一話 不意打ちの告白
20130831全体的に修正。
///はじめに///
この世界では、人々はお互いを通称で呼び合うことが一般的となっている。
親族が本名などから通称を作り、それを役所に届けることで正式に受理されることで使用可能となる。
よって、本名が使用されることは稀である。
それ以外は、基本的に私達の世界と変わらない。
第一話 不意打ちの告白
ズギャァァアアアアアアアアアアアアアアアァァアアァァアアアアンッ!
もしも、この世で最も愛する人間から「好きな人が出来ました……」と宣言されたら、どうなるか。それも、「同じクラスの人?」「ううん、違う」その相手が、己ではなく、別の人間だった場合。
大正儀セセラギ、通称――セセギは、走馬灯を体験した。
▲大正儀セセラギ▲
ガッ、シャァァアアアアアアァァアアアアアアアアアァァァアアアンッ!
覚えているのは、横転したトレーラーが迫り、凄まじい音が鳴り響いて、フロントガラスが真っ赤に染まったことだけだった。そこで、俺は意識を失い、気が付いた時には、両親はもうこの世に存在しなかった。
俺は、母の兄である叔父の家に預けられることになった。叔父と叔母は俺を本当の子供のように愛してくれて、それはとても嬉しかった。今は二人のことを本当の両親と慕っている。だけど、当時の俺は突然母と父から引き剥がされ、心をハンマーで打ち砕かれたかのように放心としていた。喜怒哀楽の心情すら忘れて、五歳のガキのクセに、何故あの時、一緒に天国へ行けなかったんだろう、と考えたこともあった。
絶望の世界から救い出してくれたのが、ド非導天詩、通称――アマネだった。向いに住んでいたアマネは、突然友達が増えた! と喜び、俺の手を握って遊びに誘ってくれた。可愛らしい女の子で、特に笑った時は、俺まで笑いたくなるほど、綺麗だった。長身に、髪はやんわりとしたボブカット、二重にちょっと吊り目の大きな瞳が印象的で、外見は大人びているのに、子供っぽいところもあり、そこがまた可愛い。
アマネと出会い、その隣に居るだけで、俺は人間へと再構築されていくような感覚を受けた。絶望の世界は段々と薄れて行き、俺はアマネを好きになっていく。
「私はセセギの前から、いなくならないよ」
俺の本当の両親の死をアマネに語った時、そう答えてくれた。それに、俺がなんて答えたのかは、もう忘れてしまったが、嬉しくて泣いてしまったのは、覚えている。
そんなアマネに好きな人が出来た。しかも俺に相談してきやがった。走馬灯くらい見るって……。
△△△
セセギの全身から、滝のように汗が噴き出た。表面上では「へぇー、そうなの」と普段と変わりない姿を演じてはいるが、内心では号泣していた。心臓が張り裂けそうなほど脈動を繰り返している。
「何、その軽い反応……。相談に乗ってほしいから、打ち明けたのに……」
「あ、あぁ、ごめん。突然で驚いてさ、どう返してらいいかわからなくて。……で、誰?」
一瞬でも気を抜けば即座に失神してしまいそうなので、セセギは拳に力を込めながら答える。
「誰って……、い、言えない」
「おい、俺も何も言えないだろ」
「だって、恥ずかしいもの」
「あのな、俺とお前で隠し事があっても、すぐにバレるだろ。どうせすぐにわかるよ」
「うん、そうだね」
アマネは観念したかのように肩を落とす。その仕草が、今だけはセセギの癪に障った。
「ってか、どうして俺に相談するの?
「こういう話、普通は女友達に伝えるんじゃないのか、とセセギは思い、口にした。幼馴染でも、言っていいコトとわるいコトがある、と心の中でセセギは続けながら。
「だって……」アマネは一瞬空を見上げた。その一瞬の間が、セセギに恐かった。咄嗟に、身構える。「セセギは、家族みたいな人だから……」
「かッ、家族ッ!」セセギにとって、胸を貫く槍のような鋭い発言であった。
「うん、小さい頃から、一緒に居たから、友達……とはまた違う、家族に近い存在。私の兄みたいな弟みたいな、そんな感じ。だから、この話に、セセギは真面目に答えてくれると思ったの……」
セセギの両親は仕事の関係で家を空けることが多く、そのたびにアマネの家に泊まりに行ったり、また逆にアマネが泊まりに来ることがあった。低学年の頃は一緒にお風呂に入っていた。同じ部屋で眠り、朝までずっと談笑していたこともある。中学生になり、セセギは遠慮するようになったが、アマネは自由気ままにセセギの自宅に侵入し、まるで家族のように接していた。
まるで家族のように。
――近すぎたのか。
自分の妹や姉や母に恋愛感情を抱かないように、人間の本能には家族を恋愛対象へと見做さないようにと刻まれている。故に、アマネは家族同然のセセギに恋愛感情を抱かないと宣言したのも同然である。
セセギは違った。本気で愛していた。アマネに手を掴まれ、再度、人として生まれ変わったかのような感情を除いても、アマネを純粋に慕っていた。
「……そう、か」
「ごめんね、突然」
「いや、まぁ……うん」セセギには次の言葉が思いつかない。代わりに、先ほど、セセギに対し、好きな人が出来たと告白したアマネの表情が鮮明に蘇る。それは、セセギの記憶には存在しないアマネの姿であった。普段の何事にも楽観的に挑む豪快なアマネには程遠く、触れたら粉々に砕けてしまいそうな硝子細工のように、儚い。
「あ、ごめん、今日は用事があったんだ、もう帰るよ」
「え、セセギ!」
「ごめんごめん、続きはまた明日聞くから」
その言葉を残し、セセギは全力疾走でアマネの前から逃げた。これ以上、アマネを前にして、精神を保つ自信が無かったのである。
自宅に逃げても、セセギの動悸は収まらない。アマネが惚れた人間はどこの糞野郎だ……と灼熱の怒りに駆られながら、ふとある事実に気づき、冷静になった。セセギは、アマネから“浮いた話”を聞いたことが皆無だったのである。一応は女子達が恋バナを咲かせている中に、アマネの姿を見たことがあったが、話を合わせている程度で、積極的な会話をしてはいなかった。
セセギは、アマネに対し、クラスの誰々が付き合っているんだってさ、と話を振ったことがあったが、アマネは空返事を返してくるだけで、それ以上会話は成り立たなかった。故に、セセギは恋愛話を話題に上げなくなる。下ネタはもちろん厳禁である。
そのこともあってか、セセギは冷静になったつもりが、強い孤独感や焦燥感を受け、胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったかのように、複雑な感情が暴れていた。まるで酔っ払いのようにふらふらと過ごし、時折泣いた。アマネとの出会いから今日までの思い出を一つ一つ思い浮かべ、まるで将棋の検討をするかのように、どこが行けなかったのか、と一人で意味の無いシミュレーションを繰り返していた。
そんな時、ケータイにメールが届いていることに気づく。アマネからであった。途端に、心臓が喉元まで競り上がってきたが、何とか抑えて、開いた。
『今日はいきなり変なこと言ってごめん!』
件名にはそう記され、本文には絵文字や顔文字が羅列した文章が並んでいたが、今のセセギにはそれを読み取る気力と勇気が無かった。かろうじて『PS.明日は私日直だから、先に行くね』と文字を読んだ。すると、セセギはスイッチを切られたかのように、睡魔の渦に堕ちていく。