三、不健康! 2
「ほわぁおう!」
一際大きくマヤの鎌でお尻を突かれ、勝利が奇声を発して狭い室内で飛びあがった。
「ぐは……」
そしてまるで吐血かと疑うような息を漏らして床に突っ伏した。
「勝利! 大丈夫?」
その様子に血の気が退かせたきゅう姫が思わずかがみ込んで覗き込んだ。
「ぜぇぜぇ……流石にちょっと疲れたわ……」
マヤががっくりと膝を着き、元の大きさに戻した鎌を杖替わりにした。
「〝突かれた〟のはこっちだ……」
最後に思い切り突かれたお尻を情けなくも持ち上げた姿で、勝利は力のない声を上げる。
「ダメよ、勝利! しゃべっちゃ! 安静にしないと!」
「あはは! 大丈夫だって、きゅう姫! 寿命でもなきゃ、平気平気! 死神の鎌にいくら突かれたって、不運にも死ぬような目に遭うだけだって!」
あぐらを組んで座り直した祭が、お腹を押さえながらケラケラと笑う。
「お、おう……心配すんな、きゅう姫……」
勝利が体勢を入れ替え、床にお尻を着いて座り直す。
「ちょっと、勝利……」
「大丈夫だって」
「でも……」
きゅう姫は困ったようにうつむき、勝利の全身を目だけ泳がせるように動かして確かめた。
「魅優。それより、どうだ? 順調か?」
「誰様にもの言っちゃってくれてんのよ? 絶好調に決まってるわ!」
一心不乱にキーを叩く魅優は、オデコと眼鏡を光らせたまま振り返りもせずに答える。
「そうか」
「でも、やっぱりさぼっちゃダメね。マケトシ。タイミングよく、こちらの売買に応じてくれる相手が、少し退いてきたわ」
「やっぱり、幸運の蓮の華の力も必要か? マヤ!」
勝利が後ろで膝を着いていたマヤに振り返ると、
「ぜぇ、はぁ……少しは休まさせなさい……死神は元々不健康なのよ……」
死神の少女は鎌に支えられるようにして膝を着いており、肩で息を整えているところだった。
「勝利! あなたも少しは休まないと!」
「だけどよ!」
「ぬぬっ! 大将! じぁあ、アタイが参戦するぜ!」
嬉々として鎌をふるうマヤに触発されたのか、祭がそう叫び上げるや否や勝利に飛びついてきた。
祭は飛びかかるように勝利の腕をとると、ぐいっと強引に腕を組む。
「おいおい! あんまりくっつくなよ!」
「祭ちゃん!」
勝利が困惑に思わず身を退き、きゅう姫が真っ赤になって祭の名を呼んだ。
「おや! 二人してどうしたの? アタイは単に、大将に不運になってもらおうと思っただけだよ!」
祭がニヤニヤしながら更にその身を勝利に密着させる。
「こら! オワッ! 急に台所から、『ご』の字が!」
抗議の為に大口を開いた勝利の口元目がけて、何の前触れもなく台所から黒い虫が飛び上がってきた。
「ほうっ!」
勝利は恐怖のあまりか奇声を発するや、首を折れんばかりにのけぞらせてギリギリで黒い虫を避ける。
「危なかった――おわッ!」
目の前を飛び去っていく黒い昆虫の体。勝利が思わず額に冷や汗を流しながらそれを見送ると、急にその足下が力が抜けた。
黒い虫を避ける為に身を捩った勝利。その為に半歩退いた足が、何かぬるっとしたものを踏んづけていた。
バナナの皮だ。
「何でこんなところに、バナナの皮があんだよ!」
「むっ? それはさっき、アタイが不運にも投げ捨てたやつ!」
腕を組まれたままの勝利は、祭を道連れにして盛大に背中からアパートの床に倒れていった。
「お前か? ぐおっ!」
「今時バナナの皮でスッ転ぶなんて! よっ不運だね、大将!」
床に落ちた勝利の上に、当たり前のように落ちながら祭がケラケラと笑う。しかもどうにも全体重が乗ったのは、勝利の鳩尾の上だったらしい。
「ぐは……」
勝利が肺から全呼吸が漏れたかのような、苦しげな息を吐き出す。
「勝利!」
その様子に思わずきゅう姫が叫んだ。
そして勝利達が床に落ちた衝撃に驚いたのか、ふすまの向こうからねずみの群が飛び出してきた。
「あわあわあわ……」
驚く勝利の顔の上を文字通り群れをなして乗り越え、ねずみの一段は壁の穴向かって消えていく。
「流石はアタシ! 密着しただけでこの不運!」
勝利の胸に乗り上げたまま、祭が屈託なく笑い、
「ぐふ……」
勝利が苦しげに息を漏らして動かなくなった。
「勝利……ホントに大丈夫なの?」
きゅう姫がへなへなと座り込みながらその顔を覗き込むと、
「お、おう……」
勝利は何とか力ない返事を返してきた。