三、不健康! 8
「ふんふん、ふふん」
勝利のアパート。きゅう姫が鼻歌を歌いながら、洗濯物を小さな窓の向こうに吊られた紐に干していた。
「ご機嫌ね、きゅう姫ちゃん」
マヤがモニターから振り返りもせず、キーボートを叩く手を一瞬も休めずにきゅう姫に話しかける。
相変わらず一人で盛んに取引をしているようだ。何枚も開いたウインドウの中の数字を追い、複数の標的を狙うミサイルよろしく魅優の目がその数字を次々ととらえる。
「そう?」
「鼻歌まで歌って、不機嫌には見えないわよ」
「今度のお休みは、皆で動物園いくんだもの。機嫌よくってもいいじゃない」
きゅう姫は洗濯物を干し終わると、マヤの隣にぺたんと膝小僧を着いてちょこんと座った。
「それだけ?」
「それ以外に何があるの?」
「昨日のUSOで何かあったかな? とか?」
「別に、何にもないよ」
「あっそ。まあ、いいわ。シララハマ・アドベンチャー・ワイルドのことね。『ワイルド』の名に恥じない、野性味あふれる野獣のテーマパークらしわよ」
魅優が珍しく取引以外のページをモニタに表示させた。
「ふーん。イルカとか、コアラとか、アムールタイガーとかもいるんだよね」
きゅう姫がそのモニタに顔を寄せた。
「ふん。可愛い動物で女の子のご機嫌とって、恐ろしい猛獣相手にいい格好しようとするイトコの顔が目に浮かぶわ」
「別に、勝利そんなつもりじゃないよ」
「いいじゃない。そういうことにしときなさいよ」
「もう、魅優ちゃんったら!」
きゅう姫が抗議の姿勢を示す為か、座ったまま体ごと魅優にぶつかる。
「あはは! でも、よろしくね。あんなので、一応イトコなんで心配なのよ。親は蒸発してるし、本人は絵に描いたような貧乏人だし」
「うん。その話昨日少し聞いた。お昼の下ごしらえ始めとくね」
きゅう姫が手を着いて立ち上がる。
「勝利の話聞いたの? ごめんね。巫女さん袴がトラウマだなんて、変なところで噛みついて」
「そっちは聞いてないかな?」
台所に立ったきゅう姫。水切りの為においてあった皿を一枚取り、布巾で最後の水気を拭き始めた。
「そう? まあ、小さいときの話なんだけどさ。何だか仲良くなった女の子が、赤と白の和服の娘でね。きゅう姫ちゃんみたいな巫女さん袴着てたらしいんだ」
「ふうん。日本の貧乏神の女の子は、皆巫女さん袴だよ。私達も小さい頃から、こっちの世界に降りてきてるから。もしかしたら、私達貧乏神の誰かが勝利に遭ってたのかも」
きゅう姫は話しながらもてきぱきと洗い物を片付けていく。
「そうなの? もしかしたらそうかも。で、初恋破れてトラウマとか言ってんのよ。笑っちゃうでしょ」
「あはは。もし貧乏神だったら、どの娘だろ? 皆美人だしな。写真でも見せたから、勝利の奴慌てるかな?」
「案外、きゅう姫ちゃんじゃないの?」
「あはは。まさか――」
きゅう姫の手元が不意に止まった。
「どうしたの? きゅう姫ちゃん?」
急に黙り込んだきゅう姫に、魅優は流石にモニタから目を離して振り向いた。
「ううん……別に……直ぐにお皿、洗うからね!」
きゅう姫は魅優に振り返らずに、拭いたばかりのはずのお皿を洗剤のついたスポンジで洗い始めた。




