十六話 カラスミ
――どこで?
「カラスミの近く」
――誰が言ったの?
「うちのクラスの……」
セセギは、三つのクラスを周り、この質問のループを繰り返し聞かされた。それでも必死に駆け回ったが、噂の出発点を見つけることは不可能であった。
リンから弁当を渡され、拒絶した日を合図にするかのように、校内がザワザワとした空気に包まれていた。教室、廊下、体育館、コンピュータルーム、トイレまでもが、普段とは違う囁き声で満たされていたことを、セセギは日を追うたびに感じ取っていた。
当初は、セセギはリンへの今後の対応について検討していたので、その空気に対し、特に不安を覚えることは無かった。だが、時間が経過するたびに、セセギの体を侵食するかのように、その言葉が耳に届き、ついにセセギは噂を知る。
ド非導天詩、通称――アマネの噂である。
鴉観地区 十一‐九十九番地。
通称――カラスミ、と呼ばれる場所がこの世界にはあった。
セセギの通う学校から一つ街を超えた先に存在している。港に隣接し、金属で作られたジャングルのような工場が立ち並び、そこで働く人間を、主に餌として、存在している。
巨大なパチンコ店を門にして始まり、安い居酒屋、古いドッグレース場、ポルノ映画館、キャバクラ、風俗などが無数に犇めいていた。それは異様な光景である。何故なら、カラスミを牛耳るような存在は皆無で、街が人を集め、人が街を作る無限のサイクルによってカラスミは街として体勢を保っているからだ。街というより、巣である。
誰が決めたのではなく、ある種初めから義務的に取り決められた事実として、カラスミは聳えていた。
配線の飛び出た電柱は内臓を思わせ、新しい店が出来てはすぐに廃れて入れ替わる姿は、まるで生物のようである。時代に取り残されたかのような風貌もあるが、それとは別のところで、人が住まう世界とはかけ離れている。
明るいネオンの光と、錆の塗れた街灯が混ざり、廃れた笑い声と野犬の咆哮のような叫び声が、いつまでもやまない。常識を備えた人間なら、絶対に近寄ろうとしない。避けているのだ。付近の街で生活する人間はもちろん、街で虚勢を張る不良や、背中に見事な絵が施されたような者達でさえ、恐がっているようである。その付近で、アマネを見かけた人間が、居た。
それは噂となり、次第に膨れ上がっていく。理由は二つあった。
一つは、夏休みの間に、アマネを見かけた生徒の数が多かった。
二つ目は、
「マジで?」「いや、それっぽく見えて」「本当のお父さん、とかじゃないの?」「いーや、私アマネの親知ってるし、あんなにダンディーなオジサンじゃなかった」「お父さん、じゃなくて、パパなのかもしれない」
「そっちの」「うわー、かなりショックかも」「ちょ、なんでよ」「だって、アマネってそういうタイプじゃなくね? チャラくないし、人当りも良いし、面白いし、普通に可愛いいし。だから、結構憧れてたんだよねー」「そんな彼女が、まさか援助交際とは」「彼の心境はいかに!?」「彼? ……あぁ、セセギ君? 付き合ってないみたいだけど?」「あ、違うの?」
援助交際をしているのでは? と話が膨れ上がったからである。