第22話 手をつなごう
七日後の朝日が、森の深い緑を鮮やかに染め上げた。
洞窟の入り口で、真鍋が自分の身なりを整え、坂本を振り返った。
「坂本君、そろそろ行こうか?」
「……うん。準備もあと少し残っているからね」
坂本は緊張を隠すように頷いた。
この六日間、二人はありとあらゆる事態を想定して準備を進めてきた。
幸い、今日まで先方からの不意な接触や、包囲網を敷かれるような気配はない。
真鍋の魔力感知でも、不審なノイズは確認されなかった。
今回の作戦の最終目標は、
【文明社会への安全な帰還】である。
そのために、まずは緩やかな相互理解を進め、対等、あるいはそれ以上の立場を確立することに決めた。
具体的には、以下の二点だ。
1、2〜3ヶ月程度の定期的な交流期間を設け、現地の受け入れ態勢を整えさせる。
2、安全が完全に確認できるまで、決して森の拠点を明かさず、森からも出ない。
前回の接触で、ライカたちは”熊モドキ”の討伐に驚愕していたが、相手は国家組織だ。
数千の兵による物量作戦や、搦め手を使われれば面倒なことになる。
何より、坂本も真鍋も、魔物相手ならともかく、対人間との【命のやり取り】にはまだ強い抵抗感があった。
文明社会への帰還で、懸念事項だった真鍋の言語理解については、AIアシスタントの【新機能】によって急速な学習が進められていた。
“女神の騎士” が一瞬で言葉を理解したのに、肝心の「女神」が話せないのは不自然ではないか?
そこで二人は、【女神は言葉を理解しているが、直接話すことはなく、すべて騎士を通してのみ意思を告げる】というスタイルを徹底することにした。
その新機能のために、今の坂本は顔を赤らめ、ひどく照れていた。
「はい、坂本君」
真鍋が、白く細い右手を差し出す。
「……あ、はい。AIアシスタント、お願い」
坂本は、恐る恐るその手を握った。
真鍋の柔らかい手の感触が伝わり、心臓が跳ね上がる。
(……確かに、何かあれば大応しやすいけど、手を繋いで目的地に向かうなんて、これじゃ完全にデートじゃないか)
AIアシスタントの新機能とは、
【接触している対象への、開示指定した知識の共有】である。
坂本の脳内にある言語データを、直接真鍋の意識へ流し込むのだ。
持ち前の頭の回転の速さも相まって、彼女の言語習得は驚異的な速度で進んでいた。
さらに、坂本が持つ【地球の物理学知識】もこの機能で共有された結果、真鍋の量子魔法は、もはや予測不能で怪物的な次元へと進化しつつあった。
待ち合わせ場所である川沿いへ到着した2人は準備に取り掛かる。
そこには、この六日間で坂本が急造した「庵」のような休憩所が建っている。
「真鍋さん、お願い出来るかな」
「りょーかい。エリア指定、開始っと 」
真鍋は庵を中心に、半径二十メートルほどのエリアを
【魔法準備領域】として指定した。
これは、何かあれば即座に事象を改変できる準備を整える実用的な意味もあるが、真鍋の膨大な魔力が領域内に充満することで「空気感」が一変する。
訪れた者が「女神のいる空間は、根本から何かが違う」と本能で理解させるための演出でもあった。
「あとは、ちょっとしたお食事の準備と、周辺の魔物の間引きかな。少しこの辺りを回ってくるよ」
「ありがとう。じゃあ、私はここで食事の準備を進めるね。……それとも、私が二、三発、魔法を撃っておこうか?暫く魔物寄ってこなくなるよ 」
「……いや、周辺の索敵もしたいし…、と、とりあえず大丈夫かな」
坂本は、彼女が放つ二、三発のプラズマの威力を思い出し、苦笑いしながら断った。
「では、行ってくるよ」
そして、約束の刻が来た。
森の奥から、冷や汗を流しながら進むライカ一行の姿が見え始めていた。
坂本はまだ知らない。今回の調査隊には、前回の三名に加え、王都でも指折りの実力だった【元宮廷魔導師】が、同行していることを。
そして真鍋も知らない。
彼女の演出が、この世界の人間にとっては、その場に立っているだけで精神が削られるような、まるで【魔王城の最奥】のごとき圧倒的なプレッシャーを放っているということを。




