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閑話 ノベルと坂本(地球編)

「……坂本ちょっといいか。おい! 坂本!」

 聞き慣れない、だが自分の名を呼んでいると理解できる声に、ノベルはゆっくりと顔を上げた。

「う……? 俺か。何だ、宮下」

「お前以外誰がいるんだよ! 坂本、見てみろよ。さっきから真鍋さんこっちをぼーっと見てるぞ。やっぱ可愛いよなぁ」

 クラスメイトの中で数少ない友人、宮下が鼻の下を伸ばして囁く。視線の先には、窓際の席でこちらを凝視している少女―真鍋咲希の姿があった。

「そうだな。しかし我々には高嶺の花だ」

「正論反対! 夢見てもいいじゃないか。……あっ、そうだった、次の授業の準備を手伝ってくれ」

「別にいいけど……、何をすればよい?」

 ノベルは宮下に促されるまま、廊下に置かれた重厚な教材用機材の前に立った。

「この教材を運ぶの手伝って欲しいんだ」

「これか、重そうだなぁ……」

 ノベルは無意識に息を整えた。

(とりあえず下半身を強化して……、ん……!? 魔力が、繋がりにくいな……)

大気中の魔力密度が異常に低い。

だが、ノベルは無理やり細い魔力の糸を手繰り寄せ、筋繊維に流し込む。


「おい! 坂本! なんで一人で持ててるんだよ!」


 驚愕する宮下を余所に、ノベルは八十キロはあるだろう機材を軽々と持ち上げた。


「身体強化すればこれくらい……」

(身体強化!?、…オレ、何言ってんだ!?)


「あ… 」


「坂本……どうなってるんだよ、その力」


「そ、そうだなぁ……。たまたまかな… 」


「たまたまかぁ、なら仕方ないな。って、なるわけないだろ! まぁ、持てるなら、とりあえず準備室まで運んどいてくれ!」


宮下が呆れながら坂本を見送る。


「あっ、カギ渡し忘れた…」


「宮下君ちょっといいかな? 」


宮下が、綺麗な声に振り返ると、天使のような笑顔で少女が見つめていた。

—--


 一人、教材を運んで準備室へ向かう。だが、いざ部屋へ着くと鍵が閉まっている。

弱ったな、とノベルが立ち尽くしていると、背後から微かな、いい香りがした。

「坂本君、ありがとう。教材運んでくれて」

 真鍋咲希だった。彼女は吸い込まれるような瞳でノベルを見つめ、かぼそくしなやかな手で鍵を開けた。


「凄いね、それ重そうなのに…。奥の棚に置いてほしので、手伝うよ」


「うーん、大丈夫かな。ここに置けばよい?」


「……うん。ありがとう。少し見直しちゃったな。また坂本君にお願いしちゃうかもよ」


「これくらいなら、いつでも言ってくれればいいよ」


 ノベルは軽く笑って部屋を出た。


(ヤバい、真鍋さんと会話してる。今日はなんてラッキーな日だ。後で宮下に自慢しよう)


 そんな「坂本昇」としての思考が頭をよぎる。しかし、廊下を歩く彼の背後では、真鍋咲希が、探るような視線を彼に送り続けていた…。


 教室へ戻ったノベルは、指先に残る奇妙な感触に困惑していた。


(身体強化に魔力…、これってまた厨二病なのか!? でも、微かに感じるし、試してみるか… )


指先に、魔力を集める様に集中する。


(”心体強化”)


 試しに、机の下でスチール製のパイプをつまみ、力を込める。

 ギシャッ、と飴細工のように金属がひしゃげた。


(うわっヤバ。直るかこれ!?)


 冷や汗が止まらない。やはり、心体強化は使える。


(自分の中に、なにかの「力」と「記憶」が混濁している?)


 上の空で授業を終え、自宅へ向かう帰り道。

夕闇の中、ノベルの心はモヤモヤとした霧に包まれていた。


(何故一人で歩いているんだ? 何か忘れてる。…妹? でも俺、兄弟なんていないし… あああもう! 何なんだよ昨日までこんなことなかったのに!)


 混乱が頂点に達した時、自宅の玄関に辿り着いた。鍵を取り出そうとポケットに手を入れた瞬間、頭蓋を内側から引き裂くような激痛が走った。


「う、ゔぁぁぁ……グ、ガッ……!」


 脳内が激しく軋む。

孤児院での暮らし、そして、愛すべき腹違いの妹の笑顔。


「のぼる、……のぼる! 昇! どうしたの!」


 帰宅した母親の悲鳴が遠くに聞こえる。


「あっ、母さん……お帰り」


「お帰りじゃないわよ! あなた、大丈夫なの!?」


「うん大丈夫……それより、マーサは?」


「マーサって……?? あなたホントに大丈夫なの!? とりあえず家に入りましょう」


 母親に肩を貸されながら、ノベルは混濁する意識の中で確信した。


(俺は、坂本昇……。いや、ノベル……。どっちも俺だ)


記憶が、決壊したダムのように溢れ出す。地球において、異世界人のノベルの魂が、坂本昇の肉体と完全に融合を果たした。

 物理法則の異なるこの世界で、その「力」が何を巻き起こすのか。

 地球での破天荒な物語が、今、静かに幕を開けた。まさかあんな事になるとは、この時は誰も知らない…。


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