14歳ーリリエット警護任務編 第28話 スケルトンの軍勢
「た、大変でございます! 遠くの方から、大量の……スケルトンの群れが!!」
「魔物……アンデッドだと!?」
サイラスのその報告に、俺は驚きの表情を浮かべる。
「馬鹿な……この周辺には魔物が湧くダンジョンはないはずだぞ!? 数はいくつだ!?」
「50体は……いるかと……」
こちらは動ける人員が9人と怪我人1人、人質1人。
脆弱な低級アンデッドのスケルトンとはいえ、流石に対処しきれる数ではない。
しかし、何故、こんなところに魔物が……?
追っ手の騎士団が現れるならまだしも、突如魔物の群れが出現するなど、そんな都合の良い状況が……。
「―――ハデスよ。あいつが来たのよ」
突如、リリエットが、俺にそう声を掛けてくる。
俺はリリエットを睨み付けると、声を荒げた。
「何故、貴様にそんなことが分かる?」
「ハデスはアンデッドを使役する、得体の知れない魔導士よ。あたしは一度だけ見たことがあるの。あの魔導士が、召喚したアンデッドに、ガストンの使い……伝令役をさせているところを」
その後、リリエットはゴクリと唾を飲み込むと、再度開口した。
「あの魔導士はいつも夜にしか姿を現さない。だから、多分……朝まで逃げ切ることができたら、アンデッドも追っては来られないはずだわ。あたしを人質として有効に使って良い。その代わりに……あたしも一緒に連れて行って! 足手まといにはならないわ! あたしは、貴方の敵じゃない!」
リリエットはまっすぐと俺の目を見つめてくる。
自分が決めたことは梃子でも曲げない、強い意志の宿る瞳。
……変わらないな。
幼い頃、俺とアルフォンスの前に立ち、俺たちを引っ張っていた……お転婆なご令嬢。
いつも俺たちの前を歩き、明るく笑う君の横顔を見て、俺は、密かに惹かれていた。
君と一緒に居られる時を、楽しいと、そう思っていた。
(だが……)
瞼を閉じると、そこに映るのは、大広間でガストンと共に俺を馬鹿にし、奴と口付けを交わした裏切り者の姿だけ。
俺は目を開け、リリエットに嘲笑の声を返した。
「誰が貴様の言葉など信じる? ガストンと口付けを交わし、婚約者であった先代王子を馬鹿にした貴様の言葉など……私は信じることはない。ランベール王家に仇を成した貴様は私の敵だ、リリエット・フォン・ブランシェット」
「え……?」
俺のその言葉に心底驚いたのか、目を見開き、硬直するリリエット。
俺はそんな彼女を無視して、皆に指示を飛ばす。
「烏の爪の団員たちよ! 馬車に荷物を載せ、出発の準備しろ! スケルトンの軍勢を無視し、このまま神聖国家の領土へと突入する! 恐らく相手の一番の狙いはリリエットだ! 途中で人質を解放してやれば、こちらへの追撃は弱まる! 持久戦といくぞ!」
「ま、待ってよ! グレ……レイスさん! 貴方、何を言っているの!? あたしは彼を裏切ってなんて……!」
「私は、一言一句、覚えているぞ。『―――はい、ガストン様の言う通りです。危うく、王陛下を殺したグレイスなどという悪魔と結婚するところでした。私の夫となるのは、ガストン様です』……だったか。ククク、貴様と良いアルフォンスと良い、王子グレイスは随分と良い友人に恵まれたようだな。そこまでして亡き友人を追い詰めるとは、その悪鬼外道さ、私も見習いたいところだ」
「……まさ、か……あの現場に……貴方も……いたの……?」
顔を青ざめさせ、絶望した表情を浮かべるリリエット。
……少し、話過ぎたか。
まだ、この女に、俺の正体を明かすわけにはいかない。
俺が正体を明かす時は、復讐を達成した、その時だ。
ランベール王国を奪取し、卑しき簒奪者どもの胸に剣を突き立てる、その一瞬だけ。
俺は踵を返すと、隣に立つサイラスに声を掛ける。
「サイラス。引き続き、リリエットの身柄を拘束しておけ」
「は、はい。ですが、で……レイス殿。よろしいのですか? リリエット様は……」
「拘束しておけ。喋れないように、口に猿轡をすることも忘れるな」
「はっ」
俺の言葉に、サイラスは敬礼をし、リリエットの傍へと向かって行く。
その時。リリエットは、大きく叫び声を上げた。
「グレイス! 貴方、グレイスなんでしょう! あたしの話を聞きなさいよ!!」
「……」
「あたしもアルフォンスも、貴方を裏切ってなんかいない!! どうして話を聞いてくれないの!? もう一度話合えば、きっと……!」
「私はグレイスではない。亡霊だ。お前たちのことなど、知らない」
話し合えば分かるだと? あり得ない。あり得るはずがない。
四年間、牢獄の中で苦しみ続けた俺の気持ちが、貴様らに分かってたまるか。
あの頃。地下牢の暗闇の中、俺は何度もお前たちに助けを求めていた。
だがお前らが俺に突き付けたのは、ガストンに服従したという、裏切りの光景だけだ。
目の前で、父上をハデスに殺された俺の気持ちが、分かってたまるものか。
目の前で、唯一の味方だったハンナをガストンに殺された気持ちが、分かってたまるものか。
俺は止まらない。死した者たちへの弔いを終えるその時まで、俺は、けっして止まりはしない。
「待ちなさいよ……馬鹿グレイス――――っっ!!!!」
リリエットの悲痛な叫び声が、夜空に、響いていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後21時。馬車はゴトゴトと地面を揺らし、神聖国家の領土に向けて街道を走って行く。
今のところ、敵襲がやって来る気配はない。
スケルトンは元々そこまで移動力のないアンデッドだ。
流石に馬車の速さには追い付けなかったか?
いや、流石に警戒を怠るのは良くない、か。
今は最悪の状況も想定して、入念に準備をしておいた方が良さそうだ。
「皆、聞いてくれ。今から進路について話す」
俺は懐から地図を取り出し、それを、烏の爪の団員とギルベルト、サイラスに見せる。
ガウェインは御者台に乗り馬を操っているので、耳だけこちらに傾けていた。
リリエットには目に布を撒き、耳に耳栓を入れておいたから……こちらの情報が彼女に漏れる心配はない。
俺は地図を手に持ち、皆に向けて、再度、口を開く。
「ランベール王国と神聖国家の堺には、深い森が広がっていて、馬では走行不可能だ。そのため馬車とリリエットは森の手前で捨てて行く。そうすることで追っ手を、討伐隊と救出隊で分散させることもできる。森を抜ければ、大きな川があり、そこには橋が掛かっている。橋を渡り切れば……そこは神聖国家の領土だ。不法入国となるが、俺たちは少数、相手は正規の軍。王国騎士団がむやみやたらに踏み入ることはできない地だ」
「神聖国家に逃げさえすれば、オイラたちの勝ちってわけなんだね、殿下……じゃなかった、レイス」
ジェイクのその言葉に、コクリと、俺は頷く。
「そうだ。だが、もし万が一何かアクシデントが起こり、全員が離れ離れになったとした場合に備えて……予め集合地点を決めておきたい。第一候補として、神聖国家の領土に入って、最寄りにある西の街、【ギーシャ】。第二候補として……俺たちの古巣、【アンバーランド】だ」
俺のその言葉に、皆、驚きの表情を浮かべる。
「や、ちょっと待ってよ、レイスくん! 【アンバーランド】って、一番駄目でしょ!! だって、ブランシェット伯爵は、私たち烏の爪をガストンに売ったんだよ!? 王国で指名手配されているであろう私たちが、【アンバーランド】になんて戻ったりしたら……」
「あぁ。捕まる可能性が上がるだろうな。だが……【アンバーランド】のスラム、俺たちのアジトは、ブランシェット伯爵も王国騎士団も感知していない場所だ。それと、スラムに戻る方が、意外に安全な道のりを辿ることができる。これを見てくれ」
俺は地図にある、ランベール王国と神聖国家の堺にある川を、指でなぞって行く。
そして、下流まで辿ると、そこにあるのは……【アンバーランド】の西、スラム街の傍だった。
「え? この川……【アンバーランド】に繋がっているの……?」
「その通りだ。もし万が一道に迷うことがあったのなら……川を下り、【アンバーランド】のスラムを目指せ。ただ、さっきマリーゴールドも懸念した通り、長期滞在は危険も伴う一種の賭けだ。敵もまさか古巣に戻っているとは思っていないだろうが……【アンバーランド】は王国の街であることに変わりない。故に、これは最終手段と言って良い。だから、今のうちに神聖国家の【ギーシャ】までの道のりを、地図を見て頭に叩き込んでおけ。良いな?」
「わ、分かった!」
そう元気よく返事をしたマリーゴールドは、俺から受け取った地図を凝視する。
他の皆も地図を頭に叩き込むべく、見つめた。
そんな中。モニカがそっと、俺に話しかけてくる。
「あの、殿下……じゃなかった、レイス殿。少し、よろしいでしょうか?」
「何だ、モニカ?」
モニカは、荷台の奥で目と口、両手を縛られて座るリリエットに視線を向ける。
「レイス殿は何故……リリエット様にあそこまで警戒なさるのですか? 幼馴染、だったんですよね?」
「簡単な理由だ。奴は俺を裏切り、ガストンに寝返ったからだ」
「確かに、グレイス殿下が投獄された後、リリエット様がガストンの婚約者になったのは事実です。ですが、現在その婚約を、彼女は破棄しております。そして、リリエット様は殿下が王国騎士団に討たれたという話を聞いた以降、塞ぎ込んで部屋に引きこもってしまったと聞いています。……何か、想い違いがあるのではないでしょうか? 彼女の護衛として数日間お供させていただきましたが、リリエット様が殿下を裏切るような方には、けっして……」
「俺が、何か勘違いをしていると……そう言いたいのか?」
「は、はい。恐れながら―――」
「……来たぜ、レイス!」
馬車の荷台に立ったルーカスが、遠くを見つめてそう叫んだ。
俺はルーカスの隣に立ち、遠方を見つめる。
そこには、骨の馬……スケルトンホースに乗った、剣と盾を持ったスケルトンの軍勢が押し寄せてくる姿があった。
俺はチッと舌打ちを放つ。
「俺たちを追ってきている……明らかに野生の魔物ではないな。奴らは意志を持っている。信じたくはないが、リリエットの言っていた通り、これはハデスの仕業か……!」
ギリッと歯を噛み、俺は、マリーゴールドに指示を飛ばす。
「マリーゴールド! 火矢を放て! スケルトンは炎に弱い!」
「わ、分かったよ!」
マッチを取り出し、急いで矢に火を点けるマリーゴールド。
俺は押し寄せてくるスケルトンの軍勢を睨み、口を開いた。
「……ハデス。貴様なのか……!」




