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十八話 カオスカオスカオス2

 

 声をかけられ、視線を上げると目が合う。小顔の割に、デカくてキラキラした瞳が、俺を見据えていた。……はぁ、なんで目の前にリンが居るんだよ。

 そこで気づいた。今日は月曜日で、午前の授業が終わり、昼休み入っていたことに。ここは、屋上だ……。俺には、タイムリープしたみたいに、この時間まで過ごした記憶が無かった。

 リンを眺めると、また、コイツは可愛い袋に包まれたお弁当を持っている。まだ心は折れないんだ……。恐れ入る。ってか、気持ち悪いを通り越して、不思議だった。無限のパワーを供給する溶炉でも備えているのか?

「あの、お弁当を作ってきました」

「そう、頑張るね」

「大丈夫ですか? 顔色が悪いですし、ずっと下を向いて、ため息ばかりついていました」

「……これから不味い食べ物を口にしないといけないのか、と考えると嫌になってさ」

 予想通り、リンは涙目になった。むっと口を結び、ずずっ、と鼻を鳴らした。

「今回は、問題ありません」

「何が?」

「セセギ君が、美味しいと……」

「え?」「言わせ……」「ごめん、あのさ、聞こえねぇよぉッ!」

 ぴょん! とジャンプしてリンは驚いた。俺自身が驚くほど声が大きくなった。アマネの噂が作り出す不安が、渦巻いて、その吐口を探していた。 

「ご、ごめんなさいッ! 今日は……もっと、美味しく作りました」

 震えながらも、答えてくる。

「へぇ、そう……」

「セセギ君」

「何だよ?」

「やはり、体調が優れないのですか? もの凄く辛そうですよ」

「言ったよね、お前の作る糞不味い弁当を喰うのが嫌だ、って。……お前は俺に嫌がらせでもしてるの?」

「ち、違います!」

「だったらそこをどいてくれない。今日も学食に行くから。お前の不味い料理より百倍美味い物を食べに行くから」

「今日は本当に自信があります、食べてください」

「……どいて。目障りなんだよ」

「せめて、一口で良いです」

 ぐいっと、俺の腹を殴るように弁当を差し出してくる。リンは頬を赤く染め、涙を浮かべている。だけど、その姿からは、以前のようなか弱さは見えない。――その姿が、ぞわりと俺の中で匂いのように広がっていく。怒りが、膨張していった。

「俺は食べても絶対に美味い、とは言わないよ」

「何故です?」

「お前が嫌いだから。お前と出会ってから、一瞬も好意を抱いたことが無い。存在自体が許せないんだ。最高にね。だから、どんなに美味い料理を喰っても、俺は美味しいとは言えないし、思えない。ほら、喰ってる隣で、痰をゲェーゲェー吐く浮浪者が居たら、気持ち悪くなるだろ? それと、同じなの」

 確実にまた泣く。赤ん坊みたいに。……だけど、リンは泣かなかった。むしろ、顔を真っ赤に染めて、薄らと笑みすら浮かべた、という印象を受けた。リンの周りの次元が歪んだみたいに、妙な威圧感が俺に染みついてくる。

「知っていますよ、セセギ君が、私を、大嫌いと……」

「そう。……だったら、おかしいよね?」

「だからこそ、私は頑張ります。……私を、殺したいくらいに嫌悪するセセギ君に、美味しい! って言わせるために」

 ……なんだこの異様なアグレッシブは。

「ほんと、帰ってよ、迷惑なの……」


 と、頭を下げると、リンは無表情で弁当を戻した。そのまま固まる。俺は立ち上がろうとしたけど、それを抑えるように、リンは質問を繰り出した。

「……一つだけ、教えてください」

「ん?」

「何故、私を嫌うのですか? 私は、セセギ君に初めて会話をしたのが、あの海岸です。それ以前に、会話をしたことがありません。別のクラス、同じ授業もありません。接点も少ないです」

「それは……この前の弁当が不味くて、今日みたいにキモく押しかけてくるから」

「あの海岸で会う以前から、セセギ君は私を見つめていましたよね?」

「自意識過剰。それ、なかなか凄い発言だよ」

「睨んでいましたよね? 何故です?」

 正確には、殺そうとしていた。なんて言ったら、リンはどんな反応を示すのか、興味が湧いた。が、何故か、超笑顔になりそうで恐い。

 俺は、大きく息を吸うと、それと反比例して、小さく声を出した。


「アマネ」


「え? アマネ?」

 突然アマネの名前が示されたことで、リンは頭の上に?マークを浮かべている。

「そう」と俺は頷いて続ける。「俺は、嫌なんだ。お前みたいな、アマネの周りをウロチョロする人間が。すげー、ムカつくの。ヘラヘラと楽しそうに、アマネと接しているお前が、嫌い。――ぶっ殺したいくらいに」

 腕を伸ばした。この前みたいに。その瞬間、リンは反射的に下がった。その姿がすげぇ滑稽で、笑いそうになる。けど、俺はコイツの前だと何故か笑えない。

「じゃあ、今度は俺が質問するよ」

 リンは何も答えない。了承と捉えて口を開く。「お前は、どうしてアマネと一緒にいるの? こっちに引っ越して、最悪なことに委員会で知り合って、毎日一緒に過ごしているよな? 週末とか小学生みたいにお泊りしているんだってね、全部アマネから教えてもらっているよ。で、お前はアマネと付き合っているの?」

「え、違います。アマネは、私の友達です……」

「へぇ、そうなんだ。でもさ、別に友達だから毎日一緒に居なくてもいいと思うんだけど。あ、もしかして、まだ友達だけど、そろそろ一線を越えそうってことなの?」

「セセギ君?」

「わかった。いいこと思いついた。一つ条件をお前に課すよ。それクリアしたら、俺はお前のその糞不味そうな弁当を喰って、ウマイデスと褒めてあげる。それでいい?」

「意味がわかりません……」

「日本語喋っているだろ、わかるよね」

「……条件とは?」

「お前が今後一切、アマネに近づかない」

 俺の頬が自然と持ち上がっているのがわかる。リンが、わかりました、と宣言するのを望んでいる。

 しかし、リンはかぶりを振った。そして、真っ直ぐに俺を見つめながら口を開いた。

「無理です」

「へぇ、なんで?」

「だって、私は、……アマネが好きです。友達として、愛しています」

「それは知ってるよ」

「ですので、無理です。私はこの学校に来て、アマネに出会い、私の世界は広がりました。毎日、形容し難いほど、楽しみに満ちています。アマネは、私の周りで壊れる方々と違い、まともに接してくれます。人と会話をし、想いを相手にぶつけ、それがどう跳ね返ってくるのかわからない、という感覚は新鮮で、そして嬉しかったです。それを、私は失いたくありません」

「だったら、俺は美味いと絶対に言わないよ。いいの、それで?」

「私は、セセギ君に美味しいと、心の底から想って頂く、それが最良なのです。ですので、本当は美味しいと言って欲しいのですけど、それでも、心の中で想うだけでも……それでも、あれ?」

「ごめん、よくわからない」

「あはは、そうですね」

 リンは笑いながら言ったけど、何故か涙を浮かべていた。

「そんなにアマネと一緒に遊ぶのが、楽しい?」

「はい、とても」


「でもさ、知ってる? アマネの噂を……」


 その発言に、俺が一番驚いている。口が勝手にパクパクと上下して、喉を空気が持ち上げて、声を発している。

「アマネの噂ですか?」

「あいつが、エンコーしている、って奴」

「え、えんこ?」

「あぁ、お前みたいなお嬢様は知らないの? 援助交際、だよ。聞いたことくらいあるだろ」

 リンはコクコクと頷いた。突然の話題に、まだ意識が追い付いていないらしい。目が泳いでいた。

「テ、テレビや漫画で、知っています、けど……」

「未成年の女の子が、遊ぶ金欲しさに、金を持っている大人と一緒にデートしたり、セックスしたり、……一種のアルバイトなのかな、とにかくそういう行為」

「アマネが、(おこな)っているのですか?」

 ゴクリと唾を呑み込みながら、リンは問うた。

「って、俺は聞いたんだけど、あれ知らないの? 今、校内でトレンドな噂だけど、聞いたことない?」

「……はい」

「あぁ、そうか、もしかして、お前もしているの? だから、知らないって答えるしかないのかな」

 そう茶化すと、「していません」と無表情で返してきた。てっきり、顔真っ赤にしながらヒステリックに叫ぶと思ったのに。まぁ、今の問いは、俺を嫌ってくれることを願って発言した。リンが噂を知らないのは、アマネがいつも周りに存在するから、声をかけられなかったんだろうな。

「ただの噂、ですよね」

「でも、アマネが金を持っていそうな男と一緒にイチャイチャしているのを見た、という証言がたくさんあったんだ」

 自分でそう発言しておきながら動揺していた。かッ! と全身が燃えるように熱くなり、体中のいたるところから汗が湧き出てきた。その中で、俺の口は動く、動きまくる。「そんな人間といつも一緒に居たら、馬鹿にされるよ」とか「同じ女子として気持ち悪い、って思わない?」とか「アマネがそんなことするとは思いもしなかったよ」と声に出していた。そんな俺が、意味がわからない。だって、今の言葉は、俺が一番不快に感じている言葉だからだ。俺がアマネの噂を聞きまくった時、そんな感じの言葉を突き付けられた。もちろん、何重にもオブラートに包んだ言葉だったけど、俺はブチ切れそうになった。

 それを何故、俺はそれを吐き出しているんだ?


「セセギ君、何を言っているのですか?」


 ビクッ! と体が反応した。リンの声、そしてその小さな姿から、物凄い恐怖を得たからだ。

 ……泣いている。頬に透明の線を作りながら、涙を流していた。だけど、俺から目を離さない。俺も、首を掴まれたかのように、リンから視線を剥せなくなった。

「セセギ君、本当にアマネが、援助交際をしている、と信じているのですか?」

「そう、聞いたんだよ……」

「聞いただけですよね? 実際にアマネがそのような行為を行った証拠でもあるのですか?」

「何人も、アマネがおっさんと歩いている姿を見た、って言ったんだよ。しかも、カラスミの近くで……」

「カラスミ?」リンは一瞬首を傾げたが、「動かぬ証拠があるわけでもないのに、援助交際を行っていると断定するのは、あまりに浅はかです」

 俺が、一番そう思っていた。

 ――はずなのに、その言葉が俺の中にあった不安に刺さり、壊していく。安心感が膨れ上がってきた。

「それに、アマネは援助交際なんて、絶対にやりません」

「何で、お前はそう言えるの?」

 質問しておきながら、俺はその答えを知っていた。何故なら、俺も、そう願っていたはずだったからだ。

「私はアマネの友達です。そんな根も葉もない、人を小馬鹿にして楽しむだけの、下劣な噂を、信じるはずがありません。私は、アマネを信じていますから」

 重い衝撃が、腹を貫いた。内臓がシェイクされて、痛みを乗り越えて、快感すら噴き出てきた。

 リンは、一度俺から視線を外した。何かを吹っ切るようにまた俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「セセギ君は、私よりもアマネと一緒に生活を送っています。アマネの正面の家に住み、幼稚園から小、中、高校生と同じクラスで、セセギ君とは家族のようだった、とアマネは私に語りました。……誰よりも、アマネの隣で過ごしながら、セセギ君は、そんなつまらない噂を信じてしまうのですか? 違いますよね? だって、セセギ君は……」


 それ以降、リンの声は続かないようだった。俺の心臓が、嫌な音を立てている。


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