第16話 北の森
イノベル大陸の西方に広がる肥沃な大地。そこには建国から二千年以上という悠久の歴史を誇る大国、アルサーク王国が鎮座している。
現王アメン=ドル=アルサークが統治するこの国は、中世を思わせる石造りの街並みながら、魔法技術を生活の細部に転用することで、高度な都市文化を築き上げていた。
その王都のさらに西側。険しい山嶺と深い森を背負い、人と魔物との生活境界を守っているのが、城塞都市ハーバスである。
領都も兼ねるその居城の一室で、一人の男が報告書を広げていた。
クリエ=ハーバス侯爵。
アルサーク王国西方地域を治める彼は、知的な光を宿した瞳と、壮年ながらも鍛え抜かれた隙のない姿勢を持つ、文武両道の領主である。
「侯爵閣下。先日より北の森で観測されております、異様な魔力の高まりについてですが……」
報告を行っているのは、魔導士風の男であった。
「その件か。報告は数日前から上がっているが、詳細は掴めたのか?」
「いえ、未だ詳しくは……。ただ、通常の魔力の揺らぎとは、法則性が全く異なる不思議な干渉が起きております。自然界に存在する精霊の奔流というよりは、既存の術式体系のどれにも当てはまらない、異質な魔力反応が断続的に……」
学者は額の汗を拭い、声を潜めた。
「最悪の場合、未知の新種の誕生、あるいは変異種なのか。領土への侵攻も考えられます。
一度、騎士団を派遣し、森の調査を行われることを進言いたします」
侯爵は組んでいた指を解き、静かに立ち上がった。窓のにみえる、霞ががった深い森を見やる。
「新たな魔物の発生か。放置して禍根を残すわけにはいかんな。……ライカを呼べ」
「はっ!」
控えていた兵士が即座に走り、廊下に足音が響いた。
数刻後、扉がノックされ、一人の騎士が姿を現した。
「閣下。ライカ=カドモンド、ただいま参りました」
入ってきたのは、侯爵の腹心であり、剣の達人としても知られるライカ=カドモンドであった。頭の回転が速く、不測の事態へのリカバリー能力に長けた彼は、厳格な武人でありながら、部下や領民には情に厚いことで知られている。
「来たか、ライカ。早速だが、北の森の件は耳に入っているな」
「はっ。不気味な魔力の動きが続いているとか」
「そうだ。お前にその調査を託したい。騎士団を率いて森へ入り、原因を突き止めよ」
ライカは侯爵の言葉を咀嚼するように一つ頷き、力強く答えた。
「かしこまりました。…ちょうど見習い騎士たちの実戦経験も積ませたいところでした。
第二騎士団と、私の娘であるエリスを含めた見習い数名を連れ、演習を兼ねて一月ほど探ってまいります」
「頼む。何が潜んでいるか分からん。深追いはせず、まずは状況を報告せよ」
ライカは一礼して部屋を退室すると、即座に部下たちへ準備の指示を下していった。
鎧の擦れる音を聞きながら、ライカはふと、男手一つで育ててきた一人娘、エリスの顔を思い浮かべた。
母親がいないことで侮られてはならないと、幼少から徹底した淑女教育を施してきたが、その反動か、彼女は父親譲りの剣の才も見せ始めている。
(……異常な魔力、か。災厄の兆しでなければよいが)
城のバルコニーから、遥
か北に霞む深緑の海を見つめる。
その森の奥深くで、一人の少年と少女が、プラズマを暴発させながら「サバイバル飯」を頬張っているなどとは、建国二千年の歴史を持つ王国の知将であっても、想像すら及ばないことであった。
ついに動き出した王国の騎士団。ライカとその娘エリスが率いる精鋭たちが、坂本と真鍋の拠点へと迫る。
異世界の常識を破壊する「現代知識」と、この世界の「伝統と規律」。二つの異なる文化が接触したとき、物語は新たなステージへと加速するよ。




