第11話 2日
洞窟の外、川のせせらぎが聞こえる場所で、坂本昇は一人、倒木に腰掛けていた。
先ほど真鍋から受けた「氷の微笑」の冷たさが、まだ背筋に残っている。
(はぁ……。剣を振れば強くなれるなんて、単細胞すぎたな)
坂本は深くため息をつき、思考を現実的なサバイバルへと切り替えた。
幸い、拠点となる洞窟、飲み水、そして火を確保することはできた。
しかし、それはあくまで「今日死なない」ための最低条件に過ぎない。
(やるべきことが多すぎる。継続的な食料の確保、塩分やミネラルの摂取、生活道具の作成、それに衛生管理……。ゴミ捨て場やトイレの場所も決めなきゃ。)
そして何より、坂本にとっての最大の難題は「真鍋咲希」という存在そのものだった。
日本にいた頃、彼は「モブ」に徹し、女子との接点など皆無に等しかった。
異世界に来て二人きり。
彼女が何を求め、何に傷つき、何に恐怖しているのか。
それを汲み取れなければ、この共同生活は内部から崩壊する。
(こういう時は、することに追われたら負けだ。行動の基盤を固めて、少しずつルーチンを増やしていくしかない)
『坂本様、何かお手伝いできることはありますか?』
脳内に響くAIアシスタントの声。坂本はそれに答え、サバイバルのための「基本指針」まとめていった。
1.無理をしない
(今の自分たちにできることだけを確実にこなす)
2.体力の温存
(体を冷やさず、無駄なカロリー消費を避ける)
3.役割と行動のルーチン化
(仕事を分担し、適度な距離感を保つ)
4.問題は即相談
(独断は、相手にとっての苦痛になりかねない)
朝から一人で勝手に剣を振り回し、真鍋をパニックに陥らせ無駄な体力の消耗…。
まさにこの指針の真逆を行く行為だった。
坂本は反省し、今後の生活を彼女と「契約」するつもりで話し合う決意を固めた。
—--
一方、真鍋咲希は少し離れた川辺で、ぼんやりと水面を眺めていた。
透き通った水の中を、奇妙な形の小魚が泳いでいる。
(……これから、どうなっちゃうんだろう)
彼女はそっと自分のステータスを開いた。
名前:マーサ(真鍋 咲希)
レベル:1
HP:100%
MP:100%
スキル:魔力の源
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎($#@:¥※)
(マーサさん。あなたは、どんな女の子だったの? この服を着て、どこで生活していたのかな?、きっと近くに村か町があるんだよね……)
ふと、隣で同じように倒れていた坂本昇のことを考える。
(二人は恋人だったのかな? それともただの幼馴染…?)
たった二日。
日本で平和な日常を送っていた彼女が、異世界に放り出されてから、まだそれだけの時間しか経っていないのだ。
(はぁ……。お家、帰りたいな……)
ふいに涙がこぼれそうになり、真鍋は強くまぶたを閉じた。
昨夜、坂本が意識を失った時、彼女を襲ったのは「孤独」への圧倒的な恐怖だった。
この見知らぬ世界で、唯一言葉と記憶を共有できる坂本がいなくなれば、自分はきっと狂ってしまう。
だからこそ、朝、何も言わずに外へ出た坂本を見て、恐怖が怒りへと変わったのだ。
「自分勝手に死なないでよ」という叫びが態度になって表れていた。
(私が、もっとしっかりしなきゃ。泣いてるだけじゃ、坂本君の負担になるだけだわ)
彼女は、自分の掌を見つめた。『魔力の源』というスキル。
まだノイズがひどいが、このノイズはこの世界の情報が詰まっていて、私が処理しきれてないだけ。この力の奥底には、自分たちを守るための「何か」が眠っている。
あの洞窟の隠し部屋を見つけたときのように、感覚を研ぎ澄ませば、きっと道は開けるはずだ。
真鍋は顔を上げ、濡れた頬を袖で拭った。
二日という時間は、絶望するには十分だが、覚悟を決めるには短すぎるかもしれない。それでも、彼女の瞳には、生存への強い火が灯り始めていた。
「真鍋さん」
背後から、坂本が声をかけてきた。少し気まずそうに、けれど真剣な表情をしている。
「さっきはごめん。……これからのこと、少しちゃんと相談させてくれないかな」
真鍋はその言葉を待っていた。
「いいよ、坂本君。……私たち、まだ死ぬわけにはいかないもんね」
二人の視線が交差する。
異世界という名の巨大な迷宮で、迷子になった子供のような二人が、初めて「対等なパートナー」として手を取り合おうとした瞬間だった。
サバイバルの指針を共有し、役割分担を決める二人。
しかし、平穏な相談の時間は長くは続かない。
森の「生態系」は、確実に彼らの存在を異物として認識し始めていた!?。




