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三、不健康! 3

「まだまだいけるのね! なら、食らいなさい!」

 急に元気を取り戻したマヤが、死神の鎌を振り上げながら立ち上がった。

 元の大きさに戻していたそれは、尖端の刃の付け根が天井に達してしまい勝利の部屋の照明に当たる。

 四角い笠に覆われた蛍光灯が、電気の紐を派手に揺らして自身も瞬きながら揺れた。

 否が応でもその光景はここが貧乏臭い狭いアパートの一室だと思い知らされる。

「こら! その大きさで振り回すな! てか、その大きさで振り下ろすな!」

 勝利目がけて振り下ろされたマヤの死神の鎌。勝利はその妖しく光る刃を、とっさに身を捻って避ける。

 死神の鎌は鈍い風切り音を上げて、アパートの畳に深々と突き刺さった。

「逃げるな! 人間の男! 引導を渡してやる!」

「本音が出てるぞ! 引導まで、渡されてたまるか!」

「逃げるなよ、大将!」

 更なる攻撃をかわさんと身構えた勝利に、祭が後ろから抱きついてきた。

 身動きがとれないようにする為か、全身で勝利の背中に祭は抱きついた。

「お、おい……こら……くっつき過ぎじゃ……」

「おや、大将? 何をそんなに意識してるんだい?」

「何って……なあ?」

 勝利は腰回りに祭をくっつけたまま、きゅう姫に戸惑ったように振り返る。

 その勝利の顔の周りにだけ、何故か蛾がたかり着いてきた。

「ふん。知らない」

 きゅう姫はぷいっと顔をそらす。

「ふん! 余裕だな! 人間の男!」

 身動きも取れず注意もきゅう姫に向けた勝利の頭上に、死神の鎌が勢いよく振り下ろされる。

 先に畳みにすら突き刺さった死神の鎌が、勝利の脳天を直撃した。

「ぐはっ!」

 死神の鎌の威力か、単に凶器による打撃からか、勝利が吐血を思わせる悲鳴を上げる。

「勝利!」

「ほらほら、きゅう姫ちゃん。幸運集めは、あのバカどもに任せておいて、あなたは銘柄の値を見抜かないと。マケトシの苦労も水の泡よ」

 魅優はろくに後ろも振り返らずに手を伸ばすや、思わず叫んでしまったきゅう姫の後ろ首を引っ張った。

「えっと……そ、そう?」

 きゅう姫が渋々といった感じでパソコンの前に座り直す。

 その後ろでは祭に羽交い締めにされた勝利が、マヤの鎌に次々と斬りつけられていた。

「ギャーッ!」

 勝利が今まで以上に悲愴な悲鳴を上げた。

「きゅう姫ちゃん。この株どう?」

 そんなイトコの様子を気にも止めず、魅優はモニタの一角を指し示す。

「安いんじゃない。何でこんな値段なんだろう?」

 後ろにチラチラ振り返りながら、きゅう姫は魅優が指差した銘柄に感想を述べる。

 勝利はマヤに抱きつかれ、マヤに次々と斬りつけられている。

「世の中不景気だからね。では、買いね! えい! こっちは、きゅう姫ちゃん」

「高いよ。何で、こんなに値がついてるの?」

 きゅう姫が眉間に皺を寄せてモニタに見入った。

「ふふん。何処にでも、ミニバブルはあるものよ」

「ま、高いのは関係ないか」

 勝利に密着した祭に不機嫌な視線を一瞬送って、きゅう姫はモニタに目を戻した。

「ふふ……甘いわね、きゅう姫ちゃん!」

 オデコと眼鏡を光らせて、魅優はそのマヤ以上に妖しい笑みをこちらも浮かべる。

「見せてあげるわ! 魅優様の実力! 食らいなさい、信用取引!」

 魅優がそう叫び上げるやキーボードを勢いよく叩いた。

「売り浴びせ! ショート! ショート!」

 そして更に叫び上げるや、その声に呼び込まれるように勝利の口座の残高が上がっていく。

「マケトシ! 取引の相手が少ないわよ! もっと不幸になりなさい!」

「ウギャッ! ちょっ、ちょっと! ちょっとペースが早すぎないか?」

 勝利が更に鎌に突かれ、飛び上がるように狭い部屋を逃げ回ろうとする。

「観念しろよ、大将」

 だがくっついて離れない祭が、その全身で踏ん張って勝利の自由を奪う。

「えいっ!」

 更なるマヤの一撃が勝利を襲う。

「ぐあっ! うわっ!」

「おお! 不運にも――片付け忘れた同じバナナの皮に!」

 勝利はマヤ突かれ飛び上がるや、先程と同じバナナの皮でスッ転んだ。

 バナナの皮で転んだ勝利は、祭を組みしくように畳に倒れ込んだ。

「ぐふふ……今日の死神の鎌は、いつもにも増して血に飢えているわ……」

 勝利を転倒させたことに酔ったのか、マヤが己の鎌に頬擦りをしながら妖しい笑みを浮かべる。

「おお、大将! 不運にもアタイにそんな気は!」

 祭は勝利に組みしかれながら、わざとらしくも羞恥に頬を染めた。

「何言ってんだ、祭! ちょっと、きゅう姫! 起こしてくれ!」

「ふん……私、今忙しいから……」

 その様子にきゅう姫はプイッと顔を背けた。

「きゅう姫ってば!」

「ふん! 知らない!」

 きゅう姫は意固地になったようにモニタから顔を離さなかった。

「凄いわ、マケトシ! 取引相手がじゃんじゃんきてるわよ! きゅう姫ちゃんに冷たくされるのが、今まで最高の不幸なのね!」

 今まで以上に幸運を呼び込んだのか、勝利の口座の残高が跳ね上がっていく。

「ななな、何言ってんだ!」

「魅優ちゃん!」

「むむ、きゅう姫め! アタイ達の苦労を、あっさりと上回る不幸を振りまくとは! 流石! 不運にも一目惚れされてるだけある!」

「してねえよ!」

「されてないって!」

「あはは! とにかく2LDKまで、後もう少しよ!」

 皆が皆、跳ね上がる金額に興奮気味になっていく。

「……」

 そんな中死神の鎌を握り直し、マヤだけがその金額をじっと静かに見つめた。


「まだよ……まだまだよ……」


 そしてその金額を険しい顔で見つめるや、マヤはポツリと呟いた。

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