三、不健康! 9
そして数日後――
「何? ここ?」
シララハマ・アドベンチャー・ワイルドから帰ってきた勝利達が、そのまま魅優に連れてこられたのは海沿いの豪邸だった。
サッカースタジアムすら丸々入りそうな敷地に、学校よりも大きな屋敷が建っている。海辺という立地によく似合う、珊瑚や貝殻で作ったかのような、輝かんばかりの瀟洒な建物だった。
「買ったの」
魅優がシレッと答える。
「買ったのって、衝動買いした通販かよ。軽く言うなよ」
門を開けると皆を引き連れて、魅優は屋敷へと続く小道を進む。
両脇に執事やメイドが控えてないのが、不思議なぐらいの贅沢な空間が続く。
「だってリート――不動産投資信託――の銘柄に空売り仕掛けたら、あっという間に資金繰りが悪化したらしいのよ! 元々ファンドからの資金で物件を建てて、またファンドに売るレバレッジを効かせたまくった経営でキャッシュフローとか怪しいなって思っていたのよね! それでちょっとつついてやったら、親会社の不動産会社が慌てて資本注入し出したわ!」
「はぁ?」
「それとこのリートが参照対象のCDS――クレジット・デフォルト・スワップ――のプロテクションの買い手にもなってね。むしろクレジットイベント……つまり債務不履行や倒産――デフォルト――が起こった方が、スワップしてもらえるから、がぜん空売りに力入っちゃって……」
「何だって?」
「払ったプレミアムは高かったけど、ハイリスクハイリターンは世の常よね。禿鷹だとか。強欲だとか。恥を知れとか。ヘッジファンドが言われる理由が、少し分かった気がするわ」
「すまんが、魅優。何を言っているのか、全く分からないんだが」
「それでね親会社にも空売りを仕掛けたら、リートは見限られて破綻。巻き込まれたシンセティックCDOもあったみたいだけど気にしないわ。シンセティックCDOてのは、CDSを参照対象にした合成債務担保証券のことね。まあこれもレバレッジの一種ね。それはさておき、そんな訳でこの物件も、タダみたいな値段で売りに出されたのよ。思わず買っちゃったわ……」
「て言うかお前……それって失業者を出したってことか?」
「何言ってるのよリートは投資法人よ。役員は失職しても、従業員は始めから一人もいないわよ。常識じゃない。それにPBR――株価純資産倍率――とかがちゃんとした、レバレッジの少ないリートもあるわ。そういう真っ当なリートの為にも、危ないところはとっとと退場してもらわないと。リート市場全体の信用に関わるじゃない」
魅優がオデコと眼鏡を光らせて、長々と勝利には分からないことを言い切った。
「すまん……日本語かどうかすら分からなかった……」
「あら、そう? ま、詳しくは明日の朝刊に載ると思うわ」
「えっ、新聞沙汰?」
「失礼ね。ニュースバリューのある取引をしただけよ」
「そうか……で、このお屋敷はつまりなんだ……」
「つまりこれはあなたの家よ。マケトシ」
勝利は思わずきゅう姫に振り向く。きゅう姫の黒く長く艶やかな後ろ髪が目に入る。
それを掴んだ経緯を、加納勝利は思い出してみた――
「すげえな魅優! お城みたいだ!」
一足先に駆け出し屋敷に入っていた祭が、窓から顔を出して手を振った。
「あはは……」
きゅう姫が乾いた笑いを漏らす。
「でどうするんだ? このお屋敷? 2LDKどころの騒ぎじゃねえじゃねえか? いつの間にこんなお金稼いでたんだよ?」
入り口――いや、エントランスとでも呼ぶべき場所に立ち、勝利はあらためて己のものとなった屋敷を見上げる。
「だって気がついたら、2LDKなんてあっという間だったのよ」
「魅優……恐ろしいな、お前……」
「ふふん。もっと褒めなさない、マケトシ。でね。きゅう姫ちゃんに聞いたら、貧乏神の課題は現物でもいいって言うじゃない。だからどうせならお金じゃなくって、こういう皆の為になるものに変えといた方がいいんじゃないかと思ったのよ」
「でも魅優ちゃん。いくら何でも、課題の額を超え過ぎだよ」
きゅう姫も呆然と屋敷を見上げる。
窓のあちこちを開けて、先に入った窓から祭が顔を出していた。
「……」
呆然と見上げる勝利達の後ろでは、マヤが険しい表情で同じく屋敷を見上げていた。
「2LDKの課題に、この屋敷を差し出すのか? もったいなくないか?」
「ふふん。魅優様舐めないでね。こんな屋敷を買ったぐらいで、2LDK分の資金が飛ぶ訳ないでしょ?」
「何と?」
勝利がそのイトコの台詞に目を丸くする。
「きゅう姫ちゃんの課題分は、ちゃんと現金で残してあるわよ」
「じゃ、じゃあ……」
勝利がごくりと息を呑む。
「そうよ、勝利! 私達は手に入れたのよ! この豪邸を! あんたの不幸を糧に!」
「おお! この間までアパート暮らしだったのに!」
「そうよ! きゅう姫ちゃん、安心してね! きゅう姫ちゃんの課題とやらは、これからも勝利が払ってくれるわ!」
魅優がきゅう姫の腕に抱きついた。
「えっ?」
「おうよ! 任せとけ! こんな豪邸が手に入ったんだ! どんな課題もどんとこいだな!」
「さっ、中に入ろ! 祭だけ先に楽しまれちゃ、何だかもったいないわ!」
魅優がきゅう姫の腕をとって、エントランスに向かって走り出す。
両開きの重厚なドアを開けて魅優はきゅう姫を中に招き入れた。
「ホント、凄いな……」
勝利が感心しながら後に続く。
「ん?」
そして一人ずっと黙っているマヤに振り返った。
「どうしたんだよ、マヤ? さっきからずっと黙り込んで?」
「いや、何……結果オーライかと思っただけよ……」
「何だよ?」
「別に……」
マヤはぶっきらぼうに呟くと、勝利を追い抜かして一人屋敷の中に入っていった。