第14話 成長の道筋
イノシシの魔物との死闘から数時間が経過した。
拠点の外では、坂本と真鍋が横たわる巨体と向き合っていた。
イノシシの魔物は、絶命して血が抜けるに従い、不気味な黒色だった剛毛が、次第に野生動物らしい赤茶色へと変色していった。
「……よし、やるよ。真鍋さん、脚を押さえてて」
坂本はAIアシスタントから提示された「解体チャート」を脳内に展開し、震える手でナイフを突き立てた。
内臓を傷つけないよう慎重に皮を剥ぎ、肉を切り分けていく。
鼻を突く獣臭と生暖かい肉の感触。
時折襲ってくる強烈な吐き気と格闘しながら、二人は作業を続けた。
ラノベの主人公なら数行で書かれる工程だが、現実は甘くない。
それでも真鍋は、顔を背けたい衝動を必死に抑え、坂本のサポートに徹していた。
そんな解体の最中、真鍋が眉をひそめて手を止めた。
「坂本君、待って。……何か、この子の胸のあたりから『ノイズ』が出てる」
「ノイズ? 心臓か何かか?」
「分からない。襲われた時は体全体がうるさかったのに、死んじゃったらそこだけが、小さく、でも鋭く響いてるの」
坂本は頷き、慎重に胸部を切り開いた。肋骨を避け、真鍋が指し示す場所をナイフの先で探る。
すると、肉の奥から親指ほどの大きさの、深い赤色をした結晶体が姿を現した。
(これが、魔物の……?)
坂本がその結晶を観察しようと、指先でつまみ上げた瞬間。
「あっ!?」
結晶は、まるで世界そのものに溶け込むかのように、音もなく砕け散った。光の細片が宙に舞い、それは間もなく坂本と真鍋の身体へと吸い込まれるように消えていった。
「えっ、何!? 今、何か流れ込んできたよね?」
「ああ……胸のあたりが、急に熱くなった。真鍋さん、どこか痛むところは?」
「ううん、逆に……なんだか体が少し軽くなったような……」
坂本は胸騒ぎを感じ、慌てて叫んだ。
「ステータス!」
名前:ノベル(坂本 昇)
レベル:2
HP:85%
MP:60%
スキル:AIアシスタント
剣術
心体強化(仮)
気配感知(仮)
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(¥※@$%)
「レベルが上がってる……。真鍋さん、レベルが2になってるよ!」
驚きに目を見開く真鍋も、自身のステータスを展開した。
名前:マーサ(真鍋 咲希)
レベル:2
HP:90%
MP:65%
スキル:魔力の源
元素魔法(仮)
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎($#@:¥※)
「本当だ……。それに、スキルも増えてる。『元素魔法』……?」
坂本は思考を巡らせた。魔物と普通の動物の違い。それは体色の禍々しさや、胸にある「魔石」のような結晶の有無。そして、真鍋の感知する「ノイズ」の量だ。
(真鍋さんのスキルがあれば、魔物の接近を事前に察知できるだけじゃなく、魔石の回収も確実に行える。これは生存率が劇的に変わるぞ……)
考え込む坂本の肩を、真鍋が強く叩いた。
「坂本君、考察は後! まず作業を進めましょう。よく言うでしょ、血の匂いに誘われて他の獣が寄ってくるって。これ以上『ノイズ』が増えたら、私の頭がパンクしちゃうわ」
「そ、そうだね。まずは片付けよう」
二人はAIアシスタントのアドバイスに従い、複数箇所に深い穴を掘った。不要な部位を埋めて隠し、川で血を洗い流す。切り分けた肉は、地球の知識を参考に燻製にするための準備を急いだ。
その知識がこの世界でどこまで通用するかは分からない。肉が腐るのが先か、保存加工が成功するのが先か。
それでも、今日という一日を生き延び、初めて「魔物」という壁を乗り越えた。
レベルアップという明確な指標は、不安に押しつぶされそうだった二人の心に、小さな、しかし確かな自信を与えていた。
異世界転移から三日目。
坂本昇と真鍋咲希は、混迷を極める状況の中で、自分たちなりの「生活のリズム」という名の灯火を、暗い森の中に築き上げようとしていた。
レベル2への昇格。それは彼らがこの世界の「獲物」から「狩人」へと一歩踏み出した証だった。しかし、手に入れた『元素魔法(仮)』の力は、真鍋に新たな困惑をもたらすことになる……。




