第25話 能力
天気の良い昼下がり。
窓から差し込む陽光が、応接室の重厚な木目調のテーブルに柔らかな模様を描いている。
ユタル老師が気を利かせて席を外した室内で、ライカは一人、冷めかかった紅茶を口にした。
これから二人に伝えねばならない”厄介な事情”をどう切り出すべきか。
伯爵という地位にあっても、これほど言葉選びに苦慮することは稀だった。
扉が開く。
「ライカさん、お久しぶりです」
「坂本君、久しぶりだ。……ああ、真鍋殿も」
ライカは立ち上がり、穏やかな笑みで二人を迎えた。
「その後、ここでの生活はどうかな? 何か不自由なことはないか」
「いえ、老師がこの世界につて色々教えてくださっていますし、街の方も親切な人ばかりで、毎日が新鮮ですよ。ねぇ、真鍋さん」
「お久しぶりです、ライカさん。私も……えっと、よくして、いただいてます。ありがとうございます」
たどたどしいながらも、AIアシスタントなしで言葉を紡ぐ真鍋に、ライカは目を見開いた。
「おお、だいぶ話せるようになってきたな! 素晴らしい。……今度はエリスも連れてこようか。あいつも貴方に会いたがっていたよ」
「本当ですか! ぜひ、よろしくお願いします」
真鍋の顔がパッと華やぐ。だが、ライカの表情には、一瞬だけ複雑な影が差した。
「……あいつだけが会いたがっているなら、良かったのだがな… 」
「ライカ殿、用件と言うのは例の【真理の乙女】の件かな?」
ユタル老師が、ソファに深く腰掛けながら尋ねた。ライカは重い溜息とともに頷く。
「はい、老師。……事態は、私の想像以上に面倒なことになりつつあります。
私の元へ、自称【真理の乙女】の信者を名乗る者たちが、連日のように押し寄せているのです。彼女に会わせろ、と」
「…まだ、言ってるんですか」
坂本が眉をひそめた。
ライカは何度も
「彼女は女神ではない。強力な力を持つ一介の少女だ」と説明を繰り返してきた。
しかし、一度火がついた信仰心は止まらない。
あの日、領都で肌で感じた
”人ならざる圧倒的な圧力”
その恐怖と畏怖が入り混じった実体験が、彼らの深層心理に【神格】としてこびりついて離れないのだ。
「たちが悪いことに、信奉者の中には、王都の貴族社会でも相応の顔の利く者も多く含まれており、私でも、力尽くで追い返すには限界がある……。
そこで、私の副官とも相談したのだが……」
ライカは意を決して、坂本と真鍋を真っ直ぐに見据えた。
「一度、彼らと直接会ってはもらえないだろうか? 私の館へ彼らを招待し、公式な形で顔を合わせる。
君たちの意思を直接示し、彼らを納得させる。
……それが、現状で最も被害が少ない解決策だと思っている」
「……なかなか、どうしたものかな」
坂本は顎に手を当てた。真鍋も不安げに坂本の袖を掴む。
「……彼女を、呼んでもいいですか?」
「ああ、もちろんだ 」
ライカが頷く。
「AIアシスタント、具現」
室内の空気がわずかに振動し、坂本のすぐ傍らに、粒子が収束するように一人の女性が姿を現した。
黒髪を後ろできっちりと束ね、この世界には存在しない「スーツ」という機能美に溢れた衣服を完璧に着こなす女性。
知的で清潔感があり、その瞳には一切の無駄がない。
『坂本様、何かお手伝いできることはありますか?』
年頃、24歳のアイは、落ち着いた声で一礼した。
「アイ、ありがとう。
ライカさんの相談に乗りたいんだ。真鍋さんも会話に入れるよう、ライカさんと老師に言語共有を頼めるかな?」
『かしこまりました。システム同期プロセスを開始します。対象者二名……脳内確認メッセージに、意識下で「はい」と回答してください』
ライカと老師が頷く。
一瞬、頭の芯が冷たくなるような感覚が走り、直後、真鍋の言葉が「意味」として直接脳に流れ込んできた。
「もー、本当にチートよ! 坂本君だけずるいってば…。
あ、アイさんの悪口じゃないからね、感謝してるからね!」
真鍋が唇を尖らせる。
スキルの熟練度が上がったおかげか、最近ではこうしてアイを具現化できるようになった。
坂本のチート性能を再認識させられる瞬間でもある。
『……坂本様。接続完了、および周辺データの共有を完了しました。現状の政治的リスク、および真鍋様の精神的負荷を考慮した具体案を提示します』
アイは手に持ったバインダー(のような仮想インターフェース)を指先で弾いた。
「いつ見ても、不思議な現象じゃのう……。ノボルよ、お主も相当に人外じゃぞ」
ユタル老師が苦笑するが、アイは表情を一切崩さず、事務的なトーンで告げる。
『ライカ様の提案通り、一度「場」を設けるべきです。
ただし、真鍋様を【女神】として確定させてはいけません。
彼女を、遠き神域の意志を現世に伝える【女神の使徒】として格付けし直します』
「使徒……?」
『はい。神そのものであれば国に縛られますが、使命を帯びた「使徒」であれば、その役目を果たすために移動する自由が担保されます。
単なる対面ではなく、こちらが主導権を握るための「演出」を行います。
ライカ様、老師。会場の設営と招待客の選別について、以下の条件を遵守してください』
アイのテキパキとした指示が、応接室に響き渡る。
「……よし。アイ、その方針で行こう。そうすると――」
坂本も、話を詰めて行く。
真鍋も頷く。
騎士と、魔導士、そしてAIと少年少女。
奇妙な顔合わせによる「作戦会議」は、夜が更けるまで続けられた。
そして、作戦名【真理の乙女作戦】の幕が開けることとなった。




