第15話 安定
坂本と真鍋が、異世界に放り出されてから、およそ一カ月が過ぎようとしていた。
かつて高校の教室で、無為にチャイムの音を待っていた二人の姿はそこにはない。
鏡がなくとも、互いの顔つきが鋭く引き締まり、野生の泥臭さに適応し始めていることは明白だった。
二人の間には、生き抜くための堅実な「生活リズム」が確立されていた。
健康面の不安は今のところない。当初は恐る恐る口にしていたイノシシもどきの「魔物肉」だが、これを食べ始めてからというもの、驚くほど体の疲れが残らなくなり、傷の治りも早くなった。
”深く先の事は考えない” と”今日を生きる” が、精神を病まずにこの過酷な環境を生き抜くための、二人の無言の共通認識だった。
午前中は、共同狩猟を行う。
以前のようなパニックはなく、真鍋が ”ノイズ” を感じて魔物の位置を特定し、先制攻撃を仕掛ける。
「坂本君、右前方十メートル、 行くわよ 」
真鍋が虚空に向けて指を振ると、獲物の周囲の空気が一瞬で密度を増し、不可視の衝撃波となって動きを封じる。
ひるんだ魔物の喉元を、坂本の剣が、鋭い一撃で正確に刈り取る。
「よし、ウサギもどきを仕留めた。真鍋さん、ナイスアシスト」
「ふふん、任せなさい」
かつては「美少女四天王」の彼女。しかし、今はどこか頼もしい美少女戦士の顔をしていた。
そして午後。
それぞれの「スキルアップ」の時間だ。
真鍋は、自身の内に眠るスキルを理解しし始めていた。
(私のスキル ”魔力の源” は、万物の根源を操作する能力があると思うのよね。だから… )
彼女が向き合っているのは、一本の枯れ木だ。
かつての「ラノベ読者」としての想像力と、坂本のAIアシスタントから提供される「地球の物理学知識」が、彼女の中で最悪の化学反応を起こしていた。
「指定領域、セット。分子を圧縮して…回転を与えると…」
真鍋は枯れ木の一部に意識を集中させる。
彼女の『魔力の源』から供給されるエネルギーが、ミクロの世界で狂ったように分子を擦り合わせる。
摩擦熱が発生し、温度が急上昇する。そこへ…。
「空気を適度に供給。…適度にね… 」
すると、枯れ木の一角から「ボッ」と小さな火が灯った。
今では完璧にコントロールされた魔法。
だが、ここに至るまでの道のりは、まさに死線との隣り合わせだった…。
そして、坂本は語る、修行を始めた当初の夢にまで見る大惨事を。
真鍋は
「火を点けるには摩擦熱と酸素だよね」
という短絡的な思考から、極小領域に過度な圧縮をかけ、そこに超高速スピンを与えた。
さらに、
「燃えるには酸素が必要よね 」
大量の空気を無理やり押し込んで混合した結果…!?
ミクロの領域で生まれたのは、火などではなく、超高温によってプラズマ化した粒子の塊だった。
激しい閃光、そして衝撃波。爆風に吹き飛ばされながら、
坂本がギリギリ危険に気づき
「真鍋さん!危ない!」
と絶叫したことで、
爆発のエネルギーに何とか指向性を持たせることに成功。
爆発は幸いにも空へと抜けていった。
もし坂本が気づかず、警告が間に合っていなければ、今頃この拠点ごと「異世界生活終了」の通知が二人に届いていたことだろう。
以後、真鍋の魔法訓練は、坂本(およびAIアシスタント)の完全監修のもとで行われるようになった。
「分子レベルの物理法則を魔力で強引に歪める」という彼女の魔法は、もはや原始的な発火現象を超え、指向性を持った熱線兵器へと近づきつつあった。
そのせいか、最近では拠点の周辺に魔物が近寄る頻度が目に見えて減っている。
動物的な本能が、この洞窟に近づく事は、良くない事を察知しているのかもしれない。
夕暮れ時、炉で沸かした白湯を飲みながら、坂本は真剣な表情で心に誓っていた。
(……この一カ月でわかった。真鍋さんは、絶対に怒らせてはいけない! )
笑顔で分子を圧縮し、プラズマを生成しかける少女。
彼女こそが、この森における最大の「戦略兵器」であることを、坂本は誰よりも深く理解していた。
名前:ノベル(坂本 昇)
レベル:5
HP:100%
MP:75%
スキル:AIアシスタント
剣術
心体強化
気配感知
直感
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(¥※@$%
名前:マーサ(真鍋 咲希)
レベル:6
HP:100%
MP:55%
スキル:魔力の源
元素魔法
魔力感知
生活魔法 (仮)
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎($#@:¥※)
安定し始めた二人の生活。しかし、真鍋の「魔法の余波」は、遠く離れた地に住む「文明人」の魔力観測網に、あり得ないほどの異常数値を叩き出していた。




