第9話 覚醒
「……いい、真鍋さん。AIアシスタントが言うには、火を長持ちさせるには、空気が通る道を計算して石を組むのが一番効率的なんだって」
坂本は、AIアシスタントから引き出した「地球のサバイバル知識」を頼りに、即席の簗で仕留めた一匹の川魚を焼いていた。
昨日、角ウサギに襲われた恐怖は消えていない。
森の奥から響く正体不明の咆哮に、二人は何度も肩を震わせた。それでも、腹は減る。生きていくためには、食わねばならない。
「すごいわ、坂本君。あんなに苦労した火起こしも、コツを教えてもらったらすぐだった……」
真鍋が、ぱちぱちと爆ぜる火を見つめながら呟く。
AIアシスタント…、異世界の地図こそ持っていなかったが、坂本の記憶の深層にある「知識」を検索・整理する機能には長けていた。
焼き上がった魚を二人で分かち合う。調味料さえない、ただ焼いただけの淡白な味。
だが、その熱は冷え切った二人の心に、微かな「生存」への実感を灯した。
「明日は、もう少し上流を調べてみよう。効率を上げれば、もう少し備蓄ができるはずだ」
「うん、そうね。……強くなりたいな。ただ逃げるだけじゃなくて」
二人は日が完全に落ちる前に洞窟の奥へと引きこもり、木の幹で入り口を厳重に封鎖した。
洞窟の夜は、静寂と青白い苔の光に支配されている。
坂本は壁に背を預け、思考を巡らせ、
これからどう動くべきか。自分のスキルを、どう活用していくか。
この世界は何なのか。
答えの出ない問いのループを繰り返していた。
一方、真鍋は少し離れた場所で、胡坐をかいて目を閉じていた。
(ラノベなら、ここで魔力を練るのが基本だよね。……循環、循環……うっ、やっぱり気持ち悪い。でも、慣れなきゃ)
彼女は自身のスキル『魔力の源』を御そうとしていた。
視界を遮断すると、世界は一変する。
万物を構成する「情報」が、濁流のようなノイズとなって彼女の意識を刺す。
その時、真鍋の意識が、洞窟の最奥部にある「一点」に吸い寄せられた。
「……っ、何これ。ここだけ、すごく……うるさい」
「真鍋さん?」
坂本が顔を上げる。真鍋はフラフラと立ち上がり、青白い苔が密集して生えている岩壁を指さした。
「この壁の向こう側。……何かが、ものすごく『複雑』な感じがするの。坂本君、ここ、何だか変だよ。」
坂本も、真鍋が指摘した場所をよく見ると、苔の生え方に不自然な境界線があったり、さらに、壁を調べてみると、手を掛けて動かせそうなおうとつもあった。
「…何かありそうだね。動くかな?真鍋さん少し力を貸して。」
二人は手を取り合い、その岩壁の継ぎ目に指をかけ、全力で押し込んだ。
ズズ、と重苦しい音を立てて岩が横に滑る。隠し扉だった。
その奥に広がっていたのは、さらに深い小部屋だった。
そして、中央に鎮座していたのは――。
「……人?」
真鍋が息を呑む。
そこには、民族的な衣装を纏った白骨死体が、威厳を保ったまま座っていた。その空洞の眼窩は、まるで招かれざる客である二人を見据えているかのようだ。
亡骸は膝の上に、一振りの古びた剣を抱えていた。
「坂本君……あの剣。普通じゃないわ。凄く複雑なノイズを出してるの。……重厚で、悲しい感じかな。」
真鍋の声は震えていた。
坂本は、引き寄せられるようにその剣へと手を伸ばし指先が冷たい鞘に触れた、その瞬間。
脳内に、いつもの声が響き渡った。
『――未知の外部記憶媒体を検知。これより「剣の記憶」を学習しますか?』
(AIアシスタントが学習……!? 情報を、取り込むのか?)
坂本は、無意識に「はい」と、心の内で同意した。
それは、生存への渇望が生んだ反射的な選択だった。
直後。
「ぐ、あああああぁぁっ!?」
坂本の叫びが洞窟を震わせた。
頭蓋骨を内側からノミで削られるような激痛。視界が真っ白に染まり、溶けていく。
剣に宿っていた戦いの記憶、数千回に及ぶ素振りの感触、死線を越えた騎士の膨大な「経験」という名のデータが、坂本昇という器へ強制的に流し込まれていく。
「坂本君! 坂本君、しっかりして!」
真鍋の悲鳴を遠くに聞きながら、坂本の意識は急転直下、暗黒へと墜落した。
倒れ込む坂本の瞳には、一瞬だけ、かつての名もなき騎士が振るった鮮やかな剣閃が、火花のように焼き付いていた。
強制インストールによる意識消失。目覚めた時、坂本の体にはどのような「変質」が起きているのか? そして、この亡骸が残した「記憶」の正体とは――。




