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14歳ーリリエット警護任務編 第30話 受け継がれていく灯

 「……すみません、レイスさん。もう、魔法の発動限界が……」


 俺が森を見つめていると、背後から、手のひらに火球を浮かべたアビゲイルがそう声を掛けてきた。


 その火球はゆらゆらと揺らめいており、今にも消えかかっている。


 俺はそんな彼女に頷くと、辺りを確認し、地面に落ちていた手ごろな木の枝を拾い上げる。


 そしてその木の枝をアビゲイルへと手渡した。


「アビゲイル、その火球を使い、木の枝に点灯するんだ。松明に使用する」


「は、はい。分かりました」


「皆、よく聞け」


 アビゲイルに木の枝を渡した後。俺は背後にいる烏の爪の団員達とギルベルト、サイラスに向けて口を開いた。


「これより森の中を進み、神聖国家へと向かう。今から手ごろな木の枝を拾い、アビゲイルの松明から火を受け取り、全員、明かりの確保をしておけ。夜の森は視界が不鮮明だ。火が無くては先へは進めない」


「森の中を進んで……川に懸かっている橋を渡り切れば、追手もやってこれないんだよな?」


「王国軍であれば、な。だが、今のところ俺たちの追手はスケルトンどもだ。アンデッドには、国境侵害など大した問題にならないだろう。ここからは奴らを振り切れるかが重要になってくる」


 俺のその言葉に、ルキナはゴクリと唾を飲み込む。


 俺はそんな彼女を一瞥した後、目の前に立つ全員に向け、再度開口する。


「では、これより神聖国家を目指して進軍する。先頭は、ルキナ、ガウェイン、モニカの前衛三人。その後にギルベルトに肩を貸したサイラス、ルーカス、アビゲイル、マリーゴルド、ジェイク、そして、最後列に俺だ。後方への警戒は、殿を務める俺がする」


「殿下、追手がいる以上、最後列は危険です! そのお役目は私に―――」


 ギルベルトの言葉に、俺は手で制し、首を横に振る。


「いいや、お前は怪我人。前衛の3人が道を切り開き、中衛で近接戦闘が苦手な人員を、サイラスとルーカス、ジェイクで守る。現状での隊列はこれが最も有効だ。異論は認めない」


 納得がいっていない様子で、下唇を噛むギルベルト。


 そんな彼を見つめていた、その時。


 馬車の中から、リリエットが飛び出してきた。


「待ちなさいよ、グレイス!!」


 自分で噛み千切ったのか、猿轡が外れ、両手を縛っていた縄を解いたリリエットが、馬車の荷台から飛び降りて転げ落ちる。


 そして彼女は泥だらけになりながらも立ち上がり、こちらに鋭い目を向けてきた。


「貴方、グレイスなんでしょう!? 何であたしとの会話を一方的に拒むのよ!! 話を聞きなさいよぉ!!」


「……ちっ。お転婆なご令嬢が。自分で拘束を解くとはな」


「はぁはぁ……何度でも、あんたに言ってやるわ。あたしとアルフォンスは、あんたを裏切ってなんかいない!! あたしたちは一緒に王宮で育った……幼馴染でしょう、グレイス!!!! 何であたしの言葉を信じてくれないの!!!! 何であたしを一方的に拒絶するのよ!!!!」


 その言葉に、俺は思わずギリッと奥歯を噛んでしまう。


 先に裏切ったのはお前らだろう。


 何故、俺がお前らに耳を貸さなければならない? ふざけるな!!!!


「……レイス殿。リリエット様もお連れしましょう」


 隣に立ったモニカが、そう、声を掛けてくる。


 俺は苛立った気持ちを抑えながら、言葉を返した。


「何を言っている? モニカ」


「やはり、私はレイス殿とリリエット様は何か思い違いをなされているのかと思います。神聖国家の領土に入る前に、一度、ゆっくりとお話をしてみては―――」


「ふざけたことを抜かすな、モニカッッッ!!!!」


 俺のその叫び声に、目の前に立つモニカを含め、一同、全員驚きの表情を浮かべる。


 自分でもおかしいと思う。ここは、冷静にならなければならない状況だ。


 だけど、俺の中にあった怒りが、憎悪が、止めどなく口から溢れ出ていた。


「何故、俺が、あの女にわざわざ時間を作ってやらなければならないッッ!!!! 俺はずっと地獄の中にいたんだ!! 日々、刃物で身を削られる痛みが貴様に分かるか!? 自分が吐いた汚物の中で眠るしかない者の気持ちが貴様に分かるか!? 俺は……俺は……信じていた者に裏切られた!!!! 俺が地獄にいる間、あいつらは……あいつらはぁ……ッッ!!」


 ゼェゼェと荒く息を吐き、血走った目でリリエットを睨み付ける。


 すると俺の眼光に、一瞬、リリエットはビクリと肩を震わせた。


「あ……あたし、何か癇に障ること、言ったかな? そ、そんなに怒るとは思わなくて……ご、ごめんなさい。で、でも、あたしは……あたしとアルフォンスは……!」


 怯えるリリエットを見て焦燥した様子のモニカは、再度、俺に声を掛けてくる。


「レ、レイス殿! 貴方が過ごしてきたその地獄を、私は知りません! ですが、私は……リリエット様のあの表情が、嘘を吐いているとは、とても……!」


「黙ってろよ、モニカ」


「? ルキナ……?」


 その時。ルキナが腰の鞘から剣を抜き、まっすぐと、リリエットの元へと向かって歩いて行った。


 そして彼女はポソリと、静かに口を開く。


「レイス。あいつは、お前の敵なんだろ? だったら……アタシがこいつを殺してやるよ」


「ルキナ、何を!?」


「お前がそんなに心をかき乱した姿を、アタシは、初めて見た。いや……これで二度目か。アルフォンスから逃げてきた、あの時、アタシはお前に言っただろ? アタシはお前の剣だって。だから、お前の心を乱す奴は、アタシが斬ってやるよ」


「ルキナ、待って……やめなさい!!」


 モニカは走り、リリエットを庇うようにして彼女の前で両手を広げる。


 そんな彼女に、ルキナは仲間に向けるとは思えない、冷たい目を向けた。


「どけよ、モニカ。レイスの敵は、アタシの敵だ。その女、ここで斬ってやる」


「私が知るルキナは、罪の無い人を殺す人間ではありません。剣を納めてください。彼女を殺せば……きっと、レイス殿は後々になって後悔することになる。歯止めが……利かなくなる」


「意味わからねぇこと言ってんじゃねぇよ。今、レイスは苦しんでるんだ。その苦しみの種を産んでいるのは、明らかにその女だろ。だったら……彼の剣であるアタシが、代わりに斬ってやるまでだ。彼を守れるのは、アタシだけだ」


「あ、貴方……何を言っているんですか……!? レイス殿のためなら、罪の無い人も殺す、と!?」


「あぁ、そうだ。アタシは―――」


「やめろ、ルキナ、モニカ!」


 俺は額を手で押さえながらゼェゼェと荒く息を吐き、二人を止める。


 そんな俺に近付いてきたアビゲイルが、恐る恐ると声を掛けてきた。


「だ、大丈夫ですか、レイスさん?」


「あぁ、問題ない」


 俺は深呼吸すると、呼吸を整え、二人に再度声を掛けた。


「時間はあまりない。事前の作戦通り、リリエットはここに置いていく。ルキナも剣を納めろ。ここでリリエットを殺せば、取引を反故にしたと、王国民からの反感を買うだろう。俺は烏の爪を単なるテロ組織にするつもりはない。そいつをここで殺せば、デメリットしかないのは明らかだ」


「……あぁ。お前がそれで良いなら、アタシは従うさ」


「モニカ。お前がリリエットに何を感じたかは知らないが、それは後にしろ。今は逃げることだけに専念する。良いな?」


「……はい。分かり、ました」


「よし。では、進軍を開始する。各自―――」


「レイス様!!」


 その時。突如サイラスが声を張り上げ、遠方に指を突き付けた。


 彼の指が差す方向に視線を向けると、そこには、旗を掲げた王国軍の姿があった。


 俺はその光景を見て、チッと舌打ちをする。


「スケルトンの次は王国騎士団か……!」


「あの三又の頭を持つ犬の旗は……南の要塞を守る四聖騎士団――【ケルベロス】騎士団を率いる、バルドラッシュです!」


 その言葉に、ギルベルトは目を見開き、驚いた様子を見せた。


「何、サイラス、それは本当か!? あのバルドラッシュが、ここに……ゲホッ、ゴホッ!」


「知っているのか、ギルベルト?」


「はい、でん……レイス様。私が指揮していた反乱軍が全滅し、私自身が投獄された理由が……バルドラッシュに挑んだからなのです。私は奴めに捕まり、王都へと連行されました」


「何!? 王国最強の騎士であるギルベルトが、か!?」


「……歳で身体が弱っていたのもありますが……恥ずかしいことです」


 あのギルベルトが敗けた相手、だと!?


 そんな奴に、今の少数部隊である俺たちが勝てるわけが……。


「……レイス様。ギルベルト様をお任せしてもよろしいでしょうか?」


「サイラス?」


 肩を貸していたギルベルトを、俺に預けてくるサイラス。


 その後、サイラスはゴクリと唾を飲み込むと、意を決した表情で口を開いた。


「私がリリエット様を連れて、馬車に乗り、囮になります。偶然にも、私はレイス様と同じ変装をしていますからね。ある程度の時間を稼ぐことは可能かと」


「ま……待て、サイラス、それは駄目だ! 敵はアルフォンスが率いる親衛隊の部隊とはわけが違う! 本物の騎士団なんだ! お前が生き残る可能性は、今度こそ―――」


「烏の爪の団員たちよ! 無事にレイス様を神聖国家へとお届けせよ! これは、必ず成し遂げなければならない、使命である! 諸君らが王国最後の希望だ! 期待している!」


「待て、サイラス! 俺は許さないぞ、待て!!!!」


「レイス様!」


 がっしりと、俺の腕を掴み、止めてくるギルベルト。


 俺はそんな彼に、怒鳴り声を上げた。


「何をする、ギルベルト! サイラスをこのまま見殺しにするつもりか!」


「……先ほど馬車の中で聞いたのですが……元からサイラスは、この策を取るつもりでした、レイス様」


「何!?」


「これが、追手であるスケルトンや王国軍から、レイス様を確実に逃がすことができる最善の策であると。私は、苦渋の思いで彼のその決断に……同意しました」


「ふ、ふざけるな! 俺は誰一人として失いたくないと、そう言ったはずだぞ、ギルベルト!! 俺は――」


「――――――レイス様」


 声が聞こえてきた前方に視線を向けると、そこには、リリエットの手を引っ張り、馬車の中へと入っていくサイラスの姿があった。


 サイラスは仮面を被ると、ニコリと、微笑みを浮かべる。


「レイス様。どうか、生きてください」


 その言葉と、その姿は、かつてのハンナと同じものだった。


 そして馬車は出発し、二人は、その場から離れていく。


 ……ここで泣き喚いて、この場に残り続けるのは、サイラスの決意を無駄にする行いだろう。


 俺はギリッと血が出る程歯を噛み締めて、涙を我慢し、ギルベルトに肩を貸したまま、踵を返した。


「――行くぞ、皆の者! 彼の決意を、このまま無碍にするわけにはいかない!」


 死して征く者の(ともしび)は、この俺が、正当な騎士王の血を引くグレイス・フォン・ランベールが継いで行かねばならない。


 俺は必ずこの国に舞い戻り、簒奪者どもに鉄槌を降す。


 憎悪を燃やせ。憎悪を燃やせ。憎悪を燃やせ。


 来るべきその日に備え―――今は、憎悪を燃やせ。


 





      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇






「……これで、レイス様は生き残ることができるだろうな。良かった」


「ちょ、ちょっと……これ、解いてよ! あたしはまだ、グレイスに話が……!」


 荷台で両手両足を縛られたリリエットが、そう、御者台に座るサイラスに声を掛ける。


 そんな彼女を無視して、馬を操って馬車を走らせるサイラスは、ポソリと呟いた。


「これで、あの人の元に行けるかな。結局、一度も告白することなく、亡くなってしまわれたからな。元気だと良いが……ハンナさん」


 サイラスはそう呟いた後、首を横に振り、空を見上げた。


 満点の星空が浮かぶ夜空と、どこまでも続く地平線と平原。


 そんな平原を走る一台の馬車に目掛けて、馬に乗った騎士たちは、駆けて行った。


「できるだけ時間は稼がせてもらうさ。それが私の、役目なのだから」


 そう口にしてサイラスは、馬に鞭を打つのだった。

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