第17話 危機
洞窟の奥、白骨化した冒険者が座している隠し部屋。
坂本昇は、手に入れた一振りの剣を膝に置き、静かにその刀身を見つめていた。
(……この人は、何のために戦い、なぜこんな場所で一人、最期を迎えたんだろうな)
『AIアシスタント』を通じた「学習」によって、坂本の脳内にはこの剣が歩んできた無数の戦いの軌跡が刻まれている。
斬撃の角度、踏み込みの拍子、敵を屠るための最適解。
しかし、それらはあくまで「武技」という名のデータに過ぎない。
持ち主の名も、彼が何を守ろうとしたのかも、この洞窟を選んだ理由も、剣の記憶からは読み取れなかった。
坂本はそっと、隣で物言わぬ骸骨へ視線を向けた。
「あなたは、一体誰なんだ?」
その問いに答えはない。ただ、青白い苔の光が、骸骨の虚ろな眼窩を静かに照らしているだけだった。
「坂本君、ちょっといいかな?」
不意に背後から声をかけられ、坂本は肩を跳ねさせた。
入り口に立っていたのは、自室(洞窟の入り口付近)で魔法の鍛錬をしていたはずの真鍋咲希だった。
「ああ、真鍋さんか。どうかしたの?」
「あのね、私、閃いちゃったの! 物理の宿題(本当はラノベ)を思い出してたんだけど……」
真鍋の瞳は、好奇心と探究心でキラキラと輝いている。
これまでの経験上、この顔をした時の真鍋は、異世界の生態系、あるいは世界の摂理そのものを破壊しかねない、
「やらかし」を思いついた時だ。
坂本の背筋に、嫌な汗が流れる。
「物質を圧縮すれば『加熱』してプラズマになるのは、この前分かったじゃない? じゃあ、逆に動きを止めようとすれば『冷却』になるはずだよね。……そこでね、もし『極限まで圧縮しつつ、完全に動きが止まるまでエネルギーを奪い続けたら』どうなるのかなって!」
坂本は戦慄した。
(AIアシスタントこれ不味いよね!)
彼の脳内で、幾つかの物理定数と数式が高速で演算されていく。
「ま、真鍋さん。……相談してくれて、本当に、本当にありがとう。でも、その試みは絶対に、何があっても試さない方がいい」
「えっ、なんで? すごいことが分かりそうなのに」
「…うん。多分、凄いことになるよ…。」
「でしょ!、ならさぁ」
「……。この世界でも同じ物理法則が適用されるなら、それ、最終的に『ブラックホール』ができちゃうかも…。下手をすれば、この森どころか、惑星ごと消滅するよ… 」
「………。」
物質の「位置」を極限まで特定(圧縮)し、かつ「運動量」をゼロにする。不確定性原理さえ超越しかねない魔力の干渉。真鍋の圧倒的な『魔力の源』をもってすれば、彼女は「加減」を知らずに事象の地平線まで突き抜けてしまうだろう。
「……そっか。危なかったね」
真鍋はあっけらかんと笑ったが、坂本は足の震えが止まらなかった。未然に世界の崩壊を防いだ功績を称えてくれる者は、この洞窟には誰もいない。
一方、真鍋本人は、色々と出来る事が増えてきたことに、満悦の様子だった。
(異世界生活定番の、アイテムBOXや瞬間移動とかどんな仕組みになっているんだろう?)
と、彼女が、思考の海へダイブしかかった、その時。
(あれ?、何か来る!?)
遠くから迫る複数の ”ノイズ” に気づく。
「ねえ、坂本君。……変なノイズが来るわ。それも、たくさん。昨日までの魔物とは違う、もっと整った、動きをしているような…」
真鍋の言葉に、坂本はすぐさま剣を手に取った。
彼の ”直感” が、この生活の変革の時を感じ取っていた。
洞窟の入り口へと向かう二人の影を、骸骨が、変わらぬ空洞の瞳で見守っていた。
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名前:ノベル(坂本 昇)
レベル:11
HP:100%
MP:95%
スキル:AIアシスタント
剣術
心体強化
気配感知
直感
思考加速 (仮)
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(¥※@$%
名前:マーサ(真鍋 咲希)
レベル:10
HP:100%
MP:90%
スキル:魔力の源
元素魔法
量子魔法(仮)
魔力感知
生活魔法
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎($#@:¥※)
物理法則すら書き換える少女と、異世界の剣技を継承した少年。
激突か、対話か。森の静寂を破る蹄の音が、すぐそこまで迫っていた。




