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第18話 森の女神

時は少し遡る。


城塞都市ハーバスから北へ軍馬を飛ばすこと三日。

アルサーク王国の北端に位置する宿場町マルスは、にわかに活気づいていた。

ここは北の森から得られる薬草や魔石の集積地であり、森へ挑む者たちにとっての最終補給拠点でもある。

 広場では、ライカ=カドモンド率いる第二騎士団が演習用の物資調達に奔走していた。

 「保存食の乾燥肉をさらに二〇袋! 野営用の防水布の予備もだ!」

 騎士たちの鋭い声が飛び交い、荷馬車には長槍や剣、さらには魔道具の予備パーツが次々と積み込まれていく。見習い騎士たちは怒鳴られながら、防具の継ぎ目を点検し、馬の蹄鉄を打ち直していた。

 そんな喧騒の中、ライカは宿舎の一室で、北の森を生業とする冒険者や猟師たちから吸い上げた報告書に目を通していた。


「女神、か……」


 そこには、真偽の定かでない奇妙な噂話が列挙されていた。

『北の森に、緑銀の髪を持つ類まれなる美女がいた』

『魔物にそっと手を向けただけで、不可視の衝撃が走り、獣が弾き飛ばされた』

『女神には付き従える神の騎士が、常に背後に控えている』

『二人は人間には理解できぬ神聖な言語を話し、微笑み合っていた』

『女神の怒りに触れた場所では、森の木々が一瞬で蒸発し、消え失せたという』

『怒らせれば空から光の柱が降り、世界が焼かれるだろう』


「カルマ、お前はどう思う?」


 ライカは傍らに立つ副官のカルマに問いかけた。


「件の真相に通じる何者かが潜んでいる可能性、極めて高いかと。……森の精霊か、あるいは人間に化けた高位の魔族か」


「魔族か……。どちらにせよ、気は抜けんな」


 ライカは地図を指で叩いた。


「偵察部隊を編成する。明日の朝、ワシ自らが向かおう。同行は二名。カルマ、お前はここで実地演習の準備を統括し、ワシが合図を送ったら即座に本隊を動かせるようにしておけ」


「……閣下、エリス様はどうなされます? 偵察部隊には必ず加わると思われますが…」


 ライカはわずかに眉を寄せた。


「エリスか……。あれの説得は骨が折れる。カルマ、お前に任せる」


「……最善を尽くしますが、御覚悟を」


 結局、カルマは敗北した。

幾度となく「危険すぎる」と諭したが、ガドモンド家の姫君、エリス=カドモンドの決意を揺るがすには、臣下としてのカルマの言葉ではあまりに力不足だった。

 翌朝、朝靄に包まれるマルスの門前に、三騎の軍馬が集結した。

 一人はライカ。

そしてもう一人は、茶色の髪を後ろに束ね、鋭い視線を森へ向ける若き騎士候補生 エリス=カドモンドであった。


「父上、同行いたします。淑女として、森の女神(?)への挨拶は欠かせませんわ」


「……エリス候補生。従軍中は私を閣下と呼べと言ったはずだ」


「はっ! 父上閣下! さあ参りましょう!」


 エリスは亡き母親譲りの儚げな美貌を持ち、黙って座っていれば深窓の令嬢にしか見えない。

だが、その腰に帯びた剣の扱いに関しては、並の騎士を凌駕する才を秘めている。

 ライカはため息をつき、三人目の同行者を見た 。


「騎士サラ。エリスの教育と護衛を任せる。苦労をかけるな」


「かしこまりました。お任せを」


 短く答えたサラは、身長一八二センチという女性離れした体格の持ち主だった。

皮鎧から覗く上腕二頭筋は岩のように盛り上がり、歴戦の傷跡が刻まれたその横顔は、叩き上げの騎士としての凄みを放っている。

二十八歳独身。

かつて将来を誓った相手を魔物との戦いで亡くして以来、彼女の忠誠は常に剣と共にあった。

 エリスが強引に同行を決めた以上、カルマは女性同士で私生活の補助もできるサラを選抜せざるを得なかったのだ。


「よし、出発する。目指すは魔力の特異点、女神の森」


 蹄の音が石畳を叩き、偵察隊は霧深い北の森へと吸い込まれていった。

ついに動き出したライカとエリス。

「女神」を巡る噂と実態のギャップが爆発する時、カドモンド親子の運命もまた、大きく変わり始めるかも。

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