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三、不健康! 11

「何? これ?」

 翌朝。きゅう姫が目を覚まして部屋から出てきてキッチンに向かうと、ダイニングから美味しそうな匂いが漂ってきた。

 きゅう姫がダイニングに顔を出すと、そこには豪勢な料理が並べられていた。

 輝くサラダに、艶やかなハム。澄んだスープに、ふっくらとしたパン。

 朝食らしい軽い内容ながら、見栄えからして違う料理がテーブルの上に揃えられていた。

「シェフの出張料理ってのを頼んでみた。すごいだろ」

 先にダイニングに居た勝利が、きゅう姫にイスを勧める。

 いい香りのする料理に勝利は上機嫌に鼻で息を大きくする。

「これならもっとゆっくりとできるだろ?」

 勝利は己の思いつきにか今度は頬を緩めた。

「えっ?」

 勝利は驚くきゅう姫を尻目に、その目の前に自らよそったスープを置いてやる。

「給仕もサービスの内と聞いたんだがな、それは俺が断った」

 魅優はトレーディングルームを作って閉じこもっていた。祭は夜更かしのし過ぎで先程寝室に消えた。マヤは低血圧なので朝は弱い。

 この朝の時間は数少ない二人きりの時間だ。

「でも勝利……朝食は私が……」

「いや、ほら、いつも朝早くから悪いだろ? 水もまだまだ冷たいしさ」

「でも……」

「それとバイトも辞めようと思うんだ」

「ええっ?」

「だって……その……」

 勝利はきゅう姫の顔を窺う。本音はとてもじゃないが口に出せない。

「ほら。あれだろ。散財しても財産が残りそうだろ? それを元手にしてさ、俺も投資するよ」

「な、何言って!」

「それに今なら投資に失敗しても、散財したことになるんだろ? こんなチャンス二度とないって! 魅優に教えてもらってさ。きゅう姫の課題が終わった後も――」

「勝利。バイトは辞めちゃダメ。約束して」

「何だよ……そんな時間があったら……」

「ダメ。それだけは嫌。ほら……早く食べないと、冷めちゃうよ……」

 きゅう姫はそう言うと、一人でナイフとフォークを手に取った。

「あ、ああ……」

 黙々と食べるきゅう姫。

「……外したかな……」

「何、勝利?」

「いや、別に……」

 勝利はそうとだけ答えると、気まずい朝食をノドに流し込んだ。



「バカトシのバカ! バカバカバカッ!」

 豪奢なテラスに庶民的な洗濯物を干しながら、きゅう姫は洗濯日和の天に向かって叫んだ。

「きゅう姫ちゃん、ご機嫌斜めね」

 テラスに持ち込んだノートパソコンから顔を上げ、魅優が呆れたように声をかける。

 だが手元は一切止まらない。流れるようなキータッチで、魅優は今日も取引を次々と成立させていった。

 ピアニストもかくやの動きで、指がキーボートの上で踊るように打鍵する。

「斜めよ! 斜め! 大斜めよ!」

「あはは、たいした剣幕ね。でもマケトシを殴り殺すのは、保険かけてからにしてね」

「ふんっだ! 知らない!」

「でも何? やっぱ何かやらかしたの、マケトシの奴?」

「聞いてよ、魅優ちゃん! バカトシの奴!」

「バカトシ? マケトシの奴、新たな称号を手に入れたのね……」

「そうよ! 今朝さ、起き抜けに台所にやってきて、何て言ったと思う?」

「きゅう姫ちゃん。台所じゃなくって、キッチンて呼んでくれる? ここ、大豪邸なんだけど?」

 流石に呆れたように魅優はきゅう姫に振り返った。勿論その間も魅優の指は止まらない。

「どっちでもいいわよ! バカトシの奴! 急に自分も投資し出すとか、言い出したのよ! 何だか主張サービスのホテルの朝ご飯まで呼んでだよ!」

「あいつに投資なんて無理よ」

「そうだよね!」

「いきなり大金が手に入って舞い上がってるだけなのよ」

「そうだよね!」

「それにマケトシの為に料理してあげるのが、嬉しいのに。女心が分かってないのよ」

「そうだよね! ――ッ! てっ! ななな、何を言って! 魅優ちゃん!」

 きゅう姫が驚いて振り返り、洗濯物のカゴで蹴つまずいた。

「違うの? まあいいわ。そうね……今日も出かけるんでしょ? お昼はお弁当にしたら?」

「何で?」

「きゅう姫ちゃんの手作りが、一番おいしいって思い知らせてやらないとね」

「そ、そうかな……」

「そうよ」

「じゃ、じゃあ……今日は奮発して、お弁当頑張っちゃおうかな……」

「おはよ。おりょ? 大将は? 小包きてたけど」

 きゅう姫が恥ずかしげにそう呟いていると、祭が眠たそうに目をこすりながらテラスに現れた。

「バイトよ。そっちこそマヤは?」

 魅優が振り返って祭を迎える。

「マヤ? 朝から出かけたみたいだよ。不運にも深刻な顔してたけど、何だろね?」

「祭ちゃん。小包って勝利宛?」

 きゅう姫が祭の手元の小包に視線を落とす。それは興味はあるが、そのことを認めたくないような視線だけの移動だった。

「気になるか、きゅう姫……ああっ! 不運にも――」

「何よ? 祭」

「アタイ宛だと思った! えい、びりり」

「ちょっと! 祭ちゃん!」

「便利なフレーズね、祭」

 魅優が呆れたように、それでも率先して小包の中を覗き込んだ。

「何々『今日から誰にでも鼻歌まじりにできる投資入門』?」

 祭が小包から取り出したのは本だった。その中身を祭が淡々と読み上げる。

「マケトシの奴。本気で投資に手を出すつもりね」

「あっ? お前ら! 何、人の小包勝手に開けてんだよ!」

 勝利がテラスに現れた。

「早かったじゃないか大将?」

「朝番だけのシフトだったんだよ。で、何で俺宛の小包が封切られてんだ?」

「不運にもアタイ宛だと思ってね」

 祭はシレッと答える。

「絶対わざとだろ?」

「それより、勝利……本気で投資とか始める気?」

 魅優が避難の色を隠さずにイトコに視線を送った。

「おうよ! 投資で大もうけしてさ! 毎日豪華な外食三昧――てのはどうだ?」

「――ッ!」

 きゅう姫が勝利のその返事に、真っ赤になって肩を怒らせる。

「今日の昼もさ! 出かけるだろ? だから実はもう、外でレストラン予約してあるんだ!」

「――ッ!」

 きゅう姫の肩は増々鋭く上がっていく。

「あちゃ……ホント、バカトシだわ……」

 魅優が思わずか己の顔を手で覆った。

「……」

 爆発するかと思われたきゅう姫は、無言でくるりと勝利に背を向けた。そのままズカズカと床を踏み鳴らしながら、テラスの入り口に戻って行っていこうとする。

「何だよ、きゅう姫の奴? せっかくきゅう姫の為に――おわっ!」

「バカ! とっとと追いかけなさい!」

 勝利に皆まで言わせず、魅優はその背中を思い切り蹴り飛ばした。 

「お、おい……」

 勝利は魅優に蹴飛ばされるままに、テラスの向こうに走り出した。

「大丈夫かしら?」

 魅優はその後ろ姿に苦虫を噛み潰したようにしかめっ面を向けた。

「大丈夫でないの? 不運にも――きゅう姫は不幸の女神様。幸運の女神様と違って――」

 祭が両手を後ろ頭にして、その頭を支えるように組んだ。

「ん?」

「アタイらの後ろ髪はとても長いからな」

 ケラケラと笑う祭の長い後ろ髪が、組まれた指の下で楽しげに揺れた。


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