14歳ーリリエット警護任務編 第32話 決死の賭け
「殿下。私の後ろにお下がりください。あの男は、とてつもない槍の実力者です。絶対に前に出ないように。良いですね?」
そう言ってギルベルトは俺を手で背後に押しやると、こちらを庇うように、バルドラッシュを睨み付ける。
俺はそんな彼に、先ほどから気になっていた疑問を投げてみた。
「随分と、あの男のことを知っているようだな、ギルベルト」
「はい。彼は私の……二番弟子で、5人いる弟子の中で唯一、破門した弟子です。いえ、アルフォンスを含めれば2人目、でしょうか」
「なるほど。先の戦いで負け、ガストンの元に連行された件以前にも因縁があった相手、というわけか」
「はい。四聖騎士団の一角を務めているだけあって、かなりの強敵です。奴めは私が仕留めますから、殿下は後ろに――」
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
突如笑い声を上げると、バルドラッシュは槍を構え、猛スピードでギルベルトへと襲い掛かってきた。
心臓を狙った一突きを、寸前で回避するギルベルト。
その後、バルドラッシュは何度も槍を突くが、ギルベルトに傷を負わせることはできなかった。
俺はその槍の動きに、思わず息を飲んでしまう。
その槍裁きは、今まで見て来た者の誰よりも―――素早い動きだったからだ。
バルドラッシュが槍を突く度に、残像の槍の影が視界に残る。
何だ、あれは? アルフォンスが振る剣よりも格段に速い。次元が違う。
そして、その速さに対応できているギルベルトも、同じ化け物と言えるだろう。
「……お前は昔から何処を狙っているのか丸わかりだ。常に面倒臭がりで、最短を選ぶその性格を知る私にとって、お前の槍の軌道を読むことは実に容易い」
そう言ってギルベルトはバルドラッシュの槍を剣で弾くと、即座に間合いに入り、バルドラッシュに斬りかかる。
だがバルドラッシュは槍を回転させると、その一撃を防いでみせた。
キンと音が鳴り、交差する槍と剣の向こうで、バルドラッシュは不気味な笑みを浮かべる。
「フフフ。流石は王国最強の剣、英雄とまで言われた人だ。年老いてもまだ、私の速度について来れますか」
「悪いが、ここで貴様に敗北するわけにはいかないのでな。多少老骨に鞭を打ってでも、ここで悪に染まった弟子の始末を付けさせてもらう」
ギルベルトのその言葉に、バルドラッシュは目を細める。
「私を悪だと仰りますが、今の王国はアグランテ家のものです。正当な王の下に就く私こそが、正義であると思いますが? いつまで貴方は死した骸に忠義を尽くしていらっしゃる? ガイゼリオンは死んだ。最早、王国はガストン様のものだ。今の貴方は反逆者でしかない」
「このままアグランテ家が……ガストンが騎士王を継げば、この国は間違いなく暗黒時代へと入るぞ! 都では違法薬物が蔓延し、闇組織が幅を利かせている! 私欲に塗れた王の手の中では、民は苦しむだけだ! それで良いのか!」
「良いのでは? 私には別に、何の害もないのでね」
そう言ってバルドラッシュは、地面を蹴り上げ、ギルベルトの顔に砂をかける。
「む!?」
砂埃が目に入り、思わず目を閉じてしまうギルベルト。
バルドラッシュは、そんな彼の胸に目掛けて蹴り放った。
そこに古傷があったのか、ギルベルトは蹴られた瞬間に「カハッ」と血を吐き出す。
「き、貴様……!」
「やはり、以前、私が与えた胸の傷は癒えていませんでしたか。今の貴方は、空元気で剣を振っているだけにすぎない。まぁ、しかし、手負いで私のスピードについてこられたのには……少々驚きましたが。ですが、目を塞いでしまえば、どうということはない」
目を擦り、よろめきながら後方へと飛び退くギルベルト。
バルドラッシュはそんなギルベルトにすぐさま距離を詰め、槍を地面に突き刺すと、槍を掴んだまま跳躍し……遠心力で、ギルベルトの頬を蹴り上げた。
その威力に吹き飛び、ギルベルトは俺の方向へと飛んでくる。
「何!?」
そのまま俺はギルベルトの下敷きになり、谷の傍へと吹き飛ばされてしまった。
ギルベルトを抱き起しながら起き上がると、すぐ後ろは、谷底だった。
その光景を見てゴクリと唾を飲み込んだ後。
俺はギルベルトを抱きかかえながら、バルドラッシュへと剣を差し向けた。
「くっ! ギルベルトは殺させはしないぞ! 今度は、私が相手をしてやる!」
「でん……レイス……様……逃げてくだ、さい……」
口の端から血を流し、ギルベルトが震える腕で、俺の服を握り締める。
……まさか、四聖騎士団長の強さが、ここまでのものだったとはな。
俺は、自分が戦況を見定めて、ギルベルトがその指示に従い、二人三脚で戦うことができれば……四聖騎士団も相手ではないと、そう考えていた。
だが、先ほどの想像を絶する攻防の中では、戦況を見極められる程の、策を考えられる程の、時間も余裕も無かった。
今、はっきりと分かった。
首狩りのバルドラッシュは、今の俺が踏破できる相手ではないことが。
例え俺の指揮の元で烏の爪の団員全員で挑んだとしても、ギルベルト程の時間すらも稼ぐことはできないだろう。
手負いのギルベルト以下が、今の俺の実力、というわけだ。
……くそっ。俺にもっと力が、あれば……!
奴はサイラスを惨殺した憎むべき敵のはずなのに、どうして、どうして俺に、奴を殺せる力がない……!!
「さて。残業はしたくないのでね。ここで終わりにさせていただきましょう」
そう口にして、バルドラッシュは近付いて来る。
どうする? このままじゃ、何の爪痕も残せず、相手の実力を見誤っただけで終わってしまう。
俺はここで死ぬわけにはいかない。
父上に、ハンナに、サイラスに、託されたのだ。
だが、だからといってあの時、ギルベルトを囮にして残すことなど、できはしなかった……!
ギルベルトを、死なせるわけにはいかない……!
もう、誰も失いたくないんだ……! もう、死者の幻影を背負いたくないんだ……!
「でん……お逃げ、ください……」
「黙っていろ!! 俺はもう、誰も失いたくないんだ!!」
「―――終わりです」
その時。目の前に、槍を構えたバルドラッシュが立っていた。
直感で分かった。
俺はここで、終わるのだということが。
「あ……」
槍が、俺とギルベルトを同時に串刺しにしようと迫って来る。
こんなに、呆気なく終わるのか? 俺の人生は、ここでお終いなのか?
終わってたまるものか。
終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか終わってたまるものか!!!!
「ぐっ! う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
喉から血が出る程の、咆哮を上げる。
そして俺はギルベルトの身体に脇からがっしりと腕を撒きつけると、そのまま……背後の谷底へと、ジャンプした。
「なっ!?」
これは賭けだ。どちらも生き残るために考え付いた、最後の賭けだ。
ただ黙って殺されてなどやるものか。
俺は今まで、目的のために、あらゆる決断を行ってきた。
他者に運命を委ねるなど、あってはならない。
己の行く末は、己で決めてやる。
それが、グレイス・フォン・ランベールの生き方だ……!
「どうだ、骸骨男。谷底に飛び降りられては……流石の速さ自慢のお前も追っては来れまい?」
あの頬のこけた骸骨男に、共に心中してまで俺たちを殺せる気概など、あるはずがない。
あとは俺たちが生き残るかは、天の運命次第……か。
「逃がす、かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
バルドラッシュは谷底へと落ちる俺とギルベルトへと、槍を投擲してくる。
俺は左手でギルベルトの身体を抑えると、右手で握っていた剣でそれを、弾いた。
だが、片手の腕力では槍の軌道を完全に抑えることができず、俺の顔のすぐ横を槍が通って行き―――それと同時に、右肩から、大量の血が噴き出した。
(……く、そっ……!)
ブシャァァァと舞った鮮血が視界を覆う。激痛で意識が薄らいでいく。
だが、絶対に離さないように、俺は……意識を失う寸前まで、ギルベルトの身体を抱き続けた。
幼い頃からもう一人の父親だと思っていた人を……死なせたくはなかったから。
もう、俺のことを想って死んでいく者の姿を、見たくはない。
「父上……ハンナ……サイラス……どうか、俺に力を……!」
祈りの言葉を最後に、俺とギルベルトは、谷底の川へと落ちて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……はぁ。完全な死亡を確認できずに、川に飛び込んでしまいました、か」
バルドラッシュはそう言ってため息を吐くと、振り返り、整列している部下の騎士たちに対して声を掛ける。
「一先ず、帰るとしましょうか。一応、仮面の男の首は取ったわけですし、ね。リリエット様も既に保護済み。任務は完了です」
そう言って、バルドラッシュは地面に落ちているサイラスの頭部の髪を掴み、持ち上げる。
そんな彼に、部下の騎士の中の一人が声を掛けた。
「確実に死亡しているとは思いますが……川に降りて、ギルベルトともう一人の仮面の男の死体を確認してきましょうか?」
「そうですね……いや、やめておきましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ。私は潔癖症なので、わざわざ川にまで降りて、水に入りたくないのです」
「は、はぁ……その男の首を持っていることで、手袋にべっとりと血が付いていますが……それは良いのですか?」
「構いません。私は人間の身体から切り取った頭部は、至高の芸術品だと考えています。見てください、彼のこの顔を! 彼の表情は、諦めでも絶望でもない、達成感と、一抹の未練を残している。恐らく、最後に……誰かを想って亡くなっているのでしょう。素晴らしい最後ですっ! 私には愛情というものが理解できないので、彼のこの表情には、惹かれるものがありますっ! 陛下にお見せした後は……剥製にできないか聞いてみましょう」
サイラスの頭部を見つめ恍惚とした表情を浮かべるバルドラッシュの顔に、部下の騎士たちは一様に引いた様子を見せる。
そんな彼らを一瞥し、コホンと咳払いをした後。
バルドラッシュはサイラスの頭部を持ちながら、部下たちの元へと歩み寄った。
「では、王都アルビオンへと行きますよ、皆さん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……」
瞼を開ける。すると、ぼんやりとした風景が、俺の視界に映った。
俺は現在、浅い小川の中で、ギルベルトを抱きながら横たわっていた。
周囲を見ると、そこには青い空と白い雲、囀る小鳥たちに、緑あふれる長閑な森が広がっている。
目の前には、穏やかな風景が続いていた。
「……ぁ……ぅ」
思うように声が出ない。全身の感覚がない。
ただ、自分が生きていることだけは、何となく理解できていた。
「あれ……?」
遠くの川岸に、バケツを持った、少女と思しき何者かが立っている姿が目に入る。
その光景を最後に、俺の意識は再び闇の中へと消えて行った。




