三、不健康! 6
「殺す気……」
グロッキーになったマヤが、息も絶え絶えに声を絞り出す。
マヤは真っ青な顔をして、ベンチに横になって突っ伏していた。口の端からは、血がしたたっている。
コースターの後にもハシゴした絶叫系マシーン。乗る度に祭がベタベタと触ってくる安全装置。慣性の法則のみを頼りにして、イスに張りつく勝利達。奇声を発し、舌を噛むマヤ。
マヤが誰よりも先にグロッキーになっていた。魅優はむしろそれぐらいじゃないと、飽き足らなくなっていた。
マヤがベンチで突っ伏していると、通りすがりの大人が珍しがって一緒に写真を撮り、子供達はローブを容赦なく引っ張った。
「不運にもお子様に大人気だな、マヤ!」
「うるさい……」
マヤは顔も上げずに応える。
「大丈夫? マヤちゃん」
マヤの頭の横に座ったきゅう姫が、心配げにその髪を撫でてやる。
「死神のくせに、絶叫系が苦手とは……いやはや、不運だね!」
「うるさい……」
マヤはやはり顔すら上げずに応える。
「うるさい!」
「うるさい!」
何度追い払っても、入れ替わり立ち替わり現れる子供達が、マヤの真似をして祭に応えた。
「おのれ! いたいけなガキ様どもめ! マヤは不運にも本物の死神だぞ!」
「本物! スッゲーッ!」
「バーカ。本物なんているかよ」
「中に人が入ってるんだよ」
「人間など……入ってはいない……」
子供達は好き勝手を言い、マヤは人間云々にだけは必死で反応しようとする。
「マヤちゃん。休んだ方がいいよ」
「ぐぐ……きゅう姫が楽しんでいるのに……私がこんなとろで……」
ベンチに肘を立てて、マヤは体を起こそうとした。だが手を着いたままその場でプルプルと震えるだけだった。
「あはは! まるで生まれたてのヒナね、マヤ!」
魅優がその様子にお腹を抱えて笑う。
「ぐぬぬ……」
「ほら。私も少し休むから」
「ぐ……」
マヤはそう言い残すと、空気圧に負けたかのようにベンチに突っ伏した。失神したようだ。
マヤはきゅう姫の膝に顔を預けたままピクリとも動かなくなる。
その様子を見た魅優と祭は二人で目配せし、
「頑張れ! へたれ!」
「不運にも二人だけで楽しんでやる!」
突如そう叫び上げるや、二人で次のアトラクション目指して道路の向こうに消えていった。
「あっ? おい!」
後には勝利ときゅう姫、そして気を失ったマヤが残される。
「その……何て言うか、楽しんでる?」
「う、うん……」
「そうか……」
勝利がきゅう姫の横に座る。袴、黒髪、マヤに落とす優しげな瞳。
勝利は色々と盗み見てしまう。
会話が続かなかった。そして陽は完全に落ちていた。
ネオンに照らされるきゅう姫の横顔。勝利はそれをしばらく見つめた。
「あ、あのさ……期限って今月いっぱいだっけ?」
そして少々上ずりながら口を開く。
「? うん。そうだけど……」
「だったらギリギリまで、色んなところに遊びにいかないか?」
「?」
きゅう姫が顔を上げる。ジッと勝利の顔を見つめ返した。
「まだまだここから近いところに、面白いところいっぱいあるらしいからさ!」
「……」
きゅう姫は黙って勝利を見つめる。
「俺、いろんなところ……きゅ……いや皆といきたいなって……」
勝利はきゅう姫の視線を受け、下を向いてしまう。
「勝利……」
「俺さ、小さい頃から親が蒸発しててさ。この間少し話したっけ? だから魅優のところに中学出るまでお世話になっててな。いや、伯父さんも伯母さんもいい人なんだけど、やっぱ居辛くってさ。高校出たら一人暮らしさせてもらおうと思って。丁度魅優の家、ぼろいけど隣にアパート持ってたからさ」
勝利は一人で捲し立てるように口を開く。
「ちゃんとアパートの家賃も自分で払ってるだぜ。最初はちょっと待ってもらったけどさ。夏休みの時にバイトいっぱい入れたりしてさ。今は完全返済。まあ、毎日節約の日々だけど。ホント、今日みたいな贅沢は久しぶりでさ」
勝利は一人で話し続ける。
「だからその……何だろ? ごめんな。何か俺一人で話して」
「ううん……別に……」
二人の会話はまたもや止まる。
ネオン煌めくテーマパーク。二人は照らされるままに瞬きながら、お互いに下を向いてしまう。
だがこの沈黙はそれ程苦ではないようだ。その証拠に黙ったままで時折互いの顔を覗き見ては、目が合ってしまい二人してクスクスと笑う。
そんなきゅう姫の膝の上で、
「……」
マヤがその半目を更に薄目に開けて黙って二人の話を聞いていた。
2013.2.22 アップする先間違えました。
『桐山花応の科学的魔法』の次回の予定は2/26です。
申し訳ないです。