームには、着せ替えのシステムが確実に挿入されている。それだけ、ファッションが身近にある。しかも、大人が考えて精製したことで完成度は男子のそれとモノが違う。比べて、僕達の二次元の世界に、流行を捕えたファッションをしたキャラが居たか? 鎧を着たり、忍者だったり、特にやる気も無いのにハーレムだったり、漆黒の闇を司る殺し屋で、内心憧れてしまい、腕に包帯を巻きつけて喜んでいた。それだけ、差があるんだよ」
「た、確かに、言われてみれば、コンビニで女子向けのファッション誌の数は多いな。(アマネの部屋には必ずファッション誌が置いてある)女子の服屋だってどこにでもある」
「ファッションの経験を、女子は無意識のうちから積んでいた。そして、高校生となり、経済的にも時間的にも規則という縛りから抜けて、開花する――JKとなるんだ」
「でもさ、その理論だったら、女子大生のほうが、可愛いじゃないの?」
「バランスの問題だな。JDとなると、余裕や情報が多すぎて、結果、流行の形で留まってしまう。JKの時代にあったぎらぎらとした野望が抜け落ちてしまうんだ。全体のレベルは上がるが、尖った可愛さは、JKよりも確実に少なくなってしまう」
「へぇ、なるほど」……じゃない。
――超能力者。
それを聞くはずなのに、何故、俺は納得しているんだ。
「さて、高校生になるということは、JKと身近に接するということ。しかし、僕には力が無かった」
キトはやっと能力について語り始めたようだ。
「力?」
「僕は先ほども言ったが、JKを永遠に残したい。だが、それは大変困難な問題だった。中学生の頃、電柱に隠れ、小遣いをはたいて買ったカメラで撮影もしたことがあったが、どうしても駄目だ。技術が足りない。ブレたり顔が映っていなかったりと散々だ。理想となる写真を得ることは、不可能だった。……何より、気づかれて警察を呼ばれそうになったこともあった。まぁ、必死に逃げ切ったがな。そして、僕は気づいた。盗撮をするというのは、撮影者に追われるJKは傷つく。……それを理解したことで、僕は前へと進むことが出来た」
「……覚醒でもしたの?」
「あぁ」真剣な眼差しでキトは頷いた。もう凄ーく帰りたいです……。
「僕は僕を罵倒していた。何故もっとスキルが無いんだ!とね。己の中の己が訴えかけてくるんだよ。可愛いJKを永遠にしたいのに、何故僕には不可能なんだ?と真剣に悩んでもいた。それにJKも、自身が盗撮されていたのを理解すると、傷を負う。だが、僕も写真を撮ることはやめられない。と悩んでいると、いつしか精神的に病み、あの時は呼吸をすることすら、辛かった」
この人間は、色々と間違い過ぎて、何がおかしいのかわからなくなってきた……。
「そんなある日、いつものように街でJKの後を――たまたま帰り道が同じだったので途中まで一定の速度で背後から追っていた」
「それはストーカーだから、犯罪だから」
「捕まるほど間抜けではないよ」いや、そういう問題じゃない……。だけど、コイツに正論を吐くと、それを捻じ曲げて俺を悪者にする。ってか反論する隙があり過ぎて、逆に何も言えない。
「別れる寸前に一枚撮った。だが、自らの指で遮った画像だけが、僕の手元に残り、途方に暮れていた。そして、いつものように自らを叱咤しながら帰路についていると、何故か公園に入り込んでいた」
「公園?」
「小さな公園だった。街灯が一つ、ベンチが一つだけの、殺風景な公園だ。とんでもなくボロボロだった。街灯は錆が覆い、ベンチは半分朽ちている。人の気配はなく、まるで僕だけが別の世界に取り残されてしまったかのような錯覚を受けた」
キトは小さく震えた。その時の光景を思い出すだけで、不快感を得ると言わんばかりに。
「そこで、どうしたの?」
「壊れたベンチに座り、一人苦悩していた」「JKの写真を撮りたいなぁ?って」「最近のJKに、廃れたはずのルーズソックスが復活してきたなぁ、とだ」
ぐっと拳を握り、キトは力強く言った。
「……ごめん、そろそろ帰っていい?」
「その時だった」キトは俺を無視して続ける。「突然僕のケータイが鳴り始めた」
「電話でも来たの?」
「そうかと思ったが、どうも違う。突然画面がブラックアウトし、操作を受け付けなくなった。壊れたのかと触っていると、画面がスクロールし始め、そのまま下へ動かす」
【E】
「という文字があった。バグったのかと思い、その文字をタッチした。その瞬間、ケータイは元に戻る。僕は安堵しながらも、適当に中を探っていると、見知らぬアプリが搭載されていた」
「それが、これ?」
キトが立ち上げたアプリが、俺の眼に飛び込んでくる。「そうだ」
キト
①システムJK
そこには、意味のわからない文字が羅列してあった。正直なところ、少し期待していた俺は、拍子抜けで内心派手に転んだ。
「何、これ?」
「わからない」
「……えぇと、キト、だったら、何故俺に見せた?」
「この意味不明なアプリの正体は僕にはわからない。だが、これを搭載されたことで、僕は超能力を得たんだ」
キトは小さく息を吐き、俺を見上げて口を開く。
「【システムJK】、それが能力名だ。俺が、心の中で可愛いと認めた女子高生――JKを、極限まで美しく写真に収める力だ」
あぁ、しょうもないけど危ない人だ、と全力で思った。
「よし、証明しようか」
「いや、いいです。俺もう帰るから」俺はこれ以上コイツの近くに居たくないと思い、鞄を持ち上げて教室から逃げようと構えた。
「今この場から消えるのなら、その胸ポケットに大事そうに閉まっている写真の事実を、周りに伝えよう」
「……お前なッ」
「なんだその顔は。嫌なら、即座にゴミ箱にでもぶち込んでみろ!」
「いやそれは資源の問題になるし少し前にエコが流行ったしすぐにそういう行動に移るのは最近の若者は切れやすいと周りに誤解されやすい可能性が高いから、家で、うん、処分します」
俺は、俺自身が驚くほど早口で語っている。
「……そう、か」と、キトが怯えた目で俺を見つめていた……。
「わかったから、早く披露しろよ」
「すぐに終わるよ」
そう言って、キトはその意味不明な画面をタッチした。すると、画面に一瞬ノイズが走り、カメラモードへと移行した。
「発動条件はただ一つ。僕が、対象の女子高生を、心の奥底から可愛いと認めるだけだ」
「……はい、で、どうなるの?」
「アマネさんで、試すか」
「ちょ、おい!」
「だから写真を撮るだけだ。……こんな感じで」
俺が声を上げた瞬間、シャッターが切られた。
その途端、俺は肩を叩かれる。
振り返るとそこにはアマネが居た。「教室にいたんだ」と、いつものように笑顔を浮かべている。
「ア、アマネ……」
「もう、教えてよ。さっきからずーっとメールとか電話してたのに!」
「え、あぁ、そう。ごめん、気づかなかった」
それよりも、俺はキトの持つケータイに視線が注がれてしまう。冷たい汗が、背中から落ちていく。キトは何食わぬ顔で、ケータイをそっとポケットに隠そうとした。が、「あッ!」とアマネはキトを見つめて声をあげる。俺の心臓はドキリと跳ね上がり、キトはメガネの奥で瞳をパチクリと動かした。
「……えっと、確か、鬼ノ到絶対、君だよね?」
「通称――キト、と呼んでくれ。アマネさん」
「もしかして、今セセギと話してたの?ごめん、邪魔だった?」
「別にだ、だ、大丈夫」俺はまだ心臓が跳ねているので、声がつっかえた。
「いやいや、ちょっと無神経だったね。うん、私は先に帰るよ」アマネはくるりと反転すると、颯爽と教室から出て行った。
俺とキトは、同時にため息をつく。
「あ、セセギ!」
その声でぎょっと振り返ると、アマネが首だけを扉から出して俺を見つめていた。
「今日の数学の宿題、わかんないところだらけだったから、後で家に行くね」そこまで言って、今度こそ、アマネは消えた。俺とキトは、そのまま十秒ほど動けなかった。「仲の良いお友達、ねぇ……」「うるさい」
「で、撮れたの?」
「見たいのか?あれほど文句を言っておきながら!」
「お前の力を証明するためだろうが!」
キトはそんな俺を鼻で笑い、ポケットからケータイを取り出して画像フォルダを開いた。そこにはアマネの写真があった。
――めちゃくちゃ可愛い!
と、唸ってしまうほどの、姿がそこにある。
「流石【システムJK】だ。完璧過ぎる」
「た、確かに」
その写真は完璧だった。被写体のアマネが可愛いことはもちろん、その撮影技術も想像以上に……ありえないんだ。光の角度や影の具合はまるで一枚の名画のように描写されていた。手ブレやボケなどのミスも無く、人間をこれほどまでに美しく表せるのかと、俺は純粋に感動してしまった。
しかも、さっき、キトは本当に適当にシャッターのボタンを押しただけだ。目の前の俺が見ていたんだから、間違いない。構えなど一切ない。更に、アマネは写真を撮られたことを、気づいた素振りを魅せなかった。
「あぁ、そこが、【システムJK】の最大の特徴に当たる。どんなに近くからシャッターを切ったとしても、決して気づかれないんだ」
「シャッター音だって鳴ったのに」
「これまで一度も気づかれたことは無い。この力によって、僕はJKを極限まで美しく撮ることが可能となった。推測するに、あの公園が一つの鍵なのだろう。あの公園に迷い込み、人知を超えた苦悩を催していた僕は、別の世界と何らかの繋がりを経てしまい、そこから力を授かった。それが、このアプリだ。能力を分析すると、決して気づかれずまた素晴らしく映し出すことから、確率を操作しているのかもしれない。僕がJKを美しく撮る、という世界を、僕自身が肯定するようにと、世界を作り変えているんだ!」
「いや、でも、まだ俺は完全に信じたわけじゃなくて……」
「では、あと数回試してあげようか」
その後も、キトは唐突にシャッターを切り、そのたびに芸術のようなJKが画像として増えていく。もちろん誰にも気づかれない。
ここまで来ると、俺は感動よりも恐怖を覚えた。全てを偶然として片づけたいんだけど、本当に超能力なのかもしれない。あと、コイツがこの力をもっと真っ当な方向へシフトさせていたら、世界は少し平和になったんじゃないかと思うと、悲しくなった。
「わかった、一応、信用するよ」
「ありがとう。だが、くれぐれもこの力を、クラスの人間には漏らさないでくれ。その時は……」
「はいはい、俺も共犯にするんだろう」
「あぁ、一人で落ちていくのは心細いからね。誰かの腕を掴み、一緒に落ちてしまうかもしれない」
その日から、学校で俺はキトと一緒につるむことが多くなった。というのも、何故かキトは俺にその日撮ったJK画像を見せてくれたり、いつ撮ったのかわからないアマネの画像をくれたりしたからだ。正直、後者の行為は大変有難かったし、JKの部分をコイツから取り除けば陽気な普通の男子高校生なので、一緒に居てつまらないことは無かった。それに、画像は純粋な想い?で集めているみたいで、一安心した。
「将来の夢は、……店長だよ」
「店長?社長、とかじゃなくて?」
キトは深く頷いた。まるで大学病院の教授になってやる! と言わんばかりに。
「あぁ、そうだ。出来ればコンビニが良いかな」
「……どうせアレだろ、JKの写真を撮るためとか」
「もちろん。くひひ、僕の計画では、鏡をマジックミラーとして、その裏にカメラを仕掛け、自動的に作動するようにする」
「お前、マジで捕まるから」
だけど、キトはやれやれと首を振った。
「僕が更衣室の鏡に細工すると、大変態セセラギ君は思ったかもしれないが、そんなことはしない。いいか、店内の鏡などに細工をするんだ。何故なら、僕はJKの制服姿が至高と考えているので、下着などにはそこまで関心を寄せていない。帰り際、ふと髪を治す、その姿を手に入れたいんだ」
「人の名前を弄るのは辞めて」
「僕は制服を着たJKが、この世で、最可愛と信じている。それを撮るためだけに、僕は店長になりたいんだ」
「そうですか」最近は、あまり突っ込まない。無駄だからだ。
「これは僕だけの嬉しみに留まらない。僕が可愛い子しか雇わないので、それを目当てにする客も増え、自然と繁盛するだろう。一石二鳥だよ」
「でもさ、JKばかりだとやっていけないだろ。煩いオバサンとか、やる気のない男子を雇わないと店は廻らないよ」
「覚悟の上だ。僕は、JKを追い求めるためなら、如何なる修羅だって耐え、乗り越える意志を携えている。絶対に心は折れない」
強い炎を眼で燃やしながら、キトは宣言した。
――鬼ノ到絶対は、そういう駄目人間だった。
※注意
キトは超能力を得ますが、物語の本筋には一切かかわってきません。