表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

三、不健康! 13

「ちゃんと避けなさいよ……」

「避けて欲しいのなら、投げるなよ……」

 二人はそうとだけ口にすると、お互いに黙り込んでしまった。

 勝利が失神から回復し、ダイニングの床に二人して座り込んだ。

 勝利はきゅう姫に絆創膏を貼ってもらった。

 絆創膏を貼り終えて一時休戦した二人は、散乱するダイニングで一言交わすや黙り込んでしまう。

「悪かったよ……知らなかったんだよ……お弁当作る気満々だったなんて……」

 床に散らかりっぱなしの食器類を見つめて、勝利が沈黙を破る。

「別に……私も言ってなかったし……」

「それに、そんなに料理を楽しみにしてたのも……知らなかったし……」

「べべべ、別に勝利の為に――」

 きゅう姫は途中まで言いかけて慌てて口をつぐんだ。

「何?」

「何でもない……」

 きゅう姫は頬を赤らめて顔をそらした。

「怒るなよ……」

「ふん……怒らせるようなこと、言うからよ……」

 二人してしばし黙り込むと、勝利から口を開いた。

「……贅沢……もう止めようか?」

「えっ?」

「せっかく財産が手に入ったし、きゅう姫の課題の期限まで贅沢しても……いや、課題が終わって、残ったお金でこれからも贅沢しても、罰は当たらないと思ってたけど……」

「……」

「罰どころか、中華鍋に当たったしな」

「もう……悪かったわよ……」

「きゅう姫を……魅優も祭もマヤもだけど……どうせなら、それこそ課題が終わっても贅沢させてやりたい、楽しませてやりたいって思ってた――つもりだったんだろうな……どうせきゅう姫のこれからの課題の為にも、お金は必要だって自分に言い聞かせてさ……」

 勝利は手を着いて立ち上がった。そのままきゅう姫に手を差し出す。

「勝利……」

 きゅう姫も勝利の手を掴んで立ち上がる。

「俺は自分が贅沢をしたかった。きゅう姫に贅沢をさせたかった」

「なっ? 何を言い出すのよ」

「でもそれで喧嘩をした。本末が転倒してたんだろうな、うん。もう止めよう、贅沢。きゅう姫悪かった。許してくれ」

「勝利……」

「ゴメン。この通り。どうかしてた」

「別に、そんなに頭下げなくたって……」

「いや、悪いのは俺。ホント、ゴメン……」

「……許して欲しい?」

「ああ……」

「だったら……そうね。私だって本当は贅沢したいわ。でもやっぱり無駄なことは、して欲しくないの……」

「……」

「だから――」

 きゅう姫はにっこり笑ってあることを提案した。



「きれい!」

 勝利は庭園一円に花を植えさせた。きゅう姫が喚声を上げて、庭園に飛び出していく。

 屋敷を購入した時から花は植えられていた。だが他人の趣味で植えられた花のせいか、どこかよそよそしい庭園だった。

 勝利は庭一面に、タンポポとひまわり、蓮の花を植えさせた。ひまわりは温室で育てていたものを買い取り、三月だというのに大輪の花を咲かせている。

「やるじゃないマケトシにしてわ」

 日差しを避けた四阿の中で、魅優が勝利の脇腹をつつく。

「そうか……」

「仲直りしたの?」

「この贅沢が気に入ったら許してくれるって……」

「勝利! ありがとう!」

 きゅう姫が遠くで勝利に手を振った。

「おう!」

「気に入ったみたいね、きゅう姫ちゃん」

「後で料理するね!」

「お、おう……」

「食べる気満々ね……きゅう姫ちゃん……」

「タンポポはいつもの天ぷらか?」

「私はレンコンのおひたしだけで、遠慮させてもらうわ」

 魅優が蓮の花を遠目に見つめながら言った。仲直りできたらしい。やれやれだ。

「いい贅沢だろ?」

「マケトシにしてはね。でも私みたいに、もっとスケールの大きいことをしたら」

「? お前だって部屋に入ったきり、出てこないじゃないか?」

 魅優はUSOに出かけて以来、ほとんど外出していない。散財といえば、部屋に納品させるフリルとリボンな洋服だけだ。

「私は一発ドカンといくのよ……きたっ!」

 魅優が喜々としてメールを開く。

 勝利はその声につられて思わずモニターを覗き込んだが、英文の羅列で理解できなかった。

「それとな魅優……」

 きゅう姫が庭園の花に見入っている。勝利はそんなきゅう姫をジッと見つめた。

「何よ……」

 魅優が自身も英文でメールを書きながら、振り返りもせずに応える。正直言って今は勝利と話している場合ではない――そう言わんばかりに集中している。

「きゅう姫と相談したんだけど、もう贅沢は終わりにするよ。きゅう姫に課題を提出してもらう」

 座って花に見入っていたきゅう姫が立ち上がる。勝利に向かってにっこりと微笑んだ。

「何で? 期限はまだでしょ?」

 魅優も驚いて立ち上がる。

 難しい商談。海千山千の取引相手。高度な駆け引きに、鳥肌の立つような腹の探り合い。そして世紀の買収劇。それがたった今まとまった。あと一つ。承諾のメールを送るだけ。後は合意文書にサインするだけだ。震える指で送信キーを押そうとしたところだった。

「ああ。だがもういいと思うんだ」

「何言ってんのよ! その気になれば、トーキョー・ディスティニー・レジェンドだって買収できる額なのよ!」

 魅優が誰もが憧れる、都市伝説と化したテーマパークの名を挙げる。

 恋人二人でいけば、何故かそれだけのことで運命を感じることができる――そんな伝説がまことしやかに巷間に流れていた。まさに運命伝説の名にふさわしいテーマパークだった。またうかつにその名を口にすれば、こつ然と姿を消すという眉唾な都市伝説も語られている。

「ああ」

「ヨワミ空港を廃止して、オオサカ・ディスティニー・スカイを誘致する計画は?」

「魅優……そんな国政規模の計画を練っていたのか?」

「そうよ。三空港が乱立する地元経済事情を鑑みて、ヨワミ空港を廃止しても集客能力のある施設を誘致することで、地元の理解を得、尚かつ他の二空港の集客能力の向上も見込める――そんな画期的なビジネスプランよ。それに何より――」

 ぐぐぐっと、魅優は拳を握りしめる。

「私だって、いつかは彼氏を作って、誘おうと思ってたのに!」

 魅優はトレーディングルームに、連日こもりきりで取引をしていた。世界を相手に戦っていた。

 『禿鷹め!』とその筋の敏腕トレーダーにすら罵られ、『違うわ……これはオデコよ』と反論した。

 ――Who is Ms.Odeko?

 ここ数日世界中の投資家の間で、そう話題をさらっていた。

「悪いな魅優」

「私の夢の貸し切り計画は? 彼氏と二人っきり幻の国デート作戦は?」

「二人っきりなんて、かえって不運にも寂しいって」

 祭が手を振って、遠くから明るく言う。祭はそのまま、きゅう姫と二人で嬉しそうに近づいてきた。

「て言うかもう水面下で動いてるの! 後はこのリターンキーを押すだけなのよ!」

 魅優がノートパソコンを脇に抱え、リターンキーに人差し指をかけた。取引に熱中していたのは、伝説のテーマパークを買収する為だ。その取引も、あとワンクリックするだけだ。

「もういいんだ」

「もういいの?」

「そうだ」

「確かに買収に使ったお金は、マケトシの資金よ! でもここまで資産を膨らませたのは私の力なのよ! 私が夢とともに膨らませた資金なのよ!」

「おう、それでもだ」

「後半はきゅう姫ちゃんの力も、祭の力も借りていないわ! マヤの幸運の蓮の花にも頼っていない! 自分の才覚で殖やした資産なのよ! 私の能力でまとめた買収! 私が自分の為に贅沢しても、誰も文句は言わない――いや、言わせないと思っているわ!」

「もういいんだ」

「運命伝説のテーマパーク買収なのよ? べ、別にあなたの為に買収したんじゃないんだからね! 勘違いしないでよね! 幻の国でまだ見ぬ彼氏にそう言ってのけるまで、まさにあとワンクリックなのよ!」

「おう」

 しかし勝利に迷いはないようだ。勝利は一切目をそらさない。

「……」

 魅優も目に力を入れる。目をそらせば相手の意見を認めたことになるからだ。だが――

「……分かったわ……」

 だが魅優が溜め息とともに勝利から視線を外し、ノートパソコンをテーブルの上に戻した。

「随分と素直じゃないか」

 魅優はもっと粘ると思っていたのか、祭が近づいてくるなり感心して言う。

「別に……マケトシときゅう姫ちゃんのケンカを見たからね……何て言うか私も、当初の目的を忘れているような気は、薄々してたのよ……」

 魅優は大きく息を吐き出す。それと同時に未練を振り払うかのように、書いてあったメールの内容を消した。代わりに入力したのは『NO』の二文字だ。そのままためらいもなく送信する。

「おそらくこの大型買収を織り込み済みだった市場は、私のメールの直後に国際的な大混乱に陥るでしょうね。まあ、知ったこっちゃないか」

「魅優ちゃん……」

 きゅう姫がジッと魅優を見つめる。瞳が揺れていた。感謝と尊敬のまなざしだ。

「ありがとうな、魅優」

「まあ、それに何て言うか、あまりに天文学的な数字……モニターで見てるとお金って気がしなくなってきてね……」

 魅優が力が抜けたようにイスに座る。

「でどうするの? この豪邸もやっぱり売っちゃうの?」

「ああ。不動産じゃ、きゅう姫の提出箱とやらには放り込めないしな。財産を現金化して、きゅう姫の課題にしてもらうよ。悪いがもう一仕事頼む」

「分かったわ。現金化ね。任せて……でも何か夢みたいな話だったわ……」

 魅優が大きく息を吐いて天を見上げた。

「見たこともないような額のお金を動かす生活。それなりに重荷だったかしら。何だかどっと疲れたわ」

「そうだな。でも一件落着だよ」

 やれやれと背伸びをする勝利の背後に、

「そうでも……ないわ……」

 陰鬱な気を纏ったマヤがゆらりと現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ