14歳ー幕間 第33話 魔女の里
「……ここ、は……?」
目を覚ますと、そこは、見知らぬ小屋の一室だった。
俺は額を押さえ、ベッドから上体を起こす。
その小屋の中には、煙が出ている火にくべられた巨大なツボや、怪しげな薬品の数々が見て取れる。
窓から日が差し込んでいるところを見るに、時刻は朝か昼かのどちらかだった。
「俺はいったい……?」
頭と肩がズキズキと痛む。
俺は確か、首狩りのバルドラッシュに敗北し、ギルベルトと共に谷底へと飛び込んだのだった。
……そうだ。ギルベルトは無事なのか?
キョロキョロと辺りを見回してみると、隣のベッドに、同じようにして眠っているギルベルトの姿があった。
その姿を見て、俺は思わず安堵の息を吐いてしまう。
「ギルベルト……良かった……」
ギルベルトの胸を見ると、上下していることから、ちゃんと呼吸していることが窺える。
一先ず、彼は助かったと見て良いのだろう。
俺は、賭けに勝ったんだ。彼を失わずに済んだんだ。
「……それにしても。いったい誰が俺たちを助けたというのだ……?」
現在俺とギルベルトは上半身裸の状態で、俺は肩に包帯を、ギルベルトはほぼ全身に包帯を巻かれている。
何者かが俺たちを救助し、手当したのだと思うのだが……いったい誰が……?
「おや、目覚めたのかい?」
その時。小屋の中に、魔女のような大きな帽子を被った妖艶な女性が姿を現した。
彼女はベッドの脇にある椅子に座ると、パイプを片手に煙をくゆらせ、こちらに声を掛けてくる。
「随分と大変な目に遭ったようだねぇ。相手が首狩りのバルドラッシュとは……流石に気の毒としか言えないよ」
「!? 何故、そのことを知っている!?」
「何でも知っているさ。私は情報通なんでねぇ。君が烏の爪のレイスであることも、グレイス殿下であることも知っているさ」
「……何者だ、貴様は。俺の敵か」
俺はベッドに立て掛けてあった自分の剣の柄に手を当てると、鋭い眼光で、魔女を睨み付ける。
すると魔女はふぅと煙を吐き出し、再度、口を開いた。
「私は森妖精族の世界と人の世界を繋ぐ森の門番でねぇ。この周囲一帯の森を常に水晶玉で監視していたのさ。お前さんが3日程前にバルドラッシュと戦っている姿を、遠目で見ていたんだよ。だからお前さんたちの事情も知っているというわけさ」
「まさか、知っていて、俺たちを助けたというのか?」
「神聖国家の近くにある川は、うちの近くにある小川まで繋がっていてね。私の弟子に近所の小川を見に行かせて……流れ着いたあんたたちを救助させた、というわけさ。死んでいなかったのは奇跡さね。グレイス殿下とギルベルトの生命力が、尋常ではなかったという話さ」
……どうやら、話をした感じ、この魔女は敵ではなさそうだ。
しかし、森妖精族の森の番人、か。
どうやら俺たちは神聖国家ではなく、森妖精族の国付近へと川で流されて来てしまったようだな。
確かに神聖国家沿いには、森妖精族の国があった。
一度はそちらも逃走経路として考えていたが、森妖精族の国は現在、ガストンによって騎士団が派遣され、半ば交戦状態であると聞く。
故に、森妖精族の国は逃走経路としては考えていなかった。
森妖精族の大半が、人族嫌いということも、懸念材料として考慮してはいたが。
「……殿下。彼女は、敵ではありませんぞ」
その時。背後から声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには、上体を起こしているギルベルトの姿があった。
「ギルベルト!! 起きたのか!!」
俺が歓喜の声を上げると、彼は笑みを浮かべ、俺に一礼してくる。
そしてギルベルトはゼェゼェと荒く息を吐きながら、魔女にも頭を下げた。
「お久しぶりでございます……イザベル様。お変わりなきご様子で」
「あんたは随分と老けたようだねぇ、ギル坊。……ガイゼリオン様のことは残念だったね。まさかあんなことになるなんて、私も思わなかったよ」
「? ギルベルト、お前はこの魔女を、知っているのか?」
俺がそう疑問の声を投げると、ギルベルトはコクリと頷く。
「はい。彼女は―――」
「いいよ。私から説明するさ」
そう言って魔女は魔女は椅子から降りると、床に膝を付き、俺に頭を下げてくる。
「お初にお目にかかります、グレイス殿下。私はガイゼリオン様により宮廷魔術師の任に就いていた、イザベルと申します。そこのギルベルトの、育ての親でございます。以後、お見知りおきを」
「宮廷魔術師、だと……?」
「はい。本来宮廷魔術師というのは、代々の王家の教育係の任を仰せつかうものです。私は若き日のガイゼリオン様……ちょうど今のグレイス様の年齢の陛下に、教鞭を取っていました。本来であれば、私か、私の次の宮廷魔術師が貴方様の教育係の任に就くはずでしたが……ガストンによる反乱が起こり、それは叶いませんでした」
「ま、待て。ギルベルトの育ての親だったことといい、父上の教育係だったことといい、お前、いったい何歳なんだ? 見た目は、20代の女性にしか見えないが?」
「そうですね。既に100歳は越えております。老婆の姿だとガストンの奴に私がイザベルだとバレかねませんから、見た目は魔術で若くしております。ですが、中身は年相応のものです。最近は腰の痛みが酷くて杖無しじゃ歩けませぬ、ただの老体ですよ」
そう言ってニコリと微笑むイザベル。
そんな彼女に驚いていると、イザベルは続けて口を開く。
「私は、ガイゼリオン陛下の命により、平和条約を結んだ森妖精族の国と人の世界を隔てる任務に就いております。過去、森妖精族の子供たちが、我ら人族の手によって大量に奴隷として攫われた事件があったことを……ご存知でしょうか?」
「あ、あぁ。俺が産まれる前に起こった、奴隷商人が森妖精族の村を襲った事件だったな。この事件がきっかけで森妖精族は人族を野蛮な民族だと認識し、度々国境で小競り合いが起きていたと聞く」
「はい。グレイス殿下の祖父王の代で起こった事件でございます。そのことを憂いたガイゼリオン様は、森妖精族の王と平和協定を結びました。それは、森妖精族の国へと続く森に結界を張り、入国を許可された者以外の侵入を拒むこと。私はその協定の要として、ガイゼリオン様の命令により、この森で結界を張り続けております。なので……」
「ガストンが反乱を起こした時、父上の救援に駆けつけられなかった。そういうことだな?」
俺の言葉にコクリと頷くイザベル。
俺は続けて、彼女に疑問を投げた。
「だが今は、ガストン率いる王国軍が、森妖精族の国への侵攻を始めていると聞いている。結界はもう破られているのではないのか?」
「……いえ、今のところ結界は破られてはおらず、森妖精族の国への侵攻は防げています。ですが……森の外にある、半・森妖精族の村は……既に王国軍により占領され、壊滅状態となっています。次に奴らは、私の結界を破ることに躍起になることでしょう」
「半・森妖精族の村? 何故、半・森妖精族の村は、森妖精族の国の外にあるのだ?」
「それは、森妖精族は、人の血が混じった半・森妖精族を忌むべき者として、排斥する傾向があるからです。その結果、半・森妖精族は国の外にある森で暮らすことを余儀なくされていました」
差別、というわけか。その結果、王国軍に村を占領されてしまったと。
何とも、惨い話だな。
「お前の事情は良く分かった、イザベル。このまま結界を保つことは、できそうなのか?」
俺のその質問に、イザベルは首を横に振る。
「残念ながら、年老い魔力が弱った私では、最早、結界を維持することは不可能かと。もって3年が限界でしょうか。敵方にいるハデスという魔術師は、私よりも多くの魔力を持っていると思われますし。かなり厳しい状況です」
ハデスと同等に戦える魔術師であれば、彼女を烏の爪にスカウトしても良かったのだが……話を聞く限り、年老いたイザベルは結界を維持し続けることしか、最早余力は残されていなさそうだ。
現状、ハデスと対抗するために、優秀な魔術師の人材が欲しいところといえる。
アビゲイルの魔術を鍛える教師役としても、欲しいところだな。
「……リミットは3年、か。3年経てば、ガストンは17歳になり、戴冠式の時期を迎える。騎士王ガストンが牛耳る王国は、森妖精族の国に……いや、全世界に侵略を始めるだろうな。3年後、この大陸全土に、戦争が巻き起こる」
俺はベッドから立ち上がると、フラフラとよろめきながら、小屋の扉へと向かう。
するとギルベルトが、慌てて声を掛けてきた。
「殿下! どこに行かれるのですか!」
「決まっているだろう。神聖国家のギーシャへと向かい、烏の爪の仲間たちと合流を果たす。3年後に戦争が始まろうとしているのだ、こうしてはいられない」
「待ちな、殿下」
そう言ってイザベルが、俺の進行方向に杖を向け、制してきた。
俺はそんな彼女に、鋭い眼光を向ける。
「退け。俺は、死した者たちのためにも、野望を叶えねばならない」
「バルドラッシュに手も足も出ていないようじゃ、あんたはこのままただ無駄死にしに行くだけさね。同じ失敗を繰り返したいのかい?」
「貴様に……貴様にこの俺の憎悪が分かるか!? 俺は、ガストンを……アルフォンスを……リリエットを……!!」
「冷静になりな、グレイス殿下。この王国を救える王子はあんた一人しかいない。先走ってあんたが死んだら、この国は確実に終わるよ。いいかい? 世界大戦が起こるリミットの3年まで……万全な態勢を整えるんだ。まずはバルドラッシュに対抗するために、ギルベルトの師事の元で、剣を鍛えな。私は、ハデスに対抗する力を付けるために、弟子と一緒にあんたに魔術や兵法を教える」
「俺は……」
「あんたは王子といっても、14歳のガキだ。まだまだヒヨッコなんだよ。……今まで我流で一人で戦ってきたのだろうけど、少しは大人を頼りなさい。子供であるあんたにこの国の命運を託すしかないっていうのは……大人として辛いところではあるけどねぇ」
そう言って辛そうな表情で、ため息を吐くイザベル。
その時。ギルベルトがベッドから立ち上がり、俺の肩にポンと手を乗せてきた。
「殿下。リミットまでの3年……結界が張られているこの安全な地で、力を付けましょう」
「ギルベルト……だが、烏の爪の団員たちが……」
「殿下の仲間たちは、神聖国家へと渡りました。あの地であれば、ガストンも無暗に手は出せません」
「……」
「私としては、正直、今でも殿下がガストンと戦うことには、反対です。私は貴方様には戦場など知らずに生きていただき、平和な日々を送って欲しい。神聖国家で聖王女と結婚をし、子供を成し、ガストンのことなど忘れていただきたい」
「ギルベルト、あんた、それは騎士として……」
「分かっております、イザベル様。ですが、私にとって殿下は、実の孫と同然の存在なのです。孫の幸せを願うのは、爺としておかしなことでしょうか?」
「……ガイゼリオン様に仕える王国の騎士たちの多くは死んでいった。それなのに、兵を率いていたあんたは、悲願を遂げることは諦めて、殿下の幸せだけを願う、と?」
「はい。今まで辛い目に遭ってきた殿下が幸せになれれば、それで良い」
ギルベルトのその言葉に、呆れたように大きなため息を吐くイザベル。
「あんたは騎士としては失敗だね。だけど……父親としては素晴らしい男になった。で、どうする、殿下? 今すぐ結界の外に行って死ぬか、3年間鍛えて力を付けるか、神聖国家に行って聖王女様と婚姻を結ぶか。あんたの前には、三つの選択肢がある。好きに選ぶといいさね」
「……」
正直に言えば、今すぐ烏の爪のみんなと合流を果たしたい。
だが……俺はバルドラッシュに歯が立たなかった。
こんな状態で、果たして俺は、このまま烏の爪を率いて王国を取り戻すことができるのだろうか?
俺は軍師だ。戦場に立つ人間ではないことは十分に理解している。
どんなに剣を鍛えようとも、アルフォンスやバルドラッシュには敵わない。
だが―――有効に切れるカードとして、自身の剣や魔術を鍛えるのは、良い手ではある。
今は冷静になって、状況を見るべき時だ。
「……分かった。ここで、3年間、イザベルとギルベルトから師事を乞う。俺にとって、野望を叶えぬ道はあり得ない。悪いな、ギルベルト」
「…………いえ。殿下がその道を歩まれることは、分かっておりました」
ギルベルトはそう言って、目元を拭った。
そんな彼を見て、申し訳ないと思っていた、その時。
扉を少し開け、外から魔女の帽子を被った少女が、扉に隠れてこちらをジッと凝視してきた。
そんな少女を見て、イザベルはやれやれと肩を竦める。
「何をしているんだい、ドロシー。殿下の前だよ、挨拶しな」
イザベルがそう声を掛けると、ドロシーと呼ばれた少女は、そのまま外へと逃げて行った。
そんな彼女にため息を吐くと、イザベルは俺に声を掛けてくる。
「申し訳ないね、殿下。彼女の名前はドロシー。私の弟子で、半・森妖精族さ」
「弟子……」
「そう。本来だったら私の後を継いで、宮廷魔術師になり、殿下の教育係になるはずだった子だよ」
その言葉に、俺は、驚いた表情を浮かべた。




