三、不健康! 12
「ついてこないでよ!」
きゅう姫は肩を怒らせて、テラスの向こうの廊下を足早にいく。
「何だよ? 何怒ってんだよ?」
「今日のお昼に腕によりをかけて、お弁当を作ろうとしていた私によ!」
「何で、そんなことで自分に怒るんだよ?」
「いいでしょ!」
「あっ、そうか。俺の外食計画と被っちまったからか? ゴメンって。悪かった。お弁当は今度頼むよ」
「なっ? 悪かったですって……結局勝利は、贅沢したいだけなんだ!」
きゅう姫はズカズカと、廊下の先にあった階段を足音も激しく降りていった。
「何だよ。誰の為に贅沢してやってると思ってんだよ! ある程度は贅沢することで、貧乏神の課題をこなしたことになるんだろ?」
勝利はおかしな台詞を真面目に言い放ち、苛立たしげなそのきゅう姫の背中を追う。
「勝利に頼んだ覚えなんか、ありません!」
「なっ? 今更何言ってんだよ?」
「ふんだ! 勝利にはたまたま空から落ちてきた時にぶつかっただけです! 頼んだ覚えなんか、これっぽっちもありません!」
きゅう姫は今更ながらの台詞で返す。
「お前な……」
「何よ……」
二人とも語尾が少し震えていた。
二人して階段を降り廊下を突き抜けると、ダイニングに隣接するキッチンに辿り着く。
「機嫌直せよ! そうだ! 朝食はもひとつみたいだったしさ! 今日の昼飯の件な! 今度こそ、きゅう姫の好きそうな、豪華なレストラン予約したんだ! それで――」
「なっ! やっぱり勝利は何も分かってない!」
きゅう姫は勝利に振り返るや、テーブルにあった調味料を投げつけ出した。
「何すんだよ! 危ないだろ!」
「いつもいつも、何時に起きて、料理作ってたと思ってんのよ!」
キッチンの向こうに回ったきゅう姫が、戸棚を勢いよく開けた。砂糖に塩、お酢、醤油に、そしてお味噌。きゅう姫が和食の味つけ順に、調味料を投げつける。
「だから! 悪いと思って、ゆっくりできるようにって!」
「バカッ! 勝利は貧乏が嫌いなんだ! 貧乏神なんて、本当は相手にしたくないんだ!」
「何言ってんだよ! 止せ! 危ない!」
きゅう姫は勝利の制止も聞かず、オリーブオイル、ごま油、みりんや料理酒の一升瓶など――大きなものを投げ出す。それは下ごしらえに必要な調味料だ。
大容量の調味料が、びゅんびゅん風を切って勝利に飛んでくる。
「おいおいおい!」
「バカッ! バカッ! バカトシのバカッ!」
きゅう姫がそれらの調味料を投げ終わると、まな板に鍋ややかん、泡立て器にフライパンに圧力鍋など調理器具が飛んできた。一際勝利の頬をかすめて飛んだのはすり鉢だ。
「罰か? 天罰の代わりってか!」
「知らないわよ!」
包丁以外の調理器具を投げ終わると、お玉や菜箸、鍋敷き、しゃもじなど盛りつけ用の調理器具が飛んでくる。
「落ち着けって! 痛いって!」
勝利はきゅう姫の淀みない連続攻撃に、とっさに拾った鍋で防ぐのが精一杯だった。
「バカッ! バカッ! バカッ!」
きゅう姫は勝利の声も聞こえないのか、はたまた聞こえて無視をしているのか、皿、お茶碗、湯のみなど、食器類を投げ出した。
「おおお、落ち着けって!」
「落ち着いてるわよ!」
投げる食器類かがなくなるや、マヨネーズにケチャップ、ソースなど盛りつけ用のドレッシング類をきゅう姫は投げ出す。
「嘘つけ!」
「知らない!」
きゅう姫はフォークにスプーン、お箸、ナイフを鷲掴みにすると、ひとまとめに投げ始めた。
どうにも料理と盛りつけに必要になる順番で、きゅう姫はキッチンにあるものを本能的に手に取ってしまうようだ。
「ナイフはダメだろ!」
「傷口はこれで消毒したら!」
きゅう姫はそう叫ぶと、渾身のストレートで台所洗剤を投げつけた。一通り料理の手順は終わったらしい。
「分かった! 分かったって! 俺が悪――」
「バカトシのバカッ!」
きゅう姫が一際大きな声で投げつけると、
「グワッ!」
避けきれなかった勝利は、中華鍋を顔面に食らって気を失った。