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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
序章

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序章【かくして彼女たちの世界は失われた】

 今日は午後から雨だった。降り注ぐ大粒の雨を煩わしく感じながら帰路に就き。玄関を潜ってすぐに湿った髪の毛をバスタオルで優しく包み込んだ。

 本当に最悪だ。

 なんで今日に限って雨が降るのだろう。今朝のニュース番組では晴れるって言ってたのにね。

 最近はまともに天気予報もできないなんて……いつか絶対クレーム入れてやるわ。

 でも正直、今はそんなことどうでもいい。


 どうでもいいと思えるほど、心が満たされている。

 私の人生は今日を持って充実したものとなった。

 ついに好きな人と付き合うことができたの。

 これほど嬉しい感情って他にあるのかしら。あのニュースキャスター、大っ嫌いだけど。だから今日だけは文句を言わないであげる。感謝して欲しいわね。


 見せつけるように無駄にでかい乳をぶら下げているのだって、今日だけは見逃してあげるんだから。

 今にも小躍りしたくなる気持ちを抑えて私は冷蔵庫の中を覗く。

 あったあった。

 これよこれよ。


 そうして奥に伸ばした右手には、黄金の麦とラベルに表記されたアルミ缶が握られていた。

 私は中腰になっていた体勢から立ち上がると、開きっぱなしの扉を足で蹴る。

 鼻歌まじりにリビング中央のローテーブルにつまみとともに並べ立て、今日という素晴らしき日に乾杯を告げる。


 プシュッと笑い声をあげて中に閉じ込められていたホップでポップな感情が冷気を押しぬけ溢れ出る。

 苦節二十年。大学三年生になってようやく訪れた私の春!

 いよっ! 


「かんぱ〜い」


 そう、奇声にも似た何かを発して、パチパチとした幸せを感じれる黄金の液体を一気に喉に流し込む。


「プハー。これこれ〜」


 アルコールに弱いと自覚しているから、普段は躊躇していたけど、今日くらいは別にはっちゃけてもいいよね。

 グビグビと遠慮なく飲みしだく。

 ペースは早く、もうすでに一缶の底が知れようかという時。

 ピンポーンと玄関から間違いなく場違いなインターホンの音が耳朶をかすめた。

 まったく。なんだよこんな時に限って。

 今日はいい日じゃなかったのかよ。

 内心毒づきながら私は玄関の扉をゆっくり開く。


「……」


 そして、その先の光景を目の当たりにしてちょっとだけ混乱する。


「あの…なんでしょうか?」


 恐る恐る私は扉の前に佇む人たちに言葉を投げかけた。

 その声は少し震えていたように思う。いや、それもそうだろう。いきなり我が家に制服を着た警察官が二人、訪問してきのだから。

 正義の象徴にして権化。

 悪に立ちはだかる司法の門番。

 例えやましいことがなくとも萎縮してしまうのは、仕方のないことだろう。

 彼らは悪の前にこそ現れる。寿命間近の人間と死神のような関係。

 えんもたけなわにして、君もお縄というやつである。

 職員の一人が、私が不安そうにしているのを察して小さく口をひらく。


「夜分遅くにすみません。ただいま夜のパトロールと兼ねてとある事件の注意喚起を行っていまして」

「はあ」


 近所への迷惑を考慮してのことだろう。ボリュームの落とされた声に、ただ茫然と相槌を返す私。

 とある事件? はて、付近でなんかあったっけ?

 だめだ。思い出そうと試行錯誤してみるけど思い出せない。

 アルコールによる侵食はもう始まっているようだった。


「とある事件ってなんです?」

「ご存知でないですか?」

「まあ、はい」


 私より背の低い警察官の驚愕に見開いた瞳を見て、私はぎこちなく頷くしかない。


「この町に住む女子大生がここ二週間の間、連続して殺害されているという事件ですよ⁉︎ 本当に聞き覚えありませんか?」


 先ほどまでご近所への配慮を徹底していた職員の声は、驚きのあまりその面影を失っていた。

 ただ、そう言われて頭の硬い私もようやく心当たりを見つけた。

 確か大学の食堂でそんな噂話を聞いた気がする。あれって噂じゃなかったんだ。

 今になって知った。


「私、テレビ持ってないので」


 とはいえ、毎朝パソコンで特定のニュースサイトのニュースライブを視聴している。見忘れちゃうなんてことも多々あるが。


「そ、そうですか……。なら、尚更よかった」

「この事件の犯行は主に深夜に行われているんです。つい二日前にも事件がありました。ですので、夜間の不要不急の外出は控えてください、と忠告をしにきた次第です」


 そこで今まで無言を貫いていた隣の眼鏡をかけた職員が徐にこの訪問の根幹たる部分を説明してくれる。

 お硬い感じの人だ。

 いかにもメガネって感じ。


「そう、なんですか。あのそれって……被害者って、全員女子大生に限定されているんですか?」


 私は気になっていた核心に触れる。


「現在のところ、一つの例外もなくその通りです」


 忌々しそうにちっちゃな警察官は答えた。


「ですので、外出もそうですが、こうして知らない人が訪問してきた際も十分に気をつけてください」

「ははは。それって自嘲ですか? 私、開けちゃいましたよ。知らない人を前に、あはは」

「まあ、そんなものです」


 気分が良くてついそんなことを口走ってしまう。

 ちっちゃな警察官の顔はどこか呆れているように見えた。


「それでは、今後も十分にお気をつけください!」


 職員二人は伝えたいことは伝えきったと、そこから一歩半後ずさり一礼をしてから、扉の前から離れて次の部屋へと向かった。

 その後ろ姿を視界の隅に捉えながらゆっくりと扉を閉じる。

 鍵をかけ、ついでにこれまでに一回も使ったことがないチェーンロックも使ってみる。

 よしこれで防犯対策はバッチリだろう。


 さて、たけなわされかけた宴の再会と行こうか。

 そう思いリビングへと戻ろうとした時、外からガチャリと隣の部屋のドアが開かれる音がした。なんとなくそのまま外の音に耳をそば立てていたが、話している内容が同じものだとわかると私は躊躇いもなく玄関を後にした。

 それから私の宴は続いた。


 二本三本、四本と、ついには、気づけば日本酒のボトルまで空けていた。

 もはや意識が混濁する中で、もう一度、玄関からインターホンが鳴った。


 なんだと覗き穴越しに外を確認すると、そこには先ほどの警察官のうちの一人––––––眼鏡の人が立っていた。

 その手には何やら一枚の紙が握られている。

 しばらくそのままでいると外から声がかかる。


「すみせーん! お渡しするはずだった用紙を忘れていて。事件に関する詳しいことが書かれているので必ず受けとって欲しいのですが」


 なんだ、そんなことか。

 そう思いながら玄関の二重のロックを解除する。

 普段使いしていないからか、チェーンロックを開けるのにちょっとだけ苦戦した。

 そうしてなんとかかんとか、夢心地のような意識の中で解錠を果たした私は、先ほどの警察官と再び対面する。


「申し訳ありません。こちらの不手際で二度も訪問してしまって」

「いえいえ、いいんでしゅよ」


 回らない舌を必死に回す。

 もはや溺れているにちかい状態のこんな私の姿をその目に映して、この人はどのように思っているのだろうか。

 目の前の警察官が一体どのような表情をしているのか気になり見つめてみようとしてみるが。なぜだろう、視界がぼやけてよく見えない。


 心なしか、段々と意識が遠のいていく。

 次の瞬間、ぷつりとコンセントを抜いたテレビゲームの如く、私の意識は完全に途絶えたのだった。

 常々思う。

 私は順風満帆ではなかったのか。


最後までお付き合いいただきありがとうございます。

これからも応援してくださると嬉しいです。

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