第3話 状況確認
「それは私のセリフよ、坂本君!あなたこそ、その顔…なに!?
髪も、目の色も、顔立ちも、別人みたいじゃない!!」
真鍋のキレ気味の言葉を受け、
坂本は反射的に自分の顔に触れた。
彼の指先が触れた輪郭は、確かに彼が慣れ親しんだ自分の輪郭ではない。
(鏡がないと…だけど、この顔は…俺じゃない。そして声も)
坂本は、立ち上がり、自分の全身を見下ろした。服はボロボロだが、体つきは、日本の自分よりも少し筋肉質になっている。
(身体が違う…。早く慣れないとこの森では、何だか不味そうな気がする…。)
「俺は…坂本昇だ。間違いない。記憶も意識も、全部俺のままだ」
真鍋も立ち上がる。
「私も、真鍋咲希。日本での記憶は普通にあるわ」
二人は、目の前の相手が、日本の教室で、互いに知っていた「同級生」であることは理解できた。
しかし、その外見が、全くの別人、見知らぬ”外国人”なのに葛藤があった。
「ねえ、坂本君。これは一体…なんなのかな…?」
「教室で、有った事も覚えてる?」
咲希の言葉に、坂本は、教室で自分たちの頭上に現れた、青白い魔法陣の光景を思い出した。周囲の生徒には見えていなかった様だった、あの現象。
「あの光…だ。あの時、何かが起こったんだ」
(でも、何故、真鍋さんと自分だけ…)
坂本は、改めて周囲を見回す。鬱蒼とした森。聞いたこともない鳥の鳴き声…。
「ここが、どこか分からない。少なくとも、俺たちが知っている日本の森じゃない気がする」
彼の頭脳が、急激な状況の変化に対応しようと、フル回転し始めた。
「 急な光輝く魔法陣、一瞬で変わる場所と身体…。…って、まさか…」
真鍋も同じ考えに行き着いたのか呟く…。
「…異世界転移、とかかな…?」
「可能性は高いと思う」
坂本は冷静に答えた。
彼の探求心が、パニックよりも先に、この異常な状況への興味と分析欲を掻き立てていた。
(もし、俺たちが『異世界転移』したんだとしたら、この身体の本来の持ち主は…?)
(横たわっていたっていたけど外傷は無い…。この身体は…?)
すると、真鍋は辛そな顔で、
「坂本君…。わたし最後に見た気がするの…教室で普通にしてる坂本君を…。」
真鍋は、信じられない、という顔で、自分の白い手を握りしめた。
「多分、私の身体にも、別の人が…、そう、この身体の本来の持ち主が入ってるんだと思うの …。」
彼女は、日本に残してきた自分の肉体を思い、寒気を覚えたが、それ以上に、目の前の異質な現実に、感覚を支配されていった。
「その問題はいったん置いておいて、現実(!?)の問題を解決していこう。」
坂本は思考を切り替える。
「今は夕暮れ…、日が落ちまで時間がないと思う。なので、どこか拠点になる所を探そう。」
「もしかすると、この二人が生活していた場所が、近くに有るかも」
「そうよね…。夜の森はなんだか…不安で…。」
「取りあえず、何か使える物あるかな?」
2人は、周囲を見回し、それぞれに、地面に落ちていたカバンを見つけた。
坂本は、カバンを拾い中身を確認する。
カバンは、日本で使っていた布製のリュックとは違い、古びた革製で、片手で持つには少々重い。中身を広げる。
硬いパンのような、黒っぽい食べ物が数個。水筒のようなもの。あと、何かの道具。
腰元には、刃渡り20cm程のナイフ。
「ごっちは、ナイフと食料と水。それと道具だと思う物
かな。 真鍋さんそっちは?」
真鍋も、自分の見つけたカバンの中身を広げた。
「私のカバンにも、坂本君のと同じような、硬そうなパンが少しと…あとはこれ」
真鍋が取り出したのは、森で採取されたらしい、数種類の薬草と、樹の実。異世界の植物だ。
「これは…何に使うものかしか?漢方的な何かかな…?」
真鍋の知識では、それが薬草なのか、食用なのか、判別できなかった。
(やはり、この身体の持ち主は、この森である程度の生活をしていたか、近くに町があるということか…。)
坂本は、二人の現状の装備から、元の持ち主の生活レベルを推測した。
質素な服装、簡単な食料、護身用のナイフ。
「真鍋さん、この装備で、長期間、この森で生き残るのは難しい。日暮れまでに、人が住んでいる痕跡、あるいは、この森から出る方法を探そう。」
「うん」
森の木々は、驚くほど太く、高く、濃密だ。空はほとんど見えない。方位すらも判然としない。
その時、咲希が、怯えた声で坂本の袖を引っ張った。
「さ、坂本君!見て!」
咲希が指さした先。それは、地面を這う、見たことのない生物の痕跡だった。蛇のようにも見えるが、その轍は異常に太く、不気味だ。
そして、遠くの森の奥から、低く唸るような、獣の咆哮が響き渡った。
「…っ」
真鍋の顔から血の気が引く。
坂本もまた、冷静であろうと努めながらも、全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。
(あれは、動物の鳴き声…?にしては…、まさか…魔物か?)
二人の頭の中で、先ほどまで「フィクション」として捉えていた「異世界」という概念が、「現実」として、重くのしかかってきた。
「真鍋さん。早く、ここから出よう。」
日暮れが迫る森の中…。
坂本昇と真鍋咲希の、過酷なサバイバルと、異世界での冒険が、今、本格的に幕を開けた。




