14歳ー幕間 第34話 修行の日々
その後。俺は、森妖精族の森にある結界の中……魔女の里で修行することになった。
里に来てから二日後。
俺は剣を持って丘の上の草原に立ち、ギルベルトと対峙していた。
「良いですか、殿下。正当な騎士王家の血を引く貴方様には、これから、私の全てをお伝えするつもりです。容赦などするつもりはございません。覚悟を持って3年間、私の修行に耐え抜いてください」
「それは良いのだが……ギルベルト。俺もお前も怪我が完全に治ってはいないだろう? イザベルに無茶をするなと言われていなかったか?」
「剣を教えるのに3年というのは、長いようで短いです。……最早、猶予はありません。貴方様が危険な目に遭われないように、3年後の17歳になった殿下を、私が、一端の騎士へと育てあげます」
「お、おい。俺の話を……」
「参ります」
そう言って、ギルベルトは剣を構えて、俺に襲い掛かって来る。
その速度は、手負いとはいえ―――ほぼ、バルドラッシュに近いものだった。
俺は反射的に剣を前に上げ、ギルベルトの斬撃を防ぐが……その威力に為す術もなく、後方へと転倒した。
そんな俺にギルベルトは、続けて剣を振り降ろす。
俺は慌てて、横に飛び退き、その剣を回避してみせた。
横を見ると、ギルベルトの剣が地面に突き刺さっていた。
これは……組手なんかではない。ギルベルトは完全に、俺を殺しに来ている。
「お、おい! 今のは流石に危なかったぞ! 殺す気か!」
「殿下にはまず、実戦で、手負いの私の速度に慣れていただきます。ご安心くださいませ。貴方様がギリギリで回避できる速度を予想して、制限しております。ですが……けっして、集中力を欠かぬように。ミスひとつすれば、死にますぞ」
「……ッ! 怪我を負ったまま、いきなりこんなスパルタな特訓をする奴があるか! ―――って、おわぁ!?」
容赦なく突進してくるギルベルトに、俺は慌てふためいて、ギリギリで剣を避けることしかできない。
そのまま俺は……丘の上の草原で、無様な恰好でギルベルトの剣を避け続けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まったく。ギル坊は本当に、止めても聞かない子だねぇ。昔から変わりはしない」
そう言って、イザベルは丘の上で稽古を行うギルベルトとグレイスを見て、呆れたため息を吐く。
そして彼女は、自分の背後に隠れる青紫色の髪の少女に、声を掛けた。
「ドロシー。まだ、外の人間は怖いのかい?」
「……少しだけ」
「あの御方は、お前さんの村を襲った王国軍の騎士とは違うよ。保証する」
「……グレイス殿下は……本当にこの世界を変えてくれるの?」
「不安に思うのなら、彼と直接話して、彼を知ってみると良い。自分が仕えるに値しない主君だと思うのなら、別に、距離を置いても構いはしないよ。お前さんが進む道は、お前さん自身が決めるんだ」
「……うん。分かったよ、師匠」
そう口にして、耳の先が尖った魔術師の少女は、コクリと頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
丘の上に大の字になって、俺はゼェゼェと荒く息を吐く。
そんな俺を見下ろしたギルベルトは「休憩です」と言って、額の汗を拭ってその場から離れて行った。
くそ。分かってはいたことだが、やはり、意志の力だけではどうにもならないな。
ギルベルトの奴、最初に俺が正体を明かした時に……手加減をしていたな?
俺の王宮剣術の構えを見て、もしやと思って手を抜いていたのか。
手負いだからと勝てると踏んで挑んだ俺はまさに道化そのものだったな。
今の俺には、剣術も戦術も兵法も、何もかもが足りていない。
怒りに任せて王国を取り戻すと叫んでいた、ただの半端者だ。
「……」
視界に広がる青空。入道雲。太陽。
俺は、燦々と光をそそぐ太陽に向けて、手をかざす。
「王国を取り戻したい。誰も失いたくもない。……今にして思えばその考えは、矛盾したものだな。王国を取り戻すために戦争を仕掛けようとしている俺が、誰かを失いたくないなんて願うのは、ひどくおかしな話だ。俺はこれから先、自身の目的のために、たくさんの人間の命を奪うだろう。その人間には家族もいる。復讐者である俺が、誰かに憎悪を向けられることもある。この世界は、憎悪の連鎖でできている」
きっと何処かのお偉い宗教家は、憎悪の連鎖を断ち斬るためには、他者を許すことが大事だと説教することだろう。
しかし、最早、今の俺に立ち止まる選択肢はない。
この残酷な世界を変えるには、暴力によって、革命を起こすしかない。
俺に託していった者たちのためにも。
必ずや、このグレイス・フォン・ランベールが、この世界を変えなければならない。
「俺の夢は……虐げられる弱者のいない世界を創ること。俺は例え民から恐れられる魔王になったとしても、幾万の者の命を奪ったとしても、必ず理想を実現してみせる」
「……その世界では、半・森妖精族が差別されることは、ない?」
「え?」
声が聞こえてきた隣に視線を向けると、そこには、魔女の帽子を被り、肩にカラスの雛を乗せた、ハーフツイン少女の姿があった。
三角座りをしている彼女は俺と目が合うと、ぼんやりとした表情で、そのまま口を開く。
「……水、持ってきた。飲んで」
彼女の横には、井戸で汲んできたのであろう、水の入った桶が置いてあった。
俺は上体を起こし、礼を言う。
「あ、あぁ。ありがとう」
俺は桶を両手に持つと、そのまま口を付けて、一気に飲んで行った。
「ごくごくごく…………ふぅ。生き返るな」
桶を置き、口元を腕で拭うと、少女はまた声を掛けてくる。
「……私は、ドロシー。イザベルの弟子。そしてこの子はカラスのクロウ」
「ピピーッ!」
「そうか。俺はグレイスだ。よろしく頼む、ドロシー、クロウ」
「……知っている。君は……ランベール王国の本当の王子様、なんだよね?」
「あぁ、そうだが?」
「……ガストンのことは知ってる?」
「勿論だ。奴は俺にとっては、殺さなければならない相手だからな」
「……今のランベール王国、ガストンは、森妖精族を都合の良い商売道具にしか見ていない。二年前、私の住んでいる半・森妖精族の村は、王国の騎士たちによって焼かれたの。男は労働力にされ、女や子供は奴隷として売られていった。森妖精族は長命種だから、長く使える道具なんだって、王国の騎士たちはそう言っていたよ」
「それは……惨い話だな。いや、他人事ではないか。本来であれば、俺や父上がアグランテ家に王位を簒奪されなければ、起こらなかった出来事なのだからな。ランベール王家に身を連ねる者として、謝罪しよう。申し訳なかった、ドロシー」
俺はそう言って、ドロシーに頭を下げた。
「……」
一向に返事がないため、顔を上げて見ると、そこには、驚いた顔で硬直しているドロシーの姿があった。
「……君、王子様なのに、見ず知らずの……しかも半・森妖精族に頭を下げるの? 自分がやったことじゃないのに? 何で?」
「ただ、正統な王家の者として、君には謝りたいと思ったからだ。種族や国は関係ない。俺が君に謝りたいと思ったから、謝っただけだ」
「……王子としてのプライドは?」
「そんなものは、とうに何処かに捨ててしまったな。俺は一時、スラムで暮らしていた。故に、王族としてのプライドなどは最早ない」
「…………」
大きな碧眼をパチパチと瞬かせるドロシー。
しかし、何気に森妖精族という種族を俺は初めて見たわけだが……目が大きく、顔立ちが作りもののように整っているのだな。耳も少し尖っている。
いや、彼女は半・森妖精族と名乗っていたか。人の血が混ざっているため、純粋な森妖精族とは少し違うのだろうな。
そう、彼女の顔をまじまじと見つめていると、ふいにドロシーが自分の首元の服を引っ張り、俺に、胸元を見せてきた。
「……見て」
「!? な、何をやっているのだ、お前は!?」
俺は思わず赤面し、顔を逆方向へと向ける。
しかし、ドロシーは片手で俺の頭を掴み、声を掛けてきた。
「……いいから、見て」
「……くっ!」
梃子でも動かぬ様子のドロシーに根負けして、俺は、彼女に顔を向ける。
けっして、同年代の少女の胸を見たいからとかではない。断じて。
「……角の折れたカーバンクルの……入れ墨?」
彼女が見せてきたのは、首元から鎖骨にまで伸びる、森の精霊……ウサギとリスが合体したような獣、カーバンクルの入れ墨だった。
俺が疑問の声を溢すと、ドロシーは胸元を元に戻し、抑揚のない口調で言葉を返す。
「……これは、半・森妖精族に刻まれる、『追放者の紋』。森妖精族にとってカーバンクルというのは、自分たちの祖たる、神聖な存在。そのカーバンクルの角が切れているのは、堕天、純血ではないという意味。つまり私たちは偽物のカーバンクルの背負う、穢れた種族ということ」
「……」
「……森妖精族は、掟によって、産まれた半・森妖精族の赤ん坊にこの紋を刻み、外界へと追放する風習がある。半・森妖精族の村が王国の騎士たちに蹂躙されても、森妖精族たちは私たちを助けることはしなかった。私たちは見殺しにされたんだ」
「つまり、半・森妖精族という種族は、双方どちらの世界にも居場所がない……森妖精族には差別され、人族には都合の良い商品としか見られていない、排斥されている種族というわけなのだな?」
俺のその言葉にコクリと頷くドロシー。
俺は立ち上がると、ドロシーを見下ろし、口を開いた。
「だったら……半・森妖精族は、いずれ俺が創る王国の住民として、受け入れよう! 俺は騎士王家の人間として誓う! 必ずや、半・森妖精族にも平和をもたらすと! 俺が変えてみせよう、その世界を!」
その発言に、今まで常に無表情だったドロシーが、微笑を浮かべた。
「……君、少し変わっているね」
「そうか?」
「……うん。でも、いいね。私、君のことは嫌いじゃないかも。虐げられる弱者のいない世界、か。叶うわけがない、子供じみた理想だけど……そんなバカげた夢を掲げる人が一人くらいいたって、いいのかもね」
そう言ってドロシーは耳に髪をかけ、地平線を見つめるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……うちの弟子は、どうやら殿下と打ち解けられたようだねぇ」
そう言ってイザベルはパイプの煙をくゆらせ、丘の上で会話するグレイスとドロシーの二人に笑みを浮かべる。
そんな彼女に、ギルベルトは同意するように頷き、言葉を返した。
「そうですね。ドロシーはいずれ宮廷魔術師になるのですから、無事に、殿下と仲良くなってくれて良かったです」
「私も若い頃はあんな感じで、初々しくアールソンと会話していたものだよ。懐かしいねぇ」
「先々代騎士王のアールソン陛下と、ですか?」
「あぁ。アールソンも、グレイス殿下がドロシーの胸を見ていたように、宮廷魔術師として着任したばかりの私の胸をよく見ていたものさ。どうやら、騎士王家の巨乳好きの血は争えないようだねぇ。フフッ、面白いものさ」
「……何とコメントして良いものやら……」
「当時、アールソンは私に結婚してくれって、しつこかったんだ。私も奴のことは嫌いではなかったけど……まぁ、私が返事を保留している内に、あいつは良家との縁談が進み、私たちの関係は終わったというわけさ。懐かしい記憶だね」
そう言ってパイプから口を外し、ふぅと、煙を吐き出すイザベル。
そんな彼女に、ギルベルトは緊張した面持ちで、声を掛けた。
「ですが……貴方の娘である、カトレア様は……」
「そうだね。あいつは、私の反対を無視して、ガイゼリオンと結婚したね。古代人と騎士王家が結ばれるだなんて……私は反対したんだけどねぇ」
「そのこと、グレイス殿下にお伝えしなくてよろしかったのですか?」
「良いんだよ。私はただ死を待つだけの老いぼれた魔術師さ。私の命は……結界と共に消える運命にある。たくさん失ってきたあの子にそれを背負わせるのは酷さね。私はただの宮廷魔術師の老婆、それで良いんだよ」
そう言って彼女は胸元にぶらさげてあったペンダントを開く。
そこにあった写真には、若き日のイザベルと、グレイスの顔に似た黒髪の少女……カトレア、そして、若き日のギルベルトの姿が写っている。
3人は仲睦まじく寄り添い、写真に写っていた。
その写真をじっと見つめた後。
イザベルは静かに口を開いた。
「ハデス、か。あいつはもしかして……」
「イザベル様?」
「何でもないよ」
そう言ってペンダントを閉じると、イザベルは過去を懐かしむように目を細め、グレイスとドロシーの姿を優しく見つめるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
剣術、魔術、兵法、外交術、貴族のマナー、薬草学。
俺はその後、ドロシーと共に、ありとあらゆるものを学んでいった。
本来、王子として教わるべきことを頭に叩き込み、ものすごいスピードで教養を身に付けて行った。
学ぶことは、とても楽しかった。
自分がどんどんと成長していくのが、分かったから。
そして―――気付けば、3年の月日は、あっという間に過ぎていったのだった。




