17歳ー烏の帰還 第37話 正義の在処
森の中に放置された、廃墟の教会。
その一室、礼拝堂で、四聖騎士団長バルドラッシュは膝を付き、女神像の前で祈りを捧げていた。
そんな彼の背後に立った、白銀の鎧甲冑を着込んだ金髪の青年―――アルフォンスは、静かに口を開く。
「意外ですね。貴方が女神に祈りを捧げるとは、思いもしませんでした」
「……フフフ。私はこれでも敬虔な信徒なのですよ。それにしても……私が神に祈りを捧げるのは、そんなにおかしいことでしょうか?」
「失礼ながら。僕の中にある貴方の印象は、残虐非道そのものですから。15歳にして、一晩で領民の首を狩り尽くし、何百人もの首を屋敷の前に吊るし上げた話は……とても有名です」
「フフ。アルフォンスくん。恐らく君の目に、私は悪人そのものに映っていることでしょう。ですが……正義というものは、突き詰めれば、個人の主観によるものです。本当の正義など何処にもありはしない。違いますか?」
「貴方と哲学を語る気はない。僕は人の命を簡単に奪う貴方が大嫌いだ。正直、命令といえども、貴方と行軍するのには反吐が出る」
「私は貴方が好きですよ、アルフォンスくん。君はまさしく『鬼』そのものだ。目的のためには自我をも殺し、修羅となろうとしている。フフフフフ……正義のために悪を成す。果たしてそれは純善たる正義といえるでしょうか? 快楽殺人鬼である私と、目的のために人を殺す貴方。そこに違いなどあるのでしょうか?」
「僕はお前とは違う。一緒にするな」
「……その野望を叶えるために、私が手を貸してさしあげましょうか?」
バルドラッシュは立ち上がると、幽鬼のような姿でニヤリと、アルフォンスに不気味な笑みを見せる。
そんな彼に、アルフォンスは不快げに眉間に皺を寄せる。
「お前は、何を言っている?」
「アルフォンスくん。君は、ガストン陛下に忠誠を誓っていながら、その実、裏ではアリア姫を王にすべく動いている。フフフ……君は己の正義を貫くために、ガストン陛下の忠実な下僕を演じ、無辜の民でさえ傷付ける哀れな道化だ。その様は見ていてとても楽しい。ぜひ、私に、君の行く末を見させて欲しい」
「……いったい何を言っているのか分からないな。仮に僕が陛下を玉座から引きずり降ろす算段を付けていたとして、お前などと手を組むと思っているのか?」
「思っていますよ? 貴方は目的のためならどんな非道なことでもやる、鬼そのものだ。自分の野望を叶えるためなら、貴方は、悪魔にでも魂を売るでしょう。それが貴方という人間だ」
「……」
「貴方は自分では気付いていないでしょうが、とっくに貴方は、壊れているのですよ。友を失ったあの日から、ね。フッ……ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
両手を広げ、狂ったように笑い声を上げるバルドラッシュ。
そんな彼をゴミでも見るかのような目で見つめるアルフォンス。
―――その時だった。
廃墟の礼拝堂に、一人の騎士が現れた。
「アルフォンス騎士団長。バルドラッシュ騎士団長。ギーシャへの行軍経路の確保、完了致しました」
「フフフ。安心してください、アルフォンスくん。私は君を陛下に売ることなどしませんよ。君はまだまだ発展途上。私は君の中の『鬼』が、どんな姿に成長するのか、今から楽しみで仕方ありません。さて……ギーシャの街に住む無辜の民をどう殺してみせるのか……楽しみしていますよ、正義の騎士、アルフォンスくん?」
そう言ってバルドラッシュはアルフォンスの肩を叩くと、礼拝堂から出て行った。
アルフォンスは叩かれた肩を手で払うと、去って行ったバルドラッシュの背中に鋭い目を向ける。
「……下種めが。お前のような男とこの僕を一緒にするな」
剣呑な様子を見せるアルフォンス。
そんな彼の元へ、報告に来た女騎士は、そっと声を掛けた。
「アルフォンス様。その……大丈夫ですか?」
「あぁ、問題はない。サリア。君は……僕があの男と一緒だと思うか?」
「いいえ。アルフォンス様はバルドラッシュ騎士団長とは異なります。貴方様はランベール王国のために、民のために、常に耐え忍んでいらっしゃる。時には非情になられる貴方様を責める者もいらっしゃるかもしれませんが……私は貴方様は間違っていないと思っています。貴方様の目指す世界は、尊いものだと思っておりますから」
「そうか。弱音を吐いてしまったな。許してくれ」
「いいえ。アルフォンス様の目指す道を、私は、信じてついていくのみです」
アルフォンスは大きくため息を吐くと、部下であるサリアを連れて、礼拝堂の入り口を目指して歩いて行った。
その間際。アルフォンスは静かに呟く。
「……グレイス君。僕は、必ず君の目指す世界を創ってみせる。それが、幼き日、あの丘で交わした僕たちの……約束なのだから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……」
ギーシャの街を囲む城壁の上に、一人の女剣士が立っていた。
彼女は長く伸びた赤い髪を揺らし、腕を組み、遥か遠くに見える王国騎士団を鋭い眼光で睨み付ける。
「――――ルキナ。こんなところにいたのですか」
女剣士の横に立つ、金髪の騎士、モニカ。
そんな彼女を一瞥した後、ルキナは再び騎士団を睨み付け、口を開いた。
「モニカ。先に言っておく。バルドラッシュはアタシが討つ」
「……正直、『烏の爪』最大戦力である貴方には、街の防衛に努めて欲しいのが本音です」
「アタシに命令できるのは、レイスだけだ。悪いけど、アタシはあんたを『烏の爪』のリーダーだと認めちゃない。この団を率いることができるのは、レイスだけだ。アタシは王国騎士団がやってきたら、真っ先にバルドラッシュの首を取りに向かう。ギーシャの民なんて知ったことじゃない。以上だ」
ルキナのその言葉に、モニカは耳に髪を掛け、微笑を浮かべる。
「スラムで孤児として暮らしていた貴方は、自分がリーダーではないと気が済まない性質でした。なのに……随分と変わりましたね。貴方にとって、殿下はそんなに大切な存在でしたか?」
「当たり前だ。あいつは……アタシたちのためにたくさんのことをしてくれただろ。アタシはまだ、あいつに恩返しができていない。アタシはあいつの剣だったのに……あいつと一緒に死ぬことすらも、できなかった……」
ギュッと、腰にある剣の柄を強く握り締めるルキナ。
モニカはルキナから視線を外すと、遠くに見える山々に目を向ける。
「ルキナは……殿下の仇を討ちたいのですね」
「そうだ。噂だと首狩りのバルドラッシュは、自分が殺した人間の首を持ち帰り、屋敷に飾ると聞く。アタシはあの男を殺して、レイスの頭を必ず取り戻す……! アタシだってこの3年間、何もしていなかったわけじゃない!! あいつの仇を討つために、剣の腕を磨いてきたんだ!!」
「そうですね。私も指揮官として、最善を尽くす所属です。共に……殿下の無念を晴らしてさしあげましょう」
胸に手を当て、コクリと頷くモニカ。
お互いの目を見つめ合い、ルキナとモニカが決意を共有していた……その時。
彼女たちの間に入ったピンク髪のサイドテールの少女が、二人の肩をポンと叩いた。
「もー、二人して何怖い顔してんの。せっかくの美人が台無しだよー?」
「マリー。貴方もこちらに来ていたのですか?」
「……何だ。露出狂の変態女、マリーゴールドか」
「ルキナ! 誰が露出狂よ!」
「お前だろ。弓兵の癖して、胸元と太腿が見えるような服を着て。義勇兵どもがお前のことをよくチラチラ見てるぞ? 変態が」
「ファッションだって、何度言えば分かるのよ! 戦の絶えない世の中なんだから、女の子の大事な十代を、野暮ったい鎧で終わらせるのは嫌なの! ルキナもオシャレしなよ! あんた、口は悪いけど、3年前に比べてすっごく成長したじゃない? 色んなとこがさ」
マリーゴールドはムフフと笑い、ルキナの胸に視線を向ける。
そんな彼女に、ルキナは胸を隠し、不愉快そうな顔を見せた。
「アタシはあんたと違って、男に媚びを売る趣味はない」
「もう……この戦馬鹿は。17にもなったんだから、少しはおめかしくらい覚えなさいよ」
そう言ってため息を吐いた後。
マリーゴールドは、クスリと笑みを溢し、空を見上げた。
「……レイスくんが生きていたらさ、みんなの成長ぶりに驚いたのかな。むっふふふー、色っぽくなった私に、堅物のレイスくんも思わずくらっときちゃったりしてね?」
「胸の大きさだったら、私の方が大きい。マリーのは無駄に露出しているだけだ」
「いちいちおっぱいでマウント取ってんじゃないわよ、ルキナ! ……って、モニカ、どうしたの?」
自身の小ぶりな胸に手を当てため息を吐くモニカを見て、マリーゴールドは首を傾げる。
モニカはハッとすると、コホンと咳払いをした。
「い、いえ。成長というのは別に、身体的特徴のみ、というわけではないでしょう。私たちは3年前に比べ、精神力も、戦士としての技能も、各段に向上しました。きっと……殿下が生きていたら、私たちの成長を褒めてくださっていたことは間違いありません。あの方は、努力する方には、人一倍敬意を示す御方でしたから」
「うん、そうだね」「そうだったな」
3人は過去を懐かしむ顔をして、行軍する騎士団を見つめる。
「絶対に勝とうね、モニカ、ルキナ」
「はい。勿論です」「当たり前だ」
互いに勝利を誓い合う3人だったが……彼女たちは心の中で、とうに理解していた。
あの軍勢相手では―――自分たちの命の保証は、できないということを。
現状の戦力では、勝利することなど、到底不可能だということを。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
森の中を三頭の馬が駆け抜けて行く。
俺たちは現在、神聖国家のギーシャへと向けて、馬を走らせていた。
今朝、ガストンが宣戦布告をしてから―――すでに1時間が経過している。
現在の時刻は、午前8時。
その都度馬を休ませて行軍を続けてはいるが、目的地であるギーシャへ渡る橋は、未だ見えてこない。
いや……あの橋はもう既に壊されたと見て良いだろうか。
俺がギーシャに立てこもり、籠城戦をするつもりならば、真っ先に侵入経路は落とすはずだ。
今の『烏の爪』の指揮を誰が執っているかは、定かではない。
だが、もしモニカであったのなら――必ず定石である策は一通り行使するはずだ。
「ギルベルト。恐らくだが、神聖国家へと渡る橋が壊されている可能性が高い。途中で渓谷を迂回するルートを取るぞ」
「畏まりました、殿下」
「カァ!」
その時。空を飛ぶ一羽のカラスが、鳴き声を上げた。
「……クロウ、貴方、ついてきたの?」
驚きの声を上げるドロシー。
カラスは羽ばたきながら低空飛行をすると、器用に、俺の肩へと止まってきた。
「クロウか。正直、お前を戦場には連れて行きたくはなかったのだが……」
「カァァァ!」
何かを伝えるかのように、鳴き声を上げるクロウ。
俺はそんなクロウの様子に、思わず、首を傾げてしまった。




