17歳ー烏の帰還 第36話 漆黒の騎士
「……モニカ様! 報告致します! ついに王国騎士団がギーシャに向けて進軍を開始致しました!」
小屋の中に入ってきた元ギーシャの民である義勇兵の青年に、金髪ロングヘアーの少女……モニカはコクリと頷き、言葉を返す。
「やはり、来ましたか。それで、神聖国家からの援軍は?」
「それが……未だ返答は無く……」
「なるほど。恐らく神聖国家側は『烏の爪』を王国騎士団へぶつけ、捨て駒にするつもりなのでしょう。彼らからしてみれば『烏の爪』はただの反乱軍の残党で、仲間でも何でもないのですから。当然の動きといえますね」
「で、では、俺たちギーシャの民は、神聖国家に見捨てられたということなのですか!?」
「……有り体に言えば、そうなります。申し訳ございません。私たち烏の爪を匿ったばかりに、こんなことになってしまって……」
「い、いえ。烏の爪の皆さんは、汚職をしていた聖騎士を追い出し、私たちの街を自警団として守ってくれていましたから。恩こそあれど、今更恨みなどありませんよ。それにしても、やはり、ギーシャの街は自分たち自身の手で守らなければならないのですね……」
俯き、暗い表情を浮かべる義勇兵の青年。
そんな彼に、モニカは辛そうな表情を浮かべた。
「きっと、先代のリーダーならば、このような逆境の中でも希望を見出し賢明に戦ったことでしょう。今はこんなことしか言えませんが……彼に想いを託された今代の烏の爪のリーダーとして、最善を尽くす所存です」
「先代のリーダーというのは……騎士王ガストンに堂々と宣戦布告をした、仮面の軍師レイスという方ですよね?」
「はい。彼はまさに策略の鬼。不可能を可能に変えてみせる方でした。どんな絶望の中でも、盤上をひっくり返し、けっして諦めることはしなかった。彼がもし生きていたら……きっと、私にこう言うでしょう。進むことを怖がるな、と」
「とても信頼されていたのですね。自分も会ってみたかったです」
「はい……。ですが、彼はもういない。今の烏を率いているのは、私。私がこの逆境を超えねばなりません」
そう言ってモニカは椅子から立ち上がると、自身の胸に手を当て、目を瞑る。
この3年間。モニカは烏の爪のリーダーとして、賢明に頑張ってきた。
だが、3年間で、モニカはひとつのことを理解した。
それは、自分は間違いなくリーダーの器ではないということだった。
3年前。仲間たちと共に命からがらギーシャに辿り着き、街の民と交渉をして、汚職していた聖騎士を追い出し、自警団として『烏の爪』が街に住めるように民と和平を結んだのは、全てモニカの手腕によるもの。
だが……モニカができるのは、交渉ごとまで。
王国騎士団と戦うにおいて、彼女は、兵を指揮することの大変さを思い知った。
街を守るために、外から攻めてくる王国騎士団にどう対処するか。
兵の数、籠城戦をすることになった場合の物資の数、民の逃走経路。
考えることが山積みで、街を守るには、自分だけでは手が回らなかった。
モニカは目を開けると、口を開き、状況を確認する。
「破城槌への対策は完了済み。渓谷に懸かっている橋も破壊済み。とはいえ、迂回するルートを通れば問題はない。恐らく、騎士団は2日程度で神聖国家の領土へと侵入してくるでしょう。現状、対策すべきことはできている……ですが、私ができることはセオリー通りの対策のみ。……殿下。本当に私にリーダーを任せて良かったのですか? 私では……手に余ることが多いです……」
「――――失礼する。『烏の爪』のリーダー、モニカはここにいるか?」
その時。身なりの良い服を着た口髭の男が、配下を連れて小屋の中に入ってきた。
彼の登場に、義勇兵の青年は驚いた声を上げる。
「と、父さん!?」
「ゲイリー。まだ『烏の爪』などに協力をしているのか。ふん、まぁ、良い。モニカ殿。話がある。貴君も既に聞いたと思うが、騎士王ガストン様が、お前らの身柄を求めておる。ギーシャの街長として、貴君に命じる。大人しく縄に付き、ガストン様にその首を差し出せ」
「……なるほど。街長殿は、『烏の爪』でも神聖国家でもなく、ランベール王国側に付くと。ギーシャは『烏の爪』を生贄として、ランベール王国の勢力下に入ると……そういうことですか」
モニカのその言葉に、フンと鼻を鳴らす街長。
そんな街長に、義勇兵の青年ゲイリーは、怒鳴り声を上げた。
「何を言っているんだ、父さん! 『烏の爪』は、俺たちの街を長く支配していた、腐った聖騎士どもを倒してくれたんだぞ! それに、ランベール王国に降るだって!? 騎士王ガストンが俺たちの住むこの地を安全に支配すると思っているのか!? あの男は、逆らう者には死を与える、暴君だという噂だぞ!?」
「黙っていろ、ゲイリー! これは、街長であるワシの決定だ! 神聖国家はギーシャを見捨てた! それならば、『烏の爪』を差し出し、ランベール王国に忠誠を誓うしかあるまい!! これしか我らに生き残る術はないのだ!!」
街長が指を鳴らすと、背後に居た二人の男が同時に腰から剣を抜いた。
そして、街長は、引き攣った笑みを浮かべる。
「さぁ、大人しく縄に付け、モニカ! 頭であるお前を捕らえれば、他の残党どもも、きっと―――」
「……流石に私たちを舐めすぎですね。ただの街人に捕らえられるほど、私たちはヤワではない」
「はっ! 何を言って―――」
「ぐはぁっ!?」「あぐぁっ!?」
街長の背後に立っていた二人は、同時に意識を失い、その場に前のめりに倒れ伏す。
彼らの後ろに立っていたのは……剣を肩に乗せた、大柄な青年……ガウェインだった。
「よぉ、モニカ。こんな忙しい時に大勢の男を執務室に連れ込むなんて、やるじゃねぇか。まぁ、見たところ、ゲイリー以外殆どオッサンばかりなわけだが……もしかしてお前、そっち趣味? オジキラー?」
「はぁ。ふざけたことを言わないでください、ガウェイン。ゲイリーさん、申し訳ございませんが、街長と連れの皆さんを拘束し、別の場所へと軟禁しておいてください。あぁ、ご安心ください。彼らはみね打ちで気絶しているだけですので」
「は、はい、分かりました!」
敬礼をしたゲイリーは、父親である街長とその部下たちを、重そうに引きずって行った。
その姿を見送った後。
モニカはガウェインに真面目な表情を見せる。
「それで……敵の様子はどうでしたか?」
「はぁ。本当だったら、こういうの、ルーカスの役目なんだけどなぁ。何でこのイケメンオーラを隠せない、誰よりも目立つことが好きなガウェイン様が、コソコソと敵情視察なんてしなきゃならないのか。理解に苦しむぜ」
「いいから。早く、見て来たものを話しなさい、ガウェイン」
「……はっきり言って、厳しいな。敵の数は『烏の爪』と義勇兵じゃ太刀打ちできない量だ。加えて、相手さんの持つ旗を見たところ……あれはケルベロス、つまり、俺たちは奇しくも3年前に辛酸を舐めさせられた相手と対峙するってことになる。騎士団を率いるのは、四聖騎士団長、首狩りのバルドラッシュ。俺たちの大将の仇ってわけだ」
ガウェインのその言葉に、モニカは悔しそうに下唇を強く噛む。
「殿下とギルベルト様を殺した相手……はっきり言って、絶望的な状況ですね」
「まだだ。まだ、もうひとつ、お前には残念なお知らせがある。ケルベロスの隊とは別に、もう一部隊、違う旗を掲げている騎士が行軍していたんだ」
「違う部隊? それは?」
「――――――鷲獅子の旗を掲げる、新しい四聖騎士団だ」
「それって……」
「あぁ。白銀の鎧甲冑を見に付けた、新たな騎士団長殿……アルフォンス・ベルク・ファルシオンが、ギーシャに向かって来ている」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「似合っているじゃないか、殿下」
小屋の前に立った俺に、イザベルはパイプ片手に、笑みを浮かべる。
俺は自身の姿を確認しながら、イザベルに言葉を返した。
「そう、か?」
「あぁ。その【黒獅子の鎧】は、殿下にこそ相応しい一品だ。そして、こっちは私が直接知り合いの鉱山族に作らせた特注品だよ。受け取りな」
そう言ってイザベルは、俺に兜を投げ渡してくる。
その漆黒の兜は……カラスのような形をしていた。
「イザベル、これは?」
「烏の群れの頭領に相応しい兜だろう? バイザーを付ければ、あんたの顔も隠れる仕様になっている。常に仮面を被り正体を隠すあんたには、ぴったりの代物じゃないかい?」
「あぁ。そうだな。ありがたく使わせて貰おう」
「殿下。私からはこちらを」
そう口にすると、ギルベルトは膝を付き、俺に一本の剣を渡してくる。
その剣は、年代ものなのか、酷く年季に入っている鞘に収まっていた。
俺は剣を受け取り、鞘から剣を抜いてみる。
よく手入れされており、群青色の刀身には、反射した俺の顔が映っていた。
「ギルベルト、これは?」
「ガイゼリオン様の剣でございます」
「何!?」
俺はギルベルトに驚いた表情を浮かべる。
そんな俺に、ギルベルトはニコリと、微笑みを浮かべた。
「秘密裏にサイラスに回収させたものを、とある場所にずっと隠しておりました。それを、殿下の稽古がお休みの日に、回収して参りました。その剣はやはり、殿下にこそ相応しい。王国の宝具である【獅子王の剣】はガストンが使っているため、取り戻せませんでしたが……若き日の御父上が愛用していたその【宵月の剣】は貴方がお持ちくださいませ」
「ありがとう、ギルベルト」
「……【宵月の剣】は姉妹剣。対を成す【陽炎の剣】は、恐らくは我が孫、アルフォンスが持っております」
「……………そうか」
俺は剣を鞘に納めると、腰へと差す。
そして、手に持っていた兜を頭に嵌めて、赤いマントを翻した。
今の俺は、全身、漆黒の鎧に身を包んでいる。
まるで魔王にでもなった気分だが……別にそれでも構わない。
俺は正義の味方になるわけではない。
俺が今からやろうとしていることは、どちらかというと悪の側だろう。
俺は野望のために、この戦乱の世で、確実な勝利を納める。
そのためなら、幾万の屍を築いてみせる。
そのためなら、悪魔にでもなってやろう。
「……本当、立派になったねぇ、グレイス……―――ぐっ!」
「!? イザベル様!?」「イザベル?」
その時。イザベルが胸を押さえ、身体を小刻みに震わせた。
彼女は傍に寄ってきたギルベルトとドロシーを手で制すと、持っていた杖をカンと地面に打ち付け、ふうと大きく息を吐く。
「大丈夫だよ。そろそろ……この森に張っている結界も限界のようだ。私の魔力が尽きかけているんだろうねぇ。少し立ち眩みをしてしまったよ」
「……イザベル。俺は、先ほどから疑問に思っていたことがある」
「何だい、殿下」
「ガストンが宣戦布告し、同時にこの森の結界が解かれる……少し、タイミングが良すぎやしないか?」
「ふふ。お前さんは本当に聡い坊やだねぇ。その鋭さは、ガイゼリオンというよりも、カトレアによく似ているかね」
そう言ってパイプから口を外し、煙を吐くと、イザベルは青空を見上げる。
「3年前に言っただろう? 私の力は弱まっているって。そのことを、私よりも魔力のあるハデスが、気付かないわけがない。ハデスはとうに知ってんのさ。この結界が剝がされる、タイムリミットが」
「結界の終わりを予期したハデスが、今日この日にガストンに宣戦布告をさせたというわけか。森妖精族の国への進路を阻む結界が剥がれれば、ランベール王国にとって進軍不可能な国は無くなるから、か」
「ご明察。本当に頭の良い坊やだよ、あんたは」
そう言ってイザベルは俺の元へと近寄ると……俺の身体をギュッと、優しく抱きしめてきた。
「グレイス。これから先、この世界には戦乱の世が訪れる。ガストンの支配するランベール王国は、全国統一を目指して各国を侵略し、飲み込んでいくだろう。あんたの目指す道は楽なものではない。この先の世界にとってあんたは異端者だ。あんたは、この世全てを相手にする反逆者だ。世界の全ては、あんたの敵となる」
「……あぁ」
「だけど、挫けんじゃないよ。あんたはこの世界を変えられる最後の光だ。いや……この世界を混沌に落とし、再生する、魔王かね。死なせた者の想いを継いで、殺してきた者の想いを継いで、野望を成せ。あんたならできるよ。私は信じている」
イザベルはそう声を掛けると、俺の頭を撫で、離れた。
……あぁ、今更になって、気が付いた。
彼女は、とても、母上……カトレア王妃によく似ていると。
「行ってきな、グレイス。世界を変えてきな」
「……はい。今までありがとうございました、イザベル師匠」
そう言って俺は踵を返す。
そこにあるのは、三頭の馬。
俺とギルベルト、ドロシーが、この里を抜けるために事前に用意していた馬だ。
「……イザベル。ごめんね。私が結界を張れたら良かったんだけど……」
「どっちみち、あんたが結界魔法を行使できたとしても、私はあんたを殿下と共に行かせたさ。あんたも行っといで、馬鹿弟子。殿下をよろしく頼むよ、宮廷魔術師、ドロシー」
「……うん」
涙声のドロシーも踵を返し、俺と共に、馬へと向かって歩き出す。
最後に残ったギルベルトは、一言「今まで楽しかったです」と告げ、俺たちの元へとやってくる。
そうして、俺たちは三人は馬に乗り、魔女の里を抜けるべく、馬を走らせた。
それと同時に―――空が歪み始める。
今まさに、結界が……解けようとしていた。
「……イザベル……!」
「ドロシー、振り返るな!」
俺は馬の手綱を握り、必死に涙を堪える。
泣き顔など見せたら、彼女に、最後まで泣き虫だと馬鹿にされるからだ。
3年間過ごしてきた、安寧の日々が今、終わりを告げる。
イザベルの死と共に―――戦乱の世が、幕を上げる。




