第一話「人は変わらないというけれど」
「なぁ。どう思う?」
「…なにが?」
「あいつさぁ、なんにもしねぇんだよ」
「うん?」
「帰ってきたら部屋は散らかってるし、飯は冷凍の餃子。しかも自分で焼かなきゃなんだぜ?」
「げ。それはご愁傷様。」
「それ指摘しただけでさ、すげぇ怒ってくんの。理不尽じゃね?」
「結婚は、人生の墓場っていうくらいだもんなぁ~」
「はぁ…結婚なんかしなきゃよかったわ…好きなこともできねぇし、余計な金はかかるしさ」
「まぁ、今日はとことん飲もうぜ!」
そうやって飲んだくれていた間。
妻はどんな気持ちで家にいたんだろう。
いくら後悔しても、俺の知ってる妻にはもう会えなかった。
人間って不思議なものだ。
あんなに会いたくなかった相手でも
急にいなくなれば、いいことばかりを思い出す。
残酷な性分だな。
はぁ...それでも家に帰らねばならんのは仕方ないかぁ...
機嫌直ってるといいけど。
───────ガチャ。
「ただいま。」
消え入りそうな声で呟く。
返事が聞こえない。
やっぱりまだ怒ってるよな…
忍び足で廊下を進むと、洗い物をしている音がする。
「…ふぅ」
リビングのドアの前で立ち止まり深呼吸をして、自分の立ち回りを脳内でシミュレーションする。
「よしっ」
そっと扉を開ける。
できるだけ笑顔で…笑顔で…
「ただいま!」
「あぁ!陽介さん。しーっ!」
陽介…さん?
直感でなにか違うと感じた。
「…あぁ。ごめん。」
「りおが眠ったんです。陽介さん、お疲れ様。」
「…」
俺は茫然と立っていた。
「どうしたんですか?」
「い、いや。なんでもない。」
「ごはん出来てますけど、その様子だと食べてきましたか?」
酒で顔を真っ赤にした俺を見て妻はそう言った。
これは、よほど怒っているのだろう。
他人行儀な話し方に戸惑いながらも、現実的に考えることにした。
妻が妻でない?
なに意味わからないこと考えてたんだ、俺は。
「…陽介さん?」
「ごめんごめん。飯は食ってきたからシャワー浴びて寝るよ。」
「帰ってくる時間がわからなかったので追い炊きができてないんです。」
「え?」
風呂なんて用意してもらったことないのに...
何を今さら...
あてつけか?
あぁ、そうだよな。
あてつけに違いない。
「ごめんなさい...お仕事頑張ってくれているのに、お風呂もまともに用意できないなんて...」
「い、いや。いいよ。風呂なんか自分で準備できるから。」
あてつけ...だよな?
「いいえ!そんなことさせられません!追い炊きしている間、マッサージどうですか?」
ニコニコしながらマッサージをしてくれる妻。
そう、これはあてつ...
ん?待て待て待て待て
「待て!!」
「へ??」
驚いた妻の顔をまじまじと見る。
「陽介さん?」
「夕菜だよな?」
「…」
妻は、なぜか黙り込む。
化粧して、髪も整えてエプロンして...そういえば部屋も片付いてる。
いつもの妻ならあり得ない。
「何言ってるの。どこからどう見ても私でしょう?」
妻はまたニコニコしながらマッサージを始める。
「…はは。そうだよな。ははっ...はははは...」
なんだか怖くなってきた。
「変な陽介さん。」
どう考えてもお前のほうが変だよ!!
とは言えず...
「夕菜。」
「はい?」
にこやかに返事をする妻なんていつぶりだろうか。
「いや。なんでもない。」
なにがどうなったって今の妻のほうがいいに決まってる。
俺は深く考えることをやめた。
~~~♪(追い炊き完了の音)
「あ、お風呂沸きましたね!」
「…うん。」
「ゆっくり入ってきてくださいね。」
戸惑いを隠せず静かに頷く俺。
「はぁ~~~。」
深く考えるのをやめたとはいえ
風呂に浸かりながら考えることは
妻か、妻じゃないか。
「ロー〇ンドかよ(笑)」
と、自分に突っ込んではみるものの
説明がつかない妻の変容に、だんだんと怖さが湧き上がってくる。
そんな時...
────コンコンコン。
浴室の扉をノックする音がした。
「陽介さん。」
→第二話に続く




