三、不健康! 14
「どこいってたんだよ、マヤ? ん? どうした? 顔色が悪いぞ」
勝利が笑顔で振り返り、マヤの表情が冴えないことに気がついた。
「お母様のところ……」
マヤのいつもの半目も、今日は何だか覚悟を決めた視線に見える。
「マヤママ! まさか不運にも……」
「そう、バレたわ……私達が幸運の蓮の華を持ち出していることに……ものすごく冷静に怒っている……むしろ私は死を覚悟したわ……ひと思いに死ねる幸運を、本気で願ってしまったわ……」
「でもマヤちゃん。もう使ってないし、勝利も幸運の分は不幸な目に遭ったし。その、何とか……」
「ダメよきゅう姫……お母様が怒ってるってことが重要なの……お母様の力なら、指を一つ鳴らすだけでこの財産を無に……ううん、なかったことにすることができるわ……」
「何だよ、それ?」
「散財ではなく……初めからなかったことにされたら……」
「そんな! それじゃ不運どころじゃないって! 何とかしろよ、マヤ!」
「そうよ、マヤ。ちゃんと『幸不幸はあざなえる縄のごとし』ってことで、あんたのお母さんを、納得させてよ。何て言うか契約通りじゃないの?」
「そうね……人間の女……それはもう泣きながら、私も説得したわよ……」
マヤの口が半開きに開く。何度も噛んだと思しき舌が、その口の中で赤く腫れていた。余程無理して早口でしゃべろうとしたのだろう。
「マヤちゃん……」
「でも一番大事なところが……あざなってないって言われたわ……」
「何? マヤちゃん?」
「普通の人間が、幸運の蓮の花を手に入れている……この根本的な幸運が不幸であざなわれていない……そう言われたわ……」
「何だ? じゃあ、どうしたらいい? 言ってくれ。俺はどんなことでも受けて立つ」
「勝利……」
「……」
「何だよ、マヤ……そんな真剣な顔して。流石のあたいも、ちゃかしにくいだろ……」
「……人間の男……覚悟を決めろ……私が最大の力でこの鎌を――」
マヤは大鎌を大きく振りかぶった。
「あなたに食らわすわ!」
鎌を構えるマヤの目は、まさに死神のそれの光を宿していた。
「なっ! 不運にもそれはシャレになってないって、マヤ!」
「マヤちゃん!」
祭ときゅう姫が驚きに目を見開く。
「祭、きゅう姫、分かってるでしょ……神の理にはあらがえない……文字通り死ぬような目に遭ってこそ、やっと帳尻が合うのよ……蓮の花を手に入れた幸運は……」
「マヤちゃん……何もそこまで……」
「そうだぞ、マヤ。ちょっと今日のお前おかしいぞ」
きゅう姫と祭がマヤを止めようとしてか、少しだけマヤの方ににじり寄った。
「事態はもっと深刻なのよ……人間の男……これを見なさい……」
マヤが一枚の書類を勝利の目の前に突き出した。
「何だ?」
「これは私が下界に下りる許可をもらう際に一緒に見つけた書類……黙って拝借してきたわ……」
「何だよ、マヤ。不運にも深刻なことなら、最初から教えろよ」
「言い出し損ねたのよ……それに、取り越し苦労に終わることだって、考えられたし……」
「だから、何だよ? 早く教えろよ」
「そうね、ここにはこう書いてあるわ……『貧乏神九条院きゅう姫の課題について』……課題額を通常より高めに設定……これはきゅう姫の貧乏神のとしての資質を一から問うものである……きゅう姫は人間から財産を取り上げることを躊躇っている……」
「そうだな。まあ、少々高く課題額を設定するのが、不運にもきゅう姫の為だもんな」
「別に……放っといてよ……」
祭がちゃかし、きゅう姫が頬を膨らませた。
「よって……きゅう姫が表に出ている課題の額以上に、人間から財産を没収する意欲を自主的に見せないと――」
一人真剣な表情で話し続けるマヤがそこで一度黙り込んだ。
そして何処までも左右対称の顔を真っ直ぐきゅう姫に向け、
「貧乏神としての適性なしとして、最終的に消滅すらあり得る……」
死神の名にふさわしい不吉な内容を告げた。